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まほろば遊郭譚 第三回/全四回

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まほろば遊郭譚 第三回/全四回

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第五章 黄金天秤の謎3

「来る……か!」
 扶桑の木の前で坐禅を組んでいた樹月 刀真(きづき・とうま)が立ち上がった。
 桜の枝が大きく揺らいでいる。
 以前見た扶桑に似ていると思った。
「刀真、まさか扶桑がまた噴花を始めてるんじゃ……?」
 漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)は先程から湧き上がる不安を抑えることができない。
 それは、扶桑に取り込まれた封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)が、刀真の元へ戻ってきたときから続いている。
「私、刀真さんにふれ合えるのがとても嬉しいです。二人に心配をかけさせてしまった事も申し訳なく思っています」
 そうはにかむ白花。
 彼らの姿を側で見ていればいるほど、月夜の心をかき乱していた。
 噴花の前ぶれを恐れているのか、刀真の心が白花へ移ってしまうのを恐れているのか、月夜自身も良くわからなかった。
「白花が戻ったはいいが、刀真が落ち着いてしまったら、つまらん。月夜、後で男の慰め方を教えてやろうか。花街もすぐ側にあることだしな」
 玉藻 前(たまもの・まえ)はそう月夜の耳元で囁いた。
 月夜は顔を真赤にしている。
「え……えっと……それは」
「冗談だ。当の本人は、当分ソレどころではなさそうだ」
 彼女たちの視線の先には緊張に張り詰めた表情の刀真が、目を凝らしていた。
 やがて、彼が姿を現す。
「……蒼の審問官 正識(あおのしんもんかん・せしる)だ!」
 イランダ・テューダー(いらんだ・てゅーだー)が声を上げた。
 イランダを守るように柊 北斗(ひいらぎ・ほくと)は身構えている。
「あいつ……なんの苦労もなくここへ来たようだな」
 単身、第四騎士団に乗り込もうとするイランダを気遣いながらここまでやってきた北斗にとって、楽々と余裕な様子で扶桑の目前に現れる七龍騎士をみると、なんとも言えない複雑な気持ちになった。
「気をつけろ。奴の強さは、半端じゃない」
「分かってるって」
 イランダは臆することなく正識に近づいていった。
「言われたとおり来たわよ。この間のご高説のお礼がしたいの」
 そう云うなり正識の懐に飛び込むイランダ。
 だが避けられ、あっという間に手首を掴まれた。
 北斗は一歩も動けずに青ざめた。
「キミは私の話をまったく理解しなかったのか。せっかく機会を与えてやったのに」
「あんな訳の分からない理屈で攻撃されて、妹同然のももまで泣かされて。貴方が他人を裁く権利がどこにあるのよ。必死に生きている遊女の命を、マホロバの命を弄んで……正識は裁かれない人間だというの?!」
 イランダは、危険だからと東雲遊郭に置いてきたよいこの絵本 『ももたろう』(よいこのえほん・ももたろう)のことを思った。
 あの子は、病身の明仄(あけほの)の為に買った卵を正識に割られて泣いていた。
 たかがそれだけと、なんの感情も揺り動かされない正識に尚更腹が立ってきた。
「そのすました顔、殴らせなさいよ! 手……痛ッ」
「私が決めたのではない。私は、黄金天秤に従って忠実に裁きを執行してるに過ぎない。それは、マホロバの未来も決める」

「御託はもういい。その子を放せ、此処から先は通させない!」
 刀真が黒い剣先を正識に向けていた。
「天秤に頼らなければ物事を決められないとは……マホロバからエリュシオンに逃げこんだ臆病者が、『鬼を滅ぼし扶桑の過ちを消す』とかほざいてんじゃねえよ!どうせ何かから逃げた末、信仰にすがるしかなかった今のテメエがいるんんだろう?」
「悪いが私は急いでるんだ。噴花がいつ始まってもおかしくない。来ているんだろう? 鬼が!」
「それはこっちも同じだ。その黄金の天秤と槍を置いていけ。扶桑と噴花の謎を解く手がかりに、そいつは必要なんだ!」
 正識はイランダを唐突に突き放し、北斗が受け止める。
 それを皮切りに、刀真の剣と正識の槍が交差した。
「教えてやる、心優しき死神と呼ばれる男よ! 私が強くあるのは迷いがないからだ。キミのように、世界を憂いたりしなければ、絶望に感情を動かされることもない」
「俺がいつ動かされた!」


「あいつ……たった一人で七龍騎士を止められるものか! 死ぬぞ」
 紫月 唯斗(しづき・ゆいと)が駆けつけたとき、すでに戦いは始まっていた。
 扶桑のもとへ行こうとする正識と、止めようとする刀真。
 イランダは衝撃に巻き込まれないようにするので精一杯だ。
 唯斗は魔鎧プラチナム・アイゼンシルト(ぷらちなむ・あいぜんしると)に向かって叫んだ。
「来い、プラチナム! 俺達も全力で止めるぞ!」
「はい、マスター。私が専念するのは、マスターの身を護る事のみ……」
 唯斗の魔鎧プラチナムが纏われる。
 エクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)は、瑞穂睦姫(みずほの・ちかひめ)と共に彼らを見つめていた。
「唯斗、相手は龍騎士であり蒼の審問官だ。生き延びることを考えよ!」
「兄さんは死なない。絶対に……誰も……!」
 エクスの声に、少し離れた場所で紫月 睡蓮(しづき・すいれん)が両手を合わせて祈っている。
 睦姫は、数年ぶりに見た正識の姿に息を飲んでいた。
「正識(まさおり)兄様、また一段とお強くなられてる」
 睦姫の言葉通りに、正識は容赦ない猛攻を浴びせていた。
 唯斗はプラチナム共々地面に叩きつけられ、刀真の身体には槍先の傷が刻まれていく。
 彼らは必死に痛みに耐えていた。
 唯斗が歯を食いしばりながら叫ぶ。
「正識、この戦の先に何を見ている? そんな盲信でもう誰も傷つけるな。先代と何があったんだ、なぜ睦姫に十字架(ロザリオ)を渡した!?」
「十字架(ロザリオ)だと? キミたちはどこでそれを……」
 一瞬、正識の動きが止まった。
 その隙を見て、刀真が捨て身で正識にしがみつく。
「逃がさねえよ。もう、どこにもな!」

「睦姫様、ここにいてはいけません!」
 駆けこんできた日数谷 現示(ひかずや・げんじ)が、睦姫をこの場から連れだそうとしていた。
「日数谷、放しなさい。私は正識(まさおり)兄様に全てを打ち明けなければ……!」
「駄目です、若殿様が許すはずがない。何のために別の女の子供を瑞穂の子として帝国に差し出し、貴女を死んだことにしたと思うんです。姫様には幸せになって欲しかった。それを唯斗てめー、前言撤回だ。何度も睦姫様を連れまわしやがって。てめーになんぞ、姫様を預けられっか!」
「現示くん待って! チカちゃんと正識くんを逢わしてあげようよ! 十字架や天秤のことがもっと分かるかもしれない!」
 桐生 円(きりゅう・まどか)たちがようやく追いついた。
 エクスや睡蓮に向かって抜刀する現示を、制止する。
 現示の護衛についていたはずの橘 恭司(たちばな・きょうじ)が、左腕を現示に向けた。
「この左腕にはちょっとした仕込がしてあってな。何が仕込んであるかはそんときのお楽しみってやつだが……頼むから俺にこれを使わせないでくれよ」
「くそ、てめーら……若殿様に何を言わせる気だ」
 この期に及んで主君への忠義が働いたのか。
 現示は、彼らの前に立ちはだかる。
 正識がそれに気づいた。
「あれは……日数谷……? 睦(ちか)だと!?」
 審問官の蒼い瞳が大きく見開いた。
「生きて……いたというのか!」

卍卍卍



「ちぃ〜す! 季節外れのサンタさんやでぇ。どうやら間に合ったようやな!」
 戦闘のどさくさに紛れて、日下部 社(くさかべ・やしろ)ティファニー・ジーン(てぃふぁにー・じーん)の腕をとった。
 戦いの一部始終に気を取られていたティファニーは「あっ!」と声を上げる。
「ティファニーちゃんが正識の弱点探すゆうから、俺も気が気でなかったでぇ」
「シャチョさん、本当に来たデス!? ミーはまだデス。まだ、弱点を見つけてないデス!」
「もうええやろ。マホロバの事を護る為に、どうにかしようっちゅう連中が大勢おる。ティファニーちゃんが無理することないねん」
 社にはマホロバの明日のことなどわからない。
 その日一日を大切に生きるのだと彼は言った。
「俺は阿呆やからデカい事言われてもピンと来ん。そやけど、手を伸ばせば届く範囲の事くらいはどうにかしてやりたいねん。まずはここから逃げるんや! かなりやばい気がするで」
「デモ、あそこに……ミーは見たことありますヨ、大奥で!」
 ティファニーが指を指す。
瑞穂睦姫(みずほの・ちかひめ)サンですよ!」
「睦姫? 正織が妹ゆうてる姫さんのことか。蒼の審問官がシスコン……それやったら俺も何か他人の気がせぇへんけどな!」
 その瞬間、ティファニーたちは衝撃波に飛ばされ、倒れこんだ。
 正識が周囲を狙って放ったものだ。
 拍子に、ティファニーの着物の袖から小さく光るものが飛び出し、地面をコロコロと転がっていく。
 転がったそれは、草履の足元で止まった。
 男が、その小さなコイン拾い上げる。
「これは……黄金か。しかも純度の高い……どこの土地ものだ」
 鬼城 貞康(きじょう・さだやす)は、手の中にあるティファニーの小さなメダルをジロジロと眺めた。
 年代物だが、それなりの重量がある。
「そうか。これは地球の金……まさか日本の……」
 貞康の黒い髪が逆立っている。
 それに反応するかのように、正識の黄金の天秤が大きく揺れ、聖十文字槍が共鳴しはじめた。
 鬼の出現に正識は歓喜の表情を浮かべ、唇の端を歪めた。
「役者が……そろったな。残るは天子のみ!」