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リアクション
chapter.12 蒼空学園防衛戦(5)・結託と決着
雨足は弱まりつつあったが、灰色の空から晴れ間をのぞくことはまだ出来ない。
セシル・レオ・ソルシオン(せしるれお・そるしおん)とパートナーの月の泉地方の精 リリト・エフェメリス(つきのいずみちほうのせい・りりとえふぇめりす)は、校門のそばで塀を上ってくるアンデッドたちと一戦を交えていた。セシルが手にしている強化型光条兵器、神剣イクセリオンは彼の背丈ほどもある長剣で、一見扱いづらそうに見える。が、セシルは軽々とそれを片手で振り回し、上方から飛び降りてくる敵を片っ端からまっぷたつに斬り裂いていた。
その後方では、彼の動きに合わせるようにリリトが援護射撃を放っている。射撃、といっても、彼の場合その武器は銃ではない。次々と繰り出される炎や雷――そう、魔法による援護だ。
「この手の輩は、親玉であるネクロマンサーを倒すのが一番なのではないのか?」
魔法の合間に、言葉を飛ばすリリト。セシルは上方に剣を向けたままそれに答えた。
「どこにいるかも、どうすりゃ辿り着けるかもわからねぇんだ。とにかく今は目の前の敵を倒す、それだけを考えねぇと」
「確かにな。この大群を片付けるのが先か。にしても……」
リリトが一旦魔法を放つのを止める。セシルがあまりに奔放な動きで跳ね回り敵を迎え撃っているため、より集中して魔法を放たねばセシルにも当たってしまうからだ。
「もう少し大人しく戦えぬのか。相手の出方を見たり、癖などを予測したり」
「ゾンビ相手にそんなもん、やるだけ無駄だろ? こういうのはこうやって、一気に片付けんだよ!」
横一線、セシルがイクセリオンを薙ぎ払った。落下を始めていた数匹のアンデッドが、同時に体を二分される。
「まっ、ざっとこんなもんだな」
セシルは剣に付着したアンデッドの肉の切れ端を払うと、校門を突破しようとしていたメデューサに目を向けた。
「ここらじゃ、あいつが一番てごわ……っ!?」
標的をメデューサに絞ろうとしたその時だった。時間差で塀から飛び降りてきたアンデッドの一匹がセシルの背後に着地し、振り返ろうとした彼の頬を爪で引き裂いたのだ。鮮血が飛び散り、セシルは頬を手で押さえた。べっとりと血がついたその手を、顔の前へと持っていく。
「……」
瞬間、彼の瞳がぐるりと変わる。それまでの青と緑が混じったような澄んだ色ではなく、頬から流れる血液を連想させるような深紅だ。
「……高くつくぜ?」
そう小さく呟いた彼の横顔は、背筋を凍らせるような、悪魔のような笑みを浮かべていた。
「死に損ないごときがやるじゃねぇか。報いを受けてもらおうか!」
気がつけば、彼が持つイクセリオンもその刀身を瞳と同じ色に変えていた。赤く染まった刃が、瞬く間にアンデッドを小間切れにする。
「……やはり来たか。あの阿呆のことだ、暴走すると思ったわ。まぁ、遠慮する必要のない敵だ、他に迷惑がかからん限りは好きにさせてやろう」
少し離れたところで、リリトが豹変したセシルを見ながら言った。どうやら彼は、自身の血を見てその性格を一変させてしまったようである。アンデッドを斬り刻んだセシルは、そのまま校門へと走り出す。その狙いは、もちろんメデューサだ。
相手も自分に近づくその存在に気付いたのか、その巨大な体から拳を振り下ろしセシルを叩き潰そうとする。しかしその動きはスローで、通常なら何の問題もなく回避できる速度であった。通常なら。
そう、今のセシルは暴走状態にあり、回避・防御など思慮の外であったのだ。自分の体を覆い尽くすようなその拳に、セシルは潰された。ぐしゃっ、と地面もろとも圧迫するような嫌な音が響く。が、驚くことに彼は自分に重力をかけているその拳を押し上げ、土埃と血だらけの体で立ち上がった。
「はははははは! こんだけしてくれたからには、こっちも遠慮なく剣を振るうぜ! 残らず塵に返してくれる! 安らかに眠れると思うな!!」
もはやどうして大剣を持てるのかも分からないほどボロボロになった腕でイクセリオンを掲げ、彼はメデューサに突進した。ナラカの闘技をまとわせた彼の肉体は、この期に及んで自身の速度を上げていた。四肢がちぎれそうな程のスピードをつけ、セシルはイクセリオンをメデューサの足に突き刺した。
「オ、オオオォォオオッ」
唸り声のような、悲鳴のような声を上げるメデューサ。その痛みと怒りは、セシルへと振り下ろされた。メデューサの瞳がギロリと光り、セシルの肉体を石へと変え始めたのだ。が、下半身から徐々に石化していく自分の体を見ても、セシルの攻撃は止まらない。
「痛くねぇ! 痛くねぇぜ!? ははは、おい、こんなもんかよ!?」
その場から動くことさえ敵わなくなったセシルはそれでも、イクセリオンで何度も何度も眼前の敵を斬り刻む。その様子は、戦いというよりはデスマッチに近かった。彼の石化が終わるのが早いか、メデューサが力尽きるのが早いかの勝負である。
そしてその決着は、ほぼ同時であった。何十と剣を重ねられたメデューサは、その体を地面にどう、と横たわらせた。その直後、かろうじて首から上と右腕から先だけ石化を免れたセシルもうつぶせに倒れる。
現時点での戦闘可能アンデッド、残り102体。
◇
「まったく……世話の焼ける阿呆だ」
瀕死寸前のセシルを、リリトが急ぎ回収し、後方の医療班のところへと連れて行く。小型飛空艇を走らせ医療班の待機している場所まで向かおうとしたリリトは、背後から気配を感じた。
「っ!?」
それは、今しがたセシルによって倒されたはずのメデューサだった。使い物にならない片足を引きずりながら、ふらふらと立ち上がるその様は風前の灯であったが、同時にそのしぶとさは畏怖の念すら抱かせた。そのメデューサを囲むように、残っていたアンデッドが群れを成し、一丸となって突撃してくる。言わば捨て身の攻撃のようなものだが、命が消える直前の儚さは、失うもののない強さも兼ね備えていた。あまりの迫力に思わず生徒たちが後ずさったその時、校内出入り口からクド・ストレイフ(くど・すとれいふ)とそのパートナー、ハンニバル・バルカ(はんにばる・ばるか)が現れた。
「こりゃ一大事ですねえ。お兄さんもこの学園にはお世話になってますから、この手で守ってやりたい。そう思うんでさあ」
「うむ、それは立派な心がけだが、何故女装をしているのだ?」
ハンニバルが、視線を合わせないままクドにつっこみを入れる。彼女の言葉通り、クドはどういうわけかこのタイミングで女装をしていた。しかも、中途半端に完成度が高く、彼を知らない者であれば女装と分からないほどであった。
「なあに、俺に出来るのは、俺が出来ることについて、俺が出来るベストを尽くすことですからね」
「……素直に、タイミングを履き違えたと認めれば良かろう」
どうやら彼は、女生徒に扮することで誘拐犯をおびき出そうとしていたようだが、ハンニバルの言う通り、完全に行動を起こす時期を間違えていた。しかしこの非常時に着替え直す暇もなく、やむを得ず女装のまま戦場に現れたのだ。
そのあまりにも緊迫した戦場とかけ離れた存在に、生徒たちが一瞬表情を緩めた。そしてそれは、怯みかけていた精神を若干ではあるが立ち直らせていた。
馬鹿だ。変態だ。おかしいやつだ。
各々が最初はクドに対して思っていたはずなのに、気付けば誰もが、自分たちの背中にある蒼空学園、それを頭に浮かべていた。
――そうだ。自分たちの学校は、馬鹿で、おかしくて、楽しくて。そんな場所なんだ。だから。
ここは、無くしてはいけない。生徒たちは、敵の群れを真っ正面から受け止めるため正門に集中した。
「勝つのは、大概勝てると思ってる人間だけでさぁ、ってことで」
ダメ押しとばかりに、クドがハンニバルの力を借り、彼女が持つヒロイックアサルト、不屈の行軍を行使した。その口から投げかけられる言葉は、聞く者に勇気を沸き上がらせる。
「皆さん、もうちょっとでさぁ。頑張りましょうよ。頑張って、勝ちましょう」
美羽が、ベアトリーチェが、コハクが、優斗が、忍が、信長が、カガチが、葵が、陣が、一輝が、ローザが、コレットが、ユリウスが、理沙が、舞が、カイルが、悠里が、光が、海豹仮面が、リリトが、クドが、ハンニバルが。
外で今戦えるすべての者が、最後の力を振り絞る。
その衝突は、今までで最も激しい土埃を生んだ。
時間にすれば数十分の戦い。そして時計の針が半周ほど回った時、風によって洗い流された埃の中から現れたのは、生徒たちの方であった。地面には、大量のアンデッドが転がっている。
彼らはついに、学園を守りきったのだ。蒼空学園に残る敵はこれで、内部を荒らすウイルスのみとなった。
現時点での戦闘可能アンデッド、残り0体。
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