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【四州島記 巻ノ三】 東野藩 ~解明編~

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【四州島記 巻ノ三】 東野藩 ~解明編~

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第八章  御狩場

「あの、すみません。ちょっとよろしいですか?この方に、見覚えはありませんか?」
「あ……?いや、知らないねぇ」
「そうですか、有難うございました」

 首を横に振る男性に軽く頭を下げ、【籠手型HC弐式】をしまう御神楽 舞花(みかぐら・まいか)
 HCのディスプレイには、舞花を襲ってきたチンピラ契約者を裏で操る人物、三田村 掌玄(みたむら・しょうげん)
の顔写真が映っている。
 御神楽 陽太(みかぐら・ようた)の代理としてこの四州にやって来た舞花とエリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)は、
掌玄の行方を追っているのだ。

「あら、あんた。確かこの間も人探ししてなかったっけ?」

 舞花が振り向くと、そこに、見覚えのある旅籠の女将がいた。
 そういえば、先日もここで聞き込みをした気がする。

「えぇ、まぁ……」
「この間の人は、見つかったのかい?」
「はい。おかげ様で」
「そうかい、それは良かったねぇ――しかし、あんたらみたいな若い娘さんが連れ立って人探しだなんて、スゴい所だねぇ。外国ってのは」
「いえ、そんな。アハハハ……」
「では、失礼致します」

 まだまだ長くなりそうな女将の話を適当にあしらって、エリシアと舞花は先を急ぐ。


「つかめませんね、掌玄の足取り……」
「元々表に出てくる人物では無いようですし、そう簡単には見つからないでしょう。気長に探すしかありませんね」
「はい、エリシア様」
「それより舞花、気づいていますか?先程から、誰かが跡をつけてきます」
「えっ?ど、どこですか?」
「振り返らないで!――私たちから20メートル位離れて二人、左右に分かれてついてきています」

 【殺気看破】を身につけたエリシアは、常人には感じることの出来ない、僅かな殺気を感じることが出来る。

「左右に一人ずつ……襲撃をかけるには、少ない人数です。先回りして、待ちぶせている人がいると思います」

 敵の行動を【行動予測】する舞花。

「向こうから来てくるとは、手間が省けましたね」
「えっ?」
「折角、歓迎の準備をしてくれているのです。ここは、ご招待に預かりましょう」

 不敵な笑みを浮かべつつ、何一つ気づいていない風に歩くエリシア。
 果たして、幾つかの角を曲がった所で、数人の男たちが左右の建物からバラバラと現れ、行く手を塞いだ。

「あいつだ!あの小娘をつけていて、みんなやられたんだ!」

 中の一人が、舞花を指さして叫ぶ。

「お前か。ウチの兄弟たちを殺ったのは」
「なるほど……お礼参りと言うわけですか」

 【要人警護】の訓練を積んでいるエリシアが、舞花をかばうようにその前に立つ。
 舞花たちの連れているペットも、しきりに男たちを威嚇をしている。

「例え女子供でも、兄弟の仇となれば生かしちゃおけねぇ――覚悟しろよ、お前ら」
「その言葉、そっくりそのまま返して差し上げますわ」
「エリシア様、気をつけて下さい。あの人たち、契約者です。見た目よりもずっと強いですよ」
「大丈夫ですよ、舞花。わたくしに限って、『油断』はありません」

 勝負事には、常に全力で挑むというのが、エリシアのモットーだ。

「このアマ――!やっちまえ、お前ら!!」
「「「「おおっ!」」」」

 それぞれの得物を手に、前後から、一斉に襲いかかる男たち。
 
「――遅いですわ」

 目にも留まらぬ早さで引きぬかれた《戒魂刀【迦楼羅】》が、華麗に宙を舞い――。
 エリシアの【霞斬り】で切り裂かれた男たちの悲鳴と血しぶきが、戦場を彩る。 
 
 一方、舞花を狙った男たちの前には、《賢狼》や《スペースゆるスター》、それに《ファイティングパンダ》が立ちはだかった。

「こいつら、見た目より強いぞ!」
「そこよ!」
「グアッ!」

 ペットたちの予想外の強さにたじろいだ所を、舞花の《フューチャー・アーティファクト》が狙い撃ちにする。

「こ、こいつら、つええ!」

 見た目からは予想もつかなった舞花たちの強さに、早くも逃げ腰になる男たち。

「不意を打たれなれば、私だってこのくらい!!」

 前回の鬱憤を晴らすかのように、敵を追い詰めていく舞花。

「――全てを焼きつくす、闇黒の炎よ!」

 そこに、トドメ、とばかりにエリシアが放った【ワルプルギスの夜】が、男たちを襲った。

「う、嘘だろ……。こんな……」

 一瞬で仲間たちを全て倒されたリーダー格の男は、すっかり戦意を失ってへたり込む。

「敵の力量を見誤った段階で、既にあなたたちは負けていたのです」

 エリシアが、冷たく言い放った。


「三田村掌玄か……。会ったことはねぇが、聞いたことはある」
「本当ですか!一体ドコで!?」 

 意外な男の言葉に、思わず声を上げる舞花。

「……ただで話す訳にはいかないな」
「あなたと、仲間たちの身の安全は保証します。ただし、二度と私たちを襲わないと約束して下さい」
「言われなくても、襲ったりしねぇよ。命あっての物種だからな」
「いいでしょう」
「それで、一体ドコで?」
「その男は、近い内に御狩場のアジトに来るはずだ」
「御狩場に?」
「ああ。なんでも、探してた賞金首がつかまったとかで、そいつの身柄を引き取りに行く事になってる――俺が知っているのは、
これが全てだ」
「わかりました。もう、行っていいですよ」

 男は、動くのがやっとという仲間たちをひきずるようにして、逃げていった。

「今の賞金首って……クリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)さんのことでしょうか」
「恐らく、そうでしょう――御狩場に行っている人たちに、知らせないと」
「ハイ!」

 舞花は、グループごとに一台与えられている無線機を取り出すと、本部に連絡を取った。


 

「前回、俺たちが辿り着いたのはここまでだ、有野さん。ここで敵に見つかって、これ以上先に進めなかったんだ」

 瀬乃 和深(せの・かずみ)が、行く手に広がる森を指し示す。

「そうですか。ここから先には、静森(しずもり)を始め、大きな森が幾つも連続して広がっています。そこなら、大人数が身を隠すのに都合がいい」

 長年御狩場で働いてきた有野 誠一郎(ありの・せいいちろう)の頭の中には、御狩場の全ての情報が入っている。

「今回はあくまで、偵察が任務だ。無理だと感じたら、速やかに撤退する」
「ただし、出来ればこちらの存在を知られたくはありません。敵の兵力が少ない場合には、極力全員捕えて下さい。捕虜は、重要な情報源にもなります」


 セルマ・アリス(せるま・ありす)リンゼイ・アリス(りんぜい・ありす)が、改めて作戦内容を確認する。
 セルマ、リンゼイ、和深、そして有野の4人は、御狩場に巣食う謎の武装集団の正体を突き止めるべく、御狩場深く潜入したのである。


「こっちに、人がたくさんいるそうです」

 森の木に手を当て、木の声に耳を傾けていたセルマが、道を示す。

「セルは、植物の声を聞くことが出来るんです」

 驚いている有野に、リンゼイが説明する。
 セルマは、【人の心、草の心】を身に着けている。
 その後は、森に慣れている有野と、【妖精の領土】を持つセルマが代わる代わる先頭に立って、森を進んだ。
 森の中にところどころ、踏み分け道の様になっている場所があるのだが、その場所が徐々に増えてきた。

「幾つもの人の足跡に、同じ数の馬の蹄の跡。皆さんの言う馬賊がいるのは間違いないようです」

 足跡を分析して、有野が言った。

「ここから先は、俺一人で先行します。俺が囮になって敵をおびき寄せますから、皆さんは追ってくる敵を待ち伏せして下さい」
「了解した」
「あいつら、スゴイ勢いで追っかけてくるからな。きっと上手く行くぜ」
「気をつけて、セル」
「ああ。言ってくるよ」

 《勇士の薬》を一息に飲み干すと、セルマは一人森へと姿を消した。
 さらに15分ほども歩いただろうか。セルマの【殺気看破】の能力が、かすかな気配を察知した。

(どうやら、コッチに気づいたみたいだな……)

 だが、未だ敵の姿は見えない。
 こちらが待ち伏せを狙っているように、向こうも待ち伏せを狙っているのだ。

 殺気の漂ってくる方へ向け、慎重に歩いて行くセルマ。
 万一罠にでもかかって身動きが取れなくなったら、作戦そのものが破綻してしまう。

(ドコからくる?どこから……)

 緊迫した時が、ゆっくりと流れていき――。

「ヒュン!」

 と空を切って飛ぶ幾本もの矢が、その緊張を打ち破った。

(来た!)

 勇士の薬で素早さの増したセルマは、飛んでくる矢を次々と躱していく。
 木の影に身を隠し、様子を伺うセルマ。
 藪や木の上に身を隠した射手がこちらを牽制している間に、刀を持った敵がヒタヒタと近寄って来る。

(そろそろだな……行くか!)

 セルマは、【ゴッドスピード】と《彗星のアンクレット》で更にスピードを増しつつ、敵の前にいきなり飛び出した。
 数本の矢がセルマを襲い、さらに左右から侍が切りかかってくるが、尋常でない速度を身につけたセルマを捉えることは出来ない。

「そんな蚊の止まるような太刀筋じゃ、俺にかすり傷一つ負わせる事は出来ないぜ!」
「こやつ!」
「言わせておけば!」

 ムキになってセルマを追い回す侍たち。
 頃合いよしと見たセルマは、敢えて敵に背を見せ、戦場を離脱した。

「逃がすか!」
「待て!」

 セルマの【プロボーグ】に引っかかり、頭に血の昇った侍たちは、何の疑いも無くセルマを追いかけてくる。

(上手く行ったぞ、リン!侍が3人、遅れて射手が4人。侍は、刀を持ってる!)
(わかったわ!そのまま、来た道を真っ直ぐ100メートル戻って!)
(100メートルだな!)

 【精神感応】で敵の情報をリンゼイに伝えつつ、走るセル。

(あと20……10……ゼロ!)

 突如、セルマの左右の茂みから現れた黒い影が、一斉に侍たちに襲いかかる。
 伏せていた、リンゼイと有野だ。
 
 銘刀・桜雪を振るい、次々と侍に峰打ちを決めるリンゼイ。
 森の中に桜吹雪が舞い散るたび、確実に一人が動けなくなる。

「御狩場巡察役、有野誠一郎である!神妙に、縛につけぃ!」

 一方有野も、巡察役の中でも一、二を争うと言われた縄術で、侍を捕縛していく。

「しまった、待ち伏せか!」
「に、逃げろ!」

 先行していた仲間がバタバタと倒れていくのを見て、遅れていた射手の何人かが踵を返そうとする。

「そうは行くかっ!」

 敵の退路を塞ぐように回り込んでいた和深が、立ち上がりざま《22式レーザーブレード》を振るう。
 袈裟斬りに切られ、バッタリと倒れる射手。

「ひ、ひいいっ!」

 運良く和深の剣を逃れた射手が、走って逃げていく。 
 だがその最後の一人にも、和深は容赦しない。

「逃がすかっ!やれ!ブレードドラゴン!」
「ゴガァオッ!」

 樹の梢に隠れていた《聖邪龍ケイオスブレードドラゴン》が、男の頭上から、光闇色のブレスを浴びせる。
 射手は、声を上げることすら出来ずに焼け死んだ。


「――それは、本当なんだな」
「ああ。本隊はまもなくここを引き払い、移動を開始する。それまで、お前らみたいなのを足止めするのが、俺たちの仕事だ」

 捕虜にした侍の言葉は、意外なものだった。

「ここを出て、何処に行くの?」

 セルマに引き続き、リンゼイが訊ねる。

「確かなことはわからない。印田か、遠野か……。知っているのは上の人間だけだ」
「印田に、遠野……。お前たちに指図しているのは、九能様か?」
「それも知らん。俺たちは、金で雇われた浪人だ。雨風がしのげて、毎日腹いっぱい飯が食えて、決められた給金を払ってさえもらえれば、誰が雇い主でも関係ない」
「貴様、それでも東野の侍か!」

 有野が、語気を荒げて男の襟首を掴む。

「……貴様に、何が分かる」
「なんだと!」
「貴様などに、何が分かると言うのだ。俺の、祖父はしがない小役人の三男坊で、継ぐべき家も財産もなく、死ぬまで仕官を望みながら、叶わず死んだ。刀を捨てた父は、生涯を荒地の開墾に捧げ、ようやく手に入れた僅かな田畑もろとも、洪水に流されて死んだ。そんな俺に藩がしてくれた事といえば、最初に米を恵んでくれただけ。生きるために……金のために剣を振るうことが、そんなに悪いことか!」

 血走った目で有野を睨む侍。
 有野は、一言も言い返せぬまま、手を離した。
 
「おい。今の話、嘘じゃないだろうな!」
「こうして負けて、捕虜になった段階で、どうせ俺たちはお払い箱だ。今更雇い主に義理立てしても、なんにもならん」

 有野にかわって問い質す和深を、侍は鼻で笑った。

「どう思う?」
「俺は、嘘はついていないと思う」
「俺もだ。よし、まずは本部に連絡しよう。出来れば、連中が移動する前に押さえたい」
「わかった」

 和深が、無線機を取り出す。

「有野さん、大丈夫ですか?」
「あ、あぁ……。済まない、大丈夫だ」

 リンゼイが、有野を気遣って声をかける。
 先程の侍の言葉にショックを受けたらしく、有野は、すっかり蒼白になっていた。

「私には、あの侍の生き方が正しいとは思えない。しかし、だからといって、間違いだとも言えないのだ……」
「有野さん……」

 リンゼイは、有野にかける言葉を見つけることが出来なかった。




「ダリル、大変よ!御狩場の味方から、連絡があったわ。御狩場の連中、もうすぐあそこを引き払うって!」
「そうか!偵察飛行中のカルキノスから、『御狩場で兵が動いてる』って連絡があったが、多分それのことだな」

 息せき切って駆け込んできたルカルカ・ルー(るかるか・るー)に、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が淡々と告げる。
 ルカは大倉 定綱(おおくら・さだつな)付参与として専ら情報の把握を、ダリルはルカの集めた情報を元に、
『黒幕』の居場所を探していた。
 敵の居場所が分かるまですることのないカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)は、空の散歩がてらに偵察を行なっていたのだが、それが偶然当たったのである。まさに、『犬もあるけば――』というヤツだ。

「それで、どうするのダリル?私たちも、御狩場に行くの?」
「実は、それなんだが……」

 ダリルは困ったような顔で、ルカの前に《不可思議な籠》を差し出した。
 見れば、既に封が開いている。

「何よ!もう開けちゃったの!?」
「ああ。御狩場の連中が動き出してしまった以上、ゆっくりとアームチェア・ディテクティブしているゆとりはない」
「で、どうだった?」
「どうもこうも――。ルカ。お前、なんて書いたんだ?」
「え?ナニって……『探し物は東野で起きてる陰謀の黒幕の居場所』だけど?」
「それでか……。ちょっと、見てみろ」

 ダリルは一つ大きなため息をつくと、籠を放って寄越した。
 ルカが、中を覗く。そこには、
 
「東野にいる黒幕は、遠野にいる。しかし黒幕は、西湘にも、南濘にも、北嶺にもいる。また黒幕は、四州島の外にもいる。日本や、アメリカにもいる――って、ナニよ、これ!!」
「要するに、今回の東野公の死には、これだけ多くの人間が関係してるってこと事だ。ちょっと質問が、漠然とし過ぎていたな。いっそひと思いに、黒幕の名前でも聞いたほうが良かったんじゃないか?」
「ああ、もう!前回といい、今回といい、役に立たないわね、この籠!」

 腹立ち紛れに籠を壁に投げつけるルカ。

「まあ、そう捨てたもんじゃない。少なくとも、事件の広がりは把握出来た訳だし、今の段階で、一気に事件解決と行かないのもよく分かった。となれば、怪しいヤツを片っ端から片付けていくしか無い」
「それじゃどうするの?遠野に行って、九能 茂実(くのう・しげざね)をしょっぴくの?」
「その件はもう、定綱さんに断られたろ?行くなら、御狩場だ。まずは、茂実逮捕の名分を立てないとな――
絡んだ糸を解(ほど)くには、端から順番に解いていくしか無いってことだ」
「えぇ〜。ルカはこう、一太刀でズバッとたたっ斬っちゃう方が好みなんだけどな〜」
「所詮俺たちは、王の器じゃないってことさ――行くぞ!」

 大股で、部屋を出ていこうとするダリル。
 その眼の前で、ガラリ、と襖が開く。

「定綱様!」

 そこに立っていたのは、大倉 定綱(おおくら・さだつな)だった。
 その後ろに、コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)の姿もある。

「御狩場に行かれるのですか?」
「止めても、無駄ですよ」
「いえ、私は、止めに来たのではありません。これを、お持ち下され」

 そう言って定綱は、懐から二通の書状を取り出した。

「これは、我が父重綱名の、御狩場への立ち入りを許可する書状。そしてこちらは調査団の皆様を、御狩場の不穏分子を取り締まる捕縛使に、任命した事を証明する任命証です」

「捕縛使って――!」
「はい。皆様の戦闘行動を、藩が公に認めたことになります。渋る父を説き伏せるのに時間がかかりましたが、何とか間に合いました――お願いにござる。何としても九能殿につながる手がかりを、手に入れて下され」

「お気遣い、有難うございます。これで心置きなく、暴れられます」

 書状を受け取り、頭を下げるダリル。

「いや。礼であれば、それがしではなく、こちらのソーロッド殿に言って下され」
「そんな、お礼だなんて……。僕はただ、美羽が一人で馬賊を捕まえに行っちゃったもんだから、『何とか合法的に取り締まれるようにして欲しい』って、定綱様にお願いしただけだよ。そしたら定綱様が、『きっとルー殿たちにも、これが必要になるはずだ』って」

 コハクが、照れながら言う。

「有難うございます、定綱様――よし、みんな行こう!」
「ああ」
「はい!」
「くれぐれも、お頼み申す」

 定綱は、深々と頭を下げた。 




(約20メートル置きに、射手が5人……。さらに左にも囲うように一列。木の上にも、何人かいるな……。)

 【光学迷彩】で身を隠しつつ、【ホークアイ】で敵の配置を偵察していた麻篭 由紀也(あさかご・ゆきや)は、敵の防御陣地の堅固さに感心していた。

 由紀也たちは、攫われたクリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)を助け出すために――加えて瀬田 沙耶(せた・さや)に怪我させた奴に報復するために――、御狩場の馬賊のアジトを襲撃していた。
 別方向から御狩場に侵入した味方からは、馬賊がアジトを引き払い、移動を始めつつあるという情報も伝わっている。
 由紀也としては、何とかそれを阻止したいのだが――特に沙耶などは「そんな事になったら、私を殴った奴が見つけづらくなるじゃない!」と怒っていた――、
恐らく敵はこうなることを予想して、防御陣地を配置していたのだろう。
 最悪、こうした陣地が幾重にも配置されている可能性もある。

(くそっ……。こいつらに手間取ってたら、敵に逃げられちまう……)

 その心の焦りが、油断を生んだのか――。

「カラカラカラカラ!」

 突然、乾いた木の音が、辺りに響き渡る。

(しまった――!)

 足が、巧妙に張られた細い縄を踏んでいる。
 敵の仕掛けた、鳴子に引っかかったのだ。

 ヒュン!
 ヒュンヒュン!!

 たちまち、由紀也の周囲に矢の雨が降り注ぐ。
 光学迷彩のおかげで狙い撃ちされずには済んでいるが、流れ矢に当たるのは時間の問題だ。

「こうなりゃヤケだ!」

 由紀也は《三連回転式火縄銃》を手に【連射体勢】を取ると、敵の潜んでいる辺りに向かって釣瓶撃ちに撃ち始めた。
 こちらも敵の位置を正確に掴んでいる訳ではないから、命中させるには数を撃つ必要がある。
 それに、発砲音で味方が駆けつけてくれる事を期待する意味もある。

「グワッ!」

 という悲鳴が、草むらから上がる。
 運良く、敵に当たったようだ。
 しかし由紀也には、敵の攻撃の手が緩んだようには見えない。
 あっと言う間に火縄銃の弾を撃ち尽くした由紀也は、腹ばいになって手近な木の根元まで進んだ。
 木を盾にしながら、火縄銃に弾を込める。

(沙耶ちゃん、暮流、早く来てくれよ……)

 それ由紀也の願いが、天に届いたのかどうか――。

 隠れていた敵の一人が、突然立ち上がると、大声を上げて苦しみ始めた。
 味方の矢に身体を晒すのも構わず、意味不明の言葉を喚きながら暴れ続ける。

「何してるの由紀也!今よ!」
「お、オゥ!」

 聞き慣れた声に、咄嗟に引き金を引く由紀也。
 鉛玉に貫かれた敵は、バッタリと倒れ、動かなくなった。
 声のした方を、振り仰ぐ由紀也。
 《空飛ぶ箒》に乗った沙耶が、敵の矢を巧みに躱しつつ、【闇術】や【雷術】で攻撃しているのが見える。
 さらにその上を通り過ぎる、一機の《小型飛空艇》。
 飛空艇は敵の背後に回ると、地面スレスレを全速力で突っ込んで来る。

「イヤッ!」

 機体から身を乗り出した和泉 暮流(いずみ・くれる)が、敵のむき出しの背中目がけて《ソニックブレード》を放つ。
 予想外の動きに対応出来ず、敵は、振り向いた所を顔面から両断にされた。
 暮流としては、出来れば殺さずに済ませたかったのだが、今は何よりも時間が大切だ。
 暮流は、密かに男の冥福を祈りながら、次の相手へと向かう。

「沙耶!暮流!」

 仲間の華麗な戦い振りに一瞬見とれていた由紀也は、我に返ると、沙耶と暮流を狙っている樹上の敵に狙いを定めた。
 火縄銃が続けざまに火を吹き、敵が悲鳴を上げながら落下していく。

(これならいける――!)

 火縄銃を乱射しながら、敵に殺到する由紀也。
 空に気を取られ、対応の遅れた敵が弓を構えるが、間に合わない。

「これは、沙耶ちゃんの分だ!」

 火縄銃の銃床で、敵のアゴを下から思い切り殴りつける由紀也。
 敵は、一撃で気絶した。




「長谷部様、全員、集合致しました!」
「よし、準備の出来た組より、順次出立せよ。各組の組頭に伝えよ。目的地は、遠野の九能 茂実(くのう・しげざね)様のお屋敷だ」
「畏まりました」

 小者が、頭を下げて去っていく。
 それと入れ替わりに、伝令が、息を切らせて駆け込んできた。

「報告!第4、第11警戒小隊と連絡が取れません!全滅した模様です!」
「警戒線が突破されたか……。この手際、例の契約者たちだな」

 九能家の侍大将、長谷部 忠則(はせべ・ただのり)は、傍らの腹心に話しかけた。
 主の密命によりこの御狩場に雌伏すること半年余り。
 浪人や流民を集め、馬賊紛いの真似をして戦力を蓄える日々も、今日で終わりである。

「恐らくは。あ奴等が動き出したとなれば、ここに至るのは時間の問題。兵を急がせませんと」
「ああ。ここまで時間を掛けて準備したのにお縄になっては、笑うに笑えないからな」
「囚人の方はいかがなさいますか?」
「ここで引き渡す予定だったが……最早そんな時間はあるまい。ヤツも連れて行く。先方には、その旨、伝えておけ」
「畏まりました――長谷部様?」
「なんだ?」
「念のため、『客人』に声をかけられてはいかがですか?時間はあるに越したことはございませぬ」
「『目には目を、歯には歯を』か。――よし、その方急ぎ参り、出陣を懇請して参れ。『長谷部が、お手並みを拝見したいと申している』とな」
「ははっ!」

 走り去っていく腹心の背を見送りながら、長谷部は傍らの小者に声をかけた。

「兵を急がせよ!敵はすぐに来るぞ!」
「ハハッ!」


「囚人の食事を持って参りました」
「おお、お前か。入れ」

 顔馴染みになった牢番に愛想の良い笑顔を送りながら、女中――その正体は、《桃幻水》で女体化した南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)だ――は座敷牢に入った。
 この姿の時は、光(ひかり)と名乗っている。

「おい、メシだ。起きろ、クリストファー」

 光一郎は、周りに人の目が無い時は、極力男言葉を使うよう、心がけていた。
 正直そうでもしていないと、自分が男であることを忘れそうなのだ。
 それでなくても最近、鏡の前に座る時間が長くなったと実感している。

「ん……?ああ、もうそんな時間か……」

 座敷牢の床に寝転がっていたクリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)が、大きく伸びをしながら起き上がった。

「なんだか外が随分と騒がしいようだが……何が起きてる?」

 握り飯をほうばりながら、光一郎に訊ねる。
 何はなくとも、まずは腹ごしらえだ。

「連中、いよいよ行動を起こすらしいぞ。ここを引き払って、遠野に行くらしい」
「遠野……。印田か?」
「そこまでは知らねぇ。――それよりお前、どうするんだ。じきに、お迎えがくるぞ」
「ああ……、一晩考えてたんだが……やっぱり、俺は逃げることにする。うっかり由比 景継(ゆい・かげつぐ)が来たら、
逃げるに逃げられなくなりそうだしな」
「そうか。俺はもう少し、長谷部に付き合うつもりだ。まだ茂実の顔も拝まない内から、逃げる道理はねぇ」
「わかった。なら、手筈通りに」
「おうよ」
「おい、女!まだか!」
「はい、只今!――行くぞ、クリス」
「ああ」

 クリスは音もなく牢を出ると――鍵は、予め【ピッキング】で開けておいた――、光一郎に隠し持っていた《チロルチョコおもち》を手渡す。
 光一郎は、チロルチョコと《機晶爆弾》を手に突き当りの壁に向かうと、【破壊工作】で学んだ知識の通りに、
それを最も効果的な場所に仕掛けた。
 小走りで、部屋の反対側の隅まで移動する。

「よし!伏せてろよ、クリス……。あと5……3、2、1!」
 
「ドオーーーーン!」

 物凄い爆音と振動に、思わず身体を縮こませるクリスと光一郎。
 その上に、無数の石つぶてが降り注ぐ。

「やったか!」

 立ち上がり、舞い上がる粉塵の向こうを透かし見る光一郎。
 座敷牢の壁と天井が完全に崩れ落ち、がれきの山と化していた。

「バッチリだ!」
「よし、行くぞ!」

 二人は、がれきの山を乗り越え、外へと逃げ出した。 



「何事だ!」

 突然の爆音と立ち昇る白煙に、長谷部が叫ぶ。

「い、一大事です長谷部様!囚人が牢を爆破して逃げ出しました!」
「なんだと!?」
「彼奴め!爆薬など一体どこから――」
「早く捕らえよ!」
「そ、それが、囚人は、女中を人質にしておりまして――」
「女中――?……!もしや、光か!」
「は、ハイ……」
「儂が行く、案内せい!」
「は、長谷部様!」
「ここは任せる!」

 動転する腹心には目もくれず、長谷部は馬に鞭くれると、一目散に駆け出した。


「光!無事か、光!」
「長谷部様!お助け下さい、長谷部様!」

 クリスたちを断崖に追い詰めたものの、それ以上手出し出来ずに遠巻きにしている兵士たちを押しのけ、前に出る長谷部。
 その目に、光一郎の首に突きつけられたナイフが飛び込んで来る。

「貴様に逃げ場はないぞ!大人しく女を放し、投降せよ!貴様の身の安全は、保証してやる!」
(よく言うよ、俺を景継に引き渡すつもりだったくせに……)

 そうは思うものの、流石にクリスは口には出さない。

「それ以上、近づくな!近づけば、女の命はないぞ!」
「貴様、その女に傷一つつけてみろ、ただではおかんぞ!」
「長谷部様――」

 すっかり、人質のか弱い女を演じ切っている光一郎。

「クリストファーーー!」

 突然の頭上からの声に、その場の全員が、一斉に空を仰いだ。

 《空飛ぶ箒ミラン》にまたがったクリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)と、《パラミタジャンボジェットハナアルキ》に乗ったオットー・ハーマン(おっとー・はーまん)が、まっしぐら急降下してくる。

「伏せて、クリス!」
「当たるなよ!」

 空中に静止したオットーの手に持つ《フロンティアスタッフ》から眩い光が放たれ、兵士たちに降り注ぐ。
 敵が怯んだ隙に、クリスティーが敵の頭上スレスレに飛び、《機晶爆弾》を落とした。
 巻き起こる爆発が、その場を大混乱に陥れる。
 その隙を突いてクリスは、《ぽいぽいカプセル》のスイッチを押した。
 光一郎を抱きかかえたまま、中から現れた《パラミタジャンボジェットハナアルキ》に飛び乗るクリス。
 
「急いで!クリストファー!」
「わかった!」

 猛烈な鼻息を噴射して、一気に浮き上がるハナアルキ。

「何をしている、射て、射て!」
「よせ!光に当たる!」

 弓を構えた射手を、手で制する長谷部。

「愛されてるな、光一郎くん」
「この愛ゆえに、去りがたいのよ」
「フフッ……、何処まで本心なんだか……。健闘を祈るよ」
「ああ。俺が逃げる時には、よろしく頼むぜ」
「いいだろう。――長谷部、受け取れ!」

 クリストファーは、最後に一際大きくそう叫ぶと、ハナアルキの上から光一郎を放り出した。
 自分は、仲間たちと一緒に一気にその場を離脱する。


「キャアァァァーーー」

 長い悲鳴の尾を引いて、落ちていく光一郎。

「ひかり!」

 落ちてくる光の身体を、間一髪受け止める長谷部。
 光の身体に、激しい衝撃が走る。

(うっわ……マジでキツいわコレ……。クリストファーの野郎、無茶苦茶しやがる……)

「ひかり!大丈夫か、光!」
「は、長谷部様……」

 光一郎の視界一杯に、心配気に自分を覗き込む長谷部の顔がある。
 光一郎はそれに向かって軽く笑いかけ――そして、気を失った。





ルカルカ・ルー(るかるか・るー)

「敵主力が、遠野に向け移動を開始した模様。我軍は敵の防御陣地に阻まれ、未だ敵主力と接触できず。繰り返す――」

 《スレイプニル》を駆り、御狩場に急行するルカたちに、無線が急を告げる。

「このままじゃ、逃げられちゃう!どうするの、ダリル!」
「お前、少しは自分で考えろ!――まぁいい。とにかく、先回りして敵の頭を抑えるしかない」
「わかったわ。それじゃ、このまま敵の上を突っ切るわよ!」
「皆さん、先に言って下さい!」

 風に負けないよう、コハクが声を張り上げる。
 ルカたちのスレイプニルは小型飛空艇の4倍のスピードが出るが、コハクの《聖邪龍ケイオスブレードドラゴン》は3倍のスピードしか出ない。

「わかったわ、先に行ってるね!――ハアッ!」

 拍車をかけ、一気にスレイプニルを加速させるルカ。
 ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)と カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)、それに夏侯 淵(かこう・えん)がそれに続く。
 少し進むと、行く手の眼下に、幾つかの火線が見えた。地上スレスレを飛ぶ《空飛ぶ箒》や《小型飛空艇》も見える。
 仲間が、戦っているのだ。

(みんな、頑張って……)

 仲間の健闘を祈りつつ、先を急ぐルカ。
 更に進むと、今度は森の一角から白煙が立ち昇っているのが見えた。
 あれが、御狩場の馬賊たちのアジトだろう。
 煙は、捕まっていた仲間が脱出する際に仕掛けた、爆薬のせいだ。

(あそこがアジトなら、主力はその向こうね――)

 《双眼鏡『NOZOKI』》を取り出し、敵の姿を探すルカ。
 それが、思わぬ隙を産んだ。

「何してる、ルカ!」
「えっ?」

 ダリルの緊迫した声に、我に返るルカ。
 その耳に、聞き慣れた――しかし、この四州にあるはずもない音が聞こえて来る。

(この音、まさか――)

 双眼鏡を外したルカの目に飛び込んできたもの、それは――。

「SAMミサイル!!」

 反射的に、回避行動を取るルカ。
 しかしミサイルは何かに導かれるように、ルカに向かってまっしぐらに迫ってくる。

「ダメ、間に合わない!」

 ルカは思い切って、スレイプニルの背からジャンプした。
 次の瞬間――。

 激しい熱気と爆風が、ルカの身体を襲う。
 恐ろしいまでの衝撃に、何も支えるものの無いルカの身体は、木の葉のように翻弄される。

「「「ルカーーー!」」」

 仲間たちの声と、スレイプニルの上げる、悲痛な叫びを聞きながら、ルカは意識を失った。




「ルカ!しっかりしろ!目を開けろ、ルカ!」
「ん……。あ……?だ、ダリル……?」
「動くな、じっとしていろ。痛み止めが効くまで、まだ少しかかる」

 救急キットを片付けながら、ダリルが手で制する。
 【薬学】の知識のあるダリルの救急キットには、普通は入っていない特別な薬が入っている。

「あたし……どうしたの?」
「お前がスレイプニルから飛び降りた後、淵が【グラビティコントロール】でお前の落下を押し留めてる間に、俺が拾ったんだ。
もう少しで、大地にキスする所だったぞ」
「そう……有難う……」

 どこかぼんやりした頭で、ルカは言う。
 痛み止めが効いているせいかもしれない。
 
「他のみんなは……?」
「カルキノスと淵と、それからコハクは、この少し先で敵と交戦中だ――苦戦してるらしい」

 言われてみると、風に乗って、規則的な機械音や人の叫び声が聞こえて来る。
 機械音は、セミオートライフルだろう。

「カルキたちが、苦戦してるの……?」
「数の上で劣勢なのももちろんあるが、敵の戦力も相当なモノのようだ。装備、技量含めてな」
「――ダリル、先に行って。あたしならもう、大丈夫よ」
「バカ言え!チタン合金も引き裂くようなミサイルの爆風を、至近距離で浴びたんだぞ!こうして話が出来るのが不思議な位だ。
とても、置いてはいけない」
「でも……、約束したのよ定綱さんと。『必ず証拠を掴んでくる』って!このままじゃ証拠を掴むどころか、敵の主力を取り逃がしちゃうわ!」

 残った力を振り絞って、必死に訴えるルカ。
 しかし、ダリルの表情は硬いままだ。

「駄目だ。気持ちはわかるが……。今ここでお前を失うような事になったら、俺は団長に顔向けが出来ん」

 教導団団長{SNM9999007#金 鋭峰}は、ルカが唯一忠誠を誓う、敬愛して止まない人物だ。
 その名を出されては、ルカも言う事を聞かない訳には行かない。

「……わかったわ、ダリル」
「今は、仲間を信じて、休め。それも、任務の内だ」
「……うん」

 全てをダリルに任せ、身体の力を抜くルカ。
 途端に、全身を気だるさが襲う。
 
「眠ったか……」

 安からな寝息を立てるルカに、まずはホッとするダリル。
 すると今度は、苦戦中の味方の事が心配になってくる。

「死ぬなよ、みんな……」

 彼方から聞こえて来る戦いの音は、いよいよその激しさを増していくようだった。


「クソッ!こいつら、まるで魔法が効かん!」

 《刈り取りの蜀台》を振るいながら、悪態を吐くカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)
 一体如何なる結界を敷いているのか、並の人間であれば、一撃で絶命するカルキノスの【クライオクラズム】を喰らっても、
怯んだ風もなく戦闘を続けている。
 接触直後に一人をクライオクラズムで倒し、もう一人を《虚無霊:ボロスゲイプ》が喰らったものの、それ以後は一進一退の攻防が続いている。

(しかも、《ナラカの息吹》もまるでお構いなしと来た……。こいつら、本当に人間か?)

 巧みに遮蔽を取り、常に移動しながら、的確に射撃を加えてくる辺り、かなりの訓練を積んだ軍人なのは間違いない。
 しかし目の前の敵には、明らかにそれ以上の『何か』がある。
 カルキノスは、なんとも言いようのない不安に襲われていた。


「せいっ!」

 【ポイントシフト】で一気に間合いを詰めつつ、敵の眼前で大きく飛び上がる夏侯 淵(かこう・えん)
 
「いりゃあ!」

 フェイントを兼ねた【龍飛翔突】で威力を増した《ロンギヌスの槍R》が、敵の身体を貫く。
 咄嗟に銃で受け止めたものの、致命傷を負い、膝をつく敵兵。 
 着地して、一瞬動きの止まった淵目がけ、別の敵兵が銃剣で突きかかってくる。
 それを槍で防ごうとする淵――だが、槍が抜けない。

「ナニっ!」

 先程淵に貫かれた敵兵が、槍をがっちりと握りしめて離さないのだ。

「クソッ!」

 咄嗟に槍を離し、ポイントシフトで逃げようとする淵。
 一瞬、スゴイ早さで流れ始めた周囲の景色が、まるで巻き戻しか何かのように元に戻っていく。

「なっ――!」

 驚く淵の太ももを、敵の銃剣が刺し貫いた。焼けるような激しい痛みが、淵の足に走る。

「うらぁ!」

 淵は足に刺さった銃剣を右手でがっちりと掴むと、無事な左の足で相手の延髄目がけ、蹴りを見舞った。
 確かな手応えと共に、兵士の身体が吹っ飛び、地べたを転がる。

「痛っ!」

 足に走る痛みにも構わず、転がって遮蔽を取る。
 木にもたれかかって、力任せに銃剣を引き抜く。
 たちまち、鮮血が溢れだした。

(【ディストーティッドフィールド】でダメージを軽減している筈なのに、たかが銃剣でこれ程の傷を負うたぁ……さっきといい、今といい、敵に《Pキャンセラー》を使えるヤツがいるってのか……?)

 しかし、今の淵にゆっくり考えている余裕は無い。
 敵は、こちらが足を負傷したと知れば、一気に勝負を決めに来るだろう。

「淵、伏せてっ!」

 突然の声に、本能的にその場に伏せる淵。
 さっきまで淵の頭のあった所を、弾丸の雨が走り、樹皮をズタズタに切り裂いていく。
 振り仰いだ淵の目が、樹上でライフルを構える敵兵の目とあった。
 薄ら笑いを浮かべ、引き金を引こうとする敵兵。

「セイヤッ!」

 その刹那、《日輪の槍》を構えたコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が、まるで槍そのもののような勢いで敵に突っ込んでいった。
 【疾風突き】で心の臓を一突きにされた敵は、コハクの【バーストダッシュ】の勢いそのままに、地面に激突し、息絶えた。

「淵、大丈夫?」
「ああ、お陰様でな」
「良かった、立てる?」

 肩を貸し、淵を立たせるコハク。

「その傷じゃ、これ以上の戦闘は無理だ。ダリルの所まで、後退しよう」
「チッ……。これじゃ、ルカに合わせる顔がねぇ……」
「今は、そんな事言ってる場合じゃないだろ!」
「わかってるよ、そんな事――って、ん?ちょっ待てコハク」

 コハクを手で制し、周りの様子を伺う淵。

「銃撃が……止んだ?」
「そうみたいだ……。一体何故?」

 尚も警戒を続ける二人を他所に、周囲から敵の気配が急速に消えていく。

「オイ、大丈夫か二人共――?」

 向こうから、カルキノスがのっしのっしと歩いてくる。
 コハクたちと同じように、突然の状況の変化を訝しんでいるようだ。

「なんだか、撤退してくみてぇだぞ、敵さんは」
「撤退?本隊の移動が、済んだって事か?」
「常識的に考えればそうなるけど……ちょっと、確かめてくるよ」

 ふわりと浮き上がり、飛び立とうとするコハク。
 だがその時、

「ドォーーーーン!」

 という大地を揺るがすような大爆音が、あたりに響き渡った。

「ば、爆発!?」
「今度はなんだ!」
「森が、森が燃えてる!」

 コハクの指差す方、彼方の森で、激しい火の手が上がり、勢い良く黒煙が上っている。


「ナニ、今の爆発?」

 あまりの爆発の凄まじさに、眠っていたルカも目を覚ました。
 見ると、ダリルが双眼鏡を覗き込んでいる。

「どうしたの、ダリル?」
「やられた――」
「えっ?」
「あいつ等、アジトをまるごと吹き飛ばしやがった。俺たちに、証拠を一つも掴ませないつもりだ」
「吹き飛ばすって――ここ御狩場よ!神聖な森に、火を付けたって言うの!?」

 信じられない、という顔でダリルを見るルカ。
 しかし、立ち昇る黒煙が、それが事実であることを如実に物語っていた。