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リアクション
第2章 奈落の貴婦人【2】
「オーホッホッホッホ! のこのこお出ましになりやがりましたわね、ポンコツ旧式列車さん!」
遠く見えるはともしび、遠く聞こえるは車輪の音。
ほろびの森の女王【カーリー・ユーガ】は装甲列車の屋根に高らかな笑い声を響かせた。
ゴウジャスな縦ロールと底なしの高慢さが浮き出た表情……、説明する必要もなくその性質が汲み取れることだろう。
もっとも奈落人なのでその肉体は借り物なのだが……、そう内実とずれがあるようにも思えなかった。
「大量破壊兵器、ねぇ……、くだらねぇよ馬鹿野郎が……」
奈落人椎葉 諒(しいば・りょう)は吐き捨てるように言った。
溶け込むように身を置く木立の隙間に、顔の半分を覆う火傷の痕が生々しく揺れる。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ……!」
息を切らせてやってきたのは、彼と契約をかわす椎名 真(しいな・まこと)だった。
「こんなところに来て……、なにをしようってんだよ?」
「くくく……決まってんだろ。奴らの……む?」
「会いたかった」
ぴとっと背中を抱く何ものかに、諒は苦悩を顔に刻み込む。
「オコトワリシマス!」
振り向き様に放つ手刀をひらりと東條 葵(とうじょう・あおい)は軽身功で避ける。
「ああ、やっぱり諒は反応が面白い」
「うるせぇよ、鬼子。ナラカにまで来やがって、貴様らもこっちに野暮用か?」
葵とその相棒である東條 カガチ(とうじょう・かがち)に目を向ける。
「ガルーダの様子が気がかりでね。あの戦好きが前線にも出ず、後方に控えていると言うのは気味が悪い」
「くくく……なるほど。好きにすればいい。俺はあの金髪のところに行く。楽しそうだからな」
「ほう」
葵は目を細める。
「おい、そんな話は聞いてない……。勝手な真似は……」
「貴様の意見なんざ聞いてねぇよ」
そう言って、カッと目を見開くと真の身体に憑依した。
「お、おいおい……、結局奈落人は奈落人ってことかぁ」
真の身を案じつつ、カガチはぼやいた。
けれども、葵のほうは普段と同じく冷静だった。頼りない視覚しかないその目には諒の思惑が見えているのだろう。
好きにすればいい、誰にも聞こえない声で呟き、口の端を歪めた。
「ああそう、死霊殿は頭も朧なのだなあ」
「ふっ……」
その言葉の裏に気が付き、真……いや、諒は小さく笑う。
「朧で結構、貴様らとつるむより楽しいだろうよ」
それだけ言い残し、彼はカーリー達のいるほうに歩き去る。
『おい、待てよ。本当にどう言うつもりだ?』
「……ったく、頭の中できゃんきゃん騒ぐんじゃねぇ。連中から情報を集めるって発想はねぇのか」
『え?』
「化粧道具を持ってこさせただろうが。火傷の痕を消す事も作る事もできる。自由に動けるようになんだろ」
『そ、そういうことか……』
「ナラカの人口密度を増やす馬鹿にはお灸が必要だ」
そして、カーリーの前に立つ。
辺りを警戒するゴーストライダーが槍を向けようとするが、カーリーは手を挙げてそれをやめさせた。
「奈落人の椎葉だ。俺も仲間にしちゃくれないか?」
「オーホッホッホ! わたくしの下僕になりたいということかしら?」
「下僕……? いや、普通に仲間に……」
「下僕じゃなきゃイヤよ。下僕になりなさい」
拗ねたように唇をとがらせた。
「まあ……、別にそれでいいか。めんどくせぇし」
その時、ゾンビ馬のいななきが森をざわざわと騒がせた。
ゴーストライダーに連行され、三人の乙女がカーリーの前に引きずり出されてきた。
「お二人には手荒な真似はしないでください」
フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)は前に立って仲間を庇った。
ボロボロで傷付いた様子だ。ここに来る前にゴーストライダーと刃を交え、捕らえられてしまったのだろう。
「私たちはただお話が聞きたくてきただけですぅ」
「そうだよ! 別に殴り込みにきたんじゃないよ!」
メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)とセシリア・ライト(せしりあ・らいと)は言った。
「そんなこと知ったこっちゃありませんわ。どーしてわたくしがあなたがたのために時間を割かなくちゃなりませんの」
「え、え……、う、うーん、なんででしょう……?」
「ちょっとちょっと言い負かされないでよ」
メイベルに代わりセシリアがびしっと指を突きつける。
「一体何を企んでるのよ! ナラカと現世の境界を無くしてどうしようっていうの!」
「オーホッホッホ! 決まっているでしょう。侵略、そして征服……ナラカも現世もすべてわたくしの領土ですわ!」
「ど、どういうこと? なんで境界を壊す必要があるの?」
「ンマーっ! なーんたるドバカっ! 軍勢を集めても、理を破壊しないと現世に死者を送り込めないでしょうが!」
「あ……、そっか」
「あの、私もトリニティさんのことを訊いてもいいでしょうかぁ〜?」
おずおずとメイベルは言った。
「トリニティさんって偽名だったり……しますぅ?」
「はぁ?」
「名前からして三位一体(トリームルティ)の神という印象をうけるのに、トリニティさんの司るのは多分、インド神話で言う創造神ブラフマーじゃないかと思うんです。じゃあ、二柱の神も存在しているのかなぁ〜と思ったんでけどぉ」
「ふむふむ……続けることを許可しますわ」
「もしかして一柱はあなたなのではないですかぁ。破壊を司るシヴァ……、彼の武器である三叉戟がトリシューラですよねぇ。そして、パルメーラさんですぅ。奈落人は魔道書に憑依できないから、トリニティさんとの関係も不思議です。名前も偽名で、魔道書を装った別の存在の可能性もありえます。ヴィシュヌの武器はたしかチャクラムでしたしぃ……」
「おもしろいお話ですわ」
カーリーはふんぞり返ってメイベルを見下ろす。
「でも、トリニティもパルメーラもわたくしも偽名ではなくってよ。トリームルティ……でしたか、わたくし達三人の均衡によって世界樹を安定させるのが本来のあるべき形なのでしょうね。けれど、繁栄を司るパルメーラは世界樹、絶対中立の立場から干渉することはできない、そしてもう一柱を担うのはこのわたくし、と言えば理由はおわかりかしら?」
「ああ……」
メイベルはその言葉で納得した。
なぜ、創造を司るトリニティが三位一体を示す名を持っているのか。
それは彼女以外にバランスを取れる者がいないからだ。カーリーは調和を考えるような性格ではないだろう。
「それにしても……」
カーリーを頭の上からつま先までゆっくりと見つめる。
この身体は一体何者なのだろう……、御神楽環菜の知人とのことだったが、そんな人物がどうしてここに……。
ここに来る前、ステラ・クリフトン(すてら・くりふとん)が山葉 涼司(やまは・りょうじ)から話を聞いた。
けれども、そんな人物には心当たりがないと言う。
設楽 カノン(したら・かのん)の死で環菜とは疎遠になっていた時期があったそうだ。
おそらくこの身体はその時の知人なのだろう。当時の交友関係はよくわからなかった。
「……そろそろ、ポンコツ列車が射程に入りますわ。この者達はどっかに閉じ込めておきなさい」
メイベル達三人はゴーストライダーに連行されていった。
「んっ?」
不意に、ゴーストライダーが殺気立つ。
彼らの視線の先を追っていくと、騎兵に追い込まれた小型飛空艇が近くに墜落するのが見えた。
感情の無い機械のように、あるいは本当にないのかもしれないが、騎兵たちは乗り手に槍を浴びせる。
「ま、待って!」
カチェア・ニムロッド(かちぇあ・にむろっど)は八方からの刺突をヴァーチャーシールドで防御した。
オートガードを使っているけれど、そう長くは持たなさそうだ。
「私たちは敵じゃないの! お願いだから、話を聞いて!」
「攻撃をやめなさい」
その一声で彼らは攻撃をやめ、槍を胸の前に立てると、カーリーのため道を開けた。
「た……、助かったのか?」
ボコボコに歪んだ盾の影から、おそるおそる緋山 政敏(ひやま・まさとし)が顔を出す。
見下すようにこちらを見る女王の姿を見付けると、政敏はやり過ぎなほどうやうやしく跪いた。
「その高貴なるお姿、ほろびの森の女王カーリー様とお見受けします。ははーっ」
「オホホホ……、現世のサルにも挨拶の仕方を知ってるものがいますのね」
「あんな凄まじい兵器を作り上げる方に抵抗するだけ無駄。どうぞ我々をあなた様の軍勢の末席に加えてくださいまし」
プライドをドブに捨てて更にツバを吐きかけたような態度が、カーリーの気を良くさせたようだ。
「トリニティよりわたくしのほうが仕えるに相応しいと?」
「勿論ですよ、比べるのも失礼なほどです。トリニティって奴は無愛想で全く可愛げがねーんですよ。そりゃもうこれっぽちも。その上ですねぇ、『理です』なんて言って、自分の不始末を隠しちまうような小物の中の小物でして……」
カーリーは上機嫌で頷いている。
「なら、麗しい唇から奏でるように流れてくる品のあるお言葉、そして何より、行動の端々から滲み出てくる気品に満ちた立ち振る舞いに知性を持つカーリー様についていくほうが絶対的に幸せになれると思ったんですよ、はい」
「オーホッホッホ! 無論わかりきったことでもあらためて言われるのは気持ちがいいですわ!」
肩を抱えゾクゾクと身を震わせた。もしかするとちょっと変態入ってるのかもしれない。
「その証に手土産も持って参りました」
政敏は時計を確認、抜け出してからちょうど10分、ナラカエクスプレスのほうに目を向けた。
その途端、遠く線路を走る列車から黒煙が噴き出した。
「あら素敵なお土産……」
「へっへっへ、今頃向こうは大混乱でしょう。ささ、今のうちに奴らを一網打尽にしちまって下さい」
「気に入りましてよ」
そう言って、カーリーは三つ又の槍の切っ先を政敏の鼻先に向ける。
「あなたと……そっちの小娘を奈落の軍勢に加えましょう。わたくしに尽くす喜びに悶えつつ戦いなさい」
「へへー!」
頭を下げる政敏。
しかし誰にも見えないその顔には別の思惑が見え隠れ……、誰にも聞こえないよう小さく想いを口にする。
「これで上手く潜り込めた。あとは頼むぜ、御神楽団長」
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