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聖戦のオラトリオ ~転生~ ―Apocalypse― 第2回

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聖戦のオラトリオ ~転生~ ―Apocalypse― 第2回

リアクション


・海京分所


(しかし、ここは平和だねぇ)
 高崎 悠司(たかさき・ゆうじ)は極東新大陸研究所海京分所で、警備を行っていた。
 とはいえ、緊急時には契約者を無力化するシステムがあるため、実のところあまりやることはない。
 ホワイトスノー博士の助手であるイワン・モロゾフ曰く、それでもやっぱり人の目があった方がいいとのこと。ホワイトスノー博士不在の今は、モロゾフが各種のデータ管理を行っていることもあり、警備は悠司一人だ。
「お疲れ様です。異常はないようですね」
 通路で、モロゾフと顔を合わせた。
「そういえば、前にここはコリマの旦那も監視は出来ないって言ってたっすよね。だけど、研究所内が一切監視を受けてないってこともなさそうなんだよねぇ」
「監視カメラはあっても、そんな特定の誰かを見張るようなことはありませんよ」
 天御柱学院同様、どこかグレー、あるいはブラックなものがありそうな雰囲気だったが、そういったものは内情を知りつつある今でも見つからない。
「そーいや、ホワイトスノー博士ともう一人、よく学生と話してるヤツ――ドクトルっつったっけ? 一体どんな人だ?」
 ドクトルの名前は聞いたことがあるが、どんな人物かはまだ知らない。ここの研究所に出入りしていることは知っているが、ここの所属なのか、それとも海京、あるいは天御柱学院の人間なのか。
 PASDのアレンによれば、海京のネット関係のセキュリティと研究所のそれは別になっているということである。
 その両方をドクトルも知っているとなれば、かなりの要人の可能性が出てくる。
「極東新大陸研究所が出来た2014年からずっと、脳科学、神経科学の研究をしていた人ですよ。パラミタ線の発見と、パラミタ化技術に貢献した人物の一人でもあります」
「ってことは、強化人間の生みの親の一人ってわけか」
 ならば、研究が始まってそれほどの時間が経っていないにも関わらず、やたらと深い知識を持っているのも納得がいく。
「そういえば、最近海京で起こってる事件は、噂によると強化人間のなりそこねだとか、学院のドロップアウト組だとか言われてるけど、何か関連性があるんじゃねーかな?」
 風間のやり方に反対しているドクトルが裏で糸を引いているとか。
「おそらく、ドクトルとは何の関係もないでしょう。そもそも、彼は強化人間に対する誤解を解くために、色々と尽力している方ですからね」
「誤解?」
「強化人間が非人道的だという考え方ですよ。ドクトルからすれば、パラミタに適応しただけの普通の人なのに、『強化人間』というレッテルが貼られたことで偏見を受けている現状を何とかしたいのでしょう」
 だから、強化人間が悪く思われるようなことを引き起こすはずはない。
 モロゾフもドクトルのことは疑っていないようだった。

* * *


「ドクトルさん、この前の話ですが……」
 矢野 佑一(やの・ゆういち)ミシェル・シェーンバーグ(みしぇる・しぇーんばーぐ)はドクトルが極秘で進めようとしていた能力消去薬について、意見を述べた。
「能力抑制、あるいは消去の薬を作ることには反対です。どうしても力を制御出来ない人のために一時的に能力をセーブ出来る薬を作るなら……と考えましたが、これも使い方によっては毒にも兵器にもなる危険性が高く、嫌な予感が拭えませんでした」
 その薬が存在すれば、例えば「言うことを聞かなければ能力を消すぞ」と脅しを掛けることだって出来る。それはこれまで以上に、強化人間の立場を悪化させることに繋がるかもしれない。
「普通に暮らしていけるようにって考えてくれたドクトルさんの気持ち、わかるけど……
でも、ボク達はずっと『思い出を消さなくてもいい方法』を考えてたから、力はそのものを消したくないよ。『力があっても大丈夫』『そのままでいいんだよ』って、まずはボク達がしっかりと存在を受け止めないといけないんだと思います」
 ミシェルもまた、佑一と同意見のようだ。
 能力そのものを否定しているわけではない。だからこそ、それを否定するようなやり方はしたくないのである。
「風間さんについても、あの人が上層部を抑え込むことによって助かっている人達がいるのも事実なので、やり方に賛同出来ない部分は多くても、全否定はしません。ただ、最近の動きに関してはどうにも気になります」
 海京中巡回している風紀委員のこともある。
 何やら強化人間管理課が慌しいように感じられるのだ。
「風間君の考えは読めないよ。今の風紀委員――強化人間エキスパート部隊も、もしかしたら上層部への対抗手段かもしれない。ただ、仮に上層部を打倒したところで、その後風間君が何をしようとしているのか……」
 ただ、強化人間を認めさせるというのが風間の目的ではなさそうだと、ドクトルが言う。
「未だに上層部は強化人間は差別してるみたいだけど、どうしてなんだろう……? もっとリラックス出来れば、他の人と変わらないのに。むしろ、普通の人だって不安定になるとどうなるか分からないでしょう?」
 「強化人間だから」という悪意のあるレッテル貼りをしないで欲しい。ミシェルが心を痛めているようだった。
「上層部は恐れているんだよ。強化人間を。三年前の事故のことがあるからね。それに、認めたくないんだろう。自分達とは違う特徴を持った人類を」
 だから、危険な存在だという意識を植え付けて追い込もうとする。
「今の状況を変えるには、まず強化人間と種族で呼ぶのではなく、ちゃんと相手の名前で呼んで、もっとお互いの存在を認識し合うことが大事だと思います。自分自身、色々あって心が不安定になっていた時期がありましたが、ちゃんと名前で呼んでもらえたことで、落ち着いたということがあるので」
 相手を色眼鏡で見ないこと。それがまず何よりも大切であると告げる。ドクトルも、それについてはよく分かってはいるらしい。
 しかし、一度根付いた意識を変えるのは簡単なことではない。
「確かに、すぐにどうにか出来る問題ではないと思います。しかし、強靭な精神というのは様々な障害を乗り越えて身につくものだと思うので、それを研究している以上、自分達がもう無理だと諦めてしまっては元も子もありません。そこで、お願いがあります」
 佑一はドクトルに頭を下げた。
「相手の存在をしっかりと受け止められるようになるために、今まで以上に脳科学と心理学を教えて下さい」
 もっと専門的な領域に踏み込みたい、とドクトルに懇願する。
「これまで以上に大変だけど、本当にその覚悟はあるのかい?」
「はい」
 ドクトルが微笑む。
 こうして、佑一達はドクトルからより専門的な指導を受けることになった。