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星影さやかな夜に 第二回

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星影さやかな夜に 第二回
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リアクション

「あぁ……こんなに楽しいんだもん。姫を迎えに行くのは止めて、他の人に頼んじゃおっと」

 大広間の中央で、白髪の中性的な青年――ルクス・ラルウァは弾む声でそう言った。
 男性にしては低身長。細すぎる手足に胴体。仕立ての良いスーツに身を包んでいるその姿は、本当に戦えるのかと疑ってしまう。
 しかし、彼の強さは、その背後で倒れる五人の契約者が示していた。
 床に四人。壁際に一人。全て死体だ。どれも手足が妙に折れ曲がり、巨大な鈍器で殴られたように頭が陥没している。
 辺り一面に飛び散った肉片を踏みながら、ルクスは応接間への扉に近づいた。

「うん、いいね。燃えるよ、このシチュエーション」

 ルクスは首を巡らせ、応接間の扉を守る契約者を見て、屈託のない笑顔を浮かべる。

「それじゃあ、最っ高に愛が詰まった戦闘を、僕らの劇場で堪能しようか恋人たち!」

 応接間への扉を守る契約者の一人、ポチの助は<ライトニングブラスト>を発動した。
 機晶石から放射されるエネルギーを電力に変換。雷撃の槍が、彼の掌で構成される。バチバチと凶暴な音が響く。

「オ、なかなかやるね。君は、さっきの人らと違って楽しませてくれそうだ!」

 ルクスはその青白い光の槍を見て、楽しそうに笑った。
 両者の距離は十メートルもない。
 ポチの助が光の槍を放てば、ルクスは避けることも出来ずに直撃するだろう。
 だというのに、

「さあどうぞ、まずは君が僕を愛しておくれよ」

 ルクスは拳を握らず、構えもしない棒立ちだった。
 彼は、ポチの助を挑発するようにくいくいと手招きをする。

「ッ、ああぁぁああああ――ッ!」

 ポチの助が叫び、手を振るった。
 凶暴に吼える雷撃の槍が、ルクスの心臓へ直撃。
 なぎ倒されるかのようにルクスの身体が床に叩きつけられた。手足を乱暴に投げ出し、そのままの勢いでゴロゴロと地面の上を転がる。

「やった……ん、ですか?」

 壊れた人形のように動かなくなったルクスを見て、ポチの助はそう呟く。
 が、ムクリと立ち上がり、ルクスは楽しそうな声で言った。

「ああっ、痛ぁい。痛いなぁ。
 久しぶりだよ、痛みを感じたのは。嬉しいなぁ。生きているって心地だ!」

 首を傾け、キロリとポチの助を見つめた。狙いを定める。
 乾いた唇を潤すように舌なめずりをし、両手を広げたまま身を屈め、獣のように彼へ疾駆した。

「く……っ!」

 近距離戦が得意ではないポチの助は、距離を開けようと身体を反転させた。
 しかし、ルクスは難なく追尾。逃がすまいと彼に手を伸ばす。

「おおっと、逃げないでよ」

 そして、ルクスの手がポチの助に触れた瞬間。
 横から跳んできた杭によって、腕を弾かれた。

「汚ねぇ手でうちのワン公に触ってんじゃねぇよ!」

 声のした方向には、手を前方にかざしたベルクがいた。
 彼は連続で<貴族的流血>を発動。空中に無数の杭が展開する。

「うらァ、死にやがれ!」

 無数の杭がルクスを串刺しにしようと、一斉に襲い掛かる。

「アハハッ。いいね、いいね。最っ高だよ!」

 迫り来る無数の杭を見て、ルクスは笑い、地を蹴った。
 爆発的な加速。
 彼が先ほどまで居た地点に、杭が次々と刺さった。バキンッと鈍い音を立て、床にヒビが入る。

「まだです……!」

 《不可視の糸》でルクスの動きを予測したフレンディスが、ルクスに斬りかかる。
 が、鋼鉄のような感触。《忍刀・霞月》の刃が彼の身体に触れると、きぃんと甲高い音をたてて弾かれる。

「な……っ!?」
「残念、僕の身体は刃なんかじゃ傷つけられないよ?」

 ルクスはそう言うと、フレンディスに右拳を叩き込んだ。
 ぐしゃり、と。自分の肉と肋骨がひしゃげる音が、彼女の耳に届く。
 めりこんだ拳打にフレンディスは吹っ飛び、汚れた壁に背中から激突――息が詰まる。

「ああっ、いいなぁ。生きてる血の温かさ。ぞくぞくするよ!」

 ルクスは顔に付着した返り血を舌先で愉しみ、恍惚とした表情を浮かべ、彼女との間合いを詰める。

「フレイ!? てめぇぇぇッ!!」

 ベルクが吼え、《アルティマレガース》を使い、ルクスに飛び掛った。
 しかし、彼のその行動を予測していたかのように、ベルクは側頭部を狙った回し蹴りを放つ。
 恐ろしい威力の蹴りに、ベルクはブロックした腕ごと弾き飛ばされた。

「ぁぁぁあああああ!!」

 入れ替わるように、ポチの助がルクスに《機晶爆弾》を投げつけた。
 接触と同時に起爆。<破壊工作>で威力を底上げした爆発は、通常より一回りも大きい。常人なら跡形も残らず消し飛ぶ破壊力。
 しかし、もくもくとあがる爆煙を掻き分け、悠々とルクスが姿をあらわした。

「ああ、ああああっ、堪らないなぁ――!」

 焼け焦げた服からかいま見える肌には、傷など一つもついていない。

「これだよ、これ。こういう戦いをしたかったんだよ、僕は!」

 ルクスのその健常な姿に、ポチの助は我が目を疑った。

(ご主人様とエロ吸血鬼と僕の三人がかりで、傷一つつけられないなんて……)

 思わず、口が動いていた。

「……なんですか、それは」
「え? ああっ、僕の強さがなんだよ、ってこと?
 ふふーん、いいよ。特別だ。僕が無敵である理由を教えてあげる!」

 ルクスはボタンをプチプチと外し、シャツの前を開いた。

「……ッ!?」

 ポチの助の呼吸が、一瞬だけ止まった。

「アハハッ! どう、すごいでしょ!?」

 シャツの下から現れたのは、人肌ではあり得ない硬質な輝き。明らかに、特殊な造形物。
 戦闘用の義体だ。
 首から上が普通であるだけに、その対比がより一層その身体の異常さを際立てていた。

「これはね、そこいらに溢れた二級品とは違う、ラルウァ製なんだ!」
「ラルウァ製、ですか……?」
「うんっ! ラルウァ家で独自に造られた、世界にただ一つの戦闘特化型の人工の肉体!
 この全身こそ僕の武器――《凶獣変成》。そして、不死身の怪物であるこの僕は【破壊獣】ルクス・ラルウァだ!!」

 ルクスはそう言って笑うと、シャツのボタンを閉じた。
 そして、スーツのジャケットの右袖をめくった。現れたのは勿論、先ほど見た身体と同じ鋼鉄の義手。

「さあて、ここからは僕も本気を出させてもらうよ」

 ルクスは腰のベルトに手を伸ばす。手袋の嵌った指で挟み、そこから抜き取ったのは薬莢だ。
 ポチの助に見せ付けるように、彼はゆっくりと右腕に装填。カシャンという金属音を立て、薬莢は義手の中に消えた。

「準備完了、っと。じゃあ、行くよ……まだ、死なないでよ?」

 ルクスが床を蹴り、ポチの助との間合いをあっさり詰める。
 逃げる暇すら与えず、義手を作動。銃声に似た音と共に、拳が振るわれた。

(やばい――!)

 ポチの助は、咄嗟に胸の前で両腕を交差。
 しかし、それは何の意味も為さなかった。

「がっ……!」

 ポチの助の両腕に異常な圧力を伴い、金属製の拳が激突。
 防御をぶち抜き、肋骨を粉砕。それでも威力が衰えず、後ろの壁にぶつかる。壁をへこませ、背中をこすりつけるようにしながら冷たい床に崩れ落ちた。

(……なん……ですか……今のは……?)

 小柄な身体からは想像もつかない重い一撃。
 ポチの助は思い知った。
 『常識外れの耐久力』に、『薬莢を用いた強力無比な打撃』。

(これがルクスの……噂だけが一人歩きする、ラルウァ家の力ですか……っ)

 ルクスは右袖をめくると、鼻歌交じりに義手を操作した。
 パシュッという音を立て、空薬莢を排出。それを足元に転がし、同じく床に転がるポチの助を見て、口元を吊り上げた。

「そらそら、早く立ってよ」

 挑発のつもりか、それともただ単に戦闘が好きなのか。
 横たわるポチの助を見て、ルクスは笑っていた。
 ニヤニヤと笑っていた。

「あれれ、もしかしてもう終わり?
 つまんないなぁ。少しは骨があるかと思ったんだけど……これじゃあ、期待はずれだなぁ」
「……まだ、終わりじゃない」

 ポチの助は口元の血を手の甲で拭い、再び立ち上がった。
 激痛で呼吸がおぼつかない。圧倒的な暴力の前に、足が微かに震えていた。

「アハハッ。その言葉を待ってたよ!」

 ルクスの手が腰のベルトへと伸び、黄銅色の薬莢を引き抜いた。

「さあて、愛がたくさん詰まった戦闘を続けようか」
「……っ」

 対するポチの助は、震える膝を両手で掴み、握りつぶす勢いで力をこめた。
 実力差は歴然。おまけに、ルクスの攻略法は一つも思いつかない。
 それでも、

(僕は……)

 それでも、ポチの助は決めたのだ。
 リュカを守る。
 心から笑わせてみせる。
 ポチの助は心の奥で、そう決意していたのだ。

「……僕は、優秀なハイテク忍犬なんだ。リュカさんを守るんだ」

 ポチの助とルクスの視線が、絡み合った。

「僕は、おまえなんか怖くないぞ」

 ポチの助は、はっきりとした口調で言い放つ。
 その言葉を聞いたルクスが、心底楽しそうに、口元を大きく吊り上げた。