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静香サーキュレーション(第1回/全3回)

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静香サーキュレーション(第1回/全3回)
静香サーキュレーション(第1回/全3回) 静香サーキュレーション(第1回/全3回)

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【×6―3・解決】

 いよいよ話が佳境に入ろうかというところではあるが。
 ここで一旦6度目のループが起きた朝まで時間は戻る。
 十時より少し前。
 百合園女学院のテラスに、大勢の人間が集まっていた。
「私はループする世界の中での変化をいろいろ調べてみます」
「生徒さんたちを、しっかり観察してみるよぉ」
 まず葉月 可憐(はづき・かれん)アリス・テスタイン(ありす・てすたいん)
「なんだか大変なことに巻き込まれちゃったみたいだね」
「予想通り、朱音にここの制服似合ってますね」
「うん、シルフィ。ワタシもそう思う。でも……ジェラールに着せても愉快だと思うよ」
「って、そこ! 俺は女装なぞ、しないからなーーー!!!」
 続いて祠堂 朱音(しどう・あかね)とパートナーのシルフィーナ・ルクサーヌ(しぃるふぃーな・るくさーぬ)須藤 香住(すどう・かすみ)、そして鎧形態のジェラール・バリエ(じぇらーる・ばりえ)
「僕……いや、私は静香の観察ね」
「私はどこにいればいいのだ? なあ。円」
 そして可憐に強引に女装させられた平等院鳳凰堂 レオ(びょうどういんほうおうどう・れお)……ちなみに偽名は十音・円(とおね・まどか)。と、こちらも鎧形態の告死幻装 ヴィクウェキオール(こくしげんそう・う゛ぃくうぇきおーる)
「ワタシはラズィーヤさんの事を調べればいいのね、わかったわ、任せてちょうだい」
 最後にアルメリア・アーミテージ(あるめりあ・あーみてーじ)がいて。計九名が集っている。
 全員がループのことは把握しており、その上で作戦会議を行なっていたらしい。
「じゃあみんな。お昼には一旦ここに戻ってくること。OK?」
 可憐の言葉に一同が頷き、それぞれ散開していった。

 まずアルメリアは、ラズィーヤに会うため校長室へと足を運んでいた。
(でも。こっそりラズィーヤさんを監視しようと思ったら、蒼空学園の制服じゃ目立つわよね……あ、そうだ)
 思いついたのは、逆にこの格好を利用しての作戦。
 頭の中でそれを軽くシミュレーションしながら、歩いている途中。
「ラズィーヤさん!」
「あら。蒼空学園のかた? 珍しいですわね」
 いきなり本人が向こうからやってきたので、内心かなり焦りつつも用意していたセリフをどうにかこうにか紡いでいく。
「あ、ワタシ、前からここに興味があったし。友達に誘われたから百合園の見学に来たけど、その友達に急用が出来て案内してもらえなくなって困ってるんです」
「そう。それは大変ですわね」
「だから。よかったら、案内してもらえないかな」
「そうですわね……静香が気がかりですけど。わたくし、あまり待つのは趣味ではありませんし。いいですわよ」
 信用しているのかいないのかわかりづらい言動をして、ラズィーヤはついてきなさいとばかりにスタスタと歩き出していった。
 作戦がうまくいったとこっそりガッツポーズしつつ、アルメリアはちゃんと女王の加護で警戒も怠らないようにした。
 そのころ校長室では。
 トイレから戻った静香が、ラズィーヤがいなくなっていることに慌てふためいていた。

 可憐とアリスは、散歩をするかのような歩調であちこちに足を伸ばしており。
 そうしているうちに最初に見つけたのは、校庭でなにか話をしている桜谷鈴子と、そのパートナーであるミルミとライナの三人。
 ふたりはひとまず隠れ身で、茂みに身を潜めて話に耳を傾けてみる。
「いい、ふたりとも。今日はなにも気にせず好きなようにしていて構いませんわ。なにかに気がついても、それは無視してすごすように」
「鈴子ちゃん。きゅうにそんなこと言うなんて、どうかしたのぉ? でも、ミルミは鈴子ちゃんがそういうならそうするよ」
「そういえば私……なんだか、気になる記憶があるような気がするんだけど。わかった、気にしないよ」
 会話の内容から、鈴子は事態に気づいているが。パートナー達を厄介ごとに巻き込まないようにしているのだとわかった。
「なんだか、話しかけづらい雰囲気ですね」
「そうだねぇ。殺気看破にもべつにひっかかってこないし、次いこうかぁ」
 ふたりは再び散策に戻り。
 次に見つけたのは、校舎のあちこちに目をむけながら歩いている村上琴理。
「なにをあんなに警戒しているんでしょう?」
「気になるよねぇ。そうだ、あのねぇ」
 ひそひそと耳打ちしたアリスは、可憐と共に空き教室へと隠れた。
 そして琴理が前を通りかかったときに、おもいきり、
「「わっ!」」
「きゃあ!」
 大きな声を出すという子供っぽいイタズラを披露していた。
 琴理は胸元をおさえながら、顔をわずかに染めて当然ながら怒って。
「な、なにするんですかいきなり!」
「あはは。ごめんなさい琴理さん。ただごとじゃない雰囲気で歩いていましたから、気になってしまって」
「なにかあったのぉ? 私たちでよかったら、聞くよぉ」
「け、結構です、もう! 私は忙しいんです、あっちに行ってください!」
 ぷんぷん怒って、琴理は行ってしまった。
「怒らせてしまいましたね。緊張は解けたような気もしますけど」
「さすがに、今のはダメだったかなぁ」
 反省の心地でふたりが次に向かったのは体育館。
 そこでは今、剣の授業が行なわれていた。お嬢様学校でそういう授業があるのは意外に思われそうだが、心身を鍛えるという意味に加え、戦いが深刻化しつつある昨今、むしろそういった授業も積極的に行なわれていたりする。
 ともあれそこは今、アイリス・ブルーエアリアルの独壇場であった。
 ほとんどの生徒が彼女には叶わず、打ちのめされていく。
 さすがに今の彼女に声をかけるわけにいかないとして、ふたりは見学している高原瀬蓮のほうに声をかけた。
「すごいですね、アイリスさん」
「うん! ほんとすごいんだよ! こう、ばったばったっていうかんじで」
「そうだねぇ。しかも息ひとつ乱してないみたいだよぉ」
「がんばってー、アイリスー!」
 邪気の無い様子で試合に白熱している瀬蓮。
 可憐もアリスも、特に調べるまでもなく彼女達はいつもどおりのようだと判断した。
「さてと。最後まで見ていたら集合時間に間にいませんし、そろそろいきましょうか」
「うん、そうだねぇ」

 そして、十二時に彼女達は再びテラスで一堂に会していた。
「……という感じで、生徒の皆様には特に異常はありませんでした」
 可憐は自分達の報告を手短に済ませた。
「ラズィーヤさんの行動に特に変化はなかったよ。仕事だって言って、あちこちぶらぶらするくらい。ただ、なんとなくラズィーヤを狙うような視線を時々感じもしたけど。あくまでなんとなくのレベルだったわ」
 アルメリアの報告も、とりたてて収穫のようなものはなく。
「私のほうはなにもなしよ。朝のうち、静香がどこにいるのかわからなくって。今回は一体どこに行ったのやら」
 そこからレオ(円)、
「ボクのほうも同じだよ。ループの謎はまだ解明できてない。でも校長室の幽霊が気がかりといえば気がかりね」
 朱音と、特筆することのない話が続いた。
 というか一応情報交換はしているものの、みんなそれぞれ買ってきたパンやお弁当に夢中であまり聞いていないようだった。不安になったレオは朱音に問いかける。
「ねえ、朱音。こんなことでいいの? 私達がループに気づいてから、もう三回は繰り返しの日を送ってるのに」
「確かに。しかも毎回階段で転ぶ、食いすぎで腹をこわす、などの理由で肝心な時に間にあわない醜態をさらしているしな」
 ヴィクも同意するが、朱音は特に気にした風でもなく。
「だいじょうぶだよ、円ちゃん、ヴィク。ぐだぐだなのはここまで。本番はこれからなんだから。ね、みんな」
「あ、ほら。今度は前と違って表が出たわ」
「なるほど、ループの理屈は奥深いですね」
「というより、それは力加減の問題もありそうだが」
 パートナー達は香住が投げたコインに沸き立っており、話を聞いていなかった。

(……はあ。本当にだいじょうぶなのかしら)
 夕暮れの校長室を双眼鏡で眺めながらレオは不安に思い、同時に心の中まで女口調になっていることに気づき、女装にも違和感がなくなっていて軽く凹んだ。
 今レオはヴィクと共に近くの教室から観察している。
 その部屋の中には、静香、瀬蓮、アイリス、カトリーン、珠、オルフェリア、葵、イングリット、美羽、ベアトリーチェの十名がいた。しかしラズィーヤの姿は無い。
 静香は探しに行きたそうにしていたが、行き違いになるかもとして一応待っているようだった。
 時刻はもう四時をまわろうかという頃合になり、レオの口からあくびがでた。
 が、その直後室内になにかが現われたのを確認し、開けた口を慌てて閉じる。
 皆の悲鳴が木霊する中。それはどこからかじわじわと染み出てるようにして、影の形をしたままゆらゆらと人の姿をかたどっていく。
 情報にあった、校長室の幽霊だとレオもヴィクも悟った。
 そして、レオは見た。いきなり棚が壊れて、中から朱音とそのパートナー達が出てくるのを。
 どうやら根回しで元の棚と偽の棚を入れ替え、その中に入っていたらしい。
 今度こそ空いた口がふさがらなくなった。
「ここまでだよ!」
 叫ぶ朱音は、びしっと人差し指を幽霊に突きつける。
「黄昏時の虚構と現実がまじりあう、この時間に現れることはボクにはお見通しだったんだから! さあ、観念してループをときなさい!」
「ちょ、ちょっと待ってください朱音」
「なによシルフィ。今いいとこなのに」
「それが、この幽霊からは悪意のようなものを感じないんです」
 シルフィーナはディテクトエビルで悪意や敵意を探っていたのだが、目の前の幽霊にはそれが全く感じられなかった。
「あなたは一体、誰なんだ?」
 静香がそう言うと、幽霊は口であろう部分を動かし、
『わたくしは……これまでのループの中で、死んでしまったラズィーヤなのですわ』
 誰も彼もを驚かせる言葉を吐き出していく。
『時間と次元が狂った影響で、今……こうして幽霊となって存在しているんですの』
 瀬蓮はアイリスにしがみつき、怯えた様子で。
『どうしてこんな事態が起こったのかは、わかりません。けれど……』
 カトリーンと珠は、そんなふたりを庇うように前に。
『このループからはもう抜け出せるようになっている筈ですわ』
 オルフェリアは静香の前に立った。
『このループを包んでいたなにかが、消えていますから』
 葵とイングリットは互いに互いを支えて。
『おそらく……静香さんが、わたくしを必要だと、言ってくれたからですわ……』
 美羽とベアトリーチェは最後までその幽霊を見つめつづけた。
 淡々と続けられた言葉をきくうちに、静香は西川亜美とのやりとりを思い出した。
(あれが、全ての原因だったの? でも、だけど)
 もう少し詳しく話をしようとした静香だったが。言いたいことだけを告げたラズィーヤの幽霊は、別れの言葉をかけることもなくそのままあっさりと消え去ってしまった。
 しばし一同は呆然とするが。
「ちょ、ちょっと待って。それで、本物のラズィーヤは今どこに?」
「わたくしが、なんですの?」
 そこへ人間の形をしているラズィーヤが、なんともいいタイミングで入ってきた。
「ラ、ラズーヤさん! 今までどこにいたの?」
「え? ああ、ごめんなさい。来客室で寝ていたわ」
「はぁ!?」
「実は朝、蒼空の方に校内を案内したせいで、疲れてついうとうとしてきましたから……昼も食べずに寝入ってしまいましたの。それで静香さん、今からランチでもいきません?」
 ラズィーヤのなんとも自分勝手なその物言いに、
 静香は言い足りないほどの文句が湧き上がってきたが。
「もう……しかたないな。ラズィーヤさんは」
 ただそれだけを言った。
 今回、ケータイは鳴らなかった。

     *

 食堂のアンティーク柱時計は、五時を、さしていた。
「それで、もう全部終わったんだよね?」
「時間が繰り返していないところ見ると、そうなんじゃろうな」
 レキとミアは、静香とラズィーヤ、そしてオルフェリアと共にのんびりとお菓子を食べている。
 一見無作法なようだが、この食堂にはちゃんとお菓子もあるのだ。
「でも気になることがあるよね。ケータイにかかってきた電話はなんだったのかな」
「そのことだけど。もしかしたら……」
 静香は、今になってようやく聞こえてきた声が誰だったのか、その内容がどんなものだったかも思い出していた。
 そしてケータイを手にすると。自分の番号をプッシュして、かけはじめる。
 やがて留守番電話サービスにつながり、
「安心して、僕。ラズィーヤさんは助けることができたから」
 静香はそれだけをメッセージに残しておいた。
 一体なにをやっているのか、すぐには誰にもわからなかった。
「大体これで会ってたかな。今の内容が、歪んだ時間を超えてループに届くんだと思う」
 説明されてもやっぱりよくわからない様子の皆に、もう話を変えることにした。
「そ、そういえば。結局オルフェリアさんはどうしてこの学院に来ていたんですか?」
「そのことなのですけど。オルフェ、じつはたまたま道に迷って百合園に迷い込んだだけだったのです。思い出してみてびっくりなのです」
 照れたように笑うオルフェリアに、静香も笑い、そして。
 自分もあることを思い出した。
「どうしたんですの?」
「ああ、うん。ちょっと気になることがあって」
「気になること?」
「これまでラズィーヤさんを殺そうとしていた人の話なんだけど」
 本人がいる前でするのはどうかとも思ったが、わずかな反抗のもと構わず告げる。
「すぐ前のループで、誰がラズィーヤさんを殺したのか、少し気になって」
 茜、ミネッティ、クリスティー。
 人づてに彼女達は、誰かしらが止めてくれていたという話を聞いたものの。
 結局、直前のループでは誰があんな無惨な殺し方をしたのかわからずじまいだったのだ。
「まあ、わたくしのことを快く思わない生徒さんは意外といるでしょうし。ループ中だから殺しても構わない、なんて考えた人がいたのではありません?」
 ラズィーヤの言葉に、一応静香は納得しておいた。
 なんにせよもう考えることにも疲れたので。
 いくつかの謎を謎のままにして。
 この事件を終わりにさせた。
 ……つもりだったが。
 静香は気づいていなかった。
 幽霊のラズィーヤから告げられた、言葉の意味を。

このループからはもう抜け出せるようになっている筈ですわ』