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【八岐大蛇の戦巫女】消えた乙女たち(第1話/全3話)

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【八岐大蛇の戦巫女】消えた乙女たち(第1話/全3話)

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●剣鬼――朱雀

 真っ赤な舌が源 鉄心(みなもと・てっしん)の頬を撫でた。
 それは火焔。
 命中こそしなかったが炎熱のひりつく感触は肌に残った。産毛は何本か焼かれただろう。つんと焦げ臭い匂いが鼻につく。
 だが火焔弾は、当てるために放たれたものではないと鉄心はすぐに悟った。振り向いた彼の目の前で石壁にぶつかった炎の塊は、焼くものもなかろうに盛んに燃え続け、たちまち、ぶっ、と一度火を噴くと、手足頭部をもつ小さな人型へと変貌したのだ。蕾が開き花が咲き、実りをもたらしたかのような光景である。
 人型の炎は歩き出した。まっすぐに、迷いなく。
 まるで火でできた兵士だ。赤い兵士の背の高さは鉄心の腰ほどもなく、手には一切の武器を持たない。だが、燃え盛るその体は、体当たりだけで深刻な被害を与えるであろう。
 見回すと、飛び散った火焔からつぎつぎと、炎の兵が生まれ始めているではないか。昏い秋の夕方は、彼ら小さき兵たちの炎に照らし出され幻想的に浮かび上がった。
「厄介な相手のようだな……その剣の能力(ちから)か」
 鉄心は自分も腰のものを抜くと、輝ける刀身に彼女、すなわち辻切り犯の姿を映し出した。

 鉄心はこのような展開を予期していなかった。それまではティー・ティー(てぃー・てぃー)イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)とともに、失踪した者の関係者への聞き込みや、辻切りを警戒しつつの巡回活動を行っていたのだ。風祭優斗が率いる警邏活動のおかげもあって、夕方には一人で出歩く女生徒もぐっと減り、危険発生の可能性は減じた、はずだった。
 後から考えればむしろ、標的にできそうな一般人が減ったことが、彼ら辻斬りの行動をより大胆にさせたのかもしれない。こうなれば実力者であろうと構わず……と意識が変貌した可能性もある。
 いずれにせよ今の鉄心にそんなことを考察している余裕はない。いつのに間にか、下ろしたてのネクタイの端に火が付いている。ブランドものだが惜しんでいられない。もぎとるようにして捨てた。
「鉄心……」
 ティー・ティーが不安げな顔をしている。ここで不安を煽ってはならない――鉄心はそれを理解しているから、冷静に口元を歪めた。
「恐れる必要はない。むしろ、ああして出てきてくれたことに感謝しないとな――」
 そも、この辻斬りを発見したのはティーだった。
 ツァンダの巡回をしている最中だ。街の南端あたりの寂しげな一角に、たたずむ少女の姿をティーが見出した。
「もうすぐ夜です。夜になったら、女の子はできるだけ一人になったり、人の少ない場所をうろうろしないようにしたほうがいいですよ」
 赤らみゆく空、ふいにふっ、と街灯がついたが。電灯が切れかかっているのか無闇に明滅した。
 その明滅の間隔が徐々に長くなるにつれて、次第にじわじわと、ティーは腕に鳥肌が立つのを覚えたのである。
 ――普通じゃない。
 ティーの直感は叫んでいた。あの少女は、普通じゃない。
 少女がゆらりと体を動かすと、それが見えた。
 片手に握る……日本刀。
 しかもその剣は、鞘などなく剥き身だった。刀身は銀ではなく、やけに赤黒い。
「そこで何をしてるんです。武器をしまって下さい!」
 震えながらティーは声を上げている。鉄心も警戒姿勢を取る。
「動かないで下さいまし! 一歩でも動くと……」
 このとき背後から声がしたので、剣を持った少女も少なからず驚いたのではないか。
「動くと……本来のおいしさが失われます。そうならない為に、直射日光をさけ、涼しい場所に……むにゃぁ」
 歩き疲れて眠くなったのか、なにやら寝ぼけた口調のイコナだ。しかし物音を立てず気配を消して、封印の魔石をかざすまでの動きは完璧だった。ゆえに少女も、イコナの接近には気がつかなかったのだろう。
 イコナの髪が浮き上がった。空気の膨張が起こったのだ。
 膨張は、炎によるものだった。少女が握った剣がやにわに、まるで松明であるかのように炎上したのである。
 炎に照らし出された少女の顔は、鳳凰を象ったような仮面に覆われていた。木製だろうか。用いられた彫刻のタッチは複数の螺旋を有す浮き彫りで、呪術的な雰囲気が漂う。
 燃える剣を持った仮面の少女、彼女こそが例の辻斬り犯人と見て間違いなかろう。
「問答無用で捕まえようという気はないが、協力はして頂きたい」
 鉄心は呼ばわった。無謀は承知だ。
「一体、何の目的で、何と戦っているんだ?」
 だが少女は、彼の声に火炎弾を持って応じた。少女が剣を一閃するや、熱い塊が飛んできたのである。これが分裂し炎の兵士となったのだった。
「なら……せめて教えてほしい。キミの名は?」
「……朱雀」
 おそらくコードネームであろう。焔の剣を持つ少女は冷ややかに言ったのだった。
「……貴様らは抹殺対象だ。手加減は、しない」
 一方的に宣言すると、それ以後彼女はどれだけ話しかけても応じなかった。
 鉄心が朱雀の正面、ティーは彼を補佐する位置、そして朱雀の背面をイコナが狙うという布陣。加えて、駆けつけた味方勢もある。こちらが包囲した……と言っていいはずだが、それでも鉄心は胸中、蛇のようにのたうつ不安から逃れられないでいた。
 理由は分からない。

 朱雀と相対するは鉄心たちだけではない。
「うむ! 火に包まれるのは慣れておる!」
 四方を火焔兵に囲まれても、織田 信長(おだ・のぶなが)は呵々大笑するばかりだ。戦(いくさ)は信長の得意分野、知略を巡らすも良いが、体を動かすのも良い。彼女は両拳のブラスターナックルをガツンとぶつけ気合いを入れると、疾風のフットワークで火炎兵を殴りつけた。跳んできたやつにカウンター、という趣向だ。炎の塊かと思いきや、火炎兵はナックルの一撃で吹き飛んでいる。
「やはりな! どのようなカラクリかは知らねど、手応えはある」
 言いながら右足を軸にし、ぐるっと半円を描いて桜葉 忍(さくらば・しのぶ)と背中を合わせると、信長は迫り来る炎の兵士たちを睨めた。これが英霊のカリスマというやつか、信長がひと睨みするだけで、兵どもの動きが鈍ったように感じられる。
「わかっておるな?」
 無言で頷くと忍は、神剣の欠片を式神化させた。欠片は蝙蝠ほどの大きさの禍々しい姿となり、異形の翼を拡げて翔んだ。
 忍と信長の二人は、鉄心一行が辻斬り少女と交戦状態になったを感知し駆けつけたのだった。だが正面切って戦うは信長のみで、忍はしばし、海神の刀の鞘こそ払えど構えたまま、意識を式神に集中していた。
 そんな彼を守るべく、信長はとにかく、手数を稼ぐように拳のラッシュを繰り返す。火炎兵はまるで夏の蛾のように、信長に飛びかかっては次々叩き落とされていった。
「……駄目だ」
 やがて式神が戻ると、忍は深く息を吐いて言った。
「朱雀の行動を観察している者がないか調べたが、可能性は低い」
 言い放つと彼は、肌が灼かれるような炎に構わず、両手に刀を握り直して前衛に立った。その意得たりと信長は彼をバックアップするのだ。
「ならば大将首を狙うまでよ!」
 信長の声に忍はかすかに笑むと、巨大な刃さながらに、裂帛の気合いを持って辻斬り少女に斬りかかった。
「……!」
 朱雀はひらりと忍の切っ先を交わすも、矢継早に鉄心の射撃が来ると、その一つを危うく受けそうになってバランスを崩した。
「彼女……朱雀を深く傷つけないでほしい。できれば戦意を失わせ、拘束してから情報を聞きたい」
 と呼ばわる鉄心に、
「そのつもりだ」
 忍は応じた。
 ――相手が刀を使うのならいつも使っている大剣よりも、素早く振り回せる刀を使って対応しないとな。
 普段使いの大剣とは勝手が違うところがあるが、それでも忍は、これが腕や手の延長であるかのように器用に刀を振るうのだった。真空斬りを用い、できれば無傷で彼女を捕らえたい。
「一斉に行けい!」
 信長が号令するように呼ばわった。
 即席の連合軍ながら、忍、鉄心は鮮やかにシンクロする。
「邪魔な手下には退場願おう」
 鉄心が銃を速射した。その弾丸は、次々と、動かない標的を相手にしているかのように炎の兵士たちに命中した。
「協力して捕まえましょう!」
 続けてはティー・ティーだ。氷の盾を前面に押し立て、スピアドラゴンで突いて朱雀の動ける範囲を狭める。
 ここに信長、忍の連続攻撃が王手を指したのである。
「忍よ、相手は殺す気で掛かってくるから油断するでないぞ」
「承知」
 獰猛な野獣のように、信長が朱雀に襲いかかった。百獣拳だ。斬るにせよ突くにせよ次々と放ち朱雀に応戦の隙を与えない。
 剣が飛んだ。
 忍の真空斬りは逆袈裟斬りに跳ね上がり、朱雀が握った剣だけを打ったのだ。
 あっ、と言葉を失った朱雀に、
「大活躍するわたくし! 自分でもちょっとびっくりですわ!?」
 すかさずイコナが、手にした封印の魔石を用いた。
 炎が消えた。一つや二つではない。全部。
 魔石から飛び出すは封印呪縛の狂わしい力だ。『力』は黒い手で朱雀の体を掴むと、たちまちのうちに魔石に閉じ込めてしまったのである。
 後には、灰色の煙を上げてくすぶる妖刀だけが残された。