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話をしましょう ~はばたきの日~

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話をしましょう ~はばたきの日~

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「お帰りなさいませ、ご主人さまっ、にゃん」
 次にアレナが出迎えたのは、百合園生のマリー・ランチェスター(まりー・らんちぇすたー)ローリー・スポルティーフ(ろーりー・すぽるてぃーふ)だった。
「アレナさん、元気そうでよかったです。また皆集まってないのね」
 マリー達は、ここでヴァーナーの快気祝いと、アレナのお祝いが行われると聞いて、やってきたのだ。
「ただいまなのだよ」
 ローリーは丸まっている付け髭をピンと伸ばす。
 彼女は男装をしていた。
 付け髭にシルクハット、タキシードに手にはスティックを持っている。
「アレナちゃんのご主人さまとして、帰ってきたのだよ、チミぃ♪」
「はいっ。お帰りなさいませにゃん。皆が集まるまで、こちらでお過ごしくださいにゃん」
 アレナは2人の帰還を喜び、テラス席へと案内をした。
「お帰りなさいませ、ご主人様。ただいま、お飲物をお持ちいたします」
 テラス席の準備に当たっていたのは、長身の猫耳メイドだった。
「あの、猫耳メイドは、語尾ににゃんをつけないとダメなんだそうです」
 アレナがそのメイド――女装した鬼院 尋人(きいん・ひろと)にささやいた。
「そ、そうなのか」
 ゼスタの手伝いに訪れ、バンパイア執事になる気満々だった尋人だが、一緒に訪れたヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)に説得され、メイドになることに。
 痩身で童顔なため、尋人に関しては、あまり違和感のない猫耳メイドさんだ。
「こ、こちらでお待ちください、ご主人さま、にゃん」
 尋人が椅子を引いて言うと、マリーとローリーの顔に笑みが広がる。
 椅子にはクッションが置かれており、二人が座ると尋人はひざ掛けを2人の足にかけていく。
「ありがとう。可愛らしいメイドさん」
「うむ。心遣い満点満足♪ あとはもう少し元気よく『にゃん☆』を発音するとよいだろぅ〜」
「はい、精進します、にゃんっ」
 ちょっと赤くなりながら、精一杯可愛らしく言うと、尋人は食器類のを乗せたワゴンを押して厨房の方へ向かっていく。
 テラス席を提案したのは尋人だった。
 ここからだと、店からは祭りの様子が見えるし。
 街からも店の様子が見える為、気軽に立ち寄ってサービスを受けることが出来るようになっていた。
 尋人も、ドリンクのサービスや、ミニゲームのサービスにと、大忙しで動き回っていた。
「ん?」
 厨房に戻り、携帯電話を確認した尋人は、メールが届いていることに気付いた。
『秘密指令』
 タイトルにそう書かれたメールの内容を見て、尋人の顔に緊張が走る。
 内容には簡単な事情、及びこう書かれていた。
『どんな手を使っても、ゼスタを猫耳メイドにすること』
「……ゼスタは?」
「神楽崎さん達の部屋に、飲み物を持っていったところだけど?」
 調理を手伝っていたクリストファーがそう答えると、ダッシュで尋人は飛んでいった。

 ゼスタは優子達がいる部屋を出て、隣のリンのいる部屋に入ろうとしているところだった。
 尋人は彼を呼び止めると事情を話す。
「あんたのメイド服姿を見たいと言っている人がいる」
「はあ!?」
「ゼスタ、意外性があってこそ、お客さんを楽しませることが出来るんだ……!」
 かなり真剣に尋人はゼスタを説得する。
 なぜならそれは、慕っている黒崎天音からの秘密指令だから。
 ゼスタには他にも言いたいこと、言わなければならないこともあるが、今はこの指令を全うすることが優先だ。
「意外性っていっても、俺女装似合わねぇし。女装したら女の子を口説き難くなるだろ」
「いや、執事だって口説いたらダメだろ!? ……は、ともかくとして、う……ほら、女の子同士ならより女の子に近づきやすくなるだろ」
 尋人は一生懸命説得するが、ゼスタは乗り気ではなかった。
 が……。
「ねえ、レイラン。あなたも猫耳つけてみない?」
 個室から顔をのぞかせたリンが、ふふっとゼスタに笑みを向ける。
「あっちの子もメイドさんだし、彼もメイドさんだし……? なんか不公平だよねー? いっそみんなで猫耳とか!」
「リンチャン……キミまでなんつーことを」
「おもてなししてくれるんでしょう?」
 にこにこ屈託のない笑みを浮かべるリン。
「そうそう、こんな意見も届いてたよね。握りつぶして捨ててたけど」
 ゴミ箱から拾ってきたアンケート用紙を手に、いつの間にかヘルが近づいてきていた。
 彼も普通に当然のように猫耳メイド姿だ。
 そのアンケートにはこう書かれていた。
『ヴァルキリーのファビオがバンパイア執事になっているのはわかる。アレナや百合園のお嬢様たちが猫耳メイドになっているのもまぁわかる。だが、吸血鬼のゼスタがバンパイア執事をしているのはコスプレとしてどうなのかと。そのまんまではないか。しかもゼスタは執事が当たり前のようにいる薔薇学の生徒。これでは何の面白みもない。ゼスタもミクルに習って女装を……猫耳メイドになるべきだっ!』
「というわけで……」
 ヘルが化粧道具をポーチから取り出してにっこり。
「大丈夫、綺麗にしてあげるから……」
 そうして、ゼスタはヘルと尋人に化粧室に引きずっていかれた。

「せっかくですから」
 ぽん。
 紅茶を飲んでいた優子の肩に、手を乗せる人物がいた。
「ん?」
「優子さんもメイドになりましょう。似合いそうですし」
「ちょ……似合わない。似合うわけないだろ。執事服ならまあ、ともかく」
 優子は、シーラやアレナ達が纏っているメイド服を見て、大慌て。
 ピンクと白のフリルのついたメイド服は、どう考えても自分に似合うわけがなく。
「似合うようにいたしますわ〜。大丈夫ですわ〜、だーいじょうぶですわ〜」
「慣れれば全然平気ですよ。これくらいなんてことないですよ……道連れが必要だなんて思ってないですよ……」
「え、ええ!? なに、ちょっと……」
 なんだかよく解らないまま、優子もシーラと千雨に連行されていってしまった。

○     ○     ○


「皆さん、遅くなってすみません」
 休憩時間に、ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)が、パートナーとティリア・イリアーノを連れて、執事・メイド喫茶に顔を出した。
「おかえりなさいませ、お嬢様、にゃん」
 迎えに出たアレナの姿に、ロザリンドの顔にほっこり笑みが浮かぶ。
「……お疲れさまでした……ご主人様」
「はい……え……」
 もう一人の猫耳メイドを見て、思わずロザリンドは硬直した。
「お部屋の準備は整っております、どうぞこちらへ」
 ぐいっと手を引っ張ると、ずんずん歩き出したメイドは、元副団長の神楽崎優子だった。
「ゆ、ゆゆ優子さん、どうなされたのですか? あれ? ここは確か、執事・メイド喫茶のはずですのに」
 執事の姿がほとんどない。長身の……なんだか違和感のあるメイドばかりだ。
「深く考えるな。決して気を抜くな。でないとキミも猫耳メイドにされるぞ」
 鋭く低い声で優子がそう言った。
 ロザリンドはゴクリと唾をのみ込んで「はい」と返事をする。
「か、神楽崎先輩がなんだか大変なことに……ふふ……」
 ティリアは笑いを抑えながらついてきて、優子が案内をしたテーブルに皆と一緒に座る。
 そのテーブルには休憩中の白百合団員が数名集まっていた。
 緊張で固まったり……笑いを堪えたりしているようだ。
「か、風見瑠奈団長は、まだいらしてないのですね。スイーツを戴き、雑談をしながら待ちましょうか」
 猫耳メイドの優子が控えているせいで、緊張感を感じながら、ロザリンドは努めて普通に皆と雑談を始めようと……話題を探す。
「神楽崎先輩の目がコワイけど、団の活動や難しい話は、会議室でしましょう。場所が場所だし、なんか楽しい話題をお願い、副団長〜」
「ティリアさんも、副団長ですのに」
 ティリアの言葉に、くすりとロザリンドは笑みを浮かべる。少し緊張がほぐれた。
「皆、遅くなってごめんねー。お腹空いたでしょ。あるものドンドン食べてねー。メリッサが迷子になっちゃたりしてさー」
「ちがうー」
 テレサ・エーメンス(てれさ・えーめんす)が皆にそう言うと、メリッサ・マルシアーノ(めりっさ・まるしあーの)が首をぶんぶん横に振って反発。
「お婆さんが重たい荷物運んでるの、手伝いに行ってたんだよ。そしたら、テレサおねーさん、私が迷子になったと勘違いして、探しにでちゃったの〜〜。そのテレサおねーさんを待ってて、遅くなっちゃったんだよー」
「え? そうだったの」
「そう! 私もちゃんとお仕事してるよー」
「はははごめんごめん」
 ちょっとふて腐れたメリッサの頭を撫でるテレサ。
 微笑ましい2人の姿に、周囲の空気が柔らかくなっていく。
「白百合団員として共に活動をしてきましたが、私たちはそれほど互いのことを理解していません。まずは、皆さんのこと、パートナーとの契約の理由などを教えていただけませんか?」
 ロザリンドはそう問いかけて、自己紹介と、パートナーとの契約理由、パラミタに来た理由などを皆に語ってもらおうとする。
「まずは私から……」
 まずは自分から、と。ロザリンドが自己紹介を始める。
 実家は田舎の農園を経営していて。
 ここに来てからは初めての事、知らない事も多くて、また後で深く落ち込むことや反省することしきり。
「一人で万能に動けるはずもないのですが、あと少し何とかできたのではないか、より良い結果を出せたのではないかと思ったり。拙い事も多いですがこれからよろしくお願いします」
 そう礼をすると、後輩達から拍手が沸き起こった。
 また、進路としては、専攻科に進学して、女官や秘書系のカリキュラムを受け、ラズィーヤの補佐やヴァイシャリー、シャンバラの為になる仕事が出来るよう、努力していくつもりだと、語るのだった。
 他の生徒達もそれぞれ自己紹介をして。
「私と瑠奈のパートナーは、シャンバラ古王国時代の戦死者で、彼女達の願いを聞いて、シャンバラに訪れたってところかな。ごく一般的ね」
 契約理由については、ティリアはそう答えた。
 集まっている白百合団員も、ほぼ同じような理由だった。
「ロザリンドさんは、3人の百合園生と契約しているのよね? それぞれどういう理由?」
 茶を飲みながら、ティリアが訪ねてくる。
「んー」
 もぐもぐとケーキを食べながら、テレサが答える。
「ふと気付くと実体化してて、ロザリーの家にお呼ばれした時に契約になったんだよね。ミートパイが美味しそうで。つまり、なんとなく?」
「適当、なんとなくはあなたらしい気もしますが」
 テレサの問いに、シャロン・ヘルムズ(しゃろん・へるむず)が軽く苦笑する。
「んとね!」
 プリンを食べていたメリッサもはいっと手を上げて話始める。
「私は村を出て一人であちこち見て回ってたら、迷子と間違えられてのが最初だよー。お話したりしたあと、友達になってーと契約したの」
「そして、私の場合は、鎧にされて彷徨っていたのを、ロザリンドさんに地上まで出させてもらえましたので、その恩返しができましたら、というところでしょうか」
 ティーカップを手に、シャロンはそう答えた。
 彼女は魔鎧でいた頃の遅れを取り戻す為に、暫くは百合園の短大、その後は専攻科で秘書過程を学ぼうかと考えているとのことだ。
「三者三様なのね。性格現れてるわね」
 くすりと、ティリアが微笑む。
「ねえねえ、剣の花嫁って、大切な人と似るっていうけど、誰となのー?」
 ゆさゆさ、メリッサがテレサを揺すり始めた。
「大切っちゃ大切な人なのかねー」
 テレサはんーと考えながら、答えていく。
「わたしの姿、ロザリーの実家の部屋に置いてある人形だよ。千夜一夜物語の絵本とセットだった、主人公を世界のあちこちに連れてく精霊」
「人形? そんなこともあるのね」
 ティリアが興味深そうに訊いてくる。
「うん、ほらあの家農園で、遊びに行くとか知り合いとかも少し出かける感じだし、合間の話相手みたいな感じ? 変化が少ない片田舎から連れ出してくれる人とかの意味もあるのかねー」
「そうね。あなたにとってはなんとなくでも、ロザリンドさんにあなたは求められて契約に至った気がするわ」
 ティリアの言葉に、そうかなーと首を傾げながら、テレサはこう続けた。
「その人形の話と同じくロザリー冒険の地パラミタにご招待というのも縁なのかなー」
 契約に至った経緯は、そこまでドラマティックではなくても、皆それぞれ、自分達にとっては大きな、大切な物語の1ページだ。
 テレサがそんな話をしている間、ロザリンドは下級生達の話を興味深げに聞き、団員達と親交を深めていた。