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聖戦のオラトリオ ~転生~ ―Apocalypse― 第3回

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聖戦のオラトリオ ~転生~ ―Apocalypse― 第3回

リアクション


・黄 鈴鈴


(海京のセキュリティはもう大丈夫みたいね。あとは、上空のヤツに気をつければ大丈夫よ)
 夏野 司(なつの・つかさ)夏野 夢見(なつの・ゆめみ)に告げ、更新された情報を元に、北地区の管区長へ至るルートを導き出す。
 そして、声に出すことなく夢見と一定の距離を取り、身振り手振りだけで彼女へと伝える。
 強化型Pキャンセラーを持っているのは司だ。管区長と遭遇したときは、彼女が起動することになっている。今は、誰かと遭遇したときに怪しまれないために、あえて二人とも仮面を外していた。
(奇妙ね、国軍駐屯地があるのに、静か過ぎる……)
 そのとき、管区長の居場所が特定出来たということで、司の銃型HCへと送られてきた。国軍駐屯地の外れ、民間の滑走路との間にある管制塔だ。
 管区長の姿は意外なほど早く見つかった。ただし、到着したときには彼女は軍の滑走路のど真ん中に座っていた。
(いるにはいるけど、どうするのよこれ?)
 場所が場所だけに、一切隠れる場所がない。輸送機二機、それぞれ目標から五十メートル程度離れたところにあるくらいだ。これでは隠れ身もあまり効果を発揮出来ない。
 夢見の方に視線を移す。抜いてこそいないものの、既に馬賊の銃と黒薔薇の銃に手をかけられるようにしている。
 そして、輸送機の陰には既に先客がいた。叶 白竜(よう・ぱいろん)である。彼が、司と夢見に目で合図をしてきた。
 自分が引きつけて隙を作る。そのときにPキャンセラーを、と。

 彼女達と同じく、戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)リース・バーロット(りーす・ばーろっと)も北地区へ足を踏み入れていた。
 強化型Pキャンセラーは戦闘用イコプラに仕込み、遠隔操作出来るようにしてある。相手にそれの存在を悟らせないようにするためだ。
 また、アジトから送られてくる銃型HCへの情報は受け取るものの、こちらから発信するのは避ける。アレン・マックスが海京のシステムを掌握してからも、抜け穴があるかもしれないとしてそれを維持したままだ。
 セルフモニタリングでテンションを下げ、何があっても冷静さを失わないように、淡々と管区長の元を目指していた。
「小次郎さん、あそこです」
 リースからの言葉で、北地区の管区長――黄 鈴鈴の姿を発見する。それ以前から、禁猟区に反応があったため、いることは分かっていた。
 だが、おそらく滑走路に腰を下ろしている鈴鈴との距離は百メートルほど。その距離で危険だと知らされているというのは尋常ではない。
『こちら北地区。メンバー全員が管区長の姿を確認しました』
 あとは、他の全ての地区が管区長を発見するのを待つだけだ。発見され次第、行動に移ることになる。

 全員発見から、一分が経過した。攻撃開始の時間だ。
 相手は素手だ。さらに、援軍を呼ぶ気配もなく、ただ腰を下ろしている。しかも、強化型Pキャンセラー対策の仮面も被っているわけではない。罠があると疑わずにいられない光景だ。
 最初に動いたのは小次郎だ。Pキャンセラーを載せたイコプラを鈴鈴の元へ飛ばす。あれだけの余裕だ。例え強化型Pキャンセラーが起動しても、普通に動いてくるだろうと予想する。
 鈴鈴が立ち上がり、イコプラの方を見る。彼女はPキャンセラーの有効範囲の外から、それを破壊した。掌を広げ、イコプラに向かって突き出しただけだ。
 掌風。体内で生み出す氣功――内氣功による技の一つであり、体内で練った気を掌に集約し撃ち出すことで、掌の延長線上にあるものに対し、衝撃波を与えるというものである。
 闘気によって離れた相手に打撃を与える遠当てと、理屈は同じだ。
 鈴鈴が立ち上がりイコプラを破壊した瞬間、夢見は銃を抜き、輸送機の陰から鈴鈴を狙う。発砲するものの、相手は引鉄を引くの同じタイミングで動き、当たらない。
 走る速さが極端に速いわけではなく、相手の動きを予測して射線を合わせるも、どういうわけか逸れてしまうのだ。
(何か秘密はありそうなんだけどね〜)
 とにかく、強化型Pキャンセラーの有効範囲内まで彼女を引きつける必要がある。が、次の瞬間、
「く――――ッ!!」
 鈴鈴から鋭い蹴りが放たれる。それは真空波を生み出し、夢見が姿を隠すのに使っている輸送機を真っ二つにした。
「いや、それはな……」
 受身を取った状態から態勢を立て直したときには、眼前に鈴鈴の姿があった。輸送機を裂いたときにはもう、彼女へ向かって距離を詰めていたのである。
 咄嗟に二挺の銃を胸の前に構えて鈴鈴の掌打をガードするも、後方に跳ね飛ばされてしまう。
 銃に相手の掌が触れると同時に、全ての衝撃がそこに集約されたように感じた。おそらくは先ほどの掌風のように、氣を当たる瞬間に送り込んだのだろう。もし、直接身体に当たっていた場合、身体を内側から破壊されていても不思議ではない。
 無論、鈴鈴と戦っているのは夢見だけではない。鈴鈴に向かって、リースが凍てつく炎を放つ。それに合わせて、小次郎が遠隔操作でロングハンドを操る。
 しかし、鈴鈴はそれらを予め読んでいたかのように、流れるような動きで掻い潜っていく。それは、さながら流れる水の如きものだ。
 彼女を無力化しようと直接攻撃行動を取る者達の動きを全て察知し、一瞬でその連携に生じる「隙間」を判断し、優先順位をつけて動いていく。それはもはや人間業ではなかった。
 これも、オーダー13による脳の並列化の影響で演算能力が上がったせいなのだろうか。彼女自身の身体能力そのものは、一般人が到達出来る領域においては最高レベルに違いないだろうが、データ上も、体感上も、平均的な契約者に劣るものだ。
 はっきりと見えながらも一切掴み所のない様は、鏡に映った花、あるいは水面に映る月のようである。流れ舞うような動きでたった一人の少女に翻弄されているのが現状だ。
 Pキャンセラー発動の隙を一切与えてくれない。
 しかし、裏を返せば強化型Pキャンセラーを発動されれば、身動きが取れなくなってしまうということである。最初に破壊したのもそのためだ。
 幸い、まだ強化型Pキャンセラーは二つ残っている。まだやりようはあるはずだ。
(誘導、手伝って)
 白竜に目配せする。そして、強化型Pキャンセラー対策の仮面を被った。
 当たらないことを承知の上で、馬賊の銃と黒薔薇の銃を構え、シャープシューターで狙う。
 やはり、こちらの射線を読んでいるかのように弾が逸れる。が、シャープシューターで定めたのは、その際に「どう弾が逸れるか」を観察するためだ。
 狙いが外れているのではない。鈴鈴の身体に当たる瞬間に、滑るようにして弾が彼女を避けているのである。こればかりは、本当に集中して見ないことには分からない。
 サイコキネシスでは、当人の腕力以上の力を引き出すことは出来ない。だが、実際に身体を動かすときがそうであるように、「瞬間的」ならばより大きい力を発生させることが出来る。それを利用して、ギリギリ皮膚の前で逸らしていた、ということだ。
 だが、それが分かったところで身体の感覚の延長上で射線を完全に読まれている以上、当てるのが困難であることは変わらない。とはいえ、鈴鈴を止めるためには、必ずしも当てる必要はない。とにかく、鈴鈴の注意がこちらに向かざるを得ない状況を維持し続けることが重要だ。
 彼女に照準を合わせたままだったはずが、やはり相手が掌の間合いにまで迫っていた。ほんの一瞬で距離を詰められたような錯覚に陥る。
(これって確か、「縮地」とかいうやつよね?)
 というのが思い浮かぶと同時にまた先程と同じように掌が――と見せかけて今度は回し蹴りがくる。
 身体をそらしながら鈴鈴にヒプノシスを試みるも、効かなかった。何とか受身を取って衝撃を軽減する。
 縮地、というのは元々は仙術に一つで俗に言う瞬間移動だが、最近は漫画やアニメの影響で瞬時に間合いを詰める、あるいは死角に入り込む歩法、身体捌きという意味で使われているものだ。
 鈴鈴の場合は、相手に見えていながら注意を向けていない部分だけを読み、そこを死角として接近し、一瞬で距離を詰められたと錯覚させるものである。目線、身体の向き、武器と空気の接触によるわずかな揺れ、硝煙……五感で捉えられるあらゆるものからそれを読み取るのだ。無論、それにはまだこの場の者は気付いていない。
 彼女が受身を取ったタイミングで白竜が近付き、羅英照の鞭を振るう。外れるものの、それをサイコキネシスでコントロールすることで、再び攻撃に転じさせた。
 しかしそれを掻い潜り、鈴鈴が白竜の懐に入り込む。そこからほぼゼロ距離で掌打が繰り出されるも、彼はその場から動かなかった。
 が、次の瞬間血を吐きながら、膝から崩れ落ちる。
 寸勁。最小限の動作のみで至近距離から勁を作用させるものだ。それによって内氣功による掌打を彼の体内に浸透させ、内側から破壊したのである。内臓の大部分が破裂していても不思議ではない。
 白竜が引きつけている間に司がPキャンセラーを発動しようとしたが、彼に掌打を与えた直後にはもう司に迫り、手に持っていた強化型Pキャンセラーを破壊した。
「リンはネー、確かに契約者ほど身体能力は高いわけじゃないヨ。でも、契約者になったからって、『身体の中の構造』が変わるわけじゃないよネ」
 そう、いくら一般人にとっては越えられない壁であるとはいえ、内臓の位置が変わったりするわけでもない。また、強いが故の死角や隙というのも存在する。しかし、そういった部分を付くための技術を得るのは並大抵ではなかったことだろう。
 が、そこで彼女は異変に気付いた。
「やっと……隙が出来ましたね」
 白竜が強化型Pキャンセラーを発動したのである。掌打を食らう瞬間、身体を引いたことで何とか致命傷は避けたようだ。それでも重症であることに変わりはないが、気を失わずに済んでいたのである。
 が、直撃した風に装い、彼女が隙を見せるのを待っていた。
 はっきり言って、失敗すれば死に繋がるものだが、このくらいしなければ止められそうになかったため、彼と司と示し合わせて実行したのである。
 これによって、西地区の強化人間達も動きを止めた。
「では、捕縛します」
 身動きが取れなくなった鈴鈴を、夢見が持っていた二十メートルのロープで縛り上げる。
 本部へと連絡を行う。この時点で、中央地区以外は決着がついた形となっていた。そして、小次郎がクーデターの情報を得るために、鈴鈴を尋問し始める。
「そんなの、素直に教えると思う?」
 そこで、緑龍の毒液で脅し、彼女の腕の骨を折ろうとした。
 その瞬間――。

* * *


 鈴鈴には、一つの切り札があった。
 無心。本当に自分の身が危うくなったら、思考を排除し身体のリミッターを外して自己防衛本能のみで「自分を脅かす存在」に対処するというものだ。
 尋問が引鉄となりそれが発動し、強化型Pキャンセラーによって動かない身体を無理矢理動かし、動けないと油断していた小次郎達を一掃したのである。
 だが、動かない身体で限界まで力を引き出した代償は大きく、全身から鮮血が零れる。そのため、止めを刺すことは出来なかった。
 そこへ、パワードスーツ「ストウ」が飛来する。煙を上げ、装甲の一部が欠けており、ヘルメットの下の顔も半分露になっていた。
「リンはネ、負けず嫌いなんだ」
 ストウを纏った、自我を失った桐山 早紀の顔を見つめる。
「だから、殺されてあげない」
 どの道、この身体ではもう長くない。
 飛来した「ストウ」に、鈴鈴は飛び掛っていった。