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【ザナドゥ魔戦記】イルミンスールの岐路~決着~

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【ザナドゥ魔戦記】イルミンスールの岐路~決着~

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 荒れ狂う炎の嵐で魔族を包み込んだソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)、主を護るべく奮戦していた雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)が、一時的に落ち着いた戦場を離れ、後方に下がっていたエリザベートの下へやって来た。
「校長先生、少しでもいいです、私の話を聞いてもらえますか?」
「? いいですよぅ」
 首をかしげつつも了承するエリザベート、そしてミーミルは、ソアの醸し出す雰囲気を察して、密かに一行から距離を取る。
「……校長先生は、人に嫌われることを恐れていたんですよね」
「…………」
 相手から答えが帰って来ないのを織り込み済みで、ソアは言葉を続ける。激しく拒絶されない限りは、どうしても伝えたいこととして話し切るつもりでいた。
「正直、私は、校長先生がそんな風に悩むなんて想像もしていませんでした。
 私がイルミンスールに入学してから、校長先生はいつも生徒達を巻き込んで、わがままに振る舞ってましたから」
「う、うるさいですねぇ! ……あなたの言う通りでしたけどぉ、そうしてばっかりじゃダメだって思ったんですぅ」
「はい、今の校長先生は変わったのかもしれません。そのことに気付けなくて、すみませんでした」
 ぺこり、と頭を下げるソアに、エリザベートが何か言葉をかけようとした所で、グッ、とソアの頭が上がる。表情には怒りとも、悲しみとも取れる色が滲んでいた。
「でも、言わせて下さい。
 これまで、私の知ってるイルミンスール生徒に、校長先生のわがままに振り回されて本心から嫌だと思ってた人は、ただの一人だっていませんでした!
 一際強く響いたように聞こえた声を受けて、エリザベートもまた、ハッキリとしない表情で答える。
「……ズルイですよぅ。そう言われてしまったら、私はあなたの言葉を否定出来ないじゃないですかぁ」
 『私の知ってるイルミンスール生徒』という点がいかにも、であった。ソアの交友関係を把握していない以上、どこかしかにはエリザベートを嫌っている生徒がいたとしても、ソアの言葉を完全には否定出来ない。……あるいはもしかしたら、ソアは本心から『イルミンスールの生徒にエリザベートを嫌っている人はいない』と言っているのかもしれないが。
「みんな、校長先生が悪い人じゃないって知ってますし、特有の魅力を持ってることも知ってます。私も、魔法使いとしてずっと尊敬してます。
 ……だから、「何をするかも、自分をどう思うかも任せる」なんて寂しい言い方はしないで下さい……泣いてしまいそうです。
 多くの生徒が、校長先生についてきてくれるに決まってます。だから一言、「一緒に戦おう」って言ってくれれば良かったんです……」
 言い終えたソアの双眸から、涙が零れ落ちる。泣き顔を見せまいとソアを腹に抱き寄せたベアが、言葉を紡ぐ。
「二年程前にイルミンスールに入ってから、色々と校長のわがままに付き合ってきたけどよ。毎回ドタバタ騒ぎで、なんだかんだで楽しかったんだよな。他の生徒もみんなそんな顔だったぜ。
 ……だから校長には、もっと生徒を信じてほしいんだ。校長が抗戦を決定したからって、校長を嫌う奴がいると思うか?
 ふざけんな、だ。ご主人やカレン達、校長に抗戦を進言した生徒達だっていたし、戦いが嫌なら先に意見を言うなり、勝手に行動するなりすればいい。校長個人を嫌うなんて筋違いもいいとこだ。
 もしそんな勘違いをする馬鹿がいたら、俺様がぶん殴ってやるよ」
 腕に力こぶを作りながら、ベアが男前な笑みを浮かべる。
「ん? ボクのこと呼んだ? もーエリザベート、火点くの遅いって。
 でもま、とにかく決断はしたみたいだし、後はボク達に任せといて!」
 いつの間にかやって来たカレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)がエリザベートの背に回り、ポン、と押し出すように手を突き出す。押されて一歩、二歩前に踏み出したエリザベートが振り返りカレンに視線を向けると、その顔は彼女なりに真剣なものであった。
「もしザナドゥと戦う事で居場所がなくなる様な事になっても、みんな今までと少しも態度は変わらないと思うよ。みんな、エリザベートが校長だから周りにいるんじゃない、エリザベート・ワルプルギスって言う一人の人間として好きだから、集まってくるんだよ。
 だからエリザベートの地位がどう変わろうとも、エリザベートのいる場所がイルミンスール魔法学校なんだって、みんなそう思ってる。
 まだ悩んでるのかもしれないけど、自分の決めた事に自信を持ちなよ!」
 言葉を言い終え、カレンは再び箒に跨り、魔族相手に奮戦するジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)の下へ戻る。
「……言いたかったこと、ちゃんと言えたか?」
「うん。ボクなんかが言わなくてもきっと、同じ事を伝えようとする人はいる。それにエリザベートも分かってると思う」
「それでも、敢えて言葉にした。エリザベート、そしてイルミンスール魔法学校という場所が、好きだから」
「……マジメに言われると、ボクちょっと恥ずかしいんだけど! そういうジュレはどうなのさ!」
 カレンの問いに、お前は何を言っているんだ、という表情をジュレールが向ける。
「好きに決まっているであろう?」
「…………ははっ」
「ふっ、何がおかしい、カレン」
「ジュレだって、どうして笑ってるのさ」
「我は笑ってなどいない」
「絶対笑ってるってば。なんなら鏡持ってこよっか?」
「いや、いい」
 それからしばらく、二人は笑う。気が済むまで笑った所で、表情を引き締めたジュレールが呟く。
「校長、それもイルミンスール魔法学校の様な組織の長ともなれば、我らには推し量れぬ悩みもあるのだろう。エリザベートがまだ年端もいかぬ子供と言うのを差し引いても、それほどまでに重い責であった筈だ。
 そして我らは、イルミンスール魔法学校の生徒である。我らも校長が背負っていたものを同時に背負うべきである」
「まあ、そうだね。でも一つだけ追加。
 エリザベートはボク達の友達! 友達は助け合うもの!」
 宣言するように言って、カレンが高めた魔力を氷塊に変え、眼前に迫っていた魔族の群れへ放つ。真っ直ぐ突っ込んでいた魔族は氷塊に撃たれ、身体や羽根をもぎ取られて落下していく。
「……なるほど、次からは使わせてもらおう。今は……機晶姫という己の存在意義を発揮するため、戦うとしよう」
 続けとばかりに、ジュレールが数々の戦いと共に在るレールガンを携え、接近してこようとする魔族へ照準を合わせる。
(このレールガンを頼りに、クリフォト、そしてその先までの路を切り開く!)
 鋼鉄の意志を胸に、放たれた弾丸は魔族を貫き、クリフォトにまでも損害を与えていた。

「エリザベート。
 オマエは自分ひとりで悩んで、自分ひとりで何かに責められたような気分になって、自分ひとりで「この人さえいればあとは何もいらない」と決めてしまったようだけれども。
 その前からずっと、ずっとずっと、オマエをイルミンスールの主と信じて、オマエを信じて、オマエのために命さえ賭けて戦ってきた人間が大勢いることを知って欲しい。大勢の人の好意に、気付いて欲しい」
 腕を捲り、ジャタの森での戦いで負った傷を見せながら、木崎 光(きさき・こう)がエリザベートに語りかける。
 ――エリザベートに、自分の学校の生徒を、世界を、好きになってもらいたいから。コドモだった校長に、少しでも成長してほしいから。
(確かに、何も決めずに引きこもっていれば、誰からも責められないかもしれない。
 だが、エリザベートも言った通り、味方を作るということは敵を作ることだ。言い換えれば、敵を作るということは、味方を作るということだ。
 今、戦うと決めたエリザベートに、味方はたくさんたくさんいるんだよ。気付け。……どうかどうか、気付いてください)
 光の前で、エリザベートは複雑な表情を浮かべて沈黙する。子供は理解が早いが勘違いも多い。エリザベートの中にもいくつかの言葉はあるが、それをそのまま口にしては、傷つけるだけと理解していた。かといって、代わりの言葉を思いつけるわけでもなかったし、嘘を言ってその場を取り繕うには、エリザベートはまだ幼すぎた。
 そこに、一握りの魔族の集団が、迎撃網をくぐり抜けてエリザベートへと迫る。どうやら魔族も戦いの中で、エリザベートが重要な標的であることを本能的に嗅ぎわけたようであった。
(言葉で分かって頂けないなら、行動で見せるしかないでしょう! 我が身を盾にしてでも、守りますよ!)
 魔族の進路上に、身の丈ほどもある盾を構えたラデル・アルタヴィスタ(らでる・あるたう゛ぃすた)が飛び込む。車の列に突っ込むのと同じくらい無謀な、勇敢な行為により、魔族は出鼻をくじかれる形になる。
「俺様達の大事な校長に、傷一つ負わせねーっ!!」
 勢い良く振るった剣から、音速の衝撃波が生み出され、それは魔族の翼や肉体を切り刻む。襲撃が失敗に終わったことを悟った魔族は撤退を図るが、駆けつけた他の生徒に囲まれ、二度と空に羽ばたくことはなかった。

(あの様子であれば、校長はひとまず問題ないだろう。当面の問題は、ミーミルか)
 生徒たちに囲まれるようになっているエリザベートから視線を外して、アルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)は“愛娘”ミーミルのことを心配する。

「……前にも似たような事を言ったが、本当なら、こうした戦争はお父さん達のような大人がやるべきものだ。生徒達は高揚して、分からなくなっている様だがね」
 隣に控えるミーミルに(“姉妹”であるヴィオラネラは、有事に備えてイルミンスールに待機中であった)、アルツールが憂いを帯びた表情で話す。二人の前方では、“契約者”でありまた“生徒”である者たちが、魔族と剣を交え、魔法を見舞っていた。日頃の勉強の賜物か、はたまた時の勢いか、被害は主に魔族側に集中している。
 しかし現状は、言い方を変えれば『年端も行かない子供が、自らの手で他生命を奪っている』である。どのような理由があれ、『戦い』は決して子供にいい影響を与えない。
「戦いの空気に囚われて、『戦いのための戦い』をしてはいけないよ? ミーミルは『護る者』だ、そのことを忘れないようにな」
 アルツールの言葉を、ミーミルはそのまま自分の中に取り込んだ。戦いの違いは理解出来なくとも、“お母さん”を護るために戦うことを忘れないようにしよう、そうミーミルは理解した。
「はい、お父さん」

 思考を現実に引き戻せば、視界の片隅にミーミルが映る。決定的な危機が訪れるまで、無鉄砲に向かっていかないよう言われたことを、しっかりと守っているようであった。
(力を振るうだけが戦うことではない。敵に余分な力を振るわせることも、また戦いなのだ)
 三対の羽根を持つミーミルは、味方にも敵にも目に付く。加えて相応の実力を持っているとなれば(特にミーミルは、魔族と似た戦闘スタイルであるため、なおのこと)、敵が放っておかない。……今も、魔族が集団を形成し、ミーミルを標的に向かって行こうとしていた。
「愚かな……そうそう上手く事が運ぶとでも思っていたのか?」
 アルツールの傍に控えていたソロモン著 『レメゲトン』(そろもんちょ・れめげとん)が人間形態に成り、箒を進めたアルツールが強烈な光を浴びせるのと同時に、裁きの光を生み出して魔族へ見舞う。彼らから見て横合いから突然攻撃を受けた魔族の集団はたちまちに瓦解し、クリフォト方面へ向かって逃げようとする。
 瞬間、空間を電撃が走り、一体の魔族の翼や肉体を貫く。身体を硬直させたまま、魔族は地上へと落下していく。
「……悪いけれど、一旦牙を剥いた以上、逃しはしないわ」
 アルツールとレメゲドンの目潰しを契機に、それまで援護に回っていたエヴァ・ブラッケ(えう゛ぁ・ぶらっけ)も攻勢に転じる。
(アーデルハイト先輩ほど強くはなくても、私にも年長者としての大人の意地があるの。
 例え命に変えても、この子達に指一本触れさせない)
 強い意思を胸に、なおも電撃の魔法で数体の魔族を撃ち落としていく。何とか魔族は逃れんとするが、徐々に退路は限られ、一旦散り散りになった彼らは再び集結しようとしていた。
「おおっと、ここから先は、通行止めだ。
 ……いや、違うな。君らのお友達のいるナラカへ行く道なら、開いている」
 そこへ、全身を強化装甲で固め、大剣を携えたシグルズ・ヴォルスング(しぐるず・う゛ぉるすんぐ)が一行の前に立ちはだかる。覚悟を決めたか自棄になったか、雄叫びをあげて突っ込んでいく魔族を、シグルズは淡々とした表情で見つめ、
「ふんっ!!」
 全身の筋肉を躍動させた薙ぎ払いで吹き飛ばす。手足を失うはまだ運がいい方で、もぎ取られるようにして胴体と下半身とを分かたれた魔族などは耳をつんざくばかりの悲鳴を上げ、暫くの間残った力を振り絞って撤退を図ろうとするも、やがて力尽きゆっくりと、そして重力に引かれて地面に落ちていく。……このように凄惨な殺し合いの場面が、そこかしこで展開されていた。
(見ているだけでも辛いだろう、ミーミル。せめてこの時間が少しでも早く終わるよう、お父さんは頑張るよ)
 それこそが“父”として娘にしてやれる唯一とばかりに、アルツールはパートナーと共に魔族の撃退に奮戦する。

(ああっ、もう! せっかく浄化する方法分かったっていうのに、校長ったら何で特攻なんてすんのかなっ!)
 エリザベートがクリフォトへ向かったのを聞いて、茅野 菫(ちの・すみれ)は頭を抱えた。このまま組織のトップ同士がかち合えば、大規模な戦いは避けられない。それで何らかの決着はつくだろうが、それではダメなのだ、菫はそう思っていた。
(なんとか婆さんと話できないかなっ、それに、親玉みたいなやつと話してなんとか……)
 アレコレと思考を巡らせていた菫だが、今はとにかくエリザベートを追うべきとの判断に至る。
(菫の無茶は予想通り……けど、菫の気持ちはよく分かるわ。私も、ハッピーエンドは信じたいもの)
 思いを胸に同行するパビェーダ・フィヴラーリ(ぱびぇーだ・ふぃぶらーり)を連れ、菫はエリザベートの下へと向かう。既にクリフォト内部に侵入していたら、ということを考えるまでもなく、エリザベートは複数の生徒に護られるようにして、クリフォトよりかなり手前に待機していた。
 ひとまず追いついた、菫が安堵の表情を浮かべかけたその時、前方で激しい爆発が生じる。緊張走る生徒たちの中には、魔族が反撃を開始したのかと勘繰る者もいた。
 ……その推測は、当たらずとも遠からず、といった所だろうか。