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【戦国マホロバ】壱の巻 葦原の戦神子と鬼の血脈

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【戦国マホロバ】壱の巻 葦原の戦神子と鬼の血脈

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第一章 月をくぐる1

【マホロバ暦1185年(西暦525年)1月24日】
 四方ヶ原――



「ここが……1500年前のマホロバ。戦国時代?」

 謎の少女}葦原の戦神子(あしはらの・いくさみこ)の残した月をくぐると、そこは戦国時代の原っぱだった。
 アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)は、一面に広がる草原を見渡した。
 四方ヶ原(しほうがはら)は、このあたりでは唯一開けた高原であり、合戦場にはふさわしい場所として知られていた。
鬼城 貞康(きじょう・さだやす)はどこに……?」
 威勢よく飛び出してきたものの、状況はまだ何もわからない。
 この時代で何をどうすればいいのだろうか……。
「それなんじゃが、おそらく城じゃろう。鬼城の城はもっと南じゃ。わしのコンパスがそういっておる」
 『魔界コンパス』の指し示す方角へ、ルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)が指差した。
「戦国時代の地図をデータに入れて持ってきたのじゃ。ここが古戦場、四方ヶ原で合っているならば……な」
「んじゃ、いくかあ……うへえ〜、寒みぃ〜。昔ってこんなに寒かったのか。貞継(さだつぐ)から鬼城の鎧、借りてきて正解だったかもなあ」
 アキラは、マホロバの前将軍鬼城 貞継(きじょう・さだつぐ)にことのあらましを話し、マホロバ過去いくことと鬼城家の紋の入った鎧を貸してくれるよう頼み込んでいた。

「貸してくれなきゃ、鬼城家の子孫がなかったことにされちまんだよ! 歴史が変わったら……お前たち鬼城家の存在は……すでに貞継、お前消えかけてんじゃねえ?」
 アキラの必死の説得に、貞継は心当たりがあったのだろう。
 鎧をくれた。
 しかし、鬼城家に伝わる宝刀『宗近(むねちか)』は、事情がはっきりするまでは手元に置くといった。
「アキラ、お前の言うことが正しいとして……過去で何が起こっているのか。突き止めるまでは、こちらとしても慎重にならねば。必ず、戻って来い」
「あたりめえだ。だから貞継、それまで消えんなよ!?」

 葦原 房姫(あしはらの・ふさひめ)が示した『御筆先(おふでさき)』は、マホロバ初代将軍になるはずだった男の死と、マホロバの滅亡を告げている。
 それが本当なのか、何を意味しているのか、何が起こっているのか。
 ただ一つ、はっきりとしていることは、マホロバの初代将軍となった鬼城 貞康(きじょう・さだやす)四方ヶ原で死なせてはいけないということだった。

「そこの怪しいもの、止まれ! 貴様らどこの国者だ?」
 突然、馬上から一人の武者に声かけられて、一同がびくりと体を震わした。
 さっと身を潜めてみたものの、遅かった。
 笹穂型の大身槍を背負った武者はあっという間に彼らを見つけ、槍先を突きつける。
「怪しいものめ。武菱(たけびし)軍の伏兵か!?」
 武者の剣幕は激しく、今にでも突き刺しそうな勢いである。
 しかし、それを静止する若武者がいた。
 黒い前髪を垂れ、後ろ髪は結ってある。
 葵の陣羽織を纏っている若武者は、残念そうに言った。
「タダカツ、騒ぐな。うさぎが驚いて逃げてしまったではないか。捕まえてやろうと思ったのに……」
「さだつぐ……? いや、鬼城貞康(きじょう・さだやす)か!?」
「なぜわしの名を知っている? そちは誰ぞ」
 若武者は目を細めた――鬼城貞康は、あからさまにしかめっ面をした。
 大身槍の武者が、貞康をかばうように立ちはだかる。
「拙者は、鬼城家家臣 本打 只勝(ほんだ・ただかつ)成り。 貴様らは何ものぞ! 殿を呼び捨てにするなど、成敗してくれ……ぬぅ!」
 が、そのとき、背中に衝撃を受けて、只勝がよろめいた。
 上空から降ってきた少女が居たのだ。
 貞康が見上げると、昨晩にはなかった月が二つ浮かんでいた。
「……貞康……怪我、してないの!?」
 空から降ってきた少女、スウェル・アルト(すうぇる・あると)は只勝の背からむくりと立ち上がる。
 と、自分の身の丈以上の武者を押しのけた。
「イテテ……お? 貞康兄さん、久しぶり? よかった、まだぴんぴんしてるじゃないの。こんなに早く見つかるとは、嬢ちゃんは運がいいね!」
 スウェルと同じく、地面に降りた 作曲者不明 『名もなき独奏曲』(さっきょくしゃふめい・なもなきどくそうきょく)も、草や泥を払いながら立ち上がる。
 貞康は呆然としていた。
「なんだこれは。天から人間が降ってきたぞ。新手の戦法か!?」
「貞康、危険。ここから早く……逃げて!」
 スウェルは貞康にしがみつき、ぐいぐいと押していく。
「小娘、なぜわしに逃げろという。ここは時期に合戦場になるぞ。逃げなきゃならんのは、そちじゃ」
「それは……」
 スウェルに返答に窮した。
 安易に未来のことを話し、歴史を変えてしまうのは危険だと考えていた。
 とっさに『紫陽花』という偽名を使った。
「私……マホロバで見た貞康の……姿を忘れたくないの」
「ん?」
 貞康は必死に思い出そうとしているようだ。
「はて、どこぞで会うたかにゃ?」
 只勝が騒ぎ出す。
「殿のぉ……?! いつの間に、この非常時に! この只勝の目を盗んで……家臣に内緒で、側室でも持つおつもりか!?」
「いや。わしは美人は一度見たら忘れない性質なんじゃが」
 只勝の追求を貞康はのらりとかわしている。
「おい貞康、相も変わらず漫才やってる場合じゃねーぞ。武菱の軍がそこまで来てるんだろ?」
 アキラの冷や水に貞康たちは我に返った。
 彼はふと、アキラの着ている鎧に気がついた。
「随分と珍妙な格好をした伏兵じゃの。そちは……なぜ鬼城葵の鎧を着ておる」
「これはれっきとした鬼城家の鎧だ。マホロバ将軍のな!」
「マホロバ将軍だと……?」
 貞康は只勝と顔を見合わせた。
「ふむ、今日は奇妙なことばかりが続くの。先ほど拾ったこやつも怪しいが、そちらもなかなかのものよ」
 そこには、いつも間にかはぐれていたアリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)が、貞康に捕まれてじたばたと手足を動かしていた。
「ワタシ、お人形ヨ。怪しくないヨ!」
「うるさい、目の青い人形……語るなどますます奇怪。陰陽師のつくった呪詛人形なのではないか? この人形が誰者か知っておるか?」
「あ、あ……えーっと。俺のです」
 アキラの返答に貞康はにやりと笑った。
 彼らは手に縄をかけられ、問答無用でしょっ引かれることになった。



「貴様らの沙汰は、殿と鬼城家の家老により決めていただこう」
 馬上の只勝が言った。
 『名もなき独奏曲』ムメイが身を乗りだす。
「処置って? まさかお縄だけじゃなく首を……なんてこと、ないよね? 俺もまだ死ぬわけにはいかないしさ。埋蔵金と一緒に埋めた扶桑のことを書いた歴史書を、未来の貞康兄さんに読んでもらうまでは……」
 ムメイの独り言にスウェルは首を横に振る。
 この時代の人々にとっては、彼らは『未来人』である。
 未来を語って歴史を不用意に変えてはいけない……。
 彼女の目がそういっていた。
「……月が……欠けていく?」
 城まで歩かされている途中、スウェルは上空の『時空の月』を見上げた。
 かれらはこの月を通って、この時代にやってきたのだ。
 その月は徐々に影を落としてく。
「うさぎ……?」
 一瞬、白いうさぎが横切ったようにみえた。
 やがて月の明かりに浮かびあがるように、鬼州の城『松風城』が見えてきた。
 鬼州国の守りの要であり、のちに出世の城と呼ばれる城である。