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聖戦のオラトリオ ~転生~ ―Apocalypse― 第3回

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聖戦のオラトリオ ~転生~ ―Apocalypse― 第3回

リアクション


・黒川


「地上にはまだパワードスーツ「ストウ」がいます。万が一のときは、無理をせずに退避して下さい」
 ルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)は南地区の地上に出た後、連絡役としてエキスパート部隊に見つからない場所で待機していた。
 アレン・マックスの作戦が成功すれば、一気に制圧に向けて動き出せる。だが、今はまだ無理をするときではない。危険だと思ったら退避することだって必要だ。
 しかし、どうにも胸騒ぎがする。見た感じは普段通りだが、心の内に激しい怒りを宿した朝斗のことが気掛かりだ。
(気持ちは分かるけど……自分を見失わないでね、朝斗)
 

* * *


「アレンさん、成功したみたい」
 南地区の一角で、関谷 未憂(せきや・みゆう)は呟いた。これで、大分状況が良くなった。
「みゆう、あの人……」
 リン・リーファ(りん・りーふぁ)が一人の人物の姿を見つける。未憂にも見覚えがあった。
「無事だったんですね。よかった……」
 かつて海京決戦で、天沼矛から落ちていった少女――夕条 媛花である。現在はエキスパート部隊の統轄であり、本来ならクーデターを起こした強化人間達をまとめる立場にあるはずだ。
「なんか焦ってるみたいだね」
 どこか切羽詰った様子だ。
 彼女と目が合うと、光学迷彩で姿を消して去ろうとした。
「待って下さい!」
 彼女が敵でないことは知っている。媛花のパートナーがアレンに協力してくれたことで、海京を奪還出来たようなものでもあるのだ。その知らせはロザリンドから届けられ、一緒にクーデターの首謀者、天住の居場所も送られてきた。
「天住の居場所が……分かった?」
 目を見開く媛花に、それを伝える。
「私達は、この地区の管区長を止めに行きます」
「分かった。だが、気をつけて。管理棟には黒川が何らかの仕掛けを施している。管理棟に入ったらおそらく、五感は当てにならない。全てを疑った方がいい」
 それだけ言い残して、彼女は天沼矛へと急いだ。
「五感は当てにならない……まるで……」
 人の認識を操る、そんな能力を持った者の姿が脳裏に蘇る。
 あの『灰色の花嫁』が。
 ――一番怖いのは、目に見える力を誇示されることではなく、「そうだと気付かれないうちに」力の餌食になっていること。
 今は、その意味が少しだけ分かるような気がする。だから、サイオドロップのアジトでもあのような言葉が出たのだ。
 連絡によれば、南地区管区長・黒川がいるのは強化人間管理棟。魔法嫌いな管理課長風間の存在から、「魔法使いが近付いてはならない」とまで言われている場所だ。そこへ、魔法を学ぶ未憂とリンが踏み込むことになるとは。
『榊さん、管理棟には管区長の用意したトラップがあるかもしれないということです』
『分かった。黒川の能力は、僕も目の当たりにしてるからね』
 五感が当てにならないならば、直感のような第六感的な感覚を研ぎ澄ますしかない。それに、おそらく「建物に入った瞬間」その仕掛けは発動する。姿を隠しても、気配を絶っても、存在は消せないからだ。
『他の地区の皆さんは、何とか姿を見つけられたようですね』
 ただ、黒川以外の管区長は高い戦闘能力を有している。それに、黒川も戦闘向きではないにしろ、その力の可能性を知っている未憂からすれば戦闘能力以上に脅威だ。
 しかし、他の地区の準備が出来ている上、このままでは埒が明かない。海京のシステムから居場所を特定している以上、中にいるのは確実だ。
『榊さん。私が何とか仕掛けを破ってみます。発見の連絡をさせて下さい』
 黒川の力を考えれば、姿を見たところで当てにならない。ならば同じこと。
『確か、全員が発見してから一分後ですよね。その一分で何とかしてみます』
 確証はない。だが、科学信奉者の造ったものだからこそ、魔法がそれを破る鍵になるかもしれない。それに賭けるしかないのだ。
『分かった。信じるよ』
 そして、二人は姿と気配を隠したまま、強化人間管理棟の中へと入っていった。
 当てになるのは、殺気看破とディテクトエビル。それと、人の居場所は分からないがトレジャーセンスだ。しかし、「近い」とか「いる」と感じられても、正確な位置は掴めない。
 通路を歩くが、延々と続いていき終わりが見えない。戻ろうとしても、入口は見えてこない。だが、自分達が見られているような、そんな感覚はする。
 二人は目を閉じる。それから、リンが酸の濃度を限界まで低くしてアシッドミストを発動した。ほとんどただの霧である。
 目で見たところで、霧がどのくらいまで発生しているかは分からない。ならば、出来うる限り、自分達も含めた範囲で広げてみる。
 そして、未憂とリンが同時に氷術を唱えた。
 氷術は、単に氷を操るだけではなく、温度を下げるものだ。それによって、自分達ごと周囲の空気を連鎖的に凍結させる。
 急激な温度変化によって装置が壊れたのか、風景が割れるようにして、本当の管理棟の姿が現れた。
(さあ、今です!)

 ジャスト一分。

 光学迷彩で姿を消したまま、朝斗は黒檀の砂時計を起動。
 氷は、パートナーのアイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)によるレーザーガトリング援護射撃と、氷術を放った未憂とリンの雷術によって粉々になる。
 氷術の影響で、未憂達の持つ電子機器は、無線も強化型Pキャンセラーも含め壊れてしまっている。ここで決めないと、厄介なことになる。
 氷が砕かれた直後、ミラージュが使われても彼の位置を見失わないために、アイビスが奈落の鉄鎖で動きを封じる。だが、止められるのはほんの一瞬だ。
 その一瞬で十分だ。ヴィントシュトースのジェットで一気に黒川まで距離を詰め、有効範囲になった瞬間に強化型Pキャンセラーを発動。黒川の能力を無効化する。
「見事な連携プレーだよ。まさか、仕掛けが破られるとは」
「意識が、ある?」
「そりゃあね。指揮をする以上、元々の思考能力は維持しないといけないから。ああ、もう指示が出せないから、この地区の強化人間はもう動けないよ」
 アイビスに建物の外の様子を見てもらう。大元がネットワークから絶たれたため、見える範囲では全員が倒れていた。
「命には別状ないから大丈夫。ただ、オーダー13の大元――命令を出した人間が解除するか死なない限り、彼らの意識は解放されないよ」
 それを聞いた瞬間、朝斗は黒川の胸倉を掴んで壁に打ちつけた。
「ふざけるな!」
「僕に言われてもどうしようもないよ」
「嘘を吐くな! 記憶操作が出来るお前が全員に刷り込んでたんだろ!!」
「全員を僕がやったわけじゃないさ。でも、それが必要なことだったんだよ」
 あくまで、彼も風間に従っていただけだ。
「僕は非戦闘員だから君達には敵わないけど……他の四人、特に鈴はそうはいかないよ。今頃、国軍は壊滅してるんじゃないかな?」
「どういうことだ?」
 黒川が不敵に微笑む。
「鈴が北地区になったのは、単に強いからじゃない。軍人や軍隊に強い憎しみを抱いている彼女が希望したからだよ。『海京の治安維持』のため、国軍が何らかの失態を犯したりしたらすぐに攻撃しにいけるようにね。もっとも三年前、彼女にも記憶消去を施しているから彼女はどうして自分が軍人を嫌悪してるか分かってないんだけどね。せっかくだから教えてあげるよ」
 黄 鈴鈴のことを話し出す。
「彼女の故郷と家族を消したのが、軍隊だからだよ。2012年に中国軍が何をしていたか、いや何と戦っていたか考えれば分かるはず。鈴はその後、生き残った唯一の家族である双子の姉と一緒に中国武術の達人に拾われて育った。以来、武器と数の暴力である軍隊、に己の身体だけで勝てる力を手に入れるため、姉と修行に明け暮れた。やがて契約者の存在と、普通の人と契約者の間にある超えられない壁を知ると、契約をせずに契約者を倒せるだけの力も望むようになった。けど、考え方の違いから姉と師とは袂を別ち、強い者と戦う機会を求めてパラミタへ行こうとしたが、拒絶されてしまう。そこで、まだ導入されたばかりのパラミタ化手術を施してもらうため、日本へやってきた。そうして強化人間になったのが彼女さ」
 とにかく「ただの人間のまま」強さの限界を目指していたのだという。
「彼女を安定させているのは、誰かへの依存ではなく、強い憎悪。記憶を失っても、その感情だけで自分の拳を磨き上げた。強化人間管理課のデータ上では、鈴は総合戦闘能力学院第二位だけど、それは純粋な生身で行う武術だけでの結果だよ。何度か強化人間に武術と超能力を合わせた戦い方を教えるのに使ったことはあるけどさ。あくまで『ただの人間のまま』契約者を越え続けることが彼女のモットーだからね。パラミタ化によって得た力もフルで使ったらどれほどの強さになるかは誰にも分からない。鈴は多分、初めて本気を出すんじゃないかな。駐屯地の国軍は連隊規模だし」
 どうやら、南地区が真っ先に制圧に完了したらしく、まだ他の区から連絡はない。
「助けに行った方がいいんじゃないかな」
「念のため、お前を誰かが見張ることも必要だよ」
「ああ、それなら大丈夫だよ。負けた場合は……」
 辛うじて動かした右腕を、黒川がポケットに入れる。
「機密保持のため、速やかに自害せよ」
 最後に、黒川は笑った。
「朝斗!」
 咄嗟にアイビスが彼を庇い、飛び退く。直後、爆発が起こり、黒川の姿は跡形もなく消え去った。
「同じだ……あのときと……」
 今度は、なんとかアイビスは無傷だった。
 だが、これが辛うじて繋ぎとめていた朝斗の理性を吹き飛ばした。
「天住 樫真。お前は、必ず殺す!」
 内面に潜む闇が表面化し、感情のまま管理棟を飛び出していった。

「さ、榊さん!?」
 突然のことに、未憂は驚きを隠せなかった。
「とりあえず、追い掛け……」
 そのとき、リンと未憂は強い寒気のようなものを感じた。
 黒川がいた、爆発した場所、次に外を見やる。強化人間は倒れたままだ。
 やはり、今一瞬感じた気配は気のせいなのだろうか。