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星影さやかな夜に 第二回

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星影さやかな夜に 第二回
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リアクション

 コルッテロのアジトの近くでは、アルブムと朱鷺を相手取った戦いが行われている。
 そこには、甚五郎一行や淳二の他に、強奪戦に駆けつけてきた刀真と漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が加勢していた。

「……無駄、あたい達には勝てない」

 あらゆる攻撃も、あらゆる魔法も。
 全てがアルブムに届く前に、ベリタスによって受け止められていた。
 お陰でベリタスの身体はボロボロだ。
 あちこちが焼け焦げ、至る所が切り裂かれ、大小様々な穴が開けられていた。

「……そろそろ、死ぬといい」

 アルブムはそう言い、指揮者のようにつぃっと両腕を振り下ろした。
 操られたベリタスが向かうのは、甚五郎だ。
 アルブムは彼を殺すことで、パートナーの三人のパートナーロストを引き起こすことを狙ったのだろう。
 ベリタスは疾駆し、甚五郎との間合いを零にした。
 轟、と風を切り、左腕が振り下ろされる。

「上等だ……!」

 甚五郎は気合を溜めて、迎撃するように《百獣の剣》を振るう。
 アウィスの部屋ではこの力勝負で負けてしまった。
 あの時は不意打ち気味で力を発揮できなかったが、今回は違う。

(だからこそ、絶対に負けん……!)

 正面からの全力攻撃。
 二種類の風切り音に続いて、両者の中間で鋼の如き拳と《百獣の剣》が激突。肉と金属が、高速でぶつかり合う異音。
 アルブムが驚きで目を見開けた。
 それは、その数秒後、ベリタスの左腕が弾き飛ばされたからだ。
 巨体がよろめきながら後退。
 甚五郎の剣を伝わって感じることが出来るのは、心地よい痺れ。
 だが、ベリタスの操り糸を通じてアルブムが感じるのは、敗北の証。

「気合が足りないなぁ! 気合がぁ!」

 甚五郎は大音声でそう言うと、もう一度、《百獣の剣》を構えた。
 アルブムは慌てて、ベリタスを後退させる。その時に生じた一瞬の隙。
 それを逃がさず、刀真が仕掛けた。

「君が今回の仕事をこなせないよう、少し痛めつけさせてもらいます」

 刀真が<百戦錬磨>の経験を以て、相手の視線や構え、肩やつま先の動き、呼吸や重心移動から動きを読み取る。
 アルブムが流れるような動きで、魔法陣を描く。その陣は<カタストロフィ>。一瞬にして相手を殺すことの出来る秘儀。
 しかし、刀真はその魔法陣が完成する寸前で、魔法陣に身を割り込ませた。無理やり、魔法の発動を中断させる。

「……お兄さん、邪魔!」

 アルブムが初めて声を荒げた。
 十本の鋼糸を手繰り、十の斬撃を至近距離の刀真に襲い掛からせる。
 辺り一面に、肉を引き裂く水っぽい音が鳴り響く。
 しかし、刀真は――<体術回避>で急所だけは守っていた。
 彼は血だらけになりながらも、アルブムの死角に潜り込み、<光条兵器>である《黒の剣》を振りかぶる。
 <神代三剣>の構え。
 それは、樹月刀真のみが体得した、あらゆる障碍を斬り払うための剣技だ。

「――それは困ります。朱鷺にとって」

 しかし、刀真が<神代三剣>を発動するより先に。
 朱鷺が《八卦術・壱式【乾】》を使い、活動状態の八枚の呪符を一斉に飛ばした。
 高い攻撃力と魔法攻撃力併せ持ち、更に全属性をも備えているその呪符を<殺気看破>で感じ、刀真は攻撃を止めて後方に跳躍。
 刀真が先ほどまで居た地点に八枚の呪符が直撃し、地面に大きなクレーターを作った。
 アルブムが朱鷺に対して礼を込め小さく頭を下げると、刀真と対峙。
 彼と一定の距離を保ちつつも、真正面に立って――。

「……えっ?」

 ズドン、と。
 刀真の前に立った瞬間、アルブムの右肩が銃弾によって撃ちぬかれた。
 その銃弾を放ったのは、刀真の背後。
 敵以外の全てを透過するように設定した《ラスターハンドガン》を構えた月夜だ。
 アルブムの右肩に小さな空洞が出来上がる。
 痛みと共に、行動が鈍る。右腕が上手く動かない。

「……これは、でんじゃらす」

 ベリタスはそう感じると、自身の魔力の全てを使い<死の風>を発動した。
 瞬間、暴風の如き死の香りのする風がアルブムと朱鷺を中心にして発生。
 魂の逸脱者にとっては心地よい風であっても、常人の心身には重大な弊害をもたらすそれは、他の契約者の足を止めるには十分だった。

「……しーゆー、あげいん。この借りは、絶対返す」

 その言葉を最後に吐き、アルブム達は撤退した。

 ――――――――――

 やがて、アルブムと朱鷺が安全圏まで逃げ切った時。
 朱鷺は<命のうねり>を発動し、アルブムの傷を癒した。傷口が埋まり、止血を完了。万全とはいえないが、普段通り戦える程度には回復した。
 アルブムが朱鷺を見上げ、お礼を言う。

「……さんきゅー。お姉さん」
「いえいえ、お礼など結構ですよ」

 朱鷺はにこやかな笑みを浮かべ、片手を横に振る。
 アルブムは治療を行ってもらうため脱いだ上着を再び羽織り、腕を袖に通した。
 そんな彼女に、朱鷺は真剣な声で話しかけた。

「この戦いで、朱鷺の本気度はわかってもらえたと思います」
「……いえす。痛いほど、分かった」
「多少の時間のロスがありましたが、明日にでもラルウァ家の試験を受けれますかね?」 
「……おっけー、お姉さんが望むなら」

 アルブムの返事を聞き、朱鷺はより一層と覚悟を決めた。

(……明日が本番、ですか)

 朱鷺は目を閉じてしばらく逡巡し、それから、目を開いた。

「只一つだけ、約束してください。
 無事試験に合格できたら、ラルウァ家の事を教えてください。歴史の闇に埋もれた事も」
「……何でも教える。ラルウァになれたら」

 アルブムは迷いなくそう答えると、踵を返した。
 朱鷺が問いかける。

「どこに行くんですか?」
「新しい死体探し。もう、『これ』は使えそうにないから」

 アルブムは傷つき、朽ち果てたベリタスの死体を指差した。
 もはやそれは、ベリタスかどうか一目見ても分からないほど、無残なものだった。
 彼女は新しい死体を探そうと、足を進めようとして。

「――じゃじゃじゃーん。そんなアルブムに朗報だよー」

 不意に、後方から間延びした声をかけられ、足を止めた。
 アルブムが振り返る。
 そこにはストゥルトゥスの死体を両手で担いだ、デメテールが立っていた。

「……デメテール?」
「そうだよー。
 デメテールはアルブムにお届け物を届けにきたんだよねー。感謝してよー」
「……お届け物? なに、それ?」

 アルブムの質問に答える代わりに、デメテールはストゥルトゥスの死体をその場に下ろす。

「これが、お届け物だよー。鮮度抜群のストゥルトゥスっちの死体。
 でも、送料として、そのベリタスの死体を貰うよー。いいー?」
「……なんで?」
「そんな事、デメテールが知るわけないよー」
「……そっか」

 アルブムはそう言うと、迷うことなく承諾した。

「……おっけー。ストゥルトゥスの死体、貰うよ。そっちの方が大分強そうだし」
「おっけー。じゃあ、デメテールは、そっちの方を回収するねー」

 デメテールはベリタスの死体を回収し、肩に担ぐ。
 そして、<隠形の術>で姿を隠し、その場から去っていった。