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第8章 打ち上げパーティ


 恙なく終わった感謝祭の後、午後八時から運営本部──バルトリ家一階ホールでは打ち上げパーティが行われていた。
 先にラズィーヤ、静香、白百合会・白百合団からの挨拶と報告、そして商工会議所からの報告が行われ、感謝祭は大きな事故もなく成功の裡に終わったことが伝えられた。
「それでは堅苦しいことはここまでにして、皆さん楽しんでくださいませね」
 ラズィーヤの言葉で、感謝祭の興奮が抜けやらぬ人々は、長テーブルの上にずらりと並んだご馳走と友人たちに、早速食事やお喋りを始める。
 ワイングラスを手に、ラズィーヤは一人の女性の側に行く。
「街と妹たちは如何でしたかしら?」
「……素晴らしい感謝祭でした。四月からが楽しみです」
 エヴァット夫人は 自分の白い皿にサラダを美しく盛り付けながら、ラズィーヤに微笑んだ。
「あら、まだ感謝祭は終わってませんわよ」
 ラズィーヤは会場の、白いクロスと花が飾られたテーブルを目で示す。
 これからまだ、生徒達による百合園への提案が残っているのだった。
「ふふ、これから宜しくお願いいたしますわ」
 ラズィーヤは意味ありげにほほ笑むと、空いているテーブルの方へと向かった。


「わたくしからひとつ、提案がありますの」
 テーブルで丁度、白身魚にナイフを入れていたアナスタシアに話しかけたのは、キュべリエ・ハイドン(きゅべりえ・はいどん)だった。
 大人び、神秘的な雰囲気を漂わせる彼女の表情は、濃い霧のように掴みどころがなく、それでいてどこか一種の湿り気のようなものを帯びていた。
「価値観の違う学校同士の交流において、冬季ろくりんぴっくも最近まで行われてきましたが、スポーツというものはあらゆる垣根を超えて人と人を結びつけるのに最も適していると、わたくしは思いますの」
「……ええ」
「わたくしは、百合園がスポーツを通じてもっと他校と交流を図れたらと思いますの」
「スポーツとひとくちに仰っても、たくさんありますけれど」
「具体的には野球です。百合園でも野球は人気ですし、お嬢様学校と言えども隠れた強豪校だと思っていますわ」
 キュベリエは、流暢に話し始めた。
「対戦相手はパラ実を想定します。パラ実風に言えば瞑須暴瑠(べいすぼおる)です。怪我人に関しては、契約者同士の試合なら問題ないと思いますわ。
 わたくし若葉分校にも入校を希望しておりますし、少なからず交流のある生徒もおりますの。一番接点のある学校だと思いますわ。個人的には夏、と言えば甲子園大会ですわね──」
 それらの言葉に、アナスタシアは訝しげな顔をした。
 それは彼女の話の持って行き方のためでもあるし、純粋にスポーツをしたい、と思っているようには見えなかったせいでもある。
 実際、キュべリエは思っていた。パラ実と百合園の二校の関係をもっと強固なものとすれば近い将来、何かが起こった時に役立つかもしれない。と。
 彼女の主張を十分に聞くと、アナスタシアはティーカップを置いていいえ、と言った。
「それは賛成できませんわね」
「何故ですの?」
「まず、交流のためのスポーツは、何よりろくりんピックがあったばかりですわ。
 そして、若葉分校のことはよく存じませんけれど、パラミタ実業高校との関係を深めたい、というお言葉に偽りがなかったとして、それは一部生徒の話。
 瞑須暴瑠をパラミタ実業高校とより交流を深めたい、というのが目的で選んだのでしたら、べいす……瞑須暴瑠、とやらをするおつもりでしたら、他の学校にどう思われるか、お考えになった方が宜しいですわ。
 第一、そんな危険なスポーツ、契約者ではない荒野の住民、ましてか弱い百合園の乙女には参加できませんわよね?」
 アナスタシアは疑いの目で彼女を見る。
「加えて言えば、これは百合園だけの問題ではありませんわ。こういった提案は、相手の方がいる場でお願いいたします。それに──私には、キュベリエさんが本心を隠しているように思えてなりませんの」
 今度はもっと全員にとって楽しい話題について話しましょう、と、アナスタシアは答える。

優子隊長……白百合団団長を退役されても……ロイヤルガードとして、私、まだまだ隊長から教わりたい事がいっぱいありますから、今後とも、宜しくお願い致しますっ……」
 深々と礼をして先輩に頭を下げ、
「瑠奈団長、白百合団団長就任おめでとうございます、特殊班員として、これから宜しくお願い致します……!」
 新しい団長に祝辞を述べて。
 白百合団の関係者にあいさつを終えた神楽坂 有栖(かぐらざか・ありす)は、今しばし、同席していた白百合団員たちとお茶とクッキーをつまみながら歓談していた。
 白百合団員ではあるものの、バンパイア執事・猫耳メイド喫茶で、猫耳メイドをしていたためか、ゆっくり座ってお茶をする機会がなかったのだ。
 そうして少し休息を取った後、彼女は服を整えるとラズィーヤのいるテーブルを訪れた。
「ラズィーヤ様、ごきげんよう」
 彼女はスカートの裾を摘んで丁寧に会釈する。
「ごきげんよう、有栖さん。何かしら?」
 ラズィーヤは扇の下でにこりと笑うと、彼女を振り返った。
「お伺いしたいことがあるんです。他校には、最新型のイコンが続々と導入されているみたいですけど……百合園には、専用の最新型のイコンの導入はあるのでしょうか……?」
「あら、気になりますの?」
「はい。ロイヤルガード、特殊班員である前に、一百合園生として百合園や、ヴァイシャリーを護る手段といえるイコンの事はやはり気になりますから……」
 以前、生徒総会でも取り上げられた話題。あれから進展がないように見えて、有栖も気になっているのだろうか。
 ラズィーヤは少し考えるように首を傾げてから、
「予定では、この春……遅くとも初夏頃にはお見せできると思いますわね」
「ど、どんな機体ですか? 最新型ですか? たとえばですけど、ウサギの次は猫やフラミンゴみたいな鳥ですか?」
 もし予定がなければ導入検討をお願いしよう、と思っていた有栖は、急展開に、思わず声が大きくなる。
「以前お話したことがあるかと思いますけれど、シャンバラの分裂が終わった為、エリュシオン産の技術を使用したもの──動物型の機体ではありませんわ。
 ではどこか、と疑問ですわよね。……ヴァイシャリーに離宮があることはご存知ですわね? この警備に使用されていた古代の機体が発掘されましたの」
「離宮の警備……ですか」
「もしかしたら王都の警備にも使用されていたかもしれませんわね。けれど旧王都は滅びてしまいましたもの」
 ラズィーヤは真っ直ぐ見つめてくる瞳に応えるように、
「現在は研究や修復を行なっている段階ですわ。そうですわねぇ……もしかしたら、女王の力が回復してきたことにより、古代の機体が現在の第二世代機に劣らない力を発揮できるかもしれませんわ。
 最後の女王器ゾディアック。そのものではもちろんありませんけれど、現在知られているのイコンの中では、あちらが比較的近い存在ではないかしら?」
 これ以上は後のお楽しみですわね、とラズィーヤは言って、こちらも美味しいですわよ、と有栖に苺のプチケ−キを勧めた。


 祭りでは巡回に迷子の誘導、緊急時の対応と、白百合団員として仕事を果たした崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)は、打ち上げでは神楽崎優子を誘い出して、少し皆から離れて、話をしていた。
 感謝祭の様子や、街での出来事について話した後。
 亜璃珠は優子に3つほど相談したい事があると打ち明けた。
「どうした?」
 少し心配げな目を向ける優子に。
「あ、いえね、うち2つは大した話じゃないんだけど」
 と、軽く目を泳がせた後、語り始める。
「1つは、進路のこと。ヴァイシャリーにいながら実践に通じるより高度な教育を受けたい、というのが元々の希望だったから、今は専攻科がすごく魅力的だと思ってるの」
 ただ、以前相談した時には、別の道を考えていた。
 だから、今になって自分の決断を変えるのが、どうしてもしっくりこないと亜璃珠は言葉を続けていく。
「……ちょっとそれについて思うことを聞かせてほしくて。優子さんも春から専攻科に進学するのよね、どうかしら……あなたは私とまた同じ学び舎にありたいと思う?」
「難しい問いだな」
 と優子は軽く苦笑して。
「特にそうは思ってない。と答えるのが正しいんだろうな。私がキミと同じ学び舎でありたいと思っていたとして、それが理由で、キミの人生を狂わせるようなことになっては、いけないから。ただ」
 苦笑を微笑に変えて、優子は言葉を続ける。
「百合園で高度な教育を受けたい、そんな生徒達の思いに応えるためにもと、ラズィーヤさんは専攻科の設立を進めてくださった。生徒達にとっては、自分の為とは思えないことかもしれないけれど、設立に至るまで、多くの人々が検討に相談に、施設の建設にと、多大な労力を割いて、動いてくれている。だから、キミの迷っている理由が、しっくりこないという理由だけなら、迷うことはない。キミは進学すべきだと、私は思うよ」
「そう……ありがとう。考えてみるわね」
 亜璃珠の言葉に頷いて。
「大した話じゃない、残りの2つは?」
 コーヒーに砂糖とミルクを入れて、かき混ぜながら優子が聞いてくる。
「ええと……」
 亜璃珠もコーヒーをかき混ぜて、香りを楽み、自分を落ち着かせながら話していく。
「前に、もっと甘えてもいい、とは言われたものの……実はね、甘え方をよく知らないの」
「あ……」
「我侭ならそれなりに言ってる自覚はあったんだけど……その、甘えるって、要するにどうすればいいのかしら」
 そんな亜璃珠の言葉に、優子は戸惑いの表情を浮かべている。
「具体例とかない? 何なら実際にやってみたいところなんだけど」
「言われてみれば……私も、わからない」
 優子がそう言い、共に苦笑のような笑みを浮かべる。
「たぶん、キミが親しい子に、されて嬉しい甘えと、そう違わないんじゃないかな」
「……試してみていい?」
「ま、まて。ここじゃダメな気がする」
 少し離れているとはいえ、同じフロアに百合園生が沢山集まっている。
「……そうね。私も無理」
 しばし沈黙して、2人はコーヒーを飲む。
「で、最後の一つは」
「あ、うん。それはね。それは、大したことじゃないんだけどね……じ、つ、は……」
 見た目で分かってしまうかもしれないけれど。
 最近体重が増えてしまって。その上昇が止まらなくて困っている。
 助けて!
 亜璃珠がそんな悩みを相談した。途端。
「本当に困ってるのなら、砂糖もミルクも入れるな。ケーキも食べるな」
「あう……っ」
 亜璃珠の前にあるコーヒーとケーキ、お菓子全てを優子は自分の方へと引き寄せる。
「代わりに特別メニューをあげるよ。フルコースだ」
「え? 食べても太らないもの? 美味しいのかしら」
「ああ、とっても美味しい。私は大好きだ」
 にっこり笑顔で言った優子から。
 後日亜璃珠に送られてきたメニューは、『超特盛、地獄の訓練コース』のメニューだった。
 プロアスリートのトレーニングメニューをはるかに凌駕する、地獄の訓練メニューフルコース!
『残さずどうぞ』
 そんなメモ入りだった。