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リアクション
「あぁ……こんなに楽しいんだもん。姫を迎えに行くのは止めて、他の人に頼んじゃおっと」
大広間の中央で、白髪の中性的な青年――ルクス・ラルウァは弾む声でそう言った。
男性にしては低身長。細すぎる手足に胴体。仕立ての良いスーツに身を包んでいるその姿は、本当に戦えるのかと疑ってしまう。
しかし、彼の強さは、その背後で倒れる五人の契約者が示していた。
床に四人。壁際に一人。全て死体だ。どれも手足が妙に折れ曲がり、巨大な鈍器で殴られたように頭が陥没している。
辺り一面に飛び散った肉片を踏みながら、ルクスは応接間への扉に近づいた。
「うん、いいね。燃えるよ、このシチュエーション」
ルクスは首を巡らせ、応接間の扉を守る契約者を見て、屈託のない笑顔を浮かべる。
「それじゃあ、最っ高に愛が詰まった戦闘を、僕らの劇場で堪能しようか恋人たち!」
応接間への扉を守る契約者の一人、ポチの助は<ライトニングブラスト>を発動した。
機晶石から放射されるエネルギーを電力に変換。雷撃の槍が、彼の掌で構成される。バチバチと凶暴な音が響く。
「オ、なかなかやるね。君は、さっきの人らと違って楽しませてくれそうだ!」
ルクスはその青白い光の槍を見て、楽しそうに笑った。
両者の距離は十メートルもない。
ポチの助が光の槍を放てば、ルクスは避けることも出来ずに直撃するだろう。
だというのに、
「さあどうぞ、まずは君が僕を愛しておくれよ」
ルクスは拳を握らず、構えもしない棒立ちだった。
彼は、ポチの助を挑発するようにくいくいと手招きをする。
「ッ、ああぁぁああああ――ッ!」
ポチの助が叫び、手を振るった。
凶暴に吼える雷撃の槍が、ルクスの心臓へ直撃。
なぎ倒されるかのようにルクスの身体が床に叩きつけられた。手足を乱暴に投げ出し、そのままの勢いでゴロゴロと地面の上を転がる。
「やった……ん、ですか?」
壊れた人形のように動かなくなったルクスを見て、ポチの助はそう呟く。
が、ムクリと立ち上がり、ルクスは楽しそうな声で言った。
「ああっ、痛ぁい。痛いなぁ。
久しぶりだよ、痛みを感じたのは。嬉しいなぁ。生きているって心地だ!」
首を傾け、キロリとポチの助を見つめた。狙いを定める。
乾いた唇を潤すように舌なめずりをし、両手を広げたまま身を屈め、獣のように彼へ疾駆した。
「く……っ!」
近距離戦が得意ではないポチの助は、距離を開けようと身体を反転させた。
しかし、ルクスは難なく追尾。逃がすまいと彼に手を伸ばす。
「おおっと、逃げないでよ」
そして、ルクスの手がポチの助に触れた瞬間。
横から跳んできた杭によって、腕を弾かれた。
「汚ねぇ手でうちのワン公に触ってんじゃねぇよ!」
声のした方向には、手を前方にかざしたベルクがいた。
彼は連続で<貴族的流血>を発動。空中に無数の杭が展開する。
「うらァ、死にやがれ!」
無数の杭がルクスを串刺しにしようと、一斉に襲い掛かる。
「アハハッ。いいね、いいね。最っ高だよ!」
迫り来る無数の杭を見て、ルクスは笑い、地を蹴った。
爆発的な加速。
彼が先ほどまで居た地点に、杭が次々と刺さった。バキンッと鈍い音を立て、床にヒビが入る。
「まだです……!」
《不可視の糸》でルクスの動きを予測したフレンディスが、ルクスに斬りかかる。
が、鋼鉄のような感触。《忍刀・霞月》の刃が彼の身体に触れると、きぃんと甲高い音をたてて弾かれる。
「な……っ!?」
「残念、僕の身体は刃なんかじゃ傷つけられないよ?」
ルクスはそう言うと、フレンディスに右拳を叩き込んだ。
ぐしゃり、と。自分の肉と肋骨がひしゃげる音が、彼女の耳に届く。
めりこんだ拳打にフレンディスは吹っ飛び、汚れた壁に背中から激突――息が詰まる。
「ああっ、いいなぁ。生きてる血の温かさ。ぞくぞくするよ!」
ルクスは顔に付着した返り血を舌先で愉しみ、恍惚とした表情を浮かべ、彼女との間合いを詰める。
「フレイ!? てめぇぇぇッ!!」
ベルクが吼え、《アルティマレガース》を使い、ルクスに飛び掛った。
しかし、彼のその行動を予測していたかのように、ベルクは側頭部を狙った回し蹴りを放つ。
恐ろしい威力の蹴りに、ベルクはブロックした腕ごと弾き飛ばされた。
「ぁぁぁあああああ!!」
入れ替わるように、ポチの助がルクスに《機晶爆弾》を投げつけた。
接触と同時に起爆。<破壊工作>で威力を底上げした爆発は、通常より一回りも大きい。常人なら跡形も残らず消し飛ぶ破壊力。
しかし、もくもくとあがる爆煙を掻き分け、悠々とルクスが姿をあらわした。
「ああ、ああああっ、堪らないなぁ――!」
焼け焦げた服からかいま見える肌には、傷など一つもついていない。
「これだよ、これ。こういう戦いをしたかったんだよ、僕は!」
ルクスのその健常な姿に、ポチの助は我が目を疑った。
(ご主人様とエロ吸血鬼と僕の三人がかりで、傷一つつけられないなんて……)
思わず、口が動いていた。
「……なんですか、それは」
「え? ああっ、僕の強さがなんだよ、ってこと?
ふふーん、いいよ。特別だ。僕が無敵である理由を教えてあげる!」
ルクスはボタンをプチプチと外し、シャツの前を開いた。
「……ッ!?」
ポチの助の呼吸が、一瞬だけ止まった。
「アハハッ! どう、すごいでしょ!?」
シャツの下から現れたのは、人肌ではあり得ない硬質な輝き。明らかに、特殊な造形物。
戦闘用の義体だ。
首から上が普通であるだけに、その対比がより一層その身体の異常さを際立てていた。
「これはね、そこいらに溢れた二級品とは違う、ラルウァ製なんだ!」
「ラルウァ製、ですか……?」
「うんっ! ラルウァ家で独自に造られた、世界にただ一つの戦闘特化型の人工の肉体!
この全身こそ僕の武器――《凶獣変成》。そして、不死身の怪物であるこの僕は【破壊獣】ルクス・ラルウァだ!!」
ルクスはそう言って笑うと、シャツのボタンを閉じた。
そして、スーツのジャケットの右袖をめくった。現れたのは勿論、先ほど見た身体と同じ鋼鉄の義手。
「さあて、ここからは僕も本気を出させてもらうよ」
ルクスは腰のベルトに手を伸ばす。手袋の嵌った指で挟み、そこから抜き取ったのは薬莢だ。
ポチの助に見せ付けるように、彼はゆっくりと右腕に装填。カシャンという金属音を立て、薬莢は義手の中に消えた。
「準備完了、っと。じゃあ、行くよ……まだ、死なないでよ?」
ルクスが床を蹴り、ポチの助との間合いをあっさり詰める。
逃げる暇すら与えず、義手を作動。銃声に似た音と共に、拳が振るわれた。
(やばい――!)
ポチの助は、咄嗟に胸の前で両腕を交差。
しかし、それは何の意味も為さなかった。
「がっ……!」
ポチの助の両腕に異常な圧力を伴い、金属製の拳が激突。
防御をぶち抜き、肋骨を粉砕。それでも威力が衰えず、後ろの壁にぶつかる。壁をへこませ、背中をこすりつけるようにしながら冷たい床に崩れ落ちた。
(……なん……ですか……今のは……?)
小柄な身体からは想像もつかない重い一撃。
ポチの助は思い知った。
『常識外れの耐久力』に、『薬莢を用いた強力無比な打撃』。
(これがルクスの……噂だけが一人歩きする、ラルウァ家の力ですか……っ)
ルクスは右袖をめくると、鼻歌交じりに義手を操作した。
パシュッという音を立て、空薬莢を排出。それを足元に転がし、同じく床に転がるポチの助を見て、口元を吊り上げた。
「そらそら、早く立ってよ」
挑発のつもりか、それともただ単に戦闘が好きなのか。
横たわるポチの助を見て、ルクスは笑っていた。
ニヤニヤと笑っていた。
「あれれ、もしかしてもう終わり?
つまんないなぁ。少しは骨があるかと思ったんだけど……これじゃあ、期待はずれだなぁ」
「……まだ、終わりじゃない」
ポチの助は口元の血を手の甲で拭い、再び立ち上がった。
激痛で呼吸がおぼつかない。圧倒的な暴力の前に、足が微かに震えていた。
「アハハッ。その言葉を待ってたよ!」
ルクスの手が腰のベルトへと伸び、黄銅色の薬莢を引き抜いた。
「さあて、愛がたくさん詰まった戦闘を続けようか」
「……っ」
対するポチの助は、震える膝を両手で掴み、握りつぶす勢いで力をこめた。
実力差は歴然。おまけに、ルクスの攻略法は一つも思いつかない。
それでも、
(僕は……)
それでも、ポチの助は決めたのだ。
リュカを守る。
心から笑わせてみせる。
ポチの助は心の奥で、そう決意していたのだ。
「……僕は、優秀なハイテク忍犬なんだ。リュカさんを守るんだ」
ポチの助とルクスの視線が、絡み合った。
「僕は、おまえなんか怖くないぞ」
ポチの助は、はっきりとした口調で言い放つ。
その言葉を聞いたルクスが、心底楽しそうに、口元を大きく吊り上げた。