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リアクション
4章
1.
カタカタと骨が不気味に鳴る。ついで、微かに、粘着質な液体の音。
「おいでなすったな」
ヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)が、不敵な笑みとともに剣を構える。すぐさま、同行した人々に、キリカ・キリルク(きりか・きりるく)がオートガードで防御する。
「おまえたちは、援護を頼む」
「わかった、任せてよね!」
高島 真理(たかしま・まり)と源 明日葉(みなもと・あすは)は、それぞれに弓をつがえた。南蛮胴具足 秋津洲(なんばんどうぐそく・あきつしま)は、真理を守るように彼女の傍らに控える。敷島 桜(しきしま・さくら)は、あわてて物陰に隠れ、じっと周囲を見守った。ぎゅっと両手にテディベアのぬいぐるみをかかえた姿は、さながら子ウサギのような愛らしさだ。
幻覚植物には遭わずにすんだものの、全く無事にたどり着けるとは、最初から思っていない。幸いこのあたりは天井も左右もそれなりの広さで、剣を振るうには問題はなさそうだが、それでも注意は必要だろう。
桜のディテクトエビルをもってせずともわかるほどの障気が、洞窟内の空気を穢す。その闇のむこうからわき出てきたのは、骸骨が数匹と、粘つくスライムだった。古びた剣を手に、五千年の昔からここで彷徨い続けていた骸骨は、彼らに明確な敵意を発している。
「恐れることはない。所詮相手は木偶の坊にすぎないのだ。俺を信じろ!」
ヴァルが力強く味方を鼓舞し、獅子のごとき咆吼をあげた。
「哀れではござるが……道は通していただくでござる」
明日葉の弓が、細い音をたてて放たれる。骸骨の肩を狙い、腕が砕かれ、赤錆びた武器が落ちる。歩みは止められずとも、少なくともある程度の無力化にはなるだろう。
「よぉっし、ボクも!」
真理も奮起し、次々と骸骨に弓を命中させていく。きっちりと結い上げた緑のポニーテールが、ひっきりなしに左右へと揺れた。
ジェイダス校長の呼び掛けに応え、薔薇学に協力を申し出た以上、自分は天御柱学院を背負っているのだ。みっともないことはできない。
……もちろん、ナラカとの関連を考えると、装置への不安はある。しかし今は、危険なものであるならば、なおのこと薔薇の学舎が無事それを手に入れられるよう、協力したいと真理は思っていた。
二人の援護を受け、キリカを従えて、ヴァルが群れなす骸骨たちの中央へと躍り込んだ。不快な死臭が鼻をつき、命あるものを呪詛しながら、骸骨たちが彼らに襲いかかる。
力任せにたたき込まれる剣は、刃というよりも鈍器に近い。しかし、それらをヴァルは栄光の刀の刀身で受け流し、すかさず、剣を持たない拳を力強く彼らに放った。
則天去私の光が、骸骨たちを砕け散らせる。
「ヴァル」
ふぅ、と息をついたヴァルに背中をあわせ、キリカが気遣うように声をかけた。だが、モンスターはまだまだ湧いてくるようだ。安心する暇はない。
「聖騎士の名において、安らかに眠ってください」
槍を構え、彼らと対峙しつつも、キリカの胸にはある不安もあった。
この危険を乗り越え、そして装置を手にしたとして。『13の星が散る』。それは、認めたくはないが最悪の状況を意味しているのではないだろうか。
だが、烈火のごとく鮮やかに戦いを続ける主君とて、そのことはとうに気づいているはずだ。その上で、怯まぬ強さでもって前に進むというのならば、キリカはそれについて行くだけのことだ。それこそが、自らの、意思だった。
キリカの瞳に映る、なによりも強く輝く星。それこそが道しるべなのだから。
戦闘は続いている。
「きゃあ!」
いつのまにか、ずるずると天井を伝い、スライムが桜の身に近づいていた。
「桜!」
咄嗟に真理が矢を放つが、粘液体であるスライムには効かない。いっそ魔法で……とも思ったが、この距離では桜にも危害がある可能性があった。しかし。
「かかってこいッスよ!」
咄嗟に桜の前に立ちはだかったシグノー イグゼーベン(しぐのー・いぐぜーべん)が、スライムに光の弾丸を撃ち込む。粘つく緑の物体が、はじからゆるやかに凍り付く。だが、重力に任せるかのごとく、酸の体液がしたたり落ちてくる。
「あ……!」
「い……、……っ!!」
桜を庇い、覆い被さったシグノーの背中から、焼けこげた臭いが立ち上る。
「そのまま、しゃがんでて!」
真理が鋭く言うなり、ギリギリと弓を引いた。絶対に二人を傷つけないよう、細心の注意を払って。激情のままに力を解放しないように。
「大丈夫です、真理。慎重に」
秋津州が、真理に囁き、勇気づける。
(大丈夫、大丈夫だもん……っ!)
己にそう言い聞かせ、真理は炎の矢を放った。
ゴオオオオッ!!
音をたて、一度は凍ったスライムが、急激な熱と衝撃に砕かれ、焼かれていく。炎からは、キリカとヴァルが、すかさずシグノーと桜を救出した。
「ぁ……」
桜は、シグノーから離れると、急いで真理の後ろに隠れた。そして、そっと真理に耳打ちする。
「キミ。助けてくれて、どうもありがとうって!」
桜の伝言を、かわりに真理が伝えると、シグノーは照れ笑いを浮かべた。
「しかし……キリがないでござる」
その間、骸骨の進軍を留めていた明日葉がそう呟いた。事実、これではいつまでたっても進めそうにない。
すると、そこへ。
マグライトヘルメットをつけたエールヴァント・フォルケン(えーるう゛ぁんと・ふぉるけん)とアルフ・シュライア(あるふ・しゅらいあ)、そして、五月葉 終夏(さつきば・おりが)とニコラ・フラメル(にこら・ふらめる)が、助太刀に現れた。
「すまないが、頼む」
本人は大丈夫だと言い張るが、シグノーの背中の怪我はかなりひどいようだ。キリカも治療に専念するには、今は敵が多すぎる。ヴァルはシグノーをエールヴァントとアルフに任せ、自身は剣を手に立ち上がった。
終夏のことを庇い、ニコラが剣を手に前に出る。
「無理はするな」
ヴァルはそう気遣うが、ニコラは笑い、「愚問だな、このニコラ・フラメルに不可能などない!」と言い切った。
骸骨たちが、彼らを嘲笑うような音を立てて歯を鳴らす。エールヴァントとアルフは、シグノーと桜を庇いながら、後方に控える。
「君、可愛いねぇ! だーいじょうぶ、俺たちが守ってあげるから」
桜を和ませようと、あえて軽くアルフはそう声をかけるが、桜は戸惑い、テディベアに顔を埋めてしまった。
「アルフ」
やれやれ、とエールヴァントは相棒を窘めたものの、彼の心遣いは理解していた。
(けど……大丈夫かな)
後から後から湧いてくるような骸骨たちに、エールヴァントは密かに眉根を寄せた。
「……ねぇ、ちょっと待って」
終夏が、ニコラの袖を引き、剣をひくように頼む。
「しかし、終夏。危険であろう」
「私、考えがあるんだよ」
終夏はそう言うと、目を閉じ、両手を祈りの形に組んだ。
(お願い、聞いて?)
終夏のまわりから、球状の暖かな光がふわふわと舞い踊り出す。やがてそれは、モンスター達を取り囲むようにして、いよいよ明るく輝きだした。しかし、目を指すような痛みはなく、あくまで柔らかな『光』だ。
(君たちはいつからここにいるの? ……もういいんだよ。戦わないで。憎まないで。思い出して、優しい太陽のこと……)
終夏は心の中でそう呼び掛けながら、ひたすらに力を集中する。
幻覚植物たちは、呼び掛けに応えてはくれなかったけれども、せめてこの可哀想なアンデットたちには、思いが届けばいい。そう、彼女は願った。
「うわぁ……」
眩しい光の中、骸骨たちが動きを止め、そして、浄化されるようにして砕けていく。その様に、真理は思わずといったように感嘆の声をあげた。
やがて、その場には、静けさと光だけが残った。
「……はぁ」
さすがに疲れたのだろう。終夏が大きく息を吐いて、へたりとその場に崩れかける。それを、咄嗟にニコラの腕が支えた。
「あ、ありがとう、フラメル」
「無茶をする」
そうは言うものの、ニコラは終夏の判断を良しと思っているようだった。
「助力、感謝する」
ヴァルは片膝をつき、終夏へ賛美の目を向ける。
「ううん。ただ、……役に立てたらいいなって。モンスターとかがいるっていうのは、未憂さんに聞いてたから」
照れつつ、終夏はいつものへらりとした笑顔を浮かべた。
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