天御柱学院へ

蒼空学園

校長室

イルミンスール魔法学校へ

The Sacrifice of Roses  第二回 タシガンの秘密

リアクション公開中!

The Sacrifice of Roses  第二回 タシガンの秘密

リアクション

「私は、疲れたのだ。なにもかもに」
「…………」
「それは、この地にあるというエネルギー装置についても、薔薇学に協力するということでいいんだな」
 鏨が念を押すように尋ねた。
「エネルギーは、世界が抱えている問題だ。この装置とやらが、中立的な立場で運営されるとすれば、色々ときな臭くなっている地球とパラミタの関係を修復できる大きな要素にもなる。アーダルヴェルトが協力してくれるというならば、これ以上のことはない」
「ジェイダスの目的はそれですわ。タシガンの秘密を、手に入れること。あなたはそれで良いのかしら?」
 鏨とファトラが、思惑がやや違う立場から、アーダルヴェルトへを問い詰める。
「おっと。装置の発掘については、ウゲンからの情報提供があったからのことだよ。あれを校長が運営することについて、問題があるとは僕は思わないな」
 ルドルフが牽制するかのように口を開き、仮面越しにちらりとファトラを見やった。だが、すぐにアーダルヴェルトへと視線を戻し、言葉を続ける。
「もちろん、薔薇の学舎としては、アーダルヴェルト卿の提案を喜んで受け入れますよ。装置の運営に関して、卿の協力がいただけるとしたら、これ以上のことはありませんからね」
「そうか……」
「しかし、大変申し訳ないが、そのことについて書面をいただきたい」
 口約束で済むことではない。ルドルフの申し出に、アーダルヴェルトは力なく頷いた。

(……アーダルヴェルトは、何も知らなかったということか)
 その様子を見守りつつ、鏨は内心で呟いた。
 アイシャが吸血鬼であるということは、ウゲンに創られた存在であるということと同義だと、鏨は思う。つまりこの女王ですら、ウゲンの長年の謀の一つではないかと。それについてなんらかの確証が得られればとここまでやってきたが、アーダルヴェルトの衰弱ぶりから察するに、彼はただウゲンに付き従っていただけの存在に過ぎないようだ。
 若干の肩すかしは感じるが、それほどにウゲンという人物は、誰一人としてすべてを明かさずにいるのかとも思う。
 あのように、全ての想像と因果を越えたところの力を手にした者とは、そうなるのだろうか、とも。
(まぁ、俺には関係ないがな)
 ウゲン自身がどのような孤独にあろうと、鏨には所詮他人事だ。そう結論づけると、書類作成のために一旦アーダルヴェルトが席を外したと同時に、行儀悪く足を投げ出した。
 ひとまず、エネルギー装置について、薔薇学がその所有を公的に認められたというのは、目的通りだ。あとはもう少し情報を集め、母校へと持ち帰るつもりだった。


「お待ち下さい、アーダルヴェルト卿」
 一方。廊下では、さりげなくアーダルヴェルトの後を追ったファトラが、彼を引き留めていた。
「……なんの用事だ」
「諦めてはいけませんわ。ウゲン様は、必ずこの地に戻られます。その時のために、この地そのものをジェイダスに預けてはなりませんわ」
 静かに、冷静に。そして狡猾に。蛇を思わせる眼差しで、ファトラはアーダルヴェルトへと囁く。
「私は、とあるイエニチェリと通じておりますの。あなたと同じく、ウゲン様を信じる者ですわ。彼は、ジェイダスの駒ではありません。必ず、あなたのお役に立ちますわ。ですから、あなたも、彼に力を貸してはくださいませんか」
「…………」
 アーダルヴェルトの瞳が揺れた。
 常ならば違うだろうが、憔悴しきった彼にとっては、強い意志を秘めた言葉、そして甘い誘惑は、ひどく魅力的に響いたのだ。
「装置については、ひとまずはジェイダスに預けましょう。それが、ウゲン様のご意思のようですから。しかし、お戻りになられたときには、再びそれはタシガンにおいて輝くはずですわ。……どうかご安心なさって。私たちは、ウゲン様の名において、あなたの味方ですわ……」
 薄暗い廊下に、ファトラの囁き声が、静かに響く。微かに尾を引く吐息は、どこか、蛇の威嚇音のようでもあった。

(なるほど、そういう手にでたか……)
 黒崎 天音(くろさき・あまね)は、廊下の影に身を隠し、そのやりとりを密かに聞いていた。
 そのまま姿は見せず、与えられていた部屋へと戻る。そこでは、ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)が、天音の散らかした部屋を丁寧に片付けている最中だった。
「どうした。客人はもう帰ったのか」
「まだみたいだけど、なかなかおもしろいことになってるよ」
 天音はそう答えると、緋色のビロードが貼られた椅子に腰掛け、頬杖をついた。
 ウゲンの側についたという立場もあり、天音は今のところ、密かにアーダルヴェルトの屋敷にいた。さすがにここまでは、そう簡単に捜索の手も伸びないとわかっているからだ。
「怪我の具合はどうだ」
「ああ。たいしたことはないよ」
 そう答えた天音を見やり、ブルーズは少しばかり眉をひそめる。そして、大きく息をつくと、彼の前に立ち、乱れた襟元を調えてやった。
「襟を整えろ……だらしないのは好みじゃない」
 いつも通りのブルーズの言葉に、天音は微笑む。
 洞窟の探索を、一足先に行ったのは、昨日のことだ。とはいえ、完全に奥まではたどり着けなかったのは、残念ではある。幻覚はともかく、さすがにブルーズと二人では、モンスターに対抗しきれなかったのだ。
 その際、多少の負傷はしたが、手当も終えた今は、天音の言うとおり、それほどのダメージはない。むしろ帰り際に、歩哨に姿を見とがめられたほうが、失敗だった。
 とはいえ。
「完全に調査ができたとは言えないが……。とりあえず、プラントとの共通点は、思ったより無いようだね」
 ブルーズがビデオ録画した映像を再生しつつ、自身の記憶や感じ取った気配からも、天音はそう結論をだす。
 彼は、ナラカ化したイコンプラントと、この装置が同じ……あるいは類似したものではないかと考えていた。だが、どうやらその予想は外れたようだ。
「となると、……13というのは、やはり僕たち自身のことなのかな」
「つまらなそうだな」
 不安というよりは、いささか物足りないように呟いた天音の口調に、ブルーズがやや呆れた調子で言う。
「少しね」
 あまりに単純すぎるだろう、と天音は言わんばかりだ。謎を解くことのほうが、まるで自身の身の安全よりも大切かのように。
 そんなパートナーの性質を知ってはいるが、ブルーズはその分、天音の身をつい案じてしまうのだった。