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【●】葦原島に巣食うモノ 第三回

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【●】葦原島に巣食うモノ 第三回

リアクション

   三

 璃央の報告を受け、ハイナはふむ、と考え込んだ。彼女はどうすべきか迷っていた。
 カタルの動きを避けて、少しずつ避難させることは可能だ。だが、逃げた先が安全かどうか分からない。
 また、漁火の動きも気になる。ミシャグジを復活させようとしていることは間違いない。もしあれが復活すれば、また町に触手や大蛇が現れることになるだろう。
「ハイナさん、何か葦原島に関する伝承とかないですか?」
 尋ねたのは紫月 暁斗(しづき・あきと)だ。
「ミシャクジ自体が出ていなくても、示唆する言葉、暗喩する表現が出ているかもしれない」
「伝承?」
「ひょっとしたら、だが、ミシャグジというのは、『梟の一族』のなれの果てではないかと思ってな」
 エクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)の言葉に、ハイナは目を瞬かせた。命令を待つ璃央も「そんなことが」と呟く。
「カタルさんの『眼』は生命力だけを吸う。ミシャクジは人を喰らう。見方によっては方法が違うけど生命力を喰ってるってことになる。だから」
「それで、ミシャグジが『梟の一族』だと?」
 暁斗は頷いた。
「もしそうなら、『風靡(ふうび)』が感情を抑制する剣なのも、納得がいくでしょ。仲間を殺したくはないだろうし……」
「ですが、『風靡』を打ったのは渡り職人の兄弟のはずです。それに、オウェン様の話では、一族の始祖の能力を有効に使うために作ったとか……」
 璃央に言われ、あ、そうかと暁斗は口ごもった。
「だがもしこの二つが同一人物であるなら、カタルを止める術も、ミシャグジを封じる術も同じかもしれん。――ハイナ」
「ミシャグジに関する決定的な報告はないでありんす。――今はまだ」
 その時、外で叫び声が聞こえた。璃央は咄嗟に立ち上がると窓から様子を確認し、飛び出して行った。


 グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)ロア・キープセイク(ろあ・きーぷせいく)エルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)の三人は、ミシャグジの正体を知るため、書庫を訪れた。ハイナから、調査を続けている者たちがいると聞いたからだ。
 そこにいたのは、佐野 和輝(さの・かずき)にべたーっとくっつくアニス・パラス(あにす・ぱらす)と、三人が入ってきても顔を上げもしない禁書 『ダンタリオンの書』(きしょ・だんたりおんのしょ)、それに何やら紙を何度も並べ替えている瀬山 裕輝(せやま・ひろき)だった。
「あー、悪いね、ちょっと今、行き詰ってるんだ」
「何か新しいことが分かったのか?」
 和輝はかぶりを振った。
「一体、何がミシャグジや『梟の一族』に関することで、何が違うのかが分からないんだ」
「役に立つといいが」
 キースことロアは、土地の老婆に聞いた昔話を和輝たちに聞かせた。『ダンドリオンの書』がそこで初めて顔を上げ、裕樹の手元からノートを奪うとページを開いた。
「顔半分を隠した女」「人食い」「預言者の男」そして「鯰」。
「ありがとう。これで少し進展があるかもしれない」
 和輝が礼を言うと、彼にしがみついていたアニスがグラキエスを睨んだ。和輝の関心が別の人間に向かったことが、気に入らないらしい。ゴメン、と言いたげに和輝は頭を掻いた。
『ダンドリオンの書』が聞いたばかりの話を素早くメモし、一枚ずつ破る。それを裕輝が受け取り、パズルのようにああでもないこうでもない、と並べた。
「何をしているんだ?」
と、グラキエスは裕輝の手元を覗き込んだ。
「ゲーム」
と、裕輝は答え、「類似性のあるモンを見つけんねん」と付け加えた。その手が一瞬止まり、「あるお方」と「預言者の男」のメモを重ねた。
「同一人物、やないかな?」
 ハッと、グラキエスが息を飲む。彼は『ダンドリオンの書』からノートを借りると、「珠を渡した人物」と書き、その二枚に重ねた。
「【サイコメトリ】で見た。髪で顔を隠した女が、何者かから“玉”を受け取っていた。その女が『梟の一族』の始祖――」
イカシ
と和輝。
「そのイカシだとすれば、謎の人物とあるお方とやらは同一人物だろう。しかし、預言者は――」
「他に何人もおると考えるより、おんなじと思た方が楽やろ」
「もしそうなら、その預言者は殺されたってことか?」
 和輝の問いに、キースがいや、と即座に否定した。
「この手の話は尾ひれがつきやすいものです。襲われたかもしれませんが、死んだとは限りません」
「もし死んでても、別に問題ないやろ。肝心なんは、預言の内容や」
「五千年ごとに島が沈む危機……正しく今の状況だな」
「しかし、なぜ沈むのか」
 裕輝は「鯰」のメモを摘み、ひらひらと振った。
「これやったりしてな」
「確かに、大鯰は元々日本では”龍”や”蛇”だったと言うし、ミシャグジ――こっちも日本のだが――それも蛇の形で描かれることがあると言うが……まさか」
 メモの動きがぴたりと止まった。
「なら、それやんか」
「まさか。飛躍しすぎだろう」
 裕輝はそのメモをふっと飛ばした。半分が「ミシャグジ」の上にかかる。
「難しく考えすぎちゃうか? 鯰が原因で沈む。ミシャグジが葦原島を沈める。イコールで考えたら楽やんか」
 グラキエスと和輝は思わず顔を見合わせた。一つの――仮定ではあるが――答えに辿り着いたかもしれない。
 グラキエスは、椅子を引いてそれに倒れ込むように座った。
 立ち入り禁止を無視して、ミシャグジを封印している洞窟へ入った。結果、二人の若者を殺しかけ、三人が謹慎処分になった。グラキエスがミシャグジの正体を求めるのは、その後悔ゆえだった。
 それが、エルデネストには気に入らない。グラキエスが謎解きに夢中になる姿は、見ていて楽しい。だが、その行動理由には無性に苛立つ。
「グラキエス様、ご無理をなさらないように。貴方は感情の乱れが魔力の乱れに繋がりやすいのです。これをお飲みになって、少しお休みに……」
 エルデネストはグラキエスの耳元で囁いた。「悪魔の妙薬」を受け取り、しかしグラキエスはかぶりを振った。
「まだ、分からないことがある。漁火は――」
「じょろうぐものおはなし。じょろうぐもは、長生きです。彼女はたくさん寝て、ときどき起きます」
「リ、リオン?」
 和輝は突然わけの分からぬことを言いだした『ダンドリオンの書』に、目を丸くした。アニスもぽかんとしている。
「じょろうぐもの住み処は、とおい、とおいところです。彼女はこっそりわたしたちの世界に現れ、みんなの邪魔をします……」
 そこで、『ダンドリオンの書』はぱたんと本を閉じた。
「それ、絵本〜?」
「子供向けのな」
「まさか、それが漁火の正体――とか言うんじゃないよな?」
「“まさか”か」
『ダンドリオンの書』は笑った。「“まさか”という言葉が多いな」
「では――五千年前に妨害をした者は漁火――同一人物――そして、本来はどこか別の場所にいる――」
 キースが訥々と言葉を口にした。思いついた考えを確認するように、一つずつ。『ダンドリオンの書』が、さあな、と応えた。
「得てして、子供向けの物語には真実が隠されているものだ。だが、“じょろうぐも”と漁火はイメージが重ならんか?」
 キースは絵本を手に取り素早く目を通すと、グラキエスに向き直った。
「これは仮定の話です、エンド。しかし、漁火が五千年前にいたのなら、それ以前から生きている可能性もあります。種族は分かりませんが、敵対する勢力でしょう。『わたしたちの世界に現れ、邪魔を』するとありますから。『梟の一族』は特異な能力を持っていても人間ですから、おそらく別の存在と思われます。彼らがミシャグジと繋がっていることもないでしょう。そしてこれほど長い期間、我々と敵対する勢力――」
「――真の王か」
 裕輝がその名を書き、全てのメモの上に置いた。