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聖戦のオラトリオ ~転生~ ―Apocalypse― 第2回

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聖戦のオラトリオ ~転生~ ―Apocalypse― 第2回

リアクション


・エキスパートVSサイオドロップ


 海京西地区地下。
「とりあえず、犯人見付けないと駄目よね……現状じゃ手掛かりが少ないのよね」
 瑠架と紫翠はエキスパート部隊と一緒に地下通路を巡回している。
「護衛の契約者が……機能していない……操られているのでしょうか」
 わずかな情報から紫翠は推測する。
「もし強化人間が操られて、反抗したら……厄介かもしれません。色々と強化もされているし、精神的に、もろいですから……そうならないといいのですが」
 人気のない通路を見渡す。
 奇妙な仮面の人物は犯行現場付近では目撃されているものの、街の中では見つかっていない。また、追おうとしても、忽然と姿を消してしまうという。
 ならば、この地下を通って、ターゲットとして定めた者を襲撃しているはずだ。
「このままだと埒が明かないね。リーダーには悪いけど、ちょっとだけ揺さ振りをかけてみるかな」
 黒川がエキスパート部隊の前に出る。
「最近行方不明になった生徒がいたはずだけど、確か……」
 何事か呟く。
 次の瞬間、黒川の姿が桐山 早紀のものに変化した。
「ミラージュとソートグラフィーの応用みたいなものだよ」
 要するに、あくまで幻影であり、実際に変身しているわけではないということらしい。
 早紀の姿をした黒川が部隊から距離を取り、一人奥へと進んでいく。とはいえ、エキスパート部隊がすぐに動けるように、見える距離はキープしている。
 そして、
「桐山。なぜここにいる?」
 仮面を被った人物が黒川の前に現れた。
「ちょっと忘れ物をしてね」
 右手を挙げる。奇襲の合図だ。
「……! 桐山じゃないな!」
 相手の背後からも、複数の人影が現れる。黒服に仮面の集団だ。
「殺すつもりはない。ただ、お前達を管理課に返すわけにもいかないのでな」
 それはこちらとて同じだ。
 こうして接触した以上、指示通りに捕縛する必要がある。
 だが、相手の方が早かった。
「ここは我々のテリトリーだ――起動!」
 直後、エキスパート部隊の大半が、その場に膝をついた。

「これは……一体!?」
 仮面の集団に攻撃を仕掛けようとしたものの、朝斗は身体が思うように動かなかった。それは、彼のパートナーであるルシェンも、アイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)も同様だ。
「ヤー、ここまで強力なのを持ってるなんてネ。対策はバッチリってとこかな」
 チャイナ服っぽくアレンジした制服を纏った女子生徒――鈴鈴が落ち着いた様子で呟いた。
「改良型のPキャンセラー。契約者……というよりパラミタ線の影響を受けた者を無力化する装置。でも、これだけ強力だと使用者も影響を受けそうなものだけどネ」
 鈴鈴も、今は自由が利かないらしい。
 だが、眼前の仮面集団も、契約者、あるいは強化人間だろう。レイヴン暴走以後、入院していたはずの桐山 早紀がメンバー入りしているところからもそう考えられる。
 にも関わらず、相手は自由に動けるようだ。
「多分、あの仮面かな? Pキャンセラーを遮断してるのは」
 そうであるなら、向こうはばっちり対策を整えていたことになる。
「結構ヤバイ状況だと思うけど、随分余裕だね」
 朝斗にはそれが不思議だった。管区長である鈴鈴も、黒川も、他のエキスパート部隊と違って、一切取り乱す気配がない。
「クロにもリンにも、切り札があるからネ。まだ慌てる時間じゃないヨ」
 しかし、仮面の魔の手はすぐ近くに迫っていた。
「強化人間をパートナーに持たない者が、なぜそいつらと一緒にいる?」
 相手からしても疑問だったらしいが、このままでは自分も連れて行かれる。
(今、ここで捕まるわけには……いかない!)
 それが彼に変化をもたらした。
「俺に近付くな!」
 無理矢理身体を動かし、目の前にいる人物の仮面を剥ぎ取る。
「……な、バカな!?」
 やはり鈴鈴の推測通り、それがPキャンセラーを遮断していたらしい。動けなくなった男からリモコンのようなものを奪い取り、それを破壊する。
「さあ、終わらせてやるよ」
 内なる「闇」の表面化。あるいは、暴走。
「朝斗!」
 その影響をルシェンが受ける。これまでも朝斗の暴走は度々起こっており、その度にルシェンが脱力感に襲われていたが、今は以前ほど強いものではないらしく、彼のサポートを行えている。
 朝斗にも、今までの暴走に見られたような荒々しさはない。むしろ、静かなる狂気に駆られているという感じだ。
 光学迷彩で姿を消し、黒檀の砂時計、さらにアクセルギアで他の仮面姿へと急接近する。後方からはルシェンが援護を行い、さらにアイビスも煙幕ファンデーションで相手の視界を塞ぎつつ、積極的に前に出る。
「手伝いますよ、朝斗。私は……二度と手放したりはしない」
 その呟きを朝斗は聞き取れなかった。
 彼にあったのは、目の前の敵を倒すこと。そして暴走している彼の強さは、圧倒的だった。
「はい、そこまで」
 突如腕を掴まれたため、朝斗は動きを止めた。
「何しやがる! まだこいつらは……」
「まあまあ、落ち着きなヨー。今回の目的は、殲滅じゃないんだからさ。ここに転がってる連中だけ連れて帰れば十分」
 振りほどこうとするが、今の朝斗でもそれは出来なかった。
 それよりも、姿を消した上アクセルギアで加速状態にあった彼を、こうも容易く抑えた鈴鈴は一体どんな力を持っているというのか。
 パシン、と頭を鈴鈴に叩かれる。
「……あれ、僕は一体?」
 朝斗は正気に戻った。
 とはいえ、暴走していたときのことはちゃんと記憶にある。
「あいやー、もう大丈夫だヨー。どっちにしても裏切る心配はないからそれ、下ろして」
 鈴鈴の視線の先には、火天魔弓ガーンデーヴァを構えたアイオンの姿があった。
 暴走した朝斗の動向に注意を払っていたようである。
「とりあえず、彼らを回収して管理課に戻ろう」
 黒川が言う。
 倒れている者達を捕縛し、エキスパート部隊の一行は地上へと引き返した。

* * *


 連れ込まれたのは四人。
 管理棟の尋問部屋には媛花、黒川、マキナ イドメネオ(まきな・いどめねお)の三人がいる。捕らえられた者達は仮面を取られ、拘束具によって四肢の自由を奪われている。
「まず、お前達は何者だ?」
 尋問は一人ずつ順番に行う。相手の素性を確認しようとするが、口を割ろうとはしない。
「まあこれは無理に答える必要もない。天学生ならばお前達の顔と指紋、DNAでも採取し、行方不明になっている生徒のリストから照合すれば分かることだ」
 それでも、黙秘を続けている。
「ここからは自発的に吐露して頂きたい。サイオドロップ……と我々はそちらを呼んでいるが、その規模、学院上層部を襲う理由、組織を指揮しているリーダー格の人物とその目的だ」
「馬鹿正直に教えるとでも?」
「残念ながらここは強化人間管理棟だ。ある意味野蛮な、拷問を味わう以上の苦痛を伴うような、科学的な処方で口を割らせることも出来るのだぞ」
 そんなことは分かっている、とでも言いたげな顔でエキスパート側の者達を睨みつけてくる。
「どうするかはお前達の判断に任せよう。そこの統轄役が痺れを切らして動くまで、熟考したまえ」
 しばらくすると、サイオドロップのメンバーが口を開いた。
「組織の規模は、俺達みたいな下っ端には分からない。ボスしか把握してないんじゃないか。上層部の役員を消すのは、あの腐った連中が邪魔だからだ。こうしている間にも、また一人殺されてるかもしれないぜ?」
 天御柱学院を、海京を立て直すには、今の上層部が邪魔になるという。特に役員会という邪悪な組織には潰れてもらわなければならないと。
「ボスは何者だ?」
「さあな。お前達のトップ、風間を誰よりも憎んでいるということ以外は知らない」
「風間さんを憎んでいる、ねぇ……」
「心当たりがあるのか、黒川?」
 媛花は黒川と目を合わせた。
「なくはない、かな。とはいえ風間さん、恨みはたくさん買ってるから一人には絞れないよ」
「お前達は、あの男を分かっていない!」
 サイオドロップのメンバーが叫ぶ。
「風間さんは、あえて恨まれ役を買ってるんだよ。僕達強化人間の自由のために、ね」
「違う!」
 様子を見るに、役員連続襲撃の最終目標は風間である可能性が高い。
「で、リーダー。多分この調子だと答えてくれなそうだから、強硬手段に出ていいかな?」
「構わない。それで情報が得られるのなら」
 威圧感のあるマキナを前にして口を割らないなら、普通の尋問ではこれ以上効き出せないだろう。
 黒川がサイオドロップの一人に近付き、その頭に手を乗せた。
「あああああああああ!!!!!!」
 直後、手を置かれた人物が悲鳴を上げる。
「……読み取り完了。後は余計な記憶を消して、と」
 黒川の能力だ。
 テレパシーとサイコメトリの応用だと本人は言うが、彼は他者の記憶を操作出来る。情報を読み取ったり、別人格へと書き換えたりと。
 なんでも、強化人間管理課で行われている記憶消去と人格操作の仕上げは彼が行っているらしい。
 加えて優れた幻影の使い手でもあり、それらの能力を使うことで彼は「過去に記憶を読み取った人間」になりきることが出来るという。エキスパート部隊設立前は、風間の指示の下、諜報活動をしていたと媛花は聞いている。
「うん、大体分かったよ。彼らは上層部全員を消した上で、風間さんを消すつもりらしい。先に風間さんを殺したら、上層部は強化人間の処分を再開する。だから、強化人間を助けるためにも風間は最後だってね」
「学院と海京の解放ならば、何も風間さんを殺す必要はないのでは?」
「結局連中は、理想論を唱えながらも自分達でこの海京を支配したいだけなのさ。現に、彼らは強化人間をほとんど味方に引き込んではいない。まあ、何人かは使い捨てで利用するために、抱えてるみたいだけどね。レイヴン暴走でパートナーが植物人間になってしまい、リミッターを外した風間さんを逆恨みしている桐山 早紀とかね」
 記憶を読み取った黒川が、それらを媛花のノートパソコンに打ち込み、記録として残す。
「つまり、彼らは僕達強化人間管理課の敵に違いはない、ってことだよ」

* * *


 その頃。
 海京西地区の一角。高層ビルの空きテナントの中。
(来たわよ)
 仮面を被った人影が現れる。
 枝来と衡吾は物陰に姿を隠して、様子を窺っていた。海京のデータベースに、自由にアクセス出来る役員の協力で、偽情報を流すことに成功した。
 おそらく、襲撃者は情報網を敷いていたのだろう。それに食いついからこそ、ここにやってきたのだ。
 枝来がトラッパーを発動し、入口を封鎖する。
 その直後、衡吾がハンドガンで牽制しながら、ワイヤークローを繰り出す。が、それらをかわされてしまう。
 ならば、と奈落の鉄鎖を繰り出し、相手の動きを封じようとする。
 それだけでなく、アシッドミストを発生させ、ただでさえ仮面のせいで悪いであろう視界を、さらに悪化させる。
 が、直後ガラスの割れる音が響いた。
「この高さから……!」
 窓ガラスを割って、仮面の人物は飛び降りたのだ。
 サイコキネシスを使ってビルの壁面に足をつけ、そのまま駆け下りていく。
「く……逃げられた!」

 そしてほとんど同じ頃、枝来達を雇った役員が襲撃者によって殺された。
 油断しきっていた彼は、護衛をつけずに自宅でくつろいでいたらしい。
(やっぱり、あっちは囮だったみたい……だね)
 役員を抹殺し終えた早紀だったが、身体は限界に達していた。
 レイヴン暴走でパートナーが深刻なダメージを負い、彼女自身は薬で無理矢身体を動かしているのである。
 今の彼女は、学院上層部と風間への復讐心でもっているようなものだ。それは逆恨みでしかないが、そうしないといけないほど早紀の精神は蝕まれていた。
(もう少しだけ……もって)
 だが、地下へ潜る途中で、早紀は力尽きてしまった。

 そして倒れていた彼女は、エキスパート部隊によって回収された。