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リアクション
十章 破壊獣の咆哮
時間は少し遡り、リュカが<封印呪縛>される少し前。
大広間にやっとの思いで辿りついた相田 なぶら(あいだ・なぶら)は、ルクスと対峙していた。
それまで色んな事―事件の噂を聞いて奔走したり、ドラゴンの背中から滑り落ちたり、瓦礫に頭から突っ込んだり―があったが、今の彼はれっきとした戦闘モードである。
(……このルクスさんって人)
なぶらは、他の契約者と戦っているルクスを観察していた。
それは、彼の戦い方が理詰めであるがゆえにだ。彼の戦いとは、まず、敵を分析することから始まる。
(本当に厄介だなぁ……)
なぶらはルクスの分析を終え、そう思った。
戦闘能力はラルウァ家の名に恥じぬ一騎当千のモノ。傷一つつかぬ体に、出鱈目な攻撃力。
加え、業腹なことにクレバーだ。嵐のような暴力を振り回す気質のくせに、ふざけた話だが馬鹿ではない。
単純すぎるために外部の影響を受けないのだろう。壊れた理性は共感を知らず、他者の心理を現象として受け止めている。
「ああっ。堪らないなぁ、この戦っているって感覚。僕はなんて幸せ者なんだ」
ルクスは嬉々として叫び、真下に拳を全力で振り下ろした。
小さな身体からは想像できない力で、床が大きな鉄球が落ちたかのようにへこむ。
「さぁ、もっと愛し合おう。僕の愛は重いけど、ちゃあんと受け止めてよね」
「嫌よ。気持ち悪い」
アルマがマスケット銃の狙いを定め、発砲。放たれた銃弾はルクスの頭へ一直線。
ルクスはそれを右腕で防御。
銃弾は彼の腕に当たると、きぃんと甲高い音を立てて跳弾した。
「痛い、痛ぁいなぁ。銃で撃たれたのなんか久しぶりだよ!」
言葉とは裏腹に、ルクスの表情は余裕綽々といった様子だ。
対するアルマは苦虫を噛み潰したような表情で、吐き捨てるように呟く。
「全く、なんていう身体をしてるのよ……!」
「アハハッ、僕は特別だからね。君らとは違うんだ!」
ルクスは素早く右腕に薬莢を込め、アルマ目掛けて床を力強く蹴った。
二人の間にアイン・ブラウ(あいん・ぶらう)が身を割り込む。
<オートガード>の立ち回りと《フロンティアソード》で、彼の突貫を制止させた。
「ああ、もぅ! また、邪魔するんだ。人の恋路を邪魔しないでよね!」
「それは、無理だよ……守ると、決めているからね……ッ!」
アインは渾身の力で、ルクスを身体ごと弾いた。
よろめいたルクスに、アインはすかさず<スカージ>を発動。
敵の力を封じる光が、彼に炸裂した。
「うぅぅわっ! 酷いなぁ、スキルが使えなくなったじゃないか!!」
ルクスは数歩バックステップし、戦いを仕切りなおすために距離を開く。
アインが追い打ちとばかり、《フロンティアソード》を床の割れ目に差し込み、つぶてを彼に放った。
弾丸の如きその破片をルクスは真正面から受け切った。
「だからぁ〜、そんなの無敵の僕には意味がないって!」
「ああ、そんなことは百も承知だ。けれど、君の注意を逸らすことは出来ただろう?」
「はぁ? 何言って……」
ルクスはそこで、死角から自分に迫ってくる存在がいることに気づいた。
慌てて、気配のする方向を向く。
そこには間合いに入り、<抜刀術>の構えをとった鬼久保 偲(おにくぼ・しのぶ)。
「流石です、アインさん」
偲はアインへの労いの言葉を呟き、《居合の刀》による<抜刀術>を放つ。
凄まじい速度の一閃が、ルクスの胴体を袈裟に切り裂いた。
が、とうの本人は痛がる様子もなく。
「だ・か・ら、僕には刃は利かないって!」
右腕の義手を作動させ、偲に爆発的な推進力をもった一撃を叩き込もうとした。
偲は咄嗟に《居合の刀》を手放し、懐に潜り込むことで、その一撃を避ける。
「ええ、知っています。ですが――」
偲はもう一つの刀――《無名》の柄を両手で握り、言った。
「息をつく間もなく、同じ場所に寸分違わず叩き込まれればどうでしょうか?」
<金剛力>による怪力と、<抜刀術>による居合いの太刀。
片手よりも両手で抜けば速い、という無茶苦茶な理論による抜刀の技は秘技・無閃。
「まだ完成途中の技ですが、普通の居合いよりかは遥かに強いと思います」
偲はシッと短く息を吐き、無閃の太刀をルクスに叩き込んだ。
先ほどの《居合の刀》で斬った場所に合わせるように。
「ッ……!」
初めて、ルクスの顔が痛みで歪む。
全身をめぐる苦痛のせいで、動きが僅かに止まった。
(チャンス――!)
なぶらは好機と察し、<歴戦の魔術>を展開。
無属性の魔法を炸裂させ、休む暇を与えず、<真空波>を連続で発生させた。怒涛の連続攻撃。
「く、が……っ!」
その物量にルクスがじりじりと押され、吹き飛んだ。
地面をバウンドし、地面を削りとるようにして転がり、ルクスは壁に叩きつけられた。
彼の口から一筋の血がこぼれ落ちる。ルクスは手の甲で拭い、血走った目を大きく見開いた。
「痛いなぁっ! 血が出たのなんか久しぶりだ!! 最っ高だ、最高だよ!!!」
なぶら、偲、アインはルクスに接近し、アルマはマスケット銃を構えた。
ルクスはそれを見て、左袖をめくる。
現れたのは勿論、鋼鉄の義手。しかし、それは薬莢を込められる仕様の右腕とは違い、何の変哲もない義手だった。
「アハハッ、血を流させてくれたお礼だ――とっておきの技を見せてあげるッ!!」
そう言い終えると共に、ルクスの左腕の掌から『斥力のフィールド』が展開された。
一言で言えばバリアに近いそれは、大きく膨らみ、肉迫した三人に殺到する。
全身を襲う横殴りの衝撃。
恐ろしい勢いで三人は汚れた壁にたたきつけられ、頭部から血を噴き出す。
肉が潰れ、骨が圧力で壊れる寸前の凄まじい音を上げた。全身がプレス機にかけられているようだ。
突然猛烈な圧力が消え、三人は喀血し、膝を着いた。
「凄いね。まだ生きているんだ!」
ルクスは嬉しそうに笑い、三人にトドメを刺そうと左腕を掲げ上げる。
瞬間、その左手の掌が一発の銃弾によって撃ちぬかれた。
斥力のフィールドを展開できるほど高度な機械である分、他の鋼鉄の身体に比べて脆いのだろう。
ルクスは穴の空いた左手を見てから、銃弾の飛んできた方向――アルマに視線を移した。
「かかってきなさいよ、ゴミクズ」
アルマの吐いた悪態を耳にして、ルクスは口の端を持ち上げた。
彼は右腕に黄銅色の薬莢を込め、鷹揚に腕を広げる。
「アハハッ、いいねいいね! たまらないよ!! まずは君から殺してあげるッ!」
ルクスは両足に力を込め、アルマに突貫。爆発的な加速。
右腕を大きく振りかぶり、速度を乗せた一撃をアルマの顔面に叩き込む。
アルマはそれを、首を逸らして回避。拳圧で、頬に一筋の傷が生じた。
「……ッ!」
アルマはマスケット銃の引き金を引いた。
零距離の射撃。今のアルマにとって最大の威力をもった攻撃だ。
しかし、それは無常にも――銃弾が接触すると同時に、ルクスの鋼鉄の身体に弾かれた。
「残念だったね、愛が足りないよ?」
ルクスがニィッと笑い、右腕の義手を作動させた。
――パァンという炸裂音が鳴り響く。
「……あっ、」
アルマの端正な口から鮮血が吹いた。
小洒落たメイド服に包まれた背から、鋼鉄の指先が抜けていた。
大量の血を吐くアルマの脇で、カシャンと空薬莢が排出される。腕の根元では、凶獣の笑みが覗いていた。
「ああっ、ああああ、いいねいいね! 生きてる血の温かさ! ゾクゾクするよ!」
ルクスの狂った笑い声が大広間に響く。
と、共にその惨状を見た者達が悲鳴を上げた。