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リアクション
・1月27日(木) 15:00〜
「こちらは大体終わりました」
「ありがとう。助かった」
久我 浩一(くが・こういち)は、極東新大陸研究所海京分所で雪姫の手伝いを行っていた。年末に行われた九校戦のデータ整理だ。雪姫は研究者であると同時に、天学に通う女子高生でもある。天学の女子制服の上に白衣を羽織り、ウェーブがかった銀色のロングツインテールという出で立ちは、非常に印象的だ。
そのため、忙しい身だ。浩一が手伝いを申し出た時も、快諾してくれた。もっとも、相変わらず無表情なのは変わらないが。
「どうですか、これを見て」
「全体的に、機体の消耗が激しい。整備完了時点でのステータスに問題ないことから、パイロットの操縦が原因。操縦技術がない、というわけでもなく、あくまで機体性能の限界を超える機動を続けたことが問題。逆に、一定以上の操縦技量があるから、酷使した状態で機体が制御出来ていると捉えることが可能」
負荷軽減の対処が上手に出来ていないパイロットがほとんどだと雪姫が指摘した。
「時間の経過とグラフを比較すると、確かにそうですね。ただ、半年前の戦時下でのデータと比べると、向こうの方が負荷が少ないのは興味深いです」
「九校戦は『死ぬ危険がなかった』から。本当の戦闘だと、『死ぬかもしれない』という意識が働いて、機体の操縦の際に無意識に負荷を軽減するようにしている。と、私は推測した」
その無意識のリミッターと、生き残りたいという一見相反する思考が、機体に負荷がかからないような操縦をさせ、なおかつ本来以上の力を引き出しているということらしい。
「雪姫さん、飲み物の好みはありますか?」
希龍 千里(きりゅう・ちさと)が、雪姫に尋ねた。
「コーヒー」
彼女は即答した。
「難しい話が続きますので、お茶をのみながらゆっくりお話してみてはいかがですか」
「肯定」
それを受け、千里が給湯室へ向かった。
「どうぞ。砂糖とミルクは、どうしますか?」
「ブラックで大丈夫」
それを手に取り、唇へ運ぶ。
「浩一はお茶でよかったんですよね。濃い目の」
「はい」
浩一は湯飲みを受け取った。
「一つ、提案があります」
「何?」
「ブルースロートへのBMI搭載です」
BMI搭載の可能性と、ジェファルコンへの応用について説明し始めた。
「統合機体を目指すなら攻守を実現しなければなりません。そのために、ブルースロートへのBMI搭載による盾の機能データも活用したい」
「前提として……」
雪姫が途中で遮った。
「パイロットへの負荷を軽減しなければならない。ブルースロートは防御型であると同時に、電子戦対応機でもある。BMIを搭載した際に入ってくる情報量は、レイヴンに比べ膨大であり、そこに各種機能に必要な情報が入ってくる。機体干渉を行おうものなら、対象機のデータも全てパイロットの脳内に流れ込むことになる。第二世代機にBMIを搭載する際の、技術的問題」
「その技術的問題が解決されたと仮定して……」
ここで「はい、そうですか」と引き下がるようでは技術者としての名折れだ。
「テレパシーやサイコメトリ等の情報共有、先んじて味方の機動を知りやすくなれば、自動防御的な盾展開は速くなります。加えて、内面的にBMIを応用すれば、魔鎧をパイロットスーツ代わりに装着してのモーショントレース機能を付与することも出来るのではと。また、機体の内面をサイコキネシスで強化出来れば、機晶エネルギー以上に機体強度を増すことも出来るように考えられます」
そこへ、千里がそっと手を入れた。
僅かに間をおき、雪姫が返答する。
「第一に関しては、肯定。こちらはOSにプログラムを組み込めるようであれば、現行レイヴンの機能でも可能。盾の代わりにパイロットの精神力による力場の強制展開となるため、悪影響を及ぼさないギリギリの数値設定が出来るかが重要となる。
第二に関しては、専用のパイロットスーツによるニューロリンクを利用すれば可能。現在、七聖 賢吾の専用機【鵺】にて検証・調整中。
第三に関しては、専用の素材を開発する必要がある」
コーヒーを飲んで一息ついて、雪姫が続けた。
「技術的問題に関して。これは【ヤタガラス】のソースコードから、解決策が見えてきた。【鵺】の技術と合わせることで、【ヤタガラス】の最低稼働条件だけでなく、ブルースロートへのBMI搭載も実現出来るかもしれない」
ただ、そのためには時間が必要だと。
「可能性があるだけで、今は十分です」
それと、と浩一は加えた。
「量子通信技術については、どうなってますか?」
確か、フィーニクスという機体にそれが搭載されていたという話だ。
「それに関しては、ここにまとめてあるわ」
声のした方向にいたのは、イーリャ・アカーシ(いーりゃ・あかーし)だ。ここ、海京分所の職員であり、彼女もまた研究者である。
「記録によれば、地球で量子暗号通信が成功したのは二十年前の2002年ってなってるわ。これは既存の暗号と組み合わせたものだけどね。フィーニクスの量子通信技術が消えなかったのは、現代の技術で十分利用可能だからだったってことね」
彼女は、バーデュナミスと呼ばれるイコン、アルマイン、鬼鎧のいずれとも異なる系統の技術による機体の解析を行っていた。話によれば、異世界で自身もその開発に携わったという。
「技術的問題の二つ目の解決策。機晶制御ユニットを搭載し、情報処理・演算を全てそちらに回す。機体のOSをメイン、機晶姫をサブとして、情報の振り分けを行い、プログラムを構築。懸念される点としては、機晶姫にどれだけ高性能なコンピューターが積めるか」
機晶姫の意識が宿っているのは、あくまで機晶石である。とはいえ、実際に人体の構造を模している方が、非人間型に比べ「生身の人間」らしいのは確かだ。誤解してはいけないのは、機械で作られる部分から意識が発生したわけではないため、ロボットではなく定義的には「無機生命体」となる。機晶姫とイコンや機晶ロボットの違いは、この意識の有無で決定される。
それを雪姫が理解しているかどうかは別として、機晶姫だからといって負担が掛からないという理由にはならない。そこを心配しているようである。
「……やはり、課題は出てきますね」
浩一は改めて声を発した。
「俺としては、量子を『マナ』と共通するものとして捉えていたわけですが。両方とも世界に満ちる『可能性』なわけですからね」
「ハイゼンベルクの不確定性原理。量子の変動において、まったく同一のものは生まれない。故に、世界に生じる可能性は無限」
その言葉に、浩一はどこか親しみを感じた。その場で即座に答えを導く雪姫は、可能性は有限だと言いそうだったからだ。
「物性、超能力、魔術の三つの融合。俺は、それを目指したい」
「ならばそのための解を、私は見つける」
「いえ、それは俺がやってみせますよ」
負けてはいられない。
「今は残してくれているものをなぞることしか出来ないけれど、それを破って、自分の道を歩み出したいから」
「……一緒に、やる?」
意外なことに、雪姫の方から誘いがきた。
「私は解析・分析は得意だけど、一から何かを組み上げたりするのは苦手。そういう風に出来てる。でも、あなたはきっとそうじゃない。話してて、私も学ぶことがあると知った」
「では、手伝わせてもらいます」
その上で、彼女から技術を盗む。すぐには難しいかもしれないが。
「何だか、すごい専門的な話になってたわね。バーデュナミスのことまとめてる間にも、技術がそこまで進んでいたなんて」
浩一、千里が去った後、イーリャは雪姫と話していた。まとめたばかりの情報から、すぐに分析して新たな問題への解決策を導き出したのは、さすがとしか言いようがない。
「だけど、私には分からないことの方が多い」
表情の変わらない雪姫から、そこにある感情を推し量ることは出来ない。ただ、寂しさのようなものが感じられた。
「イーリャ、『絆』とは何?」
不意に質問が飛んできた。
「そうね……一概には言えないけど、断ち難い強い結び付きかしら。契約者同士を繋いでいるものだし」
「そう。そういったものが、分からない。けれど、分からないものを分からないままに受け入れながらも、一つの定義によらないその人だけの答えを見つける。人間とは、そういうものだと。人らしくあるとは、それをなすことなのだと。けれど、そのやり方が……分からない」
人間らしさで、彼女は悩んでいるようだった。
「私の存在意義は、いかなるものに対してでも答えを導けることにあると考えていた。でも、それだと私は――」
「こう言ったら身も蓋もないかもしれないけど、その人間らしさだって、人それぞれなのよ。それに、そうやって悩んでること自体が、人間らしさの証明でもあるわ」
もしかしたら、動じないように見えてすごく繊細な子なのかもしれない。雪姫の新たな一面を垣間見たような気がした。
「あとは……色んな人と触れ合って、知っていけばいいんじゃなかしらね。そのためにも、雪姫さんは研究以外の日常も大事にして欲しいわ」
雪姫が決して研究にどっぷりなわけではなく、学院に通っていることは知っているが、どんな学院生活を送っているかは定かではない。
「そういえば雪姫さんは生徒会選挙、どうするの?」
「総合的に捉えると、会長立候補者ではなつめが一番適切」
投票のことだ。立候補しないのは、自分でビジョンを見出せない以上、難しいだろうということはイーリャにも分かっていた。
「ジヴァも、立候補はしなかったわね」
「……なに、イーリャ。生徒会選挙のこと?」
ジヴァ・アカーシ(じう゛ぁ・あかーし)がぶっきらぼうに答えた。
「興味ないわね。なんであたしがわざわざ劣等種の指導をしてやる必要があるわけ?」
「ジヴァ、興味がないのは仕方ないけど、あなたも普通の生活を……」
「普通の生活? はっ……あたしってものを『作り』ながら、よく言うわ! あんたはあたしや雪姫が妬ましくて、せめて自分と同じ世界において置きたいだけよ。違う?」
「そんなことは……」
軽蔑の眼差しを向け、ジヴァが研究室から出て行った。
「ごめんなさいね」
「作られた者には、作った者の気持ちは分からない。そこにあるのが何であっても」
「雪姫さん?」
「知ろうとしても、その術が『分からない』。そして、二度と知ることが出来なくなってしまった者もいる」
扉を見つめ、雪姫は静かに言葉を続けた。
「私は、それを知ってる」
そして、彼女はパソコンの前へと戻った。