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【●】葦原島に巣食うモノ 第三回

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【●】葦原島に巣食うモノ 第三回

リアクション

   四

 明倫館の敷地内には、小さな神社がいくつかある。多くは元々そこにあった物で、地鎮のためだったり、お稲荷さんを祀っていたりする。
 東 朱鷺は漁火を連れて、その一つに降り立った。鳥居を抜けるとやや大きめの末社があった。背後には鬱蒼と茂る森がある。祀られているのは、土地神らしい。
「ご苦労さん」
「……漁火よ」
 朱鷺は漁火に問いかけた。
「私は知りたい。私は学びたい。ミシャグジとは何なのか。あの触手はいったいどんな原理なのか。そのために漁火、キミに協力すると決めました。教えて欲しい。ミシャグジとは何なのか。それさえ、教えてくれれば、朱鷺はキミを裏切らない」
 振り返った漁火は朱鷺の目を覗き込み、笑みを浮かべた。
「やっぱりねえ。素直で正直なお人は、あたしゃあ好きですよ。いいでしょう、教えてあげましょう。でも、その前に仕事を終わらせなきゃあ」
 末社の扉が開いて、久我内 椋(くがうち・りょう)ホイト・バロウズ(ほいと・ばろうず)が出てくる。
「罰当たりなお人たちでござんすね」
「漁火殿に言われたくないな」
 椋の手には長い包みがあった。「間違いなく受け取った」
「後はよろしうに」
「おい椋、お客さんだぜ」
 鳥居の前に、桐ヶ谷 煉(きりがや・れん)桐ヶ谷 真琴(きりがや・まこと)の二人が立っている。迷彩防護服とブラックコートを身につけた真琴が、つかず離れず、尾行してきたのだった。
「油断でしたねえ」
「ブラックコートのせいだ」
 ホイトは舌打ちし、一瞬にして椋の鎧となる。
「あたしらも盾が必要ですかね」
 漁火がすいと手を上げると、森から十人ほどの男たちが現れた。どれも屈強な体格をしているが、皆、目が虚ろだ。
 その時、上空でレッサードラゴンの咆哮が上がった。
 見上げると、「白夜」に乗った九十九 昴(つくも・すばる)九十九 天地(つくも・あまつち)が、太陽を背に突っ込んでくる。
「いけない!」
 遮ったのは、自らの羽で飛ぶ九十九 刃夜(つくも・じんや)だ。
「あれは契約者じゃない!」
「白夜」が途中で体を捻らせ、再び舞い上がる。昴と天地はその瞬間、地面に降り立った。射抜くように漁火を睨む。
「卑怯……ですね」
「おっしゃいますがね、あたしゃ見ての通りか弱い女。使える力を使って戦っているだけですよ。それより、お仲間に感謝しなさいな。うっかりこの人たちを殺したりしたら、大変ですよ。あたしと違ってね」
 刃夜の傍らに賢狼が駆け寄る。「翠」と名付けたその狼を、刃夜は慈しむように撫でた。艶々した毛並みが手の平に心地よい。
「よくやった、翠」
 昴は漁火の足をその刀で貫いた。翠に血の臭いを覚えさせ、【人の心、草の心】を併用してここまで追ってきたのだった。
「しくじったのは、あたしも同じだったようですねえ。うっかり忘れていました」
 漁火は着物の裾を肌蹴た。白い太腿にぽっかり穴が開き、真っ赤な血が地面へ伝い落ちている。通常ならば激痛の余り歩くことも出来まいが、漁火は何も感じていないようだ。その手をさっと翳すと、傷はきれいに治り、むっちりとした太腿が露わになった。
「大した能力でございますね……」
 天地が心底感心したように言った。
「ありがとうござんす」
 漁火はにっこり笑った。
 昴が白狼刀『白牙』を突きつける。
「訊きたいことがあります。あなたの目的は、私たちをミシャグジと戦わせることにある……違うかしら?」
「なぜ、そう思うんです?」
「ミシャグジは、この地にいなくてはならないもの……のような気がしますからね」
 漁火は、横にいる朱鷺にちらりと目を移した。
「ちょうどいいんで、お答えしましょう。あたしゃ別に、皆さんと翼ある大蛇とを戦わせるつもりは毛頭ありませんよ」
「翼ある……大蛇?」
アモン・ケマテラとも言いますけどね。ミシャグジなんてえ名前は、五千年前にどこかの誰かさんが勝手につけただけですから。でも、アモン・ケマテラなんて無粋でしょう? あたしゃ、翼ある大蛇の方が好きですね」
「漁火、あんたには仲間がいるんじゃないか?」
 煉が口を開いた。
「真の王、こいつにあんたは関わりあるんだろう? 暗闇のベヒモス、トゥーゲドアの超獣、空京に現れた歪な天使たち……ミシャグジの件も含めて1つの大きな事件に繋がってるんじゃないか?」
 おやまあ、と漁火は驚いたような声を上げた。本当に驚いているのか、そのフリなのか、煉にも昴にも、椋にも分からなかった。
「あのお方の名を聞けるなんて、嬉しいこと。ええ、そうですよ。これはぜえんぶ、あのお方のためです」
「ミシャグジを甦らせてどうするつもりなんです?」
と、昴。
「あたしゃどうにもしません。でもお嬢さん、あんたの言ったことは、一つ当たっています。この地になくてはならぬもの……そうですよ、だって翼ある大蛇は、この地そのものなんですから」
「――え?」
「何だって?」
 昴と煉は、同じように口を開け、ぽかんとした。椋も朱鷺も目を丸くしている。
 漁火は着物の袖を口元に持って行き、ころころと笑う。
「あんた方は、翼ある大蛇の背中に乗ってるってことですよ」
「それじゃ……ミシャグジが復活したら……困ったことになりますわね」
 天地の口調が些か場違いなほど、突拍子もない話だった。この島が生き物で、もし動き始めたら――上に住む者たちは、無事でいられるか分からない。
「ところが残念なことにねえ」
 漁火は、彼女としては珍しいことに深々と嘆息した。
「おつむの方がちょいとね。大層な名を持つくせに、この子と来たら食べることしか興味がない。あの触手や大蛇は、栄養になりそうな物を片っ端から取り入れるための手であり、口であり、目の代わりってわけです」
 漁火はそう言いながら、男たちの間にするりと入り込んだ。
「さあて、お喋りはここまでです。そろそろ、仕事をしなきゃあなりませんからね」
「させるか!」
 煉が機晶剣『ヴァナルガンド』を抜いた。すかさず朱鷺が漁火の前に飛び出す。
「容赦はしません!」
 昴が朱鷺へと一気に近づく。「白牙」で足元に斬りつけるのを、朱鷺はふわりと避けた。「黒牙」の二太刀目はのびーるウィッグが絡みつく。だが三太刀目は朱鷺の足首を切り裂いた。
「ック……!!」
 真琴は椋へ魔銃モービッド・エンジェルを向けた。【シャープシューター】で狙いを定めるが、椋は【スウェー】でそれを避けるや、【しびれ粉】を撒いた。真琴の体から力が抜け、膝をつく。
「真琴!!」
 煉が漁火から椋へ標的を変えた。しかし椋の影が彼に襲い掛かり、それを振り払ったとき、その姿はかき消えていた。
 刃夜は、襲い掛かってくる男にニルヴァーナマントを投げつけ、視界を遮った上で当身を食らわせた。
 天地は魔刃『魂喰』を使い、【神威の矢】を放った。男たちの間にいる漁火を『魂喰』が貫く。
「よし!」
 刃夜が思わずガッツポーズを作った。が、腹部を貫かれた漁火は、手足をだらりと伸ばしている。しかも軽い。
 倒れた朱鷺がにやりとした。それは、【●式神の術】で動かされたコピー人形だった。見れば、男たちは五人しか残っていない。どうやら本物の漁火は、彼らに混じって逃げたらしい。
「翠! 追え!」
 狼が命令に従い、森へ駆け込んだ。だが、途中で完全に臭いが途切れ、やがて翠は申し訳なさそうに頭を垂れて戻ってきた。