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リアクション
トマスとそのパートナー達が応接間の窓から、ペンダントを持ち出して逃げ始めた頃。
大広間は戦場と化していた。
灯りのない大広間に、数多の火花と燐光が瞬く。
(……ああ、もぅ。出来ることならすぐにでも逃げ出したい)
激闘の最中、司は心の中でそう呟いた。
そんな彼―今は十三歳の魔法少女だが―に、リネンが《カナンの剣》を抱えて突撃する。
「……はぁぁああ!」
気迫と共に放たれた斬撃は<歴戦の武術>による研ぎ澄まされた一閃。
司はそれを避けきれず、代わりに今はコサージュであるミステルが、《樹海の根》を発動した。
ずぢゅり、と形容し難い音。
と、共に彼の両肩甲骨から、先端が鉤爪状の刃になった一対の黒い茨の蔦が生えた。
黒い茨の蔦は、聖剣の刃を受け止め、弾き返す。
「うん、退屈してたからぁ、丁度良いわぁ〜☆」
司の口から出た言葉は、文字通り同体しているミステルのもの。
普段なら不似合いなその台詞も、魔法少女の格好なら違和感はない。
「……退屈。それだけの理由で暴れているの?」
リネンは数メートル下がりつつも、素早く聖剣を構えなおす。
伸縮自在の茨の蔦を最大まで伸ばしつつ、ミステルが答えた。
「そうだよぉ。だって、今までずっとつまんなかったんだもん☆」
「……自分のやってることに、ほんの少しも、罪悪感はないの?」
「罪悪感? キャハハハ」
ミステルは可笑しそうに笑う。
それが彼女の返事であり、本心だ。
リネンはキッとミステル―身体は司だが―を睨んだ。
睨まれたミステルは、挑発めいた声で口にした。
「ってことで、ミステルちゃんと遊びましょ? 答えは聞かないけどねぇ」
「ええ、聞かなくてもいいわ。遊んであげる」
容赦は無用。一片の情けすら不要。
ならば、最大戦力をもって打ち倒すのみ。
「……行くわよッ」
リネンは<バーストダッシュ>で突貫。重力無視の大加速。
その運動エネルギーを乗せて放つ斬撃は、空賊の戦闘技能の集大成<エアリアルレイヴ>。
斬、と響く三つの風切り音。
目にも留まらぬそ剣閃は、ミステルの黒い蔦を切り裂く。が。
「はぁ〜い☆ 残念無念」
ミステルが司に指示を出し、<ポイントシフト>を発動。
瞬間移動じみた高速移動で一瞬で間合いを詰め、<グラビティコントロール>で重力をのせた拳を放つ。
リネンはそれを<行動予測>で読んで、無理やり回避。
しかし、彼の拳が腹部を掠り、胃液が逆流しそうな激痛が身体をめぐった。
「ッぅ……、フェイミィ!」
「あいよ!」
痛みに耐え叫んだリネンに、上空で待機していたフェイミィが呼応する。
空中からの《天馬のバルディッシュ》の強烈無比な一撃が、ミステルに襲い掛かった。
「喰らいやがれぇぇッ!!」
ミステルは回避が無理だと感じて、黒い蔦をフェイミィに向かわせた。
しかし、慣性と全体重を乗せた大斧の一撃の前に、まるでバターのように易々と切り裂かれていく。
ミステルは司に指示を出し、後方に下がらせる。
瞬間、元居た場所に大斧が振り下ろされる。汚れた床は粉々になり、破片が吹き飛んだ。
「くっ……!」
鋭利な破片が、司の身体を傷つける。
司は<ポイントシフト>で素早く距離を開け、安全圏へと逃れる。
彼の視線の先でリネンとフェイミィが得物を構えなおした。
司は今にも逃げ出したい衝動に駆られたが、もちろんミステルが許しはしない。
それどころかミステルは闘志に火がついたのか、今までの軽薄さと想像がつかないほど乱暴な口調で言い放った。
「おもしれぇ! 全力でぶっ殺してやんよ!!」
――――――――――
ミステルがブチ切れたのと同時刻。
大広間の天井を突き破って、一艇の《蹂躙飛空艇》が強襲した。
瓦礫と共に、仕掛けられた罠を作動して炎上する飛空艇。轟音を立てて墜落したのは、大広間の中央だった。
「くはははははっ!」
炎上する飛空艇の扉を蹴り抜き、ど派手に登場したのは竜造だ。
その肩にはどす黒い《梟雄剣ヴァルザドーン》が担がれていて、墜落の際に受けた傷は<リジェネーション>で治っていく。
「さあて、戦いといくかァ」
竜造は肉食獣のようにギラついた目で、手応えのありそうな獲物を探す。
「どれどれ、ヴィータが言ってた因縁の奴は、っと……」
そして、その行為は、とある人物を目にしたところで止まる。
竜造は口元を吊り上げて、歯をむき出しにして、好戦的な笑みを浮かべた。
「くくくっ。そうかそうか、そういうことかよォ、ヴィータ!」
竜造は、腰を低くして駆け出す。
そして、わざと因縁の相手の視界に映り、口の両端をきゅっと吊り上げた。残忍な歓喜がありありと浮かぶ。
「よォ、久しぶりじゃねぇか」
「……竜造、貴様もいたのか」
その相手とはレティシア・トワイニング。
何度か戦ったことはあるが、決着をつけられていない相手だ。
「さぁて、早速で悪ぃが――そろそろ決着を着けさせてもらうぜ!」
竜造が<歴戦の立ち回り>と<ゴッドスピード>を組み合わせ、高速で動き回る。
対するレティシアは、ルクスと対峙しているパートナー達が気になるのか、イマイチ集中が出来ていない。
「ハッ、余所見とは余裕だなぁオイ!!」
竜造は間合いを詰め、《ハイパーガントレット》による高速抜剣。
<ウェポンマスタリー>及び<金剛力>の恩恵を受けた必殺の一撃が、レティシアを襲う。
「くっ……!」
レティシアはすんでのところで、《聖封翼剣》でその一閃を防御。
ギリギリと鍔迫り合いを行うが、彼女は押し負けてしまう。
「おいおい、その程度かよ。失望させんじゃねぇぞ」
「っ。斬って、捨てる……!」
レティシアは《ヴァルキリーの脚刀》を展開させ、竜造にハイキック。
しかし、彼は頭部を後ろに反らすことで回避した。
「ハッハァッ! んなモン当たると思ってんのかァ? せめてやるならこんぐれぇにしろ……ってんだよォ!!」
竜造は《アルティマレガース》と<武術>を駆使した強烈な蹴りを放つ。
レティシアの脇腹に直撃したそれは、彼女の身体を軋ませ、吹き飛ばす。
「おいおい……」
竜造は地べたに這うレティシアを見下ろして、興醒めした様子で言った。
「本気でやってくれよ。前とは別人じゃねぇか。
てめぇはもっと荒々しくて、攻めることしか考えねぇタイプだろ? なのに、なんでそんな時間稼ぎみてぇな戦いをしてんだよ」
「……貴様には、関係ない」
「関係大有りだ。折角の獲物がそれじゃあつまんねぇんだよ。……ああ、そうだ」
竜造は口元を吊り上げ、思いついたことを口にする。
「あいつらのうちの誰かをブチ殺せばてめぇは本気を出すよな」
竜造はレティシアのパートナー達を指差した。
強敵であるルクスに集中している今、竜造なら簡単に彼女らの息の根を止めることが出来るだろう。
「おい、選べよ。あの忍者か? あの吸血鬼か? それとも、あの犬っころかよ?」
くははは、と竜造は笑った。
楽しくて仕方ない、といった彼は、同時に。
――《聖封翼剣》によって生み出された結界によって閉じ込められた。
「……そんなことさせるか」
レティシアは誰にも聞こえないよう、口の中でそう呟いた。
そして、竜造を睨む。赤色の瞳は、確かな殺意を持って彼を見つめていた。
「くははっ!」
竜造の口から歓喜の笑い声が洩れた。
「やっぱり、てめぇはそっちのほうが素敵だぜ」
竜造が目の前の結界に両手を差し込んだ。
無理やり出ようとして、彼は聖なる光に包まれ、痛みを蓄積させられる。
しかし、そんな些細なことは一切気にせず、結界を力づくでこじ開けた。
「さあて、第二ラウンドだァッ!!」
肉食獣のように舌なめずりを行う竜造に、レティシアが言い放つ。
「来い、竜造。貴様など、斬って捨ててやる」