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まほろば遊郭譚 第三回/全四回

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まほろば遊郭譚 第三回/全四回

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第七章 遊郭炎上1

 扶桑の噴花が始まった。
 桜の樹が人々の命を吸っている。
 桜の花弁に巻かれたものは、次々に扶桑に取り込まれ息絶えていった。
 マホロバ中に広がった桜の花びらが、彼らを運び、中央の渦の方へと吸い込まれていく。


「ここは……どこ?」
 水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)が目を開けると、彼女は花びらに巻かれながらマホロバの上空をさまよっていた。
 同じように沢山の人が飛んでいる。
 他にも見知った人がいることに気がついた。

【扶桑が他の世界樹と違うのは、マホロバ人が来世を信じ、望んだからだ】

 彼女たちを飲み込もうとする渦の手前で、それを阻止しようとしている人影がある。
 それはまさしく、前マホロバ将軍鬼城 貞継(きじょう・さだつぐ)、その人だった。
 その聴き覚えのある声に緋雨は我を忘れて叫んだ。
「貞継さん!?」

 【この先はナラカと呼ばれている場所だ
 まだお前たちはいってはならん
 ここでくい止めているから、マホロバへ戻れ】

 貞継の顔がだんだんと苦しくなる。
 鬼の力を開放し、因果律の流れに逆らっているのだ。

 【噴花の果ては未来の『日本』だ
 噴花で生命を吸われたマホロバ人は、日本人として生まれてくる
 そして、日本で生命を落としたものが――マホロバで新しい生命として生まれるのだ】

 扶桑の噴花――
 桜の世界樹の力の源。
 『死』と『復活』の全貌がそこにはあった。

「もしかして、貞継さんはずっと一人で待っていたの? ここで私たちを助けるために?」
 緋雨は涙が止まらなかった。
「冗談じゃねーぞ。テメー一人でいい格好させられっか。戻るなら一緒だ、貞継!」
 同じように桜の花に巻かれながら、アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)が必死に抗っている。
 花びらが彼の身体に突き刺さるが、そんなことは構わない。
 心のほうが痛い。

【お前たちだけで戻れ
この生命の流れは、鬼ひとりの力で止められん】

「今度は、私たちが、助ける番……」
 スウェル・アルト(すうぇる・あると)が白い手を伸ばした。
「帰ろう、貞継。みんな、待ってる」

 一瞬、彼らの脇をすり抜ける男がいた。
「貞継(さだつぐ)よ、わしは二千五百年目にしてようやく願いがかなったぞ。これから、日本というもうひとつの国で、かつての家臣や鬼どもに逢えると思うとな。わしはもう一度、やつらを褒めてやりたいのだ」
 男の姿形が大鬼へと変わる。
 貞康は大鬼へ姿を変え、肉体から離れ、魂のみが吸い込まれていく。
「お前のような青二才がこちら側へ来るなど許さん。一からやり直せ!」

初代将軍、鬼城貞康と呼ばれた男はこうして渦の中に身を投じていった。

卍卍卍


 マホロバ全土に広がった噴花は、ここ大奥にも及んでいた。
 桜の花びらに捕まったものは、桜の花とともに姿を消してしまう。
 人々は逃げ惑った。

「落ち着きなさい! 今、しなければならないことを、考えるのよ!」
 大奥取締役となった葛葉 明(くずのは・めい)は、大奥の中を駆け巡り、子供たちの世話を務めていたルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)アリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)と合流する。
 セレスティア・レイン(せれすてぃあ・れいん)は、秋葉 つかさ(あきば・つかさ)の子である貞嗣(さだつぐ)を抱いていた。
 セレスティアも不安と動揺を隠せない。
「どうしたらいいのでしょう。みんな扶桑の都に行ってるし、向こうは無事なのかしら……」
「わからないわ。とりあえず、安全な場所へ逃げなくては……花びらが来ない場所は……あった!」
 明は頭を巡らせた。
 彼女の子供、明継(あきつぐ)の生命もかかっている。
 明は意を決し、葦原 房姫(あしはらの・ふさひめ)の緑水の間を訪れた。
「房姫、この子たちを連れて逃げて。あたしは足が悪いから、何かあったとき逃げ切れないかもしれないわ。そのときは、貴女がこの子たちを守るのよ」
「明はどうするのです。私だけ逃げることはできません。貞継様と鬼城家をお守りするという約束もあります」
 房姫は驚いて明を見たが、彼女の意思は固かった。
「全部貴女に押し付けるような事になってしまって……悪いわね。でも、樹龍院 白姫(きりゅうりん・しろひめ)さんも心臓が悪いし、頼める人は他にいないのよ」
 明は大奥で敵が多いのを自覚している。
 この機を逃すまいと、どんな動きが起こるかわからない。
 必死に訴えかける明に、房姫も折れた。
「……わかりました。必ず、追いかけてきてくださいね」
「ええ、行くわ。必ず」
 明は、マホロバ城の地下へ逃げるように指示した。
「あそこなら、桜の花びらも入ってこれないかもしれない。代々の地下に閉じ込められた……将軍となれなかった鬼たちが、せめて鬼の子たちを守ってくれるように、祈りましょう」