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リアクション
十一章 変更される配役
礼拝堂のような廃墟の外。
ヴィータ達が戦っていた場所から、廃墟を挟んで反対側の路地裏。
徹雄が、ペンダントを持って逃げているトマス一行の後を追っていた。
「……ッ、早いわね」
殿を任されているミカエラ・ウォーレンシュタット(みかえら・うぉーれんしゅたっと)は、徹雄が自分達に迫ってきていることを確認すると、足を止める。
同じく、その前を走る子敬も足を止め、《緑竜殺し》を抜き出した。
「先に決めた作戦通り、私達一班はここで足止めするわ。
トマスとテノーリオの二班は、ペンダントを持って先に逃げて!」
ミカエラの言葉を受けて、トマスとテノーリオはうんっと頷き、振り返らずに走っていく。
徹雄は《影縫いのクナイ》と《さざれ石の短刀》を交差し、ミカエラに向けて突撃。
「死にたくはないけど、死ぬ気でここは通さないわよ!」
ミカエラは白の魔法陣を展開。魔力を込めて、<光術>を発動。
閃光のごとき眩い光があふれ出し、徹雄の視力を一時的に奪った。
「くっ……」
「はぁぁああ……!」
ミカエラは《ウイングソード》で、怯んだ徹雄に斬りかかった。
徹雄は素早く、自分の周りに<奈落の鉄鎖>を展開。重力に干渉し、ミカエラの動きを一瞬封じた。
その隙に、徹雄はバックステップ。
戦いを仕切りなおすために距離を開き、やがて回復した視界で二人を見つめ、武器を構えなおした。
――――――――――
同じく、廃墟を挟んで反対側の路地裏。
エリシアの一撃により飛ばされ、気絶していたコルニクスが意識を取り戻していた。
「っ……クソ。あいつら、まんまと逃げやがって」
コルニクスは痛む箇所を押さえ、立ち上がった。
彼は全てを見ていた。
応接間で爆発が起こり、それに乗じてこそこそと脱出する明人達の姿を。
(リュカの始末は失敗した。
なら、今するべきことは……ペンダントの奪取だ)
コルニクスはそう判断し、腰から予備のナイフを取り出した。
幸運なことに、ペンダントを持って逃げている契約者達は同じこの路地裏にいるらしい。
盗賊である自分が走れば、間に合うだろう。
そう考え、地を蹴ろうとした時。
「きゃは♪ 負けちゃったみたいねぇ」
癪に触る笑い声が、コルニクスの背後から聞こえてきた。
「……なんだ、傭兵。なにか用か?」
コルニクスは振り返らずに、声をかけた。
「なんだとはなによ。折角、このヴィータちゃんがやって来てあげたのに」
「反吐が出る」
「あらそう、酷いこと言うわねぇ」
カツカツと足音が大きくなっていく。
そして、ヴィータが彼のすぐ後ろに到着すると、ピタリと止んだ。
「聞け、傭兵。
ペンダントを持ち、逃げている契約者がこの路地裏にいる。貴様も追うのを手伝え」
「きゃはは……♪」
笑い声と共に、ズブリと肉が斬れる音がした。
コルニクスはワケが分からず、音の正体を確かめる。
自分の鳩尾を、《暴食之剣》が貫いていた。
「嫌よ。わたし、コルッテロ辞めるから」
ヴィータが刃を捻る。
と、壮絶痛みが込み上げ、声も出ないコルニクスに、彼女は冷ややかに言った。
「あなたのことずーっと気に入らなかったのよねぇ。
それに、この廃墟にいるのって全員傭兵じゃない?
コルッテロの忠実な犬なのはあなただけ。連絡されると面倒だから、ここで死んでおいてね」
「……あっ……あっ……」
「あらら、もうろくに返事も出来ないんだ。
天下のコルッテロの幹部さんが無様ねぇ」
ヴィータは嗤った。騙された者を笑う、勝者の笑みだ。
目を見開き、脂汗を流し、空気を求めて喘ぐコルニクスの耳に、彼女は囁く。
「きゃは♪」
ヴィータは剣を引き抜いた。
鳩尾から噴き出る鮮血。膝をつき、かがむコルニクス。
彼女はモルスにこの男の後始末をさせようと、指を鳴らそうとしたが――止めた。
「ねぇ、そろそろ出てきたら?
この男を食べてもいいからさ」
ヴィータは路地裏の、ひび割れた地面に目をやった。
ゾワリ、と。
彼女の言葉に応じるように、エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)が姿を現す。
彼はもはや、生物学を完全無視した異常な容貌をしていた。
「…………」
エッツェルは虚ろな目で辺りを見渡し、弱ったコルニクスを見つけるやいな、飛びつく。
《怪異の躯》から、肉を突き破ってワームのようなモノが伸びだした。次々と、それは身体中の至る所から。
「うわっ、えげつな。なによ、その捕食器官」
ヴィータがうっと嫌そうな表情を浮かべた。
エッツェルのワームの先端には口がついており、それで対象に喰らいつき、食す。
その食欲は旺盛で、獰猛。
わらわらと蠢くワームがコルニクスにかぶりつき、肉を噛み千切っていった。
「――――ッ!」
大男の声にならない断末魔が、路地裏に響き渡った――。
――――――――――
(なんだよ、これ……!)
月谷 要(つきたに・かなめ)は路地裏に辿りつき、エッツェルの捕食シーンを目の当たりにしてしまった。
数十本のワームが肉を千切り、内臓を引き出し、咀嚼していく。数分経てば、大男の上半身は全て消え、残っているのは下半身だけとなっていた。
要は生理的嫌悪感で吐き気がする以上に、背筋に戦慄が走った。
(さっきまで戦っていたヴィータさんが消えたから、後を追ってきたのはいいけど。
まさか、こんな場面に出くわすなんて……っ!)
要が思わず一歩後退するのと同時に、
コルニクスの捕食を終えたエッツェルが、要に視線を移した。
瞬間、エッツェルが《水晶翼》をはためかせ、要に突撃を開始。
「ちぃっ!」
要は《9/G》を取り出し、引き金を引いた。
仕込まれたルーン魔術で反動を流し、大型口径の銃弾を驚異的な連射力でばら撒く。
しかし、それらの銃弾は、全てエッツェルに届く前に、彼が纏う<死の風>によって腐敗した。
「っ、これはどうだよ……!」
要は、《スプレッドカーネイジ》を構える。
強化光条兵器による強烈な銃撃が、エッツェルを襲う。
が、エッツェルはそれを《水晶翼》で身を守るかのように弾いた。
「…………」
そして、エッツェルは要に近づくと、《這い寄る混沌》を粘液状にして放出。
要はその軌道を<ディメンションサイト>で察知。軽やかな動作で回避。
粘液状の《這い寄る混沌》は背後の壁に着弾するやいな、汚れた壁を一瞬で石化させた。
「ッ、はぁぁああ……!!」
要は裂帛の気合を込め、両手の銃を一斉で連射。
続いて、《灰色の左目》でビームを発射。《機巧龍翼》を展開し、火炎放射。
息のつく間も与えぬ、怒涛の連続攻撃。
「これでも、喰らいやがれぇぇッ!」
要はトドメとばかり、《機巧義腕『フリークス』》を剣に変化させ、<真空波>を放つ。
空気を切り裂き、破壊エネルギーの刃がエッツェルの身体を切り裂いた。
が。
「…………」
その全ての攻撃を受けてもなお、エッツェルは立っていた。
「うぇぇぇえええ!?」
あまりにも非常識な生命力。
エッツェルは、もう一度要に飛び掛る。
要はヤケクソ気味に、叫んだ。
「ちょっと待って、これ洒落にならないんだけどもー!?」
「きゃははは……♪」
ヴィータはその二人の戦いを、笑いながら観戦していた。
「さて、ハデスの準備が完了するまで、ここで愉しませてもらうとしましょうか」
彼女は闇色の笑みを広げ、空を見上げる。
今宵の空は雨雲に覆われていて、星が一つも見えない。
「しかし、あんな提案をするなんてねぇ……」
ヴィータは先ほど、電話越しに伝えられたハデスの言葉を思い返す。
『フハハハ!『人喰い勇者』の再誕、我らも協力させてもらおうか!』
そして、ハデスがヴィータに話した作戦は、失敗したときのための保険の策だった。
当初の予定通りに、明人かリュカを『人喰い勇者』に仕立て上げるのが困難になった今――ハデスを中心として、その案を実行するための準備が着々と進められている。
「きゃははは♪ あのハデスって人の肩書きも、伊達ではないのかも」
ヴィータ笑いながら振り返り、路地裏の影を見る。
「ねぇ、あなた達もそう思わない?」
そこには二人の契約者が立っていた。
リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)と空京稲荷 狐樹廊(くうきょういなり・こじゅろう)。
「きゃは♪ きっと、まだまだ来てくれるとは思ってたわ」
ざあざあと降りしきる雨が身体に当たる。
曇に覆われた夜空を背に、ヴィータは《暴食之剣》を横に掲げ、小さく嗤った。