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【戦国マホロバ】壱の巻 葦原の戦神子と鬼の血脈

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【戦国マホロバ】壱の巻 葦原の戦神子と鬼の血脈

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第一章 月をくぐる2

【マホロバ暦1185年(西暦525年)1月28日】
 葦原国――



 あたりは雪景色である。
 葦原の国へと続く街道沿いも、峠にさしかかると厳しいものにかわっていった。
 白色の冬毛に着替えたうさぎが跳ねている。

「この先は、葦原の国と聞きましたけど。あの子……どこまで行くのでしょう」
 御影 春菜(みかげ・はるな)は『時空の月』をくぐり、それを作り出した張本人葦原の戦神子(あしはらの・いくさみこ)の後を追っていた。
 彼女の目的は、葦原の戦神子から話を聞きだすこと。
 時空を移動するなど、彼女の常識から考えても禁術のように思えた。
「あの大きな筆といい……『御筆先』と何か関わりがあるのでしょう」
 その葦原の戦神子は途中、木の上や草むらの陰で仮眠をとる以外、ほぼ休まずに行進していた。
 追いかけるほうも楽ではない。
 やがて葦原国の領内に入り、葦原の戦神子は初めて社に入った。
「うふふ、やーっと追いついたしぃ。神子さんとお話できそうかなあ」
 雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)が、微笑を浮かべ、目配せした。
 リナリエッタとの打ち合わせどおりに貿易商に化けたベファーナ・ディ・カルボーネ(べふぁーな・でぃかるぼーね)が、社の入り口で声を上げた。
「たのもーう、たのもーう! 私は商人の『黒灰』といいまーす。ここに狐に憑かれた女は逃げ込んでこなかったかな? それを追ってはるばる異国から来ましたー!」
 しばらくして社から人が出てきた。
 皆、一様に巫女装束である。
 リナリエッタの妖狐のような派手な外見を見て、ぎょっとしていた。
「あらら、驚かせちゃったかしらぁ? でもねえ、私が用があるのは一人だけ。ここへ駆け込んできた女の子……いえ、本当に女の子かどうかも知らないけどねぇ……?」
 しかし、巫女たちは応えない。
 ついには呪文を唱え、攻撃してきた。
 戦神子が騒ぎを知ったのか、駆けつけてくる。
「ねえ、あなたでしょ、戦神子さん? マホロバに月を作ったの。時空を超えられるなんてすごい力よねえ。でもそれが、幾万、千、億、もっとという人の未来を変えてしまうことにならないのかしら? そんな覚悟はあるの?」
 リナリエッタの問いかけに、戦神子の表情がわずかに曇った。
 だがその後、数秒も経たぬうちに巨大な筆を振り上げる。
 リナリエッタは、寸での所をかわした。
「やだ、この子見かけによらず結構強いのね。私ね……強い子って好きよ!」

「ちょっとまった! 美しい女の子たちが争うなんて哀しいなあ。ここは自分の顔に免じて抑えて、抑えて!」
 間に割って入ってきたのは、ルメンザ・パークレス(るめんざ・ぱーくれす)であった。
 ルメンザはイタリア系ナンパ師らしく、ぺらぺらと撒くしたてていた。
「君の目的は知らんが、君の相棒になれたらなあ。困ったことがあったら相談にのるし、困ってなくても助けてあげるけんの」
「……相談?」
「そうそう。そして、君が何者か見届けさせてもらう。マホロバの歴史に君の名がないならば、葦原 房姫(あしはらの・ふさひめ)に金を積んで『御筆先』に書かせよう。ともかく、二人のこの出会いに乾杯……ぐふ!」
 戦神子の巨大な筆先がルメンザの顔を覆った。
 墨で真っ黒になっている。
 戦神子は顔を真っ赤にしている。
 どうやら少し怒っているようだ。
「御筆先をそんなことに使おうとするなんて……やはり、マホロバが滅ぶのはあなたたちのせい!」
「その、マホロバが滅ぶのは拙者たちのせいというのは、どういうことでござるか? 正当な理由があるなら、説明してほしいでござるよ」
 いきさつを見守っていた風間 光太郎(かざま・こうたろう)が、もう限界だろうと現われた。
 少年は冷静、かつ率直にに戦神子に尋ねた。
「戦神子殿が何をなそうとしているのか。拙者にも協力できることが……友達になれるかもしれぬ。だから、本当の名前を教えてくださらぬか。生まれはいつで、何のために2022年のマホロバに現われたのか?」
 しかし、戦神子は光太郎の姿を見ると、ますます顔を赤らめた。
「おとこの……こ」
「え?」
「こわい」
 戦神子はそういいながら膝を付いた。
 胸を押さえ、顔を赤くしてごほごほと咳をしている。
 巫女たちが慌てて「戦神子様!」と叫んでいた。
 どこからか現われた忍犬二匹が、戦神子を囲みくんくんと舐めている。
「動かしちゃだめです〜! すごく苦しそうです〜!」
 土雲 葉莉(つちくも・はり)が、鬼鎧雷桜鬼から飛び降りた。
 中から、樹龍院 白姫(きりゅうりん・しろひめ)も姿を見せる。
 戦神子ははじめて見る鬼鎧に圧倒されたのか、目を見開いたまま彼女たちを凝視していた。
「申し訳ありません。白姫も胸も病があるゆえ、もしやと思って……大丈夫ですか?」
「……貴女は?」
「申し送れました。わたくしは大奥の大台所、鬼城 白継(きじょう・しろつぐ)将軍の母です。消えた白継の居場所がわかればと……戦神子様を追ってここまで参りました」
「鬼城……あの鬼の!?」
 戦神子は殺気立ってたち上がり、またがくりと膝を落としてしまった。
 どうやらひどく疲れている様子だ。
「お願いです。教えてくださいますか、戦神子様。これは歴史が改竄され、存在そのものがなくなってしまったのでしょうか? 貞継様も消ゆくというのですか。白姫の天鬼神に捧げた心の臓が動いている間は……まだ、希望を持ってよいのでしょうか」
 白姫の母としての切なる問いかけに、戦神子も何かを感じたようだった。
「この……鬼の鎧を見せれば……この時代の葦原も、もしかしたら……」
 春菜が肩を貸し、戦神子を立ち上がらせる。
 戦神子は息を整えてから、こう言った。
「ついて来て……葦原城へ……案内します」