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リアクション
コルッテロのアジトの近くでは、アルブムと朱鷺を相手取った戦いが行われている。
そこには、甚五郎一行や淳二の他に、強奪戦に駆けつけてきた刀真と漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が加勢していた。
「……無駄、あたい達には勝てない」
あらゆる攻撃も、あらゆる魔法も。
全てがアルブムに届く前に、ベリタスによって受け止められていた。
お陰でベリタスの身体はボロボロだ。
あちこちが焼け焦げ、至る所が切り裂かれ、大小様々な穴が開けられていた。
「……そろそろ、死ぬといい」
アルブムはそう言い、指揮者のようにつぃっと両腕を振り下ろした。
操られたベリタスが向かうのは、甚五郎だ。
アルブムは彼を殺すことで、パートナーの三人のパートナーロストを引き起こすことを狙ったのだろう。
ベリタスは疾駆し、甚五郎との間合いを零にした。
轟、と風を切り、左腕が振り下ろされる。
「上等だ……!」
甚五郎は気合を溜めて、迎撃するように《百獣の剣》を振るう。
アウィスの部屋ではこの力勝負で負けてしまった。
あの時は不意打ち気味で力を発揮できなかったが、今回は違う。
(だからこそ、絶対に負けん……!)
正面からの全力攻撃。
二種類の風切り音に続いて、両者の中間で鋼の如き拳と《百獣の剣》が激突。肉と金属が、高速でぶつかり合う異音。
アルブムが驚きで目を見開けた。
それは、その数秒後、ベリタスの左腕が弾き飛ばされたからだ。
巨体がよろめきながら後退。
甚五郎の剣を伝わって感じることが出来るのは、心地よい痺れ。
だが、ベリタスの操り糸を通じてアルブムが感じるのは、敗北の証。
「気合が足りないなぁ! 気合がぁ!」
甚五郎は大音声でそう言うと、もう一度、《百獣の剣》を構えた。
アルブムは慌てて、ベリタスを後退させる。その時に生じた一瞬の隙。
それを逃がさず、刀真が仕掛けた。
「君が今回の仕事をこなせないよう、少し痛めつけさせてもらいます」
刀真が<百戦錬磨>の経験を以て、相手の視線や構え、肩やつま先の動き、呼吸や重心移動から動きを読み取る。
アルブムが流れるような動きで、魔法陣を描く。その陣は<カタストロフィ>。一瞬にして相手を殺すことの出来る秘儀。
しかし、刀真はその魔法陣が完成する寸前で、魔法陣に身を割り込ませた。無理やり、魔法の発動を中断させる。
「……お兄さん、邪魔!」
アルブムが初めて声を荒げた。
十本の鋼糸を手繰り、十の斬撃を至近距離の刀真に襲い掛からせる。
辺り一面に、肉を引き裂く水っぽい音が鳴り響く。
しかし、刀真は――<体術回避>で急所だけは守っていた。
彼は血だらけになりながらも、アルブムの死角に潜り込み、<光条兵器>である《黒の剣》を振りかぶる。
<神代三剣>の構え。
それは、樹月刀真のみが体得した、あらゆる障碍を斬り払うための剣技だ。
「――それは困ります。朱鷺にとって」
しかし、刀真が<神代三剣>を発動するより先に。
朱鷺が《八卦術・壱式【乾】》を使い、活動状態の八枚の呪符を一斉に飛ばした。
高い攻撃力と魔法攻撃力併せ持ち、更に全属性をも備えているその呪符を<殺気看破>で感じ、刀真は攻撃を止めて後方に跳躍。
刀真が先ほどまで居た地点に八枚の呪符が直撃し、地面に大きなクレーターを作った。
アルブムが朱鷺に対して礼を込め小さく頭を下げると、刀真と対峙。
彼と一定の距離を保ちつつも、真正面に立って――。
「……えっ?」
ズドン、と。
刀真の前に立った瞬間、アルブムの右肩が銃弾によって撃ちぬかれた。
その銃弾を放ったのは、刀真の背後。
敵以外の全てを透過するように設定した《ラスターハンドガン》を構えた月夜だ。
アルブムの右肩に小さな空洞が出来上がる。
痛みと共に、行動が鈍る。右腕が上手く動かない。
「……これは、でんじゃらす」
ベリタスはそう感じると、自身の魔力の全てを使い<死の風>を発動した。
瞬間、暴風の如き死の香りのする風がアルブムと朱鷺を中心にして発生。
魂の逸脱者にとっては心地よい風であっても、常人の心身には重大な弊害をもたらすそれは、他の契約者の足を止めるには十分だった。
「……しーゆー、あげいん。この借りは、絶対返す」
その言葉を最後に吐き、アルブム達は撤退した。
――――――――――
やがて、アルブムと朱鷺が安全圏まで逃げ切った時。
朱鷺は<命のうねり>を発動し、アルブムの傷を癒した。傷口が埋まり、止血を完了。万全とはいえないが、普段通り戦える程度には回復した。
アルブムが朱鷺を見上げ、お礼を言う。
「……さんきゅー。お姉さん」
「いえいえ、お礼など結構ですよ」
朱鷺はにこやかな笑みを浮かべ、片手を横に振る。
アルブムは治療を行ってもらうため脱いだ上着を再び羽織り、腕を袖に通した。
そんな彼女に、朱鷺は真剣な声で話しかけた。
「この戦いで、朱鷺の本気度はわかってもらえたと思います」
「……いえす。痛いほど、分かった」
「多少の時間のロスがありましたが、明日にでもラルウァ家の試験を受けれますかね?」
「……おっけー、お姉さんが望むなら」
アルブムの返事を聞き、朱鷺はより一層と覚悟を決めた。
(……明日が本番、ですか)
朱鷺は目を閉じてしばらく逡巡し、それから、目を開いた。
「只一つだけ、約束してください。
無事試験に合格できたら、ラルウァ家の事を教えてください。歴史の闇に埋もれた事も」
「……何でも教える。ラルウァになれたら」
アルブムは迷いなくそう答えると、踵を返した。
朱鷺が問いかける。
「どこに行くんですか?」
「新しい死体探し。もう、『これ』は使えそうにないから」
アルブムは傷つき、朽ち果てたベリタスの死体を指差した。
もはやそれは、ベリタスかどうか一目見ても分からないほど、無残なものだった。
彼女は新しい死体を探そうと、足を進めようとして。
「――じゃじゃじゃーん。そんなアルブムに朗報だよー」
不意に、後方から間延びした声をかけられ、足を止めた。
アルブムが振り返る。
そこにはストゥルトゥスの死体を両手で担いだ、デメテールが立っていた。
「……デメテール?」
「そうだよー。
デメテールはアルブムにお届け物を届けにきたんだよねー。感謝してよー」
「……お届け物? なに、それ?」
アルブムの質問に答える代わりに、デメテールはストゥルトゥスの死体をその場に下ろす。
「これが、お届け物だよー。鮮度抜群のストゥルトゥスっちの死体。
でも、送料として、そのベリタスの死体を貰うよー。いいー?」
「……なんで?」
「そんな事、デメテールが知るわけないよー」
「……そっか」
アルブムはそう言うと、迷うことなく承諾した。
「……おっけー。ストゥルトゥスの死体、貰うよ。そっちの方が大分強そうだし」
「おっけー。じゃあ、デメテールは、そっちの方を回収するねー」
デメテールはベリタスの死体を回収し、肩に担ぐ。
そして、<隠形の術>で姿を隠し、その場から去っていった。