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第四師団 コンロン出兵篇(第2回)

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第四師団 コンロン出兵篇(第2回)

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第九章 ヒクーロを巡る攻防

 
 
ヒクーロ国境の戦い
 
「タスケテータスケテー」
 と、言っている間も、くっ、なくなった。
「救援が来るまでの間、なんとしても死守しなければ……!(タスケテー」 
 レーゼマン・グリーンフィール(れーぜまん・ぐりーんふぃーる)少尉。つまりここはヒクーロ国境。ヒクーロの砲撃を受け不時着した獅子の艦である。シャンバラでは折しも帝国からの宣戦布告が行われたところだった。コンロンにもシャンバラからすでに教導団が送られてきている……コンロンに入っている帝国の龍騎兵団にもそれが伝えられる。そして彼らは見つけた。
「タスケテータスケテー くっ」
 レーゼマン少尉の頭のすぐ上を、飛龍がかすめていく。挑発的な。血の気の多い者たちのようだ。
「諸君、こんなことになってしまってすまない。だがなんとしてでも我々は生きて帰らねばならない!」
 レーゼマンは、避けられぬ事態となり兵たちを集め呼びかける。
「だから、こんな不甲斐ない私だが……無事に生還するまで、諸君等の力を貸して欲しい」
 正直不満が出ても仕方ない。そもそも人の上に立てるような器とは思わん。だが、それでも今だけは、今だけはやり遂げなければならないのだ! ――と。しかし兵たちは皆レーゼマン少尉に最後まで従うと、言ってくれた。
「お前たち……。
 クルツ。お前にも迷惑かけるな」
 クルツ・マイヤー(くるつ・まいやー)に対してもいつになく神妙に語りかける。
「ったく、お前はいろいろ気負いすぎなんだよ。もっと堂々としてれば自然とついてくるさ」
「クルツ……!
 ふっ、ならば頼りにさせてもらおうか」
「へっ……俺は高いぜ? 帰ったら何してもらうかねぇ」
 レーゼマンはもう一度、ふ、と笑ってみせた。そこへ……
「レーゼマン少尉、帝国の攻撃が始まりました! やつら、やはり我々を……」
「くっ」
 レーゼマンは、なるべく艦からは動かずに、銃や弓を主体とした遠距離攻撃で凌ぐ防衛戦を選んだ。
「レーゼマン少尉!」
「ぬうう、来たか! ええい。獅子の牙、受けてみるがいい!」
 レーゼマンの射撃が、飛龍の乗り手を撃ち落とした。
「おおお」「す、すげえ」「レーゼマン少尉!」兵の士気が上がる。
「しかし、深追いはするな!」レーゼマンはあくまで冷静に指揮を執る。近づかせねばよい。そうもうすぐに、救援が……救援……
 
 
 救援は、ヒクーロ国境の戦いが発生してから一時間程の後に、到着した。
「まさか、遅かったか。レーゼマン少尉……獅子にあっては有能な指揮官であった」
 飛空艇から、国境付近を見るクレーメック中尉ら。岩陰に、獅子の艦一隻が沈み込んでいる。「……」
「あっ」
「どうした」
「動いております。艦の周りを、ほら、ここからじゃ蝿ほどにしかわかりませんが、あんなにたくさん。あれが全部、飛龍?!」
「むうぅ」
 まだ、攻撃は続いていたのだ。ということは、レーゼマン少尉はまだ救援を待ってあれだけの龍騎士の猛攻を凌いでいた……!
「レーゼの兄貴!」
「あ、あぁ……レーゼマンさん」
 紅月、雲雀らが甲板へ飛び出てくる。
「どうします、ロンデハイネ中佐」
 クレーメックが、ロンデハイネに語りかけたとき、
「自分の小隊が、下りるであります!」
「金住少尉」
「あっ、あたしもであります!」「俺も、行きます!」
 雲雀。紅月。獅子の隊、医療チームまですでに準備はできている。
「大丈夫だな。よし。こちらへ向いてくるやつらには、援護射撃を加える。極力近くに下ろすので、必ず獅子の艦を、レーゼマン少尉とその部下たちを救い上げてくれ」
「はっ」三名は声を揃えて敬礼し、飛空艇を下りていった。
 獅子の精鋭を前衛に、その指揮を紅月が、金住少尉が率いる銃撃隊を後衛に、雲雀たち医療チームを守りながら、レーゼマンの艦に接近していく。
「この医療チーム、預かったからには頑張ります! 精一杯頑張りますです!!」そう、雲雀は意気込みを見せていたのだが……けど、人まとめんのとか苦手っつかしたことねーし……と、現場に向かう足取りには不安も勿論入り混じる。
 金住少尉に同僚の紅月もいるが、あくまで医療チームに的確な指示を与えねばならないのは雲雀だ。
「へえ、人を預かるなんて初めてだけど雲雀にできるのかな?」「うっせーな黙れよエル!」エルザルド・マーマン(えるざるど・まーまん)はしかし、こう付け加えてくれたのだった――「ははっ、まあ俺がいるんだから雲雀は雲雀らしくやればいいよ。とりあえず前線が心置きなく動けるように動いたらいいんじゃない? 怪我人回収とか、――」具体的なアドヴァイスをくれたエル。「信じていいんだろーなその言葉……」雲雀はそれで幾らか心を決めることができた。雲雀は雲雀らしく。
「うっ、うわぁぁ」
「え、えっ!!」前方で紅月の叫びが聞こえて驚く雲雀。「わっ」頭上を、数体の飛龍が飛んでいく。こうして実際にあたると思いのほかの巧みな身のこなしに異様なまでの威圧感。恐怖が襲ってくる。「う、うわ……な、何という凄まじい……」紅月も初撃は士気を乱されてしまった。
「撃て! 撃て! 攻撃を止めたら一気に崩される!」
 金住少尉の声。後方からの射撃が、飛来した龍騎兵らの攻撃を一時、退けた。「龍騎士も無敵じゃない! 気持ちで負けるな!」
 紅月も隊を立て直す。「金住少尉、ありがとうございます……!」もう一度陣頭に立ち、
「よ、よぅし、なるほど龍騎士の威力はわかったぞ。……しかしええい怖れるなっ。
 相手が強くたってね、戦い方一つなんだよッ!」
 龍騎兵団が空中で転回し再び真正面から向かってくる。蹂躙するつもりか。飛龍の牙と爪が、来る。紅月はタイミングを見て、挙手。兵らが携えてきた何かを放った。飛龍らがそれを振るい落とそうとする。「しめたぞ!」凝固材を仕込んだ弾だ。口を開いて噛み殺そうとする大型生物の特性を利用し、口と鼻を防ぐのを狙った紅月の作戦勝ちであった。
「あはは、やったぞ!」
 落下した龍騎兵に、今度は教導団員らが襲いかかる。
「うわっ」翼を引きずりながら迫ってくる飛龍をよける、雲雀。金住少尉らの部隊が銃撃しとどめをさしている。
「よ、よぅし。医療チーム、艦内へ急ぐのでありまーっす!」
 しかし……
「あ、あれは!」
 龍騎兵の飛龍より一際もっと大きい龍が、来る。龍騎士、か。三騎の内、一騎がこちらへ来る。二騎はそのまま指揮を執って、獅子の艦への攻勢を強める。せっかく持ち堪えているのに、このままではレーゼマンがやられてしまう!
「救援に来ました! 間もなくロンデハイネ中佐の部隊も到着するであります!」
 金住少尉が、声の限りにそう叫ぶ。
「金住、少尉の声、か……」獅子の艦内。龍の爪を受けてずたずたになった、レーゼマン……兵の前に立ち、指揮を執り続けた。
「少し、来るのが……なんてな。私は、まだいける……」しかし……レーゼマンを守ろうとした部下たち数名はすでに倒れ伏している。レーゼマンは倒れた部下たちに心ですまぬ、と言う。
「クルツ! クルツ……? ……。おまえも、やられた、のか……」
 レーゼマンは引き裂かれた艦の壁を伝い、勢いよく上部に駆け上った。
「はぁ。はぁ。お、おお。見える。紅月、ひばりんも来てくれていたのか……おまえたち……
 !!」
 そのときレーゼマンの眼前に突如、大きな影が迫った。無論、飛龍だ。長柄を天に掲げた龍騎士。冑の下に勝ち誇った笑みを浮かべた。
「指揮官……見つけたぞ。どこへ隠れていた?! ふへへ」
「隠れてなどおらぬ! 私の部下をいたぶるように殺した貴様らを、許すわけにはいかんのだよ!」
 レーゼマンは射撃の体勢を取る。この一騎は私が討つ!
 


 
 龍騎士の力は強大であった。飛龍も訓練された飛龍であり、紅月の策も通用しない。金住らは艦を目の前に、完全に足止めされてしまった。
「な、なんということなのでしょう! あそこには多数の怪我人がいるでしょうに……健勝さん!」
 パートナーの健勝をサポートしつつ、もうこの状況に耐えられないという悲痛な様子のレジーナ・アラトリウス(れじーな・あらとりうす)。紅月ら前衛にも、龍騎士の剣捌きと、同時に繰り出される飛龍の爪にかかって倒れる者が出ている。
「くっ。レジーナ……自分の指揮官としての至らなさに恥じ入るであります……!」
「でもっ、何とかしなくては……! あっ、ああ」
 彼ら部隊の上に、影が差す。
 ロンデハイネの飛空艇が来たのだ。
 艦橋より、中佐とクレーメック中尉。
「戦況は芳しくないですね」
「金住少尉は、龍騎兵を退け、龍騎士を相手によく指揮を執っているのだ。ただ、我々の中に、個人で龍騎士と戦える戦闘レベルに達している者が、おらぬ」
「……」
「……」
「……中佐」
 ロンデハイネは、思い詰めた表情を見せていた。
「クレーメックよ。やはり、おぬしにも下りてもらわねばならぬ。飛空艇ごと、ぶつけるよりない。まだ、イコンで戦えぬ以上方法はそれしかない」
「ロンデハイネ中佐。しかしそれでは……いえ、ならば。しかし、時間はありません。私も共にここで。損害は免れますまいが、上手くすれば、大破は避けて切り抜けられましょう」
「クレーメックにはわし亡き後、有能な指揮官として師団を、無論我ら師団のみに留まらず教導団を率先する男となってほしかった……。ここで命を落とす危険に身を晒すことはないのだ」
「中佐……いえ、何としても」
 胸騒ぎ。これだったのか。クレーメックは、しかし、これまでにない最高潮の胸騒ぎに達した。確かに、胸騒ぎはロンデハイネ中佐に関わるものであった。だが。それに私自身も含まれていたのだったとは。
 島本 優子(しまもと・ゆうこ)三田 麗子(みた・れいこ)にはノイエの兵を渡し地上から金住らの援護に行かせた。これまで司令部で中佐の護衛の役割を負ってきた優子はとくに、自身だけでも中佐の傍で護衛を行うことをと申し出たが、中佐は、今護衛は要らぬ、と拒んだ。
 飛空艇には、ロンデハイネ直属の数名とクレーメックが残るばかりである。それから……艦の周囲を少し離れて飛行している、ヴァルナ。
「ヴァルナ! もっと、離れているんだ!」
「ジーベック……?」
 飛空艇は龍騎士の方に進行方向を合わせる。
 龍騎士は、飛空艇が牽制に来たことと喧しく思ったようで、宙高くに舞い上がってくる。
「来たな。帝国の龍騎士め。これでも食らえ」
 


 
「あっ」
「ああ……」
 地上にいた各部隊。まだ小賢しく寄せてくる龍騎兵を相手に乱戦中であった。そのとき、
「おお、ジーベックゥゥ。なんてことなの!」
「中佐! ……」
 中佐の飛空艇は飛龍に突っ込み、龍騎士を巻き込んで煙を上げながらヒクーロ国境の岩山へ落下していった。
「ロンデハイネ中佐……」
 金住、レジーナも唖然とする。
「ちゅ、中佐っ、ク、ク、クレーメック中尉らの死を、無駄にするなァァァ」
 紅月は涙しつつ、抜刀した。
「さあ、獅子の艦は目前だ! この、龍騎兵ども! おまえらならっ」
 太刀筋鋭く、紅月の剣が龍のおしりに突き刺さったが、折れてしまう。
「クッ」反撃に出る兵を、キックで打ち落とす。
「も、もうやめてください! 剣をへし折ってまで、まだ戦うんですかぁ、紅月ぅ!」レオン・ラーセレナ(れおん・らーせれな)が紅月に抱きついて、とめる。「あとは、あとは私に任せて! 痛っ」
「俺には、俺にはまだ鞭があるッ。
 俺の鞭を喰らいたいやつは前へ出なッ! 今回も可愛がってあげるんだからッ」
 紅月は涙を拭いて、金住少尉、今です! ここはお任せください! ひばりん! 先へ、先へ進むんだァ! 叫んだ。
 金住少尉は部隊を進め指揮を続行し、艦に纏いつく龍騎兵らを排除にかかる。雲雀は激戦の中、医療チームを鼓舞して艦に入った。
「皆さん、皆さんお助けに、お助けに参りましたです!」雲雀も中佐たちの死に涙を隠せない。戦闘中だけど……戦闘中だけど……こんなのって……。艦内も、多数の倒れ伏す味方の兵たち。
「雲雀。こっちに」
「……エル?」
 医療チームが必死の救助にかかっている。外ではまだ、戦闘の音が響く。
 艦の上部。雲雀は、エルザルドに引っ張りあげてもらった。
「ああ! そんな。そんな。……レーゼマン少尉」
 見ると、よほどの近距離からぶっ放されたらしき龍騎士の遺骸。それに、血に塗れた飛龍の死骸にしがみつき、倒れたレーゼマン少尉の姿があった。
「お一人で、龍騎士を……?」
「雲雀。この人もだ。まだ、息がある」
 半ば飛龍の下敷きになっている、レーゼマンのパートナー、クルツであった。同じく飛龍相手に至近距離から数度に渡り射撃を続けたようだ。飛龍の爪跡が幾つも付いている。
「助かるのだろうか」
「レーゼマン少尉。……」
 と、外で交戦中の部隊に大きなどよめきがあった。
「えっ」
 龍騎士だ。もう一騎いたのか。
「そんな。どうすれば……!」
 言いつつ、雲雀は震える手で魔道銃を握っていた。
「や、やるしかねぇんだよ……! レーゼマン少尉だって、命と引き換えに龍騎士を仕留めたんだ。あたしの命の一つや二つ!!」
「ひ、雲雀!」
 雲雀は、艦の上から、部隊を襲う龍騎士に飛びかかった。
 


 
 ウ……わ、私は。
 レーゼマン・グリーンフィール少尉。そうだ。わ、私は、生き残ったのか。傷も、痛くも何ともないではないか。
 辺りは、一面暗闇だ。そうかここはコンロン……しかし、それにしても暗すぎる。真っ暗ではないか。
 クルツ。クルツ? 何を笑っているか。チャラ男が。そのようなことで、獅子の隊員が務まると……クルツ? クルツ、どこへ行く! 命令違反か。おい!
 ……暗い。暗すぎる。さ、寒いぞ。
 紅月。ひばりん。何を泣いている。まったく、情けない隊員たちだ。フン。二年前、我々、現在の【鋼鉄の獅子】が【獅子小隊】として立ち上がったときはだな、……む。
 龍騎士……まだ、息があったか。とどめをくれてやる。……む、……弾切れか。
「レーゼマン」
「誰だ! はっ」
 レーゼマンの前にぼんやりと、しかし変わらぬ存在感を放って立っていたのは、かつての獅子の隊長、レオンハルト・ルーヴェンドルフ(れおんはると・るーべんどるふ)であった。
「レ、レオン……馬鹿な。レオンは確か、いや……ど、どういうことだ?」
 レーゼマンは、眼鏡を四回五回とかけ直してその男を見る。間違いない。これは、レオンハルト……
「俺は、帰ってきたのだ」
「レオンは確か、ヒラニプラの東の谷で命を……」
「何を言っている。俺は、祖国に一時帰国していたのだ」
「そ、そうだったか……?」
「俺は帰ってきたのだぞ」
「ウ、ウウム。……」レーゼマンは、えもいわれぬ嬉しさがこみ上げてきたが、ポーカーフェースを装った。
「っくっく。泣く子も黙る指揮官レーゼマンも可愛くなったものだな」
「な、何。幾ら隊長と言え! それに子どもは、苦手なだけだ!」
 レーゼマンが思わず挑みかかろうとすると……ふ、っと、その体が透き通った。
「レオン。……やはりおまえ……」
「レーゼ。勘違いしているようだな。もう一度言うが、俺は、帰ってきたのだ。……あちらの世界も、なかなか悪くは無いぞ。暫しよく見物してくるのだな」
「な、……どこへ行く! わ、私はどこへ行くというのだ! おい、レオン!」
 っくっくっくっくっくっく。レオンハルトの周りにシルヴァ・アンスウェラー(しるば・あんすうぇらー)ルイン・ティルナノーグ(るいん・てぃるなのーぐ)イヴェイン・ウリエンス(いべいん・うりえんす)ら彼のパートナーの姿が次々と浮かび、レーゼマンに微笑みかけて、皆一緒に舞い上がって消えていった。
「レオンハルト・ルーヴェンドルフ。あの男が帰ってきた、だと……?」