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それを弱さと名付けた(第1回/全3回)

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それを弱さと名付けた(第1回/全3回)
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chapter.2 空京大学(1)・論文閲覧 


 話題の中心となっているふたつの学校、蒼空学園と空京大学。
 その一方、空京大学の学長室では学長のアクリト・シーカー(あくりと・しーかー)が、窓の外から掲示板に群がっている生徒たちを眺めていた。そこに書かれているのは彼が貼りだした論文募集の掲示である。
 机の上には学生たちが提出した論文が積まれているが、その数はまださほど多くない。アクリトは一通り生徒たちを眺めると、蒼空学園のある方角に視線を移して小さく言葉を漏らした。
「若さで先が見えていないならば、こうやって理解させる他ないだろう」
 窓際から離れ、椅子に腰かけようとするアクリト。その時、ドアをノックする音が鳴った。
「入りたまえ」
 アクリトの返事を受け学長室へと足を踏み入れたのは、ラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)佐野 亮司(さの・りょうじ)だった。
「学長、とりあえずざっとだが論文を書いてみたぜ。参考になるかどうかわかんねぇけどな?」
 大きな声と体を前に出し、ラルクがアクリトに紙を手渡した。
「元気の良い学生だな。どれ、早速読ませてもらおう」
「え? 今ここで読んじまうのか? まぁいいけど、ちょっと恥ずかしいっつーか照れくさいな……」
 頭をぽりぽりと掻くラルクを前に、アクリトは論文に目を通す。そこにはこう書かれていた。

テーマ:「蒼空学園の現状と理想について」

『環菜死後蒼空学園は色々な転機を迎えたと思う。
まず、山葉涼司が校長になった事が第一であろう(以下山葉校長と記載する)。
山葉校長はプログラミングにかけてはピカイチであるが経済、経営にかけてはド素人なのではないかと思う。
そして、山葉校長が環菜みたいに立ち回れるかと思うとそうでもないと思う。

ただ、山葉校長は環菜が直々に指名したため、これを覆すのは環菜の意思にも反すると思う。
そこで、山葉校長の傍でアクリト学長がその都度アドバイスやサポートなどをしてはいかがだろうか?
行き成り、蒼学を統治すると言っても反感を買うだけであろう。
なので、まずサポートとして空京大学が蒼学をサポート。
その後の展開で統治するかどうかを決めればいいのではないだろうか?

急激な環境変化は大学、蒼学双方に悪い影響を与えかねない。
よって私は山葉校長とアクリト学長の共同経営を推す。』


「ふむ……」
「ま、俺はそんな感じだな」
 アクリトが読み終えたタイミングを計って、ラルクが論文に付け足すように言葉を発した。直後、亮司もアクリトに論文を渡す。
「論文なんてほとんど書いたことなかったからこんな感じで良いのかよく分からないけど……たまには大学生らしいことを、ってことでやってみたから、見てくれないか」
 亮司の言葉と論文を受け取る。亮司の論文は奇遇にも、一緒に訪れたラルクの内容と近いものであった。

「テーマ、蒼空学園の現状と理想について」

『校長が御神楽環菜から山葉涼司に変わり、蒼空学園は現在非常に不安定な状況にあり、このまま山葉涼司のみに蒼空学園を任せるのは危険であり、体制を変える必要がある。

蒼空学園は元々御神楽環菜によって設立された私立校であり、パラミタにおいて現在までの地位に至り、維持するには御神楽環菜の力によるところが大きく、山葉涼司には経済力・政治力・経営者としての能力、どの面においても御神楽環菜には遠く及ばない。

また、一般の生徒であり、なんの後ろ盾もない山葉涼司が突然校長になることに不満や不安を感じている生徒も多く、校長が変わったことを理由に転校した生徒も少なくない。
しかし、アクリト学長に全権を預けることにも抵抗を感じている生徒も多い。

以上の点から、アクリト学長は後見人・アドバイザーのような立場として蒼空学園の経営に関わり、校長には山葉涼司を置く形が現状での理想の形になるのではないかと考える。』


「一応、蒼学に行って軽く生徒たちからも話を聞いて参考にしつつ書いたんだけど、ラルクのとちょっと被ってしまったな」
「まあ、論文である以上同じ結論が出ることもあるだろう」
 もちろん、亮司はラルクの論文を写したわけではない。アクリトもそれは充分に理解しているようだった。
 結論は同じでも過程が違っていることをやんわりアピールしたようにも取れる亮司の雰囲気はしかし、リスペクトしているラルクと同じ考えだったことに少し安堵しているようにも思える。
「学校で大事なのは、やっぱ生徒だしな!」
 亮司の論文に味方するように、ラルクが言った。
「なあ学長、大学の生徒から論文集めるのもいいけどよぉ、蒼学の生徒の意見も聞いておいた方がいいんじゃねぇか? あくまで大学側の意見だし、蒼学生の意見は別かもしれねぇだろ?」
「確かに、俺の論文でも参考意見程度にしか聞いてないからな」
 ラルクと亮司のその発言を待っていたかのように、学長室へと蒼空学園の生徒である平等院鳳凰堂 レオ(びょうどういんほうおうどう・れお)が入ってきた。

「その通りだよ。蒼空学園に所属する学生として、勝手に自分たちの学園のことを決めてもらいたくないからね」
 言うが早いか、レオは論文が書かれた用紙を力強くアクリトの前に置いた。

「蒼空学園の現状と理想について」

『現体制に移ってから、学園も山葉氏も、余裕のない状況が続いている。
多くの外的脅威を抱える現状において、学園の強固な基盤づくりは急務と言える。
故に。
アクリト氏には、より良い学園を目指すための助力を願いたい。

結論から言うと、アクリト氏単独による蒼空学園の統治には反対である。

理由は2つ。
・2学園長となることにより、アクリト氏の存在が大きくなってしまうこと
・御神楽氏の指名後継者が山葉氏であること

女王の不在、シャンバラ王国の東西分裂、エリュシオンなど、我々が抱える問題は数多い。
そこに、2学園の力を持つ人間が現れパワーバランスを崩せば、王国内でより大きな混乱をもたらすことに繋がりかねない。
今は王国内で大きな変動を起こすことは望ましくない。

確かに一学生だった山葉氏は、運営において能力も経験もアクリト氏には劣る。
しかし、世界の経済を動かす頭脳の持ち主であった御神楽氏が選んだ事前に選んだ人材であることも事実。
彼女の遺言を反故にすれば、彼女が生前決定していた案件全てを揺るがしかねない。

ならばどうするか。
それこそがアクリト氏の学園への助力。
――すなわち、蒼空学園の副校長への就任である。

学園の運営は、山葉氏が引き続いて行う。
アクリト氏は、運営に疑問があればいつでも山葉氏と意見交換を行うことができる。
同時に、運営に必要と思われる人材を学園に派遣すればいい。
蒼空学園も空京大学も、御神楽氏が出資した教育機関、いわば兄弟のようなもの。
なればこそ両校の関係は「協力」こそが望ましい。』


「郵便とかメールで送っても良かったんだけど、直接言葉を伝えたかったからここまで来ちゃったよ」
「蒼空学園にも、なかなか行動力のある生徒がいるようだな」
 読み終え、紙を置いたアクリトが皮肉とも取れるような言葉をかける。レオはそれを意に介さず主張する。
「とにかく僕が言いたいのは、僕たちの未来を決めるのは、他の誰でもない僕たちだってことなんだ」
 書面と口頭の両方でアクリトに意見を伝えたレオは、そこから一歩横にずれた。
「イスカ、あとはよろしくね」
 その空いたスペースに、レオのパートナーであるイスカ・アレクサンドロス(いすか・あれくさんどろす)が進み出る。
「のう、アクリトよ」
 外見は幼い少女でありながらも、その口ぶりはかなりの年月を経てきたもののそれであった。
「そこのレオも言っていた通り、蒼空学園を統べたいのならば意見を聞くべきは汝の大学ではないだろう」
「なるほど、一理ある。だが聞けば、最近の蒼空学園はまとまりがなく、バラバラという話だ。そのような場所でシャンバラのためになる意見が聞けるとは思えないが」
「ふむ。蒼空学園は確かに団結力のある学園ではない。だがそれは、各々が確固たる意志を持って行動してきた結果だ」
 イスカは、すっと指を立てるとアクリトに言った。
「アクリトよ、ひとつ問おう。長とはどういうものだ?」
「他の者を正しい方向に導いていく者だろう」
 間髪入れずに答えたアクリトの言葉を聞き、イスカはニッと笑った。
「率いるだけが長ではない。皆で支え合って、ひとつの共同体がつくれるようにするのが長だ。ただ、そうは言っても真につくるべきは組織ではなく、より良い未来なのだ。分かるか?」
「より良い未来……不確実で不安定な概念だ」
「貴様はその頭脳ゆえ、多くのものが見えているのかもしれん。だが、真に未来を憂いているのなら、その力を学園のために貸すが良いだろう。それに教育者なら、自主性を奪うのではなく育てるべきだろうからな」
 一通りのやり取りを済ませたイスカは、最後にもう一度口の端を緩ませると、小さな声でアクリトに告げる。
「なぁに、山葉が力不足だと感じたのなら、その時は傀儡にでもしてしまえば良かろう?」
「……私は、人形遊びがしたいわけではないのだよ」
 アクリトが返事をした時、イスカは既に部屋の出口の方を見ていた。部屋から出ようとするイスカを、レオが追いかける。
「あれ、イスカ、もういいの?」
「言うべきことは言ったからな」
「へえ、ところで最後、何て言ったの?」
「ん? さあ、何だろうな」
 意地悪そうな顔をしたイスカを、不思議そうな顔をしたレオがそんなやり取りをしながら学長室を出て行った。
「まさか蒼空学園の生徒が直々に提出しに来るなんてな……」
 亮司が意外そうに口にした。
 と、レオたちが去っていったのも束の間、廊下の方から声が聞こえてきた。その声はだんだん鮮明になっていき、声の主が近付いていることが分かる。
「疲れたよぉ〜、なんで私を着て運んでってくれないの?」
「今から論文を提出しに行くというのに、鎧なんて着れるわけがないだろう」
 バタバタとした様子で、出て行ったふたりと入れ替わるように夜薙 綾香(やなぎ・あやか)とそのパートナーのヴェルセ・ディアスポラ(う゛ぇるせ・でぃあすぽら)が喋りながら学長室へと入ってきた。
「でも、随分あっさりした論文書いたね。ちゃんと文章練らないで大丈夫?」
「ん? ああ、これはそこまできっちりしたものでなくとも良いだろうさ。おそらくは、学長が生徒の意識を知ろうという目的で……と、ヴェルセ、お喋りはこのへんでやめておこうか」
 すぐ目の前にアクリトがいる位置まで歩を進めていた綾香は、あまりアクリトに聞かせたくない内容であることを察し、それ以上の会話をストップさせた。
「学長、論文を提出しにきたので、読んでほしい」
 微妙に声色を変え、綾香がアクリトに用紙を差し出す。そこには端的に書かれた文章があった。

 『蒼空学園の現状での懸念として、山葉涼司が校長職を勤められるかという点が上げられる。
 今まで校長を務めてきた御神楽環菜の持っていたような経営能力や問題処理能力は望むべくもないと思われ、現在のシャンバラで慎重さを要求される各校や他の組織などとの微妙な駆け引きなどは、まず出来ないであろう。故に学外からの能力のある人物に校長職を委任したほうが良いかと言うと、そうとも言い切れない。蒼空学園生には外部から来た者の下で纏まる事を良しとしない者も多く、無理やりにでも余所から校長を赴任させたならば学校としても纏まりを欠く事になりかねないだろう。
 では、現状の蒼空学園で最良と思われるのはどのような方法だろうか。山葉涼司は学校を経営する能力こそない物の、今までの実績からリーダーとしての資質は十分にあると思われる。ならば、校長と言う「旗印」を山葉に任せ、それをサポートする者を学校内外から集めるのが良策ではないだろうか。
 懸念事項の一つとして、ルミーナ・レバレッジの管理していたXルートサーバを今後どう管理するかもある。このような専門性が高く、かつ急を要する物に関しては、能力あるものが早急に対処するべきではないかと思われる。』


「こちらで調べた蒼学のデータを元に私見を加えてみたのだが、どうかな?」
「今までの論文と同じように、意見のひとつとして参考にさせてもらう。そこまできっちりしたものである必要もない」
 ちら、とふたりを見ながらアクリトが言う。綾香は一瞬どきりとし、その後すぐ自分の発言を思い返し目を逸らした。
「……聞かれていたか」
 なんとなく、それ以上部屋にいるのが気まずくなり、綾香は足早にヴェルセを連れて部屋を出て行った。
 ドアを開け、廊下へ出るとそこにはもうひとりのパートナー、アンリ・マユ(あんり・まゆ)が壁にもたれかかるように立っていた。
「ここの学長さんももう少し反感を買わない方法をすればいいものをね……学者では向かないのかしら?」
「単に意地が悪いだけにも思えたがな」
 先ほどのやり取りを思い起こし、綾香が言う。それを聞いたアンリは、愉快そうに目を細め、口の端を上げた。
「……なんだ?」
「いえ、意地の悪さではあなたと良い勝負かと思いまして」
「意地悪? 私がか?」
「そうじゃありませんか? 論文を書くため、私たちにコンピューターで情報収集をさせるなんて。スパコンに習熟しているあなたの方が効率良く出来たでしょうに……まぁ、今の時代の技術に慣れるのと、情勢を知るのは無意味ではありませんでしたが」
「なら、良かったではないか」
「ふふ、そうかもしれませんわね」
「ワタシは街角とかで聞き込みする方が良かったよぉ〜。時間をかけたくない、ってのは分かるけどさぁ」
 どうやらアンリとヴェルセは、綾香の論文の下ごしらえのためにパソコンでの情報収集をやらされていたらしい。つかみどころのない受け答えでありながら、それでも不満気ではなさそうなアンリとは対照的に、ヴェルセは相変わらず「疲れたよぉ」と愚痴を漏らしている。3人はそのまま廊下を歩き、やがて見えなくなった。

「俺らのいたこの時間だけでも、4つも論文が来たのか、すげえな!」
 レオたち、そして綾香たちが去った後の学長室で、残っていたラルクが亮司に話しかける。
「しかも、出しにきた人たちの雰囲気とか言葉から察するに、俺たちと近い意見みたいだしな」
 亮司の言葉通り、レオも綾香も、着地点にそこまでの違いはなかった。山葉、アクリトどちらか一方に全権を委ねるのではなく、サポート関係をつくることの重要性を説いたその論文は、アクリトにとっては少し意外なものでもあった。
「……」
 アクリトが、無言で机の上の論文を見つめる。
「まあ、双方の学校が仲悪くならなきゃいいけどなあ」
 心配そうにラルクが呟いた。その言葉が聞こえたのかどうかは分からないが、アクリトの視線がラルクを貫く。
「君たちはまだ何か用が残っているのか?」
「あー、いや、俺らも今出ていくところだったんだ、なあラルク」
「ん? お、おう、そうだったそうだった」
 間接的に退室を促されたと察した亮司が、ラルクを誘い足早に学長室から去っていく。バタン、と閉まったドアに目をやってから、アクリトは机に目線を下げた。
「ふむ、まだ現時点で結論は出せないが、方向が偏っているのは否めないな」
 ひとり漏らすアクリト。おそらく彼はここから、どう意見を反映させるか熟考しようと思っていたのだろう。しかし、相次ぐ来訪者がアクリトにそれを許さなかった。
 コン、コンと今日何度目かのノック音。
「さすが私の大学の生徒たちだ。課題に積極的なのは良いことだな」
 それが論文を提出しに来た生徒の訪問であることを予想し、アクリトは呟きながら扉を開ける。そこには彼の予想通りの景色があった。眼鏡越しにそれを捉えた彼は、「当然だな」といった顔で目の前の生徒たちに告げた。
「論文の提出だな。入りたまえ」