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それを弱さと名付けた(第1回/全3回)

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それを弱さと名付けた(第1回/全3回)
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chapter.6 失踪事件調査(1)・共通点 


 蒼空学園の校舎内。
 食堂は、お昼を過ぎても多くの生徒たちで賑わっていた。
 ガヤガヤと生徒たちが言葉を交わす空間を縫うように、あちこちを動き回っていたのは白波 理沙(しらなみ・りさ)だった。
「ねえ、失踪事件について何か知ってることはない?」
 その言葉を口にしたのはもう、何度目かも分からない。
 理沙は、日が昇りきる前からひとりひとりに地道な聞き込み作業を行っていた。いなくなってしまった生徒を助けたい。そう強く思う理沙の気持ちとは裏腹に、ここまでこれといった成果は出ていなかった。
「やっぱり、固まって行動してると効率は良くないのかもな……ただ」
「これ以上犠牲者は出したくはないからな! オレたちが被害者側になったら元も子もないし、仕方ないと思うぜ」
「ああ。出来ることは限られているとはいえ、目の前で被害が出るのは避けたいからな」
 そう会話を続けたのは、理沙のパートナー、カイル・イシュタル(かいる・いしゅたる)龍堂 悠里(りゅうどう・ゆうり)である。
「それにしても、行方不明になった人たちが心配ね。早く解決できればいいんだけど……」
 ふたりの前を歩いていたもうひとりのパートナー、白波 舞(しらなみ・まい)が前を向いたまま呟いた。
 彼女らは行方不明となった生徒たちを捜索する一方で、涼司が言っていた通りミイラとりがミイラにならぬよう細心の注意を払ってもいた。
 団体行動をとっていた理由も、まとまっていればひとりでいるよりもさらわれる確率は低いはず、という考えからのものだろう。
「目撃者でもいれば良かったんだけど、そううまくはいかないよね」
「目撃者どころか、失踪事件に関するまともな情報すら見つかっていないというのがな……」
 落胆気味の理沙に同調するように、カイルが言った。
「そういやこの事件ってのは、無差別に起きてるのか?」
 何の気なしに悠里が放った言葉に、3人がバッと振り向く。
「そうよね! もしかしたら、何か共通点があるかも……!」
 理沙の顔に、明るさが戻った。指針を見つけ、再び聞き込みを再開しようとする理沙たち。と、舞が同じ食堂内のやや前方に、自分たちと同じことをしているであろう人物の姿を目に入れた。
「あそこで周りの人に尋ね回っている人たちって……ひょっとして、私たちのように失踪者のことを調べているんじゃ?」
 舞の言う通り、そこには2名の生徒が食堂にいる生徒たちに何かを尋ねている姿があった。
 それを見るや否や、真っ先に理沙が絡みに行く。
「ねえあなたたち、何か調べものでもしてるの?」
 理沙に声をかけられ振り向いたのは、水上 光(みなかみ・ひかる)海豹村 海豹仮面(あざらしむら・あざらしかめん)だった。
「えっ? う、うん。ボクは行方不明になってしまった生徒のことが心配で、探しているんだ」
「俺も同じです。これは可及的速やかに解決しなければいけない問題ですからねえ」
 光と海豹仮面の答えに、理沙は「私たちもそのことを調べてたの!」と元気良く告げ、互いの調査状況について情報を交換し合った。が、理沙たちも光や海豹仮面も、まだそこまで有益な情報を手に入れてはいなかった。

「ねぇねぇ、ちょっと聞いていいかな?」
 その後理沙たちと共に手がかりを探す光。一方の海豹仮面はというと、何やら少し方向性の違う声掛けをしていた。
「海豹村を知っていますか? 素晴らしい村ですよ」
「は、はぁ……」
「君も海豹村に入りませんか? いいところだと思うんですが、どうですかねぇ」
「す、すみませんそういうのは結構ですので……」
足早に逃げる女生徒。海豹仮面は伸ばしかけた手をすごすごと引っ込めた。
「な、何やってるの……?」
 近くで見ていた光が、思わず疑問の声を上げる。
「いえ、ちょっと情報を集めるついでに入村者を……」
「もっとちゃんとしようよ! 校長先生だって、蒼空学園のためにがんばってやっていこうとしているんだから。蒼空学園の問題を解決するのは、ボクたち蒼空学園の生徒なんだよ!」
「……確かに。新校長の不安の種を少しでも減らして、職務を全うしていただきたいという気持ちもありますしなあ」
 気を取り直し、真面目に聞き込みを再開した海豹仮面。
 が、やはりただ漠然と聞き回るだけでは失踪者の真相は掴めないようだった。光も海豹仮面も、そして理沙たちもどうにか失踪者の共通点を探していたが、それを決定付けるものは出てこない。
「女生徒がターゲット、ということは分かっているんですけどねえ……他に共通点が見つからないことには」
 海豹仮面が疲れ気味にぽつりと呟く。
「問題は、それが見つかっても肝心の犯人まで辿り着けるか、だよね」
「共通点を探し出すことが出来れば、次に狙われそうな人を特定して、その人を監視なり保護なりすることで、犯人やら真相やらに繋がっていくかもしれないですからな。無駄ではないと思いたいですな」
 そしてふたりは、食堂をまた右へ左へと動き続けた。
 既に何時間かを費やしている光は、自分たちの手で真相を明かしたいという気合いは持っていたものの、それは今のところ空回りに終わっていた。
 しかし、ようやくというべきか、その苦労が報われることとなる。
「どんなことでもいいから、何か知らないかな?」
 光が何十人目かの女生徒に話しかけた時だった。
「関係あるかどうか分かんないですけど……」
 自信なさそうに、その生徒は答えた。
「後輩のひとりが行方不明になったんです。その後輩は、流行にとても敏感な子で、話題になってるものがあればすぐ食いつくような子でした」
「流行……」
「すいません、たぶん意味のない話でしたよね」
 その生徒が軽く頭を下げる。光はその姿勢を正させると、首を横に振った。
「ううん、今まで出てこなかった話が聞けただけでも助かったよ! ありがとう!」
 女生徒に別れを告げた光はすぐに海豹仮面と理沙たちを集め、聞いたばかりの情報を共有すべく全員に伝えた。
「ということは、今度は流行のものを調べる必要があるということですな」
 海豹仮面が光の言葉を聞き、次の目的を口にする。同時に、理沙もそれに反応した。
「最近の流行りっていったら、あのサイトが真っ先に浮かぶかな」
「あのサイト……?」
 光や海豹仮面が聞き返すと、理沙は携帯を取り出し、その画面をみんなに見せた。画面をのぞき込んだ彼らは、「cnps-town」の文字を目にする。



 その頃、食堂から少し離れたところにあるプール脇の更衣室では。
「ねえ、ハルカまた胸おっきくなってない?」
「気のせいだよー。ていうかユイのスタイルの方が羨ましいんだけどー」
「でも胸ぺったんこだよ? あーあ、あたしも隣のクラスのスギハラさんみたいにおっきかったらなあ」
 5、6人の女子生徒が、着替えをしながらロマンティックな話をしていた。
 この更衣室は、夏になればもちろんプールに入る生徒が着替えるための場所として使われるが、木枯らしが吹き始めるこの季節でも、のぞきを恐れる生徒たちはあえてこの部屋を着替えに使っているのだった。
 だてにのぞき部という部活が学校に堂々と存在しているだけのことはある。
 そして、皮肉にものぞきを恐れこの部屋を使っていたはずの女子生徒たちは、今この瞬間のぞきの危機に晒されていた。それも、悪名高いその部活の部員ではない者によって。
「……グレートフル」
 誰にも聞こえないような小声で、彼女たちの着替えを両の目に焼き付けている男がひとり。ロッカーの中にその身を潜め、隙間から部屋の様子を見ていたのはクド・ストレイフ(くど・すとれいふ)だった。
「こちらスネーク、ターゲットは白」
 クドは完全に悪ふざけに走っていた。
 なにかのモノマネを始めると、ぼそぼそと気味の悪いことを呟き始める。彼の存在に気付かない女子生徒たちは、ノンストップで話を続けていた。
「あ、そういえばさ、失踪事件の噂って、本当かな?」
「それあたしも聞いた! 友達の友達が、数日前から行方が分からないって話だよ!」
「えー、それ本当? こわーい」
「本当に失踪事件だったら、早く犯人捕まってほしいよねー」
 話題が件の事件に移った時、さすがのクドも引っかかりを感じる。
「ターゲットはし……失踪事件?」
 あくまで声のボリュームは最小限に抑えたまま、そのワードに心を動かされた彼はじっと聞き耳を立てる。
「犯人のこととか全然知らないし分かんないけどさあ、その友達の友達、最近すごくネットにハマってたらしいよ」
「えー、ネクラー」
「ネットって言ってもアレだよ、センピばっか見てたみたい」
 女子生徒の中のひとりが出した単語に、クドは引っかかりを覚えた。
「センピ……?」
 それが何を示しているのか、彼には分からないことだった。が、物騒な事件の気配が漂っていることだけは分かった。
皆さんお困り……っていうか怖がってる感じもするし、ここはお兄さんも一肌脱ぎましょうかね。
 まあ実際に脱いでいるのは彼ではなく女子生徒たちなのだが、クドはちょっとクールな感じで心の声を発した。が、直後、彼や女子生徒たちにとって予想外の事態が訪れる。
「ハルカー、ロッカーからあたしの香水とってー」
「うん、分かった」
「……え?」
 女子生徒のひとりが、ロッカーに近付く。言うまでもなくそれは、クドが入っているロッカーである。
ガチャ、と無警戒にロッカーを開けたその女性が目にしたのは、どこからどう見ても男性であるクドだった。そしてクドが目にしたのは、下着姿の女性たちだった。
「……!?」
 呆然とし、言葉すら失う女性たち。クドもそれは同じだったが、彼はすぐに体の硬直を解き、おもむろにロッカーから出てくると女性たちに向かって堂々とした口ぶりで告げた。
「話は聞かせてもらった」
 完全に盗み聞きにも関わらず、その様子はものすごくクールだった。
「そんな物騒な事件、放ってはおけま……」
 ぼす、と鈍い音がして、クドの言葉は遮られた。変質者と判断した女子生徒たちが、一斉に彼に殴りかかったのだ。
「お、お兄さんは寝ながら歩いてたらいつの間にかあのロッカーの中にいただけでさぁ……!」
「あるかそんなこと!」
「とんだセクハラ夢遊病だよ!」
 その後クドは顔面を中心に激しい殴打を数十発受け、プール脇に打ち捨てられたという。

「まったく、この学校の男子はのぞき魔しかいないの!?」
 怒りが収まらない、といった様子で更衣室から出てきた数名の女子生徒。校舎へと続く歩道を歩いていた橘 恭司(たちばな・きょうじ)はそんな彼女たちと遭遇した。
「お……すまない、ちょっとだけいいか? ちょうど今女生徒に聞き込みをしていたところで、キミたちにも協力してもらいたいんだ」
 彼女らはついさっき変質者に絡まれたこともあってか、じろり、と恭司のことを警戒の眼差しで見つめる。が、どうやら教育学部生として時折授業に出ていたという経緯が彼にあったためか、すぐにその警戒は解けた。
「聞き込みって、何のですかー?」
「ああ、最近妙なモノを見たり、聞いたりしなかったか?」
「最近ってか、ついさっき妙なヤツには会ったけど」
「ロッカーに入って、かっこつけながら私たちのことのぞいてたよ、そいつ」
「……いや、そういう意味の妙なモノじゃない」
「あ、妙な話って言ったらアレじゃない? 失踪事件」
「そう、それだ」
 生徒のひとりがそのことを話題に出すと、恭司はそれを待っていたかのように話を進めさせた。
「失踪者の周りで、ここ最近何か変わったことはなかったか? 話題になっていたことでもいい」
「変わったこと、って言っても……」
 顔を見合わせる女生徒たち。やがてその中のひとりが、思い出したように恭司に話した。
「あっ、そういえば、行方不明になったって噂になってる子、最近かなりタガザーじゃなかった?」
「あー、そうかも! もしかしたらセンピに夢中になってたのも、動画とか見てたからじゃない?」
 身内色の強い単語が飛び交い、恭司は困惑の表情を浮かべる。しかしそれはすぐに希望を携えた顔へと変わった。
自分が知らない情報こそ、新しい手がかりということだ。
そう感じた恭司は、もう一歩踏み込んで彼女たちから話を聞きだす。
「そのあたりの話を、もう少し詳しく聞かせてくれないか?」

 この時、偶然にも似たような話を聞いていた者がいた。
 ノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)は蒼空学園の中庭で女生徒から話を聞いている最中、その言葉を耳にしていた。
「センピースタウン……?」
「うん、そういうサイトがあるの」
「たとえばそこでは、行われているんですか?」
「んー、みんな趣味とか交流に使ってるかな。たとえば流行の服が買えるショップを利用したり、好きな芸能人の情報を集めたり」
 そうそう、と付け加えるようにその生徒が言う。
「最近だとタガザってモデルさんが人気キーワードになってたよ。シアターとか行けばいっぱい動画があると思う」
「それは参考になりそうです……ありがとうございます!」
 女生徒に礼を言い、ノアは彼女と別れた。すると、その様子を少し離れていたところから見ていた契約者のレン・オズワルド(れん・おずわるど)がノアに近付き収穫を尋ねる。
「どうだ? 有益な話は聞けたか?」
「はい! 便利そうなツールがあるみたいです!」
「そうか、なら早速それを使って失踪者のことを調べよう」
「それはいいんですけど……どうして私が聞き込みしているのを遠くから見ていたんですか?」
「ただでさえ失踪事件の噂で女生徒は不安が溜まっているんだ、不用意に俺が行って怯えさせてしまうより、同じ女であるノアが行った方がスムーズにことが運ぶだろう」
 言われてみれば確かに、長身でサングラスとコート着用、なおかつ学外所属の男が校内でたくさんの女生徒に話しかける様は安心感を抱かせるには程遠いものである。
 ましてレンは、今蒼空学園とひと悶着を起こしているアクリトの下――つまり空京大学の生徒だ。警戒を招かないとは言い切れない。故に、彼は学園に来て最初に校長室へ行き涼司に捜査の許可を貰っていた。涼司が加夜に言っていた冒険屋とは彼、レンのことであった。
「論文を書けと言われても、実際に目で見て、耳で聞かなければ現状を語ることは出来ないからな」
「その割には、見てるのも聞いてるのもほとんど私ですけど……」
 ノアのさりげないつっこみをスルーし、レンは携帯を取り出した。
「この事件を通じて蒼空学園の生徒たちに協力し、彼らの人となり……そして彼らに眠る可能性をこの目で確かめよう。その上で『報告書』という形でアクリトに提出する」
 そう言ってレンは、検索スペースにセンピースタウンと入力した。
「さあノア、確かめに行こう。この依頼には、どんな答えが出るのか」
「はい、これ以上被害者が出る前に、急いで彼女らの足取りも掴まないといけませんし!」
 素早く登録を終えた彼らは、アバターでタウン内へと入っていった。