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リアクション
「クリフォトが出現してまだ数日と経っていないというのに、汚染がこれほど進んでいるなんて……。
今まで見たこともない植物まで見かけましたわ。本当、酷いものですわね」
中心部への道を進みながら、ノート・シュヴェルトライテ(のーと・しゅう゛るとらいて)がここに至るまでの過程で見てきた、クリフォト出現によるイルミンスールの森の汚染具合や、今も続く侵食の速度を記録し、イルミンスール校長室にいるはずの伯益著 『山海経』(はくえきちょ・せんがいきょう)に情報として送っていた。
「その点に関しては、同意する他ありませんね。……そうですお嬢様、もう一つ判明したことがありましたから、それも加えておいてくださいな」
風森 望(かぜもり・のぞみ)から、死者の国ナラカで活動するために付けていた『デスプルーフリング』の反応が、ナラカにいた時とほぼ同じ反応を示していることを告げられたノートが、ナラカの瘴気とザナドゥの瘴気が似たものであること、デスプルーフリングの装着で影響を軽減出来ることを情報として追加する。
(……もちろん本番は、アーデルハイト様にお会いしてからですが。
得られる情報は得ておかないと、いざという時に困りますからね)
突然のクリフォト出現に始まったザナドゥ侵攻は、相手の情報が少ないこともあってここまで契約者側が後手に回らされている。これでは相手の思うつぼであり、どこかで立場の逆転を図らねば、魔族側が目標としている“ザナドゥの地上への顕現”が実現してしまいかねない。
そんな最悪の事態を防ぐため、二人は情報入手を行いつつ、アーデルハイトへの接触を目指す。
向かってくる枝葉を撃ち落とし、回避し、を何度か繰り返して、雷華は疲労感に苛まれる。無茶な行動をせず、節約を心がけてきたつもりでも、相当の魔力を消費していたことが、啓の報告によって明らかになる。
(キツイのは確かだけど……まだ、最終手段を取るまでには至ってないと思いたいわね。
あれはヤバイもの。今だって頭痛いのに、そんなことしたらきっと私が耐えられないわ)
確かめたいことがあってやって来たのに、それは本末転倒よね、と雷華が心に呟いたところで、攻撃がフッ、と止んだのが確認できた。
「どうしたのかしら。まさか、エネルギー切れ?」
「いや……おそらく、彼らが“アーデルハイト様っぽいの”に接触を果たしたからだろう」
雷華の問いに、啓がレーダーを見ながら答える。推測の通りなら、まずは一つ目標達成であろう。
ここからは、不測の事態が起きた際、アーデルハイトと接触した者たちが無事に帰還出来るよう、退路を迅速に確保する必要がある。その為に雷華の機体は待機する選択を取ったのだが、やはり、何を話そうとしているのかは気になる話題であった。
「ケイ君、スピーカーの精度上げられる? 聞けるならやっぱ、直接聞きたいし」
「分かった、やってみよう」
啓が片手で調整すると、外部の音――アーデルハイトと契約者たちのやり取り――が少しずつ聞き取れるようになっていく――。
――それより少し前のこと。
「これだけの巨木を自在に操る力……面白い、実に面白いではないか。
強き者がそこにいる、戦う理由にこれ以上のものがあるだろうか?
小娘の説得なんぞ、私がこの小娘を叩きのめしてからでよい!」
自信たっぷりな表情で言ってのけた神豪 軍羅(しんごう・ぐんら)が、余裕を浮かべてアーデルハイトの前に立つ。
「まずはお手並み拝見といこう。炎なり何なり、攻撃してくるがいい!」
そう言った矢先、軍羅を丸ごと包み込む炎が浴びせられる。一瞬にして見るも無残な格好になった軍羅だが、意識は保っているようだった。
「す……素晴らしい! 素晴らしいぞ――」
だがそれも一瞬のことで、すぐに力尽き、落ちそうになるのを葉切 負弱(はぎり・ぶじゃく)に支えられ、退場していく。
「うむ? 今のは我の意思に反してこいつが攻撃しおったな。……まぁよい、ここまで来られたことは一見に値したが、そこまでの者よ」
自身の手を見つめて呟くアーデルハイトへ、ピンクのモヒカンが眩しいイコン、宇留賭羅・ゲブー・喪悲漢が迫ったかと思うと、ハッチが開き、中からゲブー・オブイン(げぶー・おぶいん)が姿を現す。
「アーデルハイト! 前回は負けてやったが、今度は油断しねぇーぜ!
てめぇのその邪悪おっぱいを優しく揉みあげて、てめぇを救ってやるぜぇー!」
言い放ち、アーデルハイトの立つ所までゲブーが飛び降りる。強化された肉体は、着地の衝撃を難なく受け止める。
「さすがはピンクモヒカン兄貴、目の付け所が違うね!」
ゲブーを見送ったバーバーモヒカン シャンバラ大荒野店(ばーばーもひかん・しゃんばらだいこうやてん)がそう言いつつ、いざという時にはゲブーを救出できるように手筈を整える。
「ほう……僅かの間に、力を増したと見える。よいぞ、その力、我にとくと味合わせてみよ」
不敵に微笑み、両の乳房を突き出すようにするアーデルハイト。だが、今のゲブーは一味違った。
「へっ、挑発には乗らねぇぜ! そもそも、てめぇの元の姿はこんなんだろうが!」
ゲブーが突き出した虫篭、その中にはアーデルハイトのスペアボディから誕生したアーデルハイトの花妖精が入れられていた。
「俺様が、てめぇに詰まった邪悪を揉み出してやるぜ!」
それを首にかけ、ゲブーが構えを取り、目を閉じ心を落ち着かせる。厳しい修行に耐え手に入れた“モヒカンパワー”が両の手に集まるのをイメージしながら、目を開いたゲブーがアーデルハイトの、差し出された乳房を優しく、紳士的に揉みしだく。
「おっ、おお……ふ、ふん、なかなかやるではないか」
外見上は余裕の笑みを浮かべながら、しかしアーデルハイトは違和感を覚えていた。
(こやつ……欲望が感じられぬ!?)
人間の男性なら、少なからず女性の胸に欲望を抱いてしまうものである。「俺は貧乳が好きだから関係ないね」も、貧乳に欲望を抱いている点では大差はない。むしろ同じと言っていい。
……しかし、今のゲブーはただ心から『アーデルハイトの胸を揉んで邪悪を出す』ことだけを思っているのであった。……あるいはゲブーが、欲望がなんなのか分からないほど残念な頭をしているという可能性は、この際空の彼方に投げ捨てておこう。
「あっ、くっ……や、やめろ、これ以上は……!」
引き剥がそうとするが、まるで根が生えたようにゲブーは離れない。習得した超人的能力の全てを、彼はこの瞬間に発揮していた。女性の胸を揉むその行為に、彼はいわば『魂を賭けた』のだ。
「あ――あああっ!!」
直後、嬌声を発したアーデルハイトの乳房から、白濁した液体が吹き出し、ゲブーと首にかけられていた花妖精を汚す。
「うおっ!? こ、これがてめぇの邪悪か!? よし、この調子でてめぇの邪悪を全部揉み出して――」
「……二度はないわこの戯けがー!!」
再び手を伸ばしかけたゲブーの、顎を捉えるアーデルハイトの一撃で、ゲブーは煌く頭上の星になった。
「ああっ、あ、兄貴ーっ!」
飛んでいったゲブーを、バーバーモヒカンが宇留賭羅・ゲブー・喪悲漢で追いかける。
「……ふん、我としたことが、取り乱してしまうとは。やはり勝手が違うか……」
乱れた服を整え、平静を取り戻したアーデルハイトは、先の結果が思いもよらぬ事態を引き起こすことに、まだ気付いていない――。
「こ、これが世界樹クリフォト……あぁ、地上ではおおよそ見られない姿、美しいわ……。
さあ、行くわよアテール! 私は、全ての植物の母になる! 例え世界樹でも……私は愛する!」
龍樹【ロサ=アテール】に乗り、多比良 幽那(たひら・ゆうな)が手土産(カナンとイルミンスールの土)を持参して、クリフォトの根元を目指す。彼女は極度の高所恐怖症であるはずだが、愛の前には無意味、らしい。
「は、母が猛っておられる! クリフォトを愛でる……ま、まぁ、母がそう言うのなら、我も手を貸さねばな!」
アッシュ・フラクシナス(あっしゅ・ふらくしなす)を足で掴み、アテールは一路、クリフォトを目指す。幸いさしたる妨害も受けず、一行はクリフォトの根元に辿り着くことが出来た。
「母、このくらいでよいか?」
アッシュが慣れた手つきで土を掘り返し、そこに幽那が持参した土を与え、水をあげる。この行為にどれほどの意味があるかは知らなかったが、植物に愛を捧げるのは当然だと思っている幽那は、試さずにはいられなかった。
(直ぐに何か変化が起きるとは思ってないけど……あら、何かしら、何だか視界が揺らぐわね……)
ぼやけていく視界でアッシュを見れば、アッシュもふらふらとしていた。これがクリフォトの瘴気の影響だろうか、と思う傍から思考能力が低下していくのを感じていた。
(このくらいで……例え毒だろうと、私の力にしてやるわ……)
ある意味強靭な意思だけで持ち堪えるも、長くは続かない。
ここで私が倒れたらどうなるだろうか。
取り込まれるだろうか。養分にされるだろうか。人ならざる者に変えられるだろうか。
……上等だわ。私が愛する植物にされるなら、むしろ本望だわ。
その考えに至った幽那の顔は、確かに笑っていた。
……しかし、幸か不幸か、事態は思わぬ方向へシフトする。
「……ぁぁぁああああああ!!」
上から声が降ってきたかと思うと、衝撃と共に一人の男性が“降ってきた”。
「……ハッ! あなた何!? まさかクリフォトを……やらせはしない、やらせはしないわ!」
「うおっ!? ちょ、ちょっと待て、落ち着けって!」
降ってきた男性、ゲブーを『クリフォトに危害を与える人』と判断した幽那が、アテールに攻撃を命じようとし、ゲブーが必死に阻止せんとする。
「は、母! こっちへ! 何かよく分からないが、何かが起きているのだ!」
アッシュの声が響き、一行がそちらを振り向くと、先程幽那とアッシュが掘り返した場所に、ゲブーの虫篭から飛び出たアーデルハイトの花妖精が下半身が埋まる形で突き刺さっていた。それだけでも十分不思議な光景だが、さらに輪をかけて不思議なのは、その花妖精から何とも言えない香り、いや、雰囲気とでも言うべき何かが漂っていた。
「何、この……まるで大いなる何かに抱かれているような感覚は……」
「これは……母とは違う、しかし同質の何か……そう、植物の母とでも言うべき存在……」
「うっうっ……かあちゃーん!」
不思議な感覚に包まれる幽那、何かを悟ったと思しきアッシュ、まだ純粋だった頃を思い出して涙するゲブー。しかしそれも束の間、クリフォトから生み出される瘴気は、確実に彼らを蝕んでいた。
「兄貴ーっ!」
倒れそうになるゲブーを、宇留賭羅・ゲブー・喪悲漢でバーバーモヒカンが回収し、脱出を図る。
「母よ、気持ちは分かる、だがここは一旦離れるのだ!」
アッシュの必死の訴えに、幽那も離脱を決め、そして幽那を乗せた(アッシュはやっぱり足で掴んだ)アテールがクリフォトから離脱していく。
後に残った、アーデルハイトの姿をした花妖精は、これからどうなるのであろうか――。
「……見つけたわ。確かこの花妖精は、アーデルハイトの母乳を被っていたはず……」
二人が去った後、物陰から姿を見せた麻木 優(あさぎ・ゆう)が、地面に植えられたアーデルハイトの花妖精を調べる。彼女はレーダーから外れた4組の契約者のうちの一人であり、『アーデルハイトの身体の一部を回収する』目的のため、機会を伺っていたのであった。
「髪の毛一本、血の一滴でもいい。それさえ回収できれば、後は用はないわ」
一通り花妖精を調べた優は、液体こそ吸収されていたものの、表面にうっすらとカスが残っていたのを発見し、不敵な笑みを浮かべてそれらを回収する。
「……これで目的は果たせたわ。……そうね、念のため、この花妖精の一部も持ち帰っておこうかしら」
言って、優は花妖精を一瞥し、目についた尾をちぎって仕舞い、後は一目散にクリフォトから離れていった。
それがどれほどの影響を与えるか、何も知らないまま――。
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