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The Sacrifice of Roses  第二回 タシガンの秘密

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The Sacrifice of Roses  第二回 タシガンの秘密

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 道中、さらに警備として、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)夏侯 淵(かこう・えん)が加わった。
「ご協力いただけて、嬉しいわ」
 ルカルカは、車に乗り込むクリストファーにそっと近づくと、そう話しかけた。
「いえ。ルカルカさんには、以前助けてもらったから」
 クリストファーの返答に、ルカルカは少しだけ切ない表情になる。
 ここで彼らに、この行動の理由を言いつのっても、すぐには理解してもらえないだろう。突然犯罪者の烙印を押されるというのは、屈辱的なことだ。
 けれども、ルカルカとしては、あくまでこれは彼らのためでもあると信じていた。
 本当の敵対勢力から魔道書と薔薇学生を守りたい。駐留所であれば、たとえ攻撃を受けても耐えられるし、薔薇の学舎にあるよりも、タシガン市街に影響は出るまい。そのために、教導団の力を利用すればいいのだ。……ジェイダスが、目的のために、ウゲンの力の一部を利用したように。
「案外素直に従ってくれたな」
「しかし、七曜の一人もいるんだぜ。安心はできねぇな」
 ダリルと淵はそう言うと、移送車の継続車でついて行くことにした。連行されている生徒を守るというよりは、今は魔道書を持つルカルカの警備という意味合いも強い。
「気をつけろよ」
「私は大丈夫だもん。ただ……」
 ルカルカは目を伏せた。先ほどカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)から報告を受けたのだが、空に待機していた一名が、姿を消したらしい。イヴェイン・ウリエンス(いべいん・うりえんす)と二名で追跡を行ったが、かなり早い段階で離脱していたこと、一度も地上にいないという意味では、窃盗という嫌疑をかけて攻撃に踏み切るには難しいとうこと、その諸々が重なり、見失ってしまったという。
「空で遅れをとるとはな」
 なまったか、と言わんばかりにカルキノスは嘆くが、ルカルカは「気にしないで」と答えた。
「一番大事なものは、ここにあるんだしね」
 目的は、薔薇の学舎の生徒を捕縛することではない。むこうから攻撃をしかけてこず、かつ、魔道書を持ち出したというわけではないのなら、必ずしも傷つけてまで逮捕する必要はないだろう。
 ルカルカは、そっと胸元を押さえた。青い石は、かすかに暖かく、脈打っているようだ。非物質化したとはいえ、その魔力は充分に感じられるようだった。


 そして、移送車がタシガン市内へと入った時だった。
 一台の馬車が、車の進路を遮るように立ちはだかる。
「誰だ?」
 ダリルが警戒も露わに車を飛び降り、馬車へと向かう。レオンハルトとルカルカも、車を降りた。
 同じように、馬車からマントを翻し、ひらりと地上に降り立ったのは、薔薇の学舎のルドルフ・メンデルスゾーン(るどるふ・めんでるすぞーん)だった。その後に、教導団の叶 白竜(よう・ぱいろん)世 羅儀(せい・らぎ)の姿もある。
「ご機嫌麗しゅう。獅子の御仁」
 ルドルフが芝居がかかった言葉使いで、優雅に一礼をしてみせる。
「突然の挨拶だな、ルドルフ」
「ご無礼お許し願いたい。そちらの流儀は、多少強引なようなのでね。……さて」
 ルドルフは懐から一通の書状を取り出し、彼らの前に広げた。羊皮紙には、アーダルヴェルトの文字がある。
「アーダルヴェルト卿から、タシガンにおける財産の一部を正式にご譲渡いただいた。そのなかには、アーダルヴェルト卿よりエルジェーベト伯爵夫人へと貸し与えられていた魔道書も含まれている。我々は、アーダルヴェルト卿からの依頼もあり、伯爵夫人の館より魔道書を取り戻しただけのことだ。この場合、窃盗にはあたらないと思うが、いかがか?」
「アーダルヴェルト卿からの依頼だという証拠は、どこにあるというのだ?」
「この書類にその一文があるよ。どうぞ、お確かめを」
 慇懃な手つきで、ルドルフは書面をレオンハルトに差し出した。
 ……実際には、からくも追跡から逃げおおせたクリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)が、事情をタシガン屋敷のルドルフに伝え、その一文を追加させている。だが、クリストファー本人はこの場に姿は見せず、また、アーダルヴェルトが譲渡を決めたことは本当だ。
「……本物ではあるようだな」
「ご理解いただけて幸い。……では、僕ら同胞を解放と、魔道書の返却を願うよ。これ以上の拘束の権利は、君たちには無い」
「…………」
「問題は無いはずです」
 口添えをしたのは、白竜だった。その間に、「薔薇学の学生さん、お疲れさまですー」とにこやかに羅儀が彼らを車から解放させている。
 タシガン屋敷の警備をしていた白竜たちは、ルドルフの要請を受け、この場に同行していた。同じ教導団の人間がいたほうが、交渉がスムーズだろうと思われたからだ。そして、それに白竜も同意していた。
 今、タシガンで教導団と薔薇学の間の関係を悪くすることは避けたい。そう考えたからだ。
「でも……」
 ルカルカは、魔道書の引き渡しを渋る。しかし。
「国軍として、命令が下されていない以上、魔道書の引き渡しを求めることはできません。しかも、本来の所有者であるアーダルヴェルト卿の譲渡証明書はあちらにあります」
 それから、声を潜め、白竜は続けた。
「今は友好的に接するべきです。本心はどうあれ、見守る時期でしょう」
「……わかったわ」
 不安はあるものの、ルカルカは頷き、魔道書を再び青い石の姿に戻す。そして、ルドルフへと返却した。
「ありがとう」
 ルドルフはそう答え、ルカルカの手を取ると、その甲にキスをする。
 誰しも一様に納得しきった様子ではなかったが、ひとまず拘束されていた生徒たちは解放され、魔道書は薔薇学の手に戻ることとなった。
「やー、良かったねぇ。……お宝をちゃんと手に入れるまでは、薔薇の学舍の学生さんたちにがんばってもらわないとねえ」
 不用意に口にした羅儀を、白竜は鋭く睨み付けた。
 本来ならウゲンが現女王に対して起こした行動からすれば、タシガンの街全体が国軍の監視下におかれてもおかしくはない。上層部がそれをしないのは、全てが終わっていない事もあるが、ある意味ジェイダスと同様にウゲンの行動は予測済みでその上でウゲンを利用している可能性もあると白竜は考えていた。
 どちらにせよ、新エネルギーという未知のものに対し、先走って行動するのは得策ではない。今は、その流れを見守り、いざというときに備える時期だろう。
「全ては新エネルギーが手に入るまで、自国の権益の為に、だね」
 自嘲するように呟いた羅儀の言葉に、白竜は答えなかった。