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【八岐大蛇の戦巫女】消えた乙女たち(第2話/全3話)

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【八岐大蛇の戦巫女】消えた乙女たち(第2話/全3話)
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リアクション


●ローラの想い

 人目を避けるようにして、ツァンダの都市部を歩む姿があった。
 人通りの多い道は避け、身を屈めるようにして日陰ばかり選んで歩く。
 その少女は背が高い。ざっと見ても一八五センチはあるだろう。長身であるのみならず、モデルのように理想的なプロポーションをしている。なだらかな曲線美は、女性であれば誰しも憧れよう。肌は濃いカフェオレのような褐色で、長い髪は夜のように黒かった。
 彼女はローラ・ブラウアヒメル(クランジ ロー(くらんじ・ろー))だった。
 しかし普段と様子が違うようだ。第一に、ローラのトレードマークともいうべき笑みがない。なかば瞼が下りた、うたた寝しているような表情である。また、野太刀と呼ばれる長大な剣を背負っているのも気になるところだ。
 結果として昼日中に見るには随分と物騒な姿であるが、これこそが彼女が、人目を避けて移動している理由のようだった。
 どこに向かっているのだろう。ローラの足取りは着実なようでいて、何度も来た道を戻ったり迷ったりという頼りなさげなものがあった。
 わざと回避したためかは不明だが、ためにローラの追跡者は、彼女に追いつくのに随分と苦労していた。
「やっと見つけた……!」
 空飛ぶ箒シュヴァルベから滑り降り、朝霧 垂(あさぎり・しづり)はローラから距離を置いて着陸した。
「声、まだかけないほうがいいんだよね?」
 ノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)が身を寄せる。ノーンもここまで、空飛ぶ箒シーニュにまたがって来ている。
「できれば交戦は避けたいところです」
 ノーンと連れだって御神楽 舞花(みかぐら・まいか)も姿を見せていた。彼女たちは途上で、目的を同じくする垂と合流したのだった。(なお、御神楽 陽太(みかぐら・ようた)は妻と行動を共にしておりこの場にはいない)
「まだ誰とも接触していないようだ……通信機は、魔剣のほうが途中で気づいて壊したんだろうな」
 まったく手間のかかる姉妹だぜ、と垂は呟いた。
 無謀に出たローラと、それを追うパティ。
 パティのほうは、五本目の魔剣『黄麟』に操られた者と遭遇戦に陥ったが、そこから抜けたとは聞いている。だがパティの行方まで追うことはできず、現在連絡が取れない。
「あの雰囲気からして、すでにローラ様の意識の大半は魔剣に乗っ取られていると見ました。おいたわしい……」
 御神楽環菜と似た容貌に、哀しみをにじませて舞花は唇を噛んだ。舞花はローラとは友人同士だ。つい先日も、一緒に弁当を食べたりしたので彼女のことなら少なからず判っている。あれがまともでない状態だということなど一目瞭然だった。
「刺激しちゃいけないけど、なんとか助ける方法はないかな?」
 ノーンが言う。
「ああ。どんなにローラ自身が覚悟を決めていたとしてもやっぱり傷付けたくない……難易度が上がる事は承知の上だが、魔剣本体をどうにかするべきだろうな」
「このまま黒幕の元へ連れてってもらう……ってわけにはいかないよね」
「そう上手くはいかないだろうな」
 垂は空を見上げた。秋の陽差しが西に傾き、影がぐんと長くなっている。
 このままでは、玄武の剣が得意とする闇の時間帯にさしかかる。そうなれば魔剣の独壇場だ。何かのきっかけでローラが剣を抜けば惨劇になる可能性がある。
 意を決し、垂はローラの前に姿を見せようとしたのだが、先を越されることになった。
「バカ野郎!」
 彼女の前に立ちはだかった姿があった。
 少年だ。天御柱学院の制服を着ている。今駆けつけたところなのだろう、荒々しく肩で息をしていた。
「やっと……やっと追いついた。どれだけ探したと思ってるんだ、ローラ!」
 柚木 桂輔(ゆずき・けいすけ)だった。彼は特に小柄というわけでもないのだが、ローラと比べると小さく見える。
 桂輔は怒っている。呼吸困難になるほど走りづめ、滝のように汗を流して怒っている。
「恋人がいない? 死んでも大丈夫? ふざけんな! 死んでも大丈夫な奴なんているわけないだろ。お前が死んだらパイや色んな人が悲しむ、そして何より俺が悲しむ!
 それまでローラは眠そうな目で、桂輔の言葉を聞いているのかいないのか判らない様子だったが、絶叫気味の彼の声に何か動かされるものがあったようで、小刻みに瞬きしながら言った。
「けい……すけ……?」
「そうだ! 桂輔だ! ローラ、そんなもの捨てて戻ってこいよ!」
「だめ……ワタシのなか、『これ』がいる。『これ』、とても強いね」
「言っても判らないなら……」
 実力行使だ、と告げて桂輔はつかつかと歩み寄った。ローラの背から剣を奪おうというのだ。
 しかしローラは下がってこれを避けた。しかも下がりながら、背より『玄武』の野太刀を外して構えを取る。長い刃を、叩き落とさんばかりの構えで。
「ローラ……っ!」
 斬られてもいい――その覚悟で桂輔は前に出た。両手には愛銃がある。
 もし一刀を受けようと相討ちを狙う。ありったけの銃弾を至近距離からあの大剣に撃ち込んでやる。剣さえ無力化できれば十分に勝機はある。ローラは取りもどせる。
 だが一度機を逃せば次はあるまい。無意識のうちに桂輔は唾を飲み込んでいた。文字通り、命を賭けた一か八かの賭けだった。
 だが、この張りつめた空気を緩めるように、
「ああ、まあ、取り込み中悪いんやけどなぁ」
 退屈な授業を受けさせられているような口調で告げる者があった。
 すらりとした長身、刃物を思わせる目、鴉のような黒い瞳、黒髪。
「うん、場違いなのは知ってる。ドラマチックなシーンでコマーシャルが入るようなもんやからなぁ。まあ、スポンサーから一言、くらいに思ってくれや」
 瀬山 裕輝(せやま・ひろき)の登場であった。
「あのバカまったく……」
 なにがスポンサーですか、と声を荒げ、裕輝のパートナーである鬼久保 偲(おにくぼ・しのぶ)も姿を見せていた。
「や、まああれや。テレビで映画観てて、緊張感マックスの場面で急にCM入るとしらけるよな、いう話で」
「何の話ですか!」
 偲は言いながらも、じりじりとローラとの距離を詰めていた。すでに右手は、腰に佩いた剣の柄に伸びている。ローラの大剣がどれほどの重みがあるのかはまだ判らない。だが偲も居合いにかけては人後に落ちない技量がある。なんとか止めて、味方の援護を期待するという図式を頭に思い描いていた。
「ま、要は気楽にやろうや、ってこと。真剣すぎるとしんどいで、お互いにな」
 裕輝はもちろんローラを捜してここまで来たわけだが、桂輔のように必死でこの場所にたどり着いたわけではない。よく言えば直感を信じて、悪く言えば出たとこで、足任せで捜査してこの場に居合わせることになったのだ。
「上手いな……あいつ」
 垂は感心していた。裕輝は茶化したような口調ながらも、上手に時間稼ぎをしているのだろうか。
 突然の事態に対応しきれないローラを見て、彼女とノーン、舞花は、じわじわと後方から包囲網を狭めることに成功していた。
 周辺は工場の跡地だ。空間こそ広いが幸い、周囲に人通りもない。上手く行けば虚を突いて、ローラから剣を奪い取れるかもしれない。
「だめ、ワタシ……」
 だがローラは、首を振って言った。
「愚か者どもめ」
 次の瞬間、ローラの様相が一変した。目は邪悪にすがめられ、口は残忍げな笑みを作った。長い髪が生き物のように蠢く。顔つきばかりではなく立ち姿が堂々たるものとなり、口調すらどす黒いものとなっている。
「多対一で囲んだつもりか。それだけの数でこの娘を解放できるとでも……!? 数で圧倒されているのは貴様らだ」
 突然空の一角から雷光が落ちた。
 いや、それは雷光ではなく、剣が描く先攻だった。
 ローラ(玄武)を囲むように三人、仮面の剣士が現れたのである。
 綺麗に前髪を切り揃えた三人の少女であった。三人とも小兵だが、闘気は並ならぬものがある。
「我は『天』」槍と刀、その双方の性質を持つ戟と呼ばれる武器を手にした少女が名乗る。
「『地』なり」この少女が持つは、蛇腹剣と呼ばれる特殊刀だ。刃の部分が鞭のように分割されている。
「『人』である」三人目の少女の武具は剣というより爪、両手首にはめた刃渡り五十センチはあろうという鉄爪だ。
 少女『天』は赤い髪、
 同じく『地』は緑の髪、
 そして、『人』は青の髪、
 この三人はいちどきに出現するや軽業師のように空中回転をくりかえし、それぞれぴたりと構えを取ったのである。
 三人とも、その仮面は『黄麟』に似ている。『黄麟』のそれよりは装飾が少ないシンプルなデザインだ。
 『天』の目がひたと垂を見据えている。
 『地』は同様にリーズと舞花を捉えた。
 『人』は爪を光らせ、裕輝を威嚇する。
「気づかれてるんじゃしょうがねえな」
 垂は物陰から姿を見せた。
「東西南北四方に加えて、中央の黄麟、さらに加えて天地人のトリオってわけか」
 垂はそれ以上言わないが、もう理解していた。
 八本だ。魔剣はこれで合計八本ということになる。
「それでも、俺たちのほうが数は上やろ。数で押させてもらうで」
 裕輝は鼻で笑うように言った。
 しかしその言葉はすぐに裏返される。
 地を割り、淡い黄金の光を帯びた骸骨が出現したのだ。やはり大量に。いずれの骸骨も、『天』『地』『人』三人が地面に得物を突き立てたことをきっかけとして登場した。仮面のデザインが似ており、似た技を使うところからして、新たに出現した三剣士は黄麟の亜流、あるいは直属の配下の扱いなのかもしれない。
「何人かは生かしておいてやろう。我らの恐怖を世に伝えるためにな」
 ローラ……いや、今は『玄武』が宣言した。
「だが他は」
「容赦は」
「せん」
 戟、蛇腹剣、鉄爪……三人の魔剣士が連続して言葉を継いだ。
 号令をするかのように、玄武がその巨大剣を持ちあげ頭上で回転させた。巨躯のローラを憑代(よりしろ)にしているがための豪快な光景だ。
 これを合図にするかのように、天地人さらに髑髏の集団、ざっと数えて五十は下らない大軍が、ひしめきあう鮭の集団の如く一斉に襲いかかってきたのである。
 たちまち混戦となる。
 桂輔の拳が黄金髑髏の頭蓋をぶち砕き、垂がデスティニーソードを閃かせ、
「ローラ……!」
 桂輔は懸命に射撃の雨を降らせた。
 このとき、これまでの経緯を観察していた人影が動いた。
「さてと……こうなったらもう、観察ばかりしているわけにはいかないねぇ」
 身を低くしそれでも隠密の姿勢で、にわかに参戦する姿があった。
 疾風迅雷、野生のコヨーテのように、手早く敵陣の中に押し入る。
「いっぺん闘(や)ってみたかったんだよねぇ……クランジと」
 彼の暗殺術は大軍を相手にすることよりも、その只中にあって大将首を狩ることに適している。
「覚悟してもらうよ。クランジ・ロー!」
 その名は八神 誠一(やがみ・せいいち)、彼に躊躇いや慈悲はない。強いて言うならば迅速に終わらせることこそが『慈悲』だと考えている。
 もう少し玄武の動きを観察してから挑みたかったが、この状況ではそうも言っていられないだろう。
 誠一の見立て通りだった。
 玄武の魔剣を手にしたローラは、鬼神さながらの恐るべき強さを見せたのである。
 玄武の剣を凪ぐだけで、風速四、五十メートルはありそうな突風が襲う。箒で空に上がったノーンは、たちまちバランスを崩して墜落した。命中せずともこれだけで、もはや脅威と言っていい。
「くっ! 邪魔するな!」
 桂輔の前に立ちふさがったのは『人』の鉄爪使いだ。彼の動きを読んでいるかのように、素早い攻撃を連続で繰り出してくる。桂輔の右頬に三本の爪痕が真っ赤な線を引いた。
 戟を自在に操る『天』も、垂と互角以上の戦いぶりを見せている。
「冗談じゃねえぞ、こいつ……!」
 一対一であればまだしも、ひっきりなしに骸骨兵まで襲ってくるのだ。垂は防戦で手一杯である。
 しかし卓越した戦闘者である彼女は、この混戦の中でもある声を聞いた。
「ロー!」
 か細い声だが、確かにそう聞こえた。
 垂は声のかたを見上げる。
 そう……頭上だ。
「跳ぶからね! 準備はいい!?」
「わかってる!」
 サイドカーつきのバイクが、重いエンジン音を響かせ向かってくる。
 バイクがひた走るのは廃工場の屋根だ。運転席には小鳥遊美羽、そしてサイドカーにはパトリシア・ブラウアヒメル……つまりクランジΠ(パイ)の姿があった。
 パティは途上で美羽と合流したのだ。美羽が自分を止めないと知ってパティはその隣に座ったが、そのときにはバロウズ・セインゲールマンは姿を消していた。
「オメガ……」
 パティには分かる。バロウズは、ローラと戦いたくない、戦えないと思って姿を隠したのだ。しかし彼が、そう遠くない場所でこの現状を見守っているということもパティは理解していた。頭ではなく肌で。すなわち、クランジ同士の共鳴で。
 跳躍したバイクから飛び降りると、パティはローラを目指す。
 同じく、空からローラを目指す姿があった。
 風になびく水色の髪、小さな足場でも巧みに利用して、空を飛翔するようにして駆け巡る。
 彼女は山葉 加夜(やまは・かや)、蒼空学園前校長夫人にして歴戦の勇士だ。
「失礼します」
 と、空飛ぶ箒に手をかけてぶら下がる加夜に、箒の乗り手たるベアトリーチェ・アイブリンガーが声をかけた。
「ローラさんはあの通り、かなり危険な状態です。よろしいのですか加夜さん。あなたにもしものことがあれば前校長が……」
「大丈夫です」
 氷すら溶かしそうな笑みを見せて加夜は言った。
「むしろ私がここで逃げたりするようなら、それこそ涼……夫に申し訳が立ちません。ローラちゃんのためにも、臆している間はないんです」
「そうですか……では、一気に間合いを詰めます! タイミングを計って着地してください」
「はいっ!」
 眼下は敵勢で埋め尽くされている。先に落下した美羽やパティの姿も飲み込まれ判然としないほどに。
 空飛ぶ箒の急降下にあわせて加夜は身を躍らせた。
 山葉涼司の妻ゆえか、加夜は時として、か弱い存在であると勘違いされがちだ。
 だがそれは間違いである。時として彼女の一途さは、岩をも貫く槍となる。自分のためでなく、自分に連なる人間のためであれば、その烈しさはいや増す。
 このときも加夜は蒼い雷光の如く、敵の只中に突き込んでいた。
「ローラちゃんごめんなさい……! 動きを制限させてもらいます」
 加夜はローラの姿を認めるや、グラビティコントロールを発動し彼女の足を止めようとする。
 効いている……はずだ。ローラの足が地にめり込んでいるから。
 されどローラはまるでそれを意に介さず、重戦車のように動き、玄武の大剣を振るった。しかも、重量から逃れるべく影に飛び込むと、たちまち離れた別の箇所から出現する……重力の枷から逃れた状態で。
「ローラちゃん、死んでも大丈夫なんて言わないで下さい。貴方が大切だと思っている人たちから、同じように大切だと思われているんです!」
 加夜は声を上げた。この声が届こうが届くまいが、呼びかけ続けたかった。
 同じくコハク・ソーロッドも戦いに加わっており、現在は『地』たる蛇腹剣の使い手と斬り結んでいた。
「……ローラを返してもらうよ」
 コハクが繰るは双つの槍、陽光の輝きを放つ『日輪の槍』だ。これを左右の手よりも器用に用い攻める。だが敵もさるもの、しなる鞭状にした刃で槍の穂先を巧みに凌いだ。
 といっても実力では『地』のほうがコハクより格下だ。一対一でこのまま交戦を続けていれば、いずれコハクが戦いを制することができただろう。しかしをなにより敵には大量の兵士がある。次々と周囲から、無秩序な骸骨の攻撃が来るのだ。さしものコハクも、これでは攻略しきれない。しかもこうしている間、少しの隙を見つけるや『天』『地』『人』のいずれかが大地に武器を突き立て骸骨兵を増加させているではないか。
 パティも身動きすらままならない状況だ。それに、いくら追いつこうともローラは影に飛び込んで別の影から出現するという行動を繰り返し距離を取ってしまう。影移動にあたっては建物の影など探さずとも、契約者たちや骸骨兵の影で十分のようだ。
 魔剣『玄武』の支配下にあるローラをはじめ、剣士が四人、加えて、事実上無限に出現する骸骨兵まである。時間をかけるほど不利になるのは明白なのに、形勢はまるで好転しない。
「このままでは危険です……が」
 未来人である舞花にはぼんやりとだが、未来を察知する能力がある。
 彼女は知った。
「希望はある……!?」
 それがどのような希望かは判らないが。