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【ザナドゥ魔戦記】イルミンスールの岐路~抗戦か、降伏か~(第1回/全2回)

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【ザナドゥ魔戦記】イルミンスールの岐路~抗戦か、降伏か~(第1回/全2回)
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「……ボクがイコンでアーデルハイトに挑んだ時、あいつは自分のことを『我』と言ったんだ。それに、あいつの血液だか体液だか知らないけど、それが黒っぽい色をしていたのは確認できた」
 校長室にパートナーたちとやって来た峰谷 恵(みねたに・けい)が、自身とエーファ・フトゥヌシエル(えーふぁ・ふとぅぬしえる)とが乗り込んだイコンで、クリフォトにいるアーデルハイトと一戦交えた時のことを報告する。一通り話し終えた恵は、横に控える神代 明日香(かみしろ・あすか)に視線を向けて、そしてグライス著 始まりの一を克す試行(ぐらいすちょ・あんちでみうるごすとらいある)レスフィナ・バークレイ(れすふぃな・ばーくれい)と共に退き、エリザベートと生徒たちの間、何かあった時に割り込める位置に立つ。
(……もうボクは、あいつ等が地上に居ること自体、耐えられない。
 ここで、これからのボクが決まるんだ。イルミンスールにボクがまだ、残れるのか……)
 恵にとって、魔族の侵攻は彼女の“トリガー”を引くに余りあるものであった。彼女はもう、自分が死ぬか、あるいはザナドゥが敗北し、地上を去るまで止まることが出来ないであろう。
(どうなろうと、ケイにはナラカの底までも付き合いますよ。
 ……あの、底なしの絶望にはまり込んでいたケイの、手を取った時から……)
(……元より我が読み手が“始まりの一”を超克できるか観測し続けるが我が役目……。
 神も魔も、配慮する対象には成り得ない)
(ワタシの作り主はもうザナドゥに居ないからな、向こうに着く理由も義理もない)
 そんな恵にとって唯一とも言うべき救いは、パートナーが全員、意図に差異はあれど、恵と命運を共にする覚悟を決めていることであった。
「主と嬢からの情報がまとまったぞ。二人には、これらの情報をどこまで公開とするかの検討に付き合ってもらいたい」
 クリフォトへ向かった望とノートが記録した情報を整理してまとめた『山海経』が、そのまとめられたレポートをエリザベートとルーレンに渡す。当初、エリザベートたちは生徒がクリフォトに向かったことを知らなかったため、『山海経』からそのことを聞かされたエリザベートは驚いた――ヴィオラとネラは、菫がクリフォトに向かうことを自ら伝えてきたし、ミーミルもそこから知っていた。菫から心配しないで、と口止めされていたため、エリザベートに話すことはなかった――ものの、「イルミンスールの今後を決めるために大切なこと」と丸め込まれ、渋々承諾したのであった。
(……じゃが、代償がちと大きすぎたやも知れぬ。4組はアーデルハイトと共にクリフォトに消え、さらに1組の消息が知れない。
 残りは確認できたが……これは、伏せておくべきか)
 難儀な役割を負ってしまったのう、と呟きつつ、『山海経』は二人に混じって情報の選別を行う。

・クリフォト出現による、イルミンスールの森の汚染具合、侵食速度の推移:公開
・ナラカの瘴気とザナドゥの瘴気は似通っている(完全一致ではない)、『デスプルーフリング』の装着で影響を軽減できる:公開
・アーデルハイトを操っている者がおり、それはクリフォトに封印されていた大魔王であるという可能性が極めて高まったこと:公開
・アーデルハイトの自我が、まだあの身体の中に残っているかも知れないという推測:公開
・クリフォトに向かった契約者の内、4組がアーデルハイトと共にクリフォトに消え、1組の行方が知れないこと:非公開(というより、エリザベートたちに伝えていない)

「……こんなところでしょうか」
 一息ついて、ルーレンが処理したレポートを『山海経』に託す。これらと、ザナドゥ侵攻より有志によってまとめられた情報は『世界樹研究機関』を通じて、カナン、イルミンスール両方に共有情報として配される(個人が望めば、自由にアクセスできる)ことになっている。誰でも参照できるということは、イルミンスールやカナンにとって『敵』も同じことが出来ることに繋がるが、かといって情報を渋れば、イルミンスールとカナンの協力関係にヒビが入りかねない。リスクを懸念しながらの決定であった。
(情報の共有化のための下地は、出来上がっているようですわね。後は、情報を補うことが出来れば……。
 近遠ちゃんに伝えておいた方がいいですわね)
 パートナーと相談の末、『情報不足を解消すべく情報収集の要請』『生徒間での情報の共有化』を申請しようとしたユーリカ・アスゲージ(ゆーりか・あすげーじ)が、今は他のパートナーと大図書館で情報収集をしているであろう非不未予異無亡病 近遠(ひふみよいむなや・このとお)に連絡を取る。
「へぇ、もうそんな関係が出来上がってたのか。ま、これでともかく、イルミンスールとカナンはザナドゥに対抗してくってことで一致してんのか?
 あの偽アーデルハイトが、だいたい偽物だって判明したことだしさ」
「ベア、話はそう単純なことでもないと思いますよ……。
 でも、少しずつですけど、情報が集まってきましたね。私たちの意見交換にとても役立ってくれます」
 雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)に答え、ソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)がエリザベートの前に進み出、自らの意見を発する。
「校長先生、私から意見を述べさせてください。……私は、ザナドゥの侵攻に対しては『抗戦するべき』だと思います。
 ザナドゥの侵攻により、イルミンスールの森は侵食されて、ザンスカールの街も飲み込まれてしまいました……。それは、途方も無い時間をかけて育ってきた森が、人々が築き上げてきた街が、そこに住む人と動物の生活や思い出が、すべて奪われたということです。
 それなのに、このまま降伏したり、ましてやザナドゥに味方してしまうなんて、絶対におかしいです! これ以上大切なものを失わないためにも、奪われたものを取り戻すためにも、私達イルミンスール魔法学校は、ザナドゥに対して抗戦する姿勢を示すべきです!」
 降伏よりは抗戦を、という意見は、ソアの他、カレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)ジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)からも出される。
「ここで気合を入れ直して立ち向かわないと、ボク達の知ってる本物の大ババ様に笑われちゃうよ。今こそ大ババ様に鍛えられた魔術、そして精神の力を大ババ様本人に見せる時だよ!」
「我も、カレンの意見に賛成だ。何もせずに降伏するなど性に合わぬ。抗うのなら徹底的に抗おうではないか」
 エリザベートたちや、その場に集まった者たちに元気を与えんばかりに、カレンが声を張り上げる。そこには彼女自身が、常日頃から慕っていたアーデルハイトが牙を剥くという状態になってしまった事でひどく落ち込んでいたものの、判明した情報から必ずしも自らの意思ではないことが分かり、それならボク達で助けに行かなくちゃ、と自分を奮い立たせようとしている意図もあった。
「私も……イルミンスールは徹底抗戦するべきだと思います」
 周りの“先輩方”の中から、白瀬 歩夢(しらせ・あゆむ)が恐る恐るといった様子で進み出、自分の意見を口にする。
「私は新入生で……事情も詳しくなくて、具体的にどうすればいいと思います、とは言えなくて……。
 でも、イルミンスールの学校に来て、好きな……じゃなくて、えっと、す、素敵な出会いがあって、先輩方や友人にも出会えて。
 私の……大切な居場所になるかもって思えて。だから……守りたいんです」
 途中、“好きな子”であるアゾート・ワルプルギス(あぞーと・わるぷるぎす)のことを思い出して顔を赤くしつつ、たどたどしくも懸命に自身の思いを告げる。
「もちろん、戦うだけでなく、話し合って解決する道を探すことも大切でしょう。でもそれは、対等な立場で行わなければいけません。一方的な従属であってはならないのです。
 それに、アーデルハイトさんはイルミンスールのみんなにとって大切な方……得られた情報の通りなら、アーデルハイトさんを操っているザナドゥの大魔王を追い出せば、アーデルハイトさんを取り戻せるのではないでしょうか。大魔王が追い出されたアーデルハイトさんが、私達の知るアーデルハイトさんかどうかは、確実なことは言えないですけど……」
 エリザベートやミーミルが『あれはアーデルハイトではない』と主張する、それはある意味では正しい。今のアーデルハイトはザナドゥの大魔王によって主導権を握られているというのが、これまで得られた情報から導き出されようとしている。
 しかし、今のアーデルハイトにアーデルハイトの意思が全くない、とはならない。大魔王の意図を遮るような場面が見られたと報告にもあった以上、2つの意思が混在しているのでは、という見方が妥当に思えていた。
「イナンナ様が言うには、クリフォトに捕らわれた大ババ様を救うには、大ババ様を封じた者と同じ資格、つまり大ババ様の血に連なる者の力が必要なんだって。今その資格を持ち、自由に動く事が出来て、尚且つ心から大ババ様の身を案じている者は……エリザベート校長だけだよ!
 ボクらが校長の盾になってでもその身を守るから、みんなで大ババ様を助けに行こう!」
「敵はジャタの森にも樹を顕現させた程だから、このまま手を拱いてさらに新たな樹を出されでもしたら、ジリ貧になるだけだ。ここはこちらから打って出て、イルミンスールに出現したクリフォトに捕らわれているであろうアーデルハイト師を救出しに行くべきだと思う。
 エリザベート校長、生徒の身を案じているのなら心配するな。イルミンスールの生徒は皆、大ババ様にしごかれておるのだ、そう簡単に打ち倒されるほどやわではない。それに、今戦わなくていつ戦うというのだ?」
「私も、今からでも改めて修行して、ちょっとでも強くなって、出来そうなことを頑張りたいと思います。
 今も前線で戦っている、なすべき事をしている先輩方に、少しでも早く追いつきます。
 だから……今と、これから先、どんな事があっても気持ちを強く持って、頑張りましょう!」
 ソア、カレンとジュレール、歩夢の言葉を順に受けて、エリザベートは座したまま深く考えこむ。

 抗戦か、降伏か。……戦うか、戦わないか。
 つまるところ、イルミンスールが取るべき道は、2つに1つ。10も20もない、足を使わなくても右手と左手だけで足りる。

 いや、もう答えは出ている。
 戦うのだ。降伏なんてあり得ない。

 ……だけど。
(……だけど、私が戦う、と言ってしまったら、どうなりますかぁ?)

 エリザベートは、イルミンスールの校長である。エリザベートの意思決定は、そのままイルミンスールの意思決定になる。
 だから、エリザベートが戦う、と言えば、イルミンスールは戦うことを決定したことになる。

 だが、イルミンスールに属する者の中には、戦うことをよしとしない者もいる。もしかしたら彼らは、戦わなくても済むような手段を進めているかもしれない。それなのに戦うことを決定してしまうことは、彼らの意思を無視してしまうことに繋がる。
 ましてや、マホロバの件があった直後だし、そのことをさっき色々と言われたではないか。自分が、勝手に決めてしまっていいのだろうか。
「エリザベート校長、覚悟を決めて!
 この先、生徒の誰かが傷つき倒れようとも、振り返る事無く大ババ様の救出に向かうんだって。そこで迷いが出ちゃったら、成すべき事も成せず、倒れた人達の志まで無駄になるんだよ!」
 悩めるエリザベートに、カレンの言葉が刺さる。

 そう、自分が戦うと決定すれば、当然、戦いになる。戦えば傷つき、犠牲が出る。
 傷ついた者は、傷つく原因となった者を恨み、憎む。
 自分が何かを決定すれば、相手は傷つき、そして生じた衝動を自分に向けてくる。

(……嫌われたくないですよぅ)

 人は誰しも、嫌われたくない。嫌われてもいいと公言している人だって、心からそんなことは思ってない。
 そして、自分が何かを決定すれば、ほぼ必ず、誰かに嫌われる。嫌われたくない、じゃあどうすればいいのか、答えは既に出ている。

 何も決定しない。
 決定することを、誰かに任せてしまえばいい。
 どうすればいいと思いますかぁ? と、アーデルハイトなり周りの人物なりに聞いてしまえばいい。

「アスカ、どうすればいいと思いますかぁ?」

 だから、エリザベートは明日香に聞いた。アーデルハイトの次に、いや、今やアーデルハイトと同じくらいに信頼できる彼女に。
 聞かれた明日香は、ちょこんと首をかしげて、にっこりと微笑んで、そしてこう言った。

「エリザベートちゃんはどうしたいですか?」