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リアクション
アルコリアが脱落したものの、一旦侵攻の力を取り戻した魔族はその後も調子よく侵攻を続けていた。
木々はなぎ倒され、あちこちから火の手が上がり始めている。ここにきてようやく、魔族も火を用いて契約者を混乱させ、消化に手間取らせている内に当初の目的――森を突破して西カナン、その先の北カナンへの橋頭堡を作る――を果たしてしまおうとしていた。
「ふむ、あれがザナドゥの魔族か! ……ハハハハハ、我にこの肉体を与え、支配する歓びを与えたことは感謝するぞ!
さぁ、貴様等も我に平伏すのだ!」
「おいコラ、ガイ! 笑ってねェでさっさと合身すンぞ!」
暴虐の限りを尽くす魔族を見つめ、高らかに笑う寄生型 強化外骨格(きせいがた・きょうかがいこっかく)を呼びつけ、パラミアントに変身した五条 武(ごじょう・たける)がガイと呼ぶそれを纏う。
(ちくしょう、邪魔すンじゃねェって言ってんのにこれだよ! アーデルハイトのバァさんも面倒なコトしてくれんぜ!
……ケドまぁ、考えてみりゃ、チャンスでもあンだよな。魔族の連中シメあげでもすりゃ、呪いとか侵食とか、俺の後遺症の解決策とか見つかんだろ。
ま、そいつは後に残った魔族にやるとして……まずは盛大に暴れてやるぜ! ファッキンな魔族にブチのめされて堪るかってんだ!)
パァン、と拳を打ち合わせて決意を固める武の横では、武と同じグループに属する予定のディートハルト・ゾルガー(でぃーとはると・ぞるがー)とマリア・伊礼(まりあ・いらい)を、後方から支援する伊礼 悠(いらい・ゆう)が労っていた。
「ディートさん……私は、大丈夫です。だから、私の事は気にせず、戦って下さい」
「……あぁ。負けるわけにはいかない。必ず、皆と共に帰る」
気丈に振る舞う悠の、不安に思う気持ちを理解しながら、悠が決めたことであれば、と折り合いをつけ、ディートハルトが悠に背を向ける。
「オッサン、前に出過ぎてくたばったりしないでよね? ……あっ大丈夫か、もう一人オッサンがいるもんね?
オッサンコンビで魔族なんてぶっ飛ばしてきちゃいなよ!」
チラ、と期待を込めた視線を向けつつ言うマリアの、その意図を汲み取ったかはさておき、武がだっはっは、と笑いながら言う。
「嬢ちゃん、中々肝が座ってンじゃねェか。……おいオッサン、つうわけだからぶっ飛ばしていこうぜぇ?」
「……足を引っ張るような真似はしない。前衛としての責務は、全うしよう」
バシバシと肩を叩いて元気付ける武と、叩かれるがままのディートハルトの背中を見遣って、マリアがぐっ、と拳を握る。
(絶対に、みんな笑顔で帰るんだ……! 何があっても、へこたれたりなんてしない!)
(……本当は、不安でたまらない。今でも私、ディートさんが傍にいないことを、恐怖に思っている……)
ディートハルトの背中が小さくなっていくに連れ、悠の不安は増大していく。今まではいつも傍らにディートハルトがいた。それを今回、離れて戦うと決めたのは、他ならぬ悠自身であった。
(でも、いつまでも、ディートさんに頼ってばかりじゃいけない……!
私にも守れる物があるのなら、怖い、なんて感情に負けちゃいけない……!)
そうは思いつつも、やっぱり怖いものは怖い。先の戦いで、目の前で仲間が魔族の攻撃を受けたことも、悠の心理に影響を与えていた。
「悠さん……私、精一杯お手伝いします。
皆、誰一人として欠けさせない……悠さんの願いは、そのまま私自身の願いでもあります」
同じく後衛で皆のサポートを行う予定の、著者不明 『或る争いの記録』(ちょしゃふめい・あるあらそいのきろく)が悠に話しかける。
「ルアラさん……ありがとうございます」
一礼して、顔を上げた悠の顔には、少しではあるが恐怖の中に、『ジャタの森を守る』という決意の思いが見えていた。
(私に出来る、精一杯をやるんだ……!)
やや後方にイビー・ニューロ(いびー・にゅーろ)を控え、武、ディートの両者の影に隠れるようにして、マリアが布陣する。
「来たぜェ……! いいな、無茶だけはすンじゃねェぞ! 囲まれそうになったらとにかく逃げろ!」
シャキン、と爪を伸ばして構える武に、剣を構えるディートハルト、刀を携えたマリアが頷く。
直後、魔族の先頭集団が跳ぶように武たちの前に躍り出た。
「先手必勝、ってなァ! ブチ抜けェェェェェ!!」
武の拳に光が宿り、それは武が拳を突き出した瞬間、光の奔流となって敵軍の集団を貫く。直撃を受けた魔族は消し飛び、かろうじて直撃を免れた魔族も、そのあまりの力に恐れおののき、足が止まる。
「オラオラ! ケガしたくなきゃとっとと帰れコノヤロー!」
目にも留まらぬ踏み込みから、足の止まった魔族の腹、もしくは顔面を拳で打ち抜き、地に這わせていく。森を駆ける速度が上がれば上がるほど、武の拳を打ち込む速度が上がっていくようであった。
「ほらオッサン、あんな感じでパパーっと動いて、ザクザクーって切ったりしないの?」
「人にはそれぞれ、適した戦い方というものがある。五条殿は速度重視、対して私は――」
ディートハルトが、飛びかかってきた魔族に正面を向き、掲げた盾で攻撃を受け止める。そのまま押し返して一旦距離を取り、再度向かってきた魔族へ、身体を横にずらしながら剣を横向きに振るう。まるで自ら切られにいったかのように、魔族が身体に斬撃を受けて地に伏せる。
「……このような戦い方だ」
「なんというかまあ、こういうところに性格って出るよね!」
そう言いながら、マリアが木陰から飛び出し、ちょうど着地した直後の魔族の死角となる位置から刀の斬撃を浴びせる。軽装であるが故に、女性のマリアでも一撃が当たれば十分効果的な一撃となる。
それでも、敵の数は一向に減らない。強力な統制を失ったとはいえ、一旦ついた勢いというものはなかなか抑え切れないものである。今も、三人の奮闘をすり抜け、一部の軍勢が森を突破しようとしていた。
「よくぞいらっしゃいました、こちらはサービスですのでどうぞ」
しかし、そこは彼らとて備えをしていた。中衛に待機させたイビーが、突破しようとする魔族の軍勢に向けて、ミサイルを発射する。爆風があちこちで生じ、その度に巻き込まれた魔族が跳ね上げられ、地上に戻ってくる。
ジャタの森は、先に居を構えていた獣人の他、最近復興を果たした獣人の村、それら復興の際に契約者が建てた施設も存在していた。
それらの施設のほとんどは、今は魔族の侵攻が非常に直線的であったため、直接の被害を免れているものの、いつ手が及ぶか知れない。
村を、自ら発案した建物を守るため戦いに赴くのは、ある意味で当然のことでもあった。
森を、高天原 水穂(たかまがはら・みずほ)とネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)の搭乗するイコン、飯綱零式・木花咲耶が駆ける。空中移動とも地上移動とも異なる、四足動物がそうするように地を蹴って、魔族が侵攻を続ける地点へ急ぐ。
「水穂さん、敵の姿は見えましたか?」
「……まだ、ですわね。ですが、反応は近付いています」
メインの操縦を水穂、副操縦席にネージュが座り、九本の尾を振りながら進む。
(……この進路でしたら、確かに獣人の村、そして『子供の家「こかげ」』は安全でしょう。
ですが魔族が森にいる限り、脅威は晴れません。絶対、森から追い出してみせますわ!)
決意を秘めた表情でレーダーを見つめる水穂、瞬間、反応がレーダー上に現れる、一つ、二つが一気に十、二十と膨れ上がり、明らかに魔族の軍勢であることを示してくれる。
「魔族、だね! 水穂さん、あたし達の「こかげ」を、みんなの思いが詰まった村を、あたし達で守ろう!」
「ええ、そうですわね。操縦は私にお任せ下さい。
ネージュはレーザーブレードの調整と操作を!」
「うん、任せておいて! あたしだってこのくらい!」
ネージュがコンソールを操作すれば、それまで姿勢制御用に機能していた尾が、対象物を切り刻むブレードと化す。その分姿勢制御が難しくなるが、水穂が慣れた手つきでコンソールを操作し、木花咲耶はまるで獣のように戦場を飛び跳ねていた。
「魔族の集団、右側面から当たります!」
「了解! レーザーブレード展開! ……いっけー!」
ネージュと水穂、二人の操作が噛み合い、木花咲耶は魔族の集団、右側面から掠めるようにして襲いかかり、振るった数本のレーザーブレードは魔族をたやすく切断し、抵抗力を根こそぎ奪い取って物言わぬ骸へと仕上げる。一部の魔族はアルコリアに教わった対イコン戦法を実践しようと積極的に接近を試みるものの、その相手から接近され、レーザーブレードの応酬を食らわされる。
●クリフォト付近
森で激しい戦いが繰り広げられている最中、魔物をここまで運んできたクリフォトへも、契約者は襲撃をかけていた。
ここを守る大型魔族と、遠距離攻撃を得意とする魔族との戦闘の行方はいかに――。
「うーん。ねぇナナ、おかしいと思わない?」
「? 何がですか、ズィーベン?」
RED−ROSE内にて、計器の確認等でサポートを行っていたズィーベン・ズューデン(ずぃーべん・ずゅーでん)の呟きに、周囲を注視しながらナナ・ノルデン(なな・のるでん)が答える。
「ザナドゥのことだよ。地上侵攻って割には、地域が限定されすぎてると思わない?」
「それは……それだけ狙いが明確ということではないのですか? イナンナさんの奪取が敵の狙いであるとの情報も寄せられているようですし」
「だとしても、それだったら直接北カナンに出現するじゃない。なんかこう、回りくどいというか、よく分からない所に出てきてるんだよ。
何か条件でもあるのかなぁ、って思うんだよね」
これまでに確認されているクリフォトの出現ポイントは、南カナン・かつての世界樹イルミンスールの跡地・ジャタの森である。ザナドゥの狙いがイナンナ奪取で、こうして神出鬼没に出現出来るなら、北カナンに出現してしまうのが手っ取り早い。だけどそれをしないのには、何か理由があるんじゃないか、というのがズィーベンの意見であった。
「セフィロトは光の世界樹、クリフォトは闇の世界樹、という話ですから、その辺りが関係しているのではないでしょうか」
「うーん、そんなもんなのかな〜。何か規則性みたいなのが分かれば、対策も取りやすくなると思ったんだけど」
確かに、次のクリフォトの出現位置がある程度予測できれば、戦力をそこに集中出来るなどの対策が取れる。
「分かりました、その辺りも視野に入れておきましょう。
まずは今回出現したクリフォトが、イルミンスールの森と同じような侵食をジャタの森にも与えているかの確認です」
「オッケー、了解。……でも確認するったって、相手も簡単にさせてくれるとは思えないなぁ」
ズィーベンの呟き通り、クリフォトの傍に近付くにつれ、それを守る魔族の軍勢も明らかになっていく。ゴーレムのような巨大な身なりの魔族が10体、その内側に少なくとも百以上の魔族の姿が確認できた。
「それは理解しています。目的を達成するには、仲間の皆さんとの連携が必須でしょう」
呟いたナナの、モニター越しの視界に、数機のアルマインが規律だった動きを見せながらクリフォトへ近付いていくのが見えた――。