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サンサーラ ~輪廻の記憶~ #4『遥かなる呼び声 後編』

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サンサーラ ~輪廻の記憶~ #4『遥かなる呼び声 後編』

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 エピローグ
 
 
 
「シュ、ヤーマ……?」
 タスクが開き、イスラフィールが導いた道を辿る、黒い犬の背で、イデアが、驚きの声を漏らして顔を上げる。
 シュヤーマは、ただその道をひたすらに走り、傷の癒えていないイデアは、やがて力を抜いて再び目を閉じた。

 醜いことも、美しいこともすべてあそこにある。
 一緒に帰ろう。迷わぬよう供をするのが私の役目。








 光臣翔一朗は、飛空艇操縦士のヨハンセンに頼んで、ルーナサズと白鯨の街を往復して貰い、できるだけの資材を運び込む。
「次はいつ来れるか解らんけえのう。今できるだけ直しとかんと……」
 壊滅的ではないものの、イデアの手の者はオリハルコンの捜索や調査の際に手段を選ばず、形振りも構わなかったのだろう、街のあちこちが無残に破壊されている。
 生きて住む者のない街とはいえ、このまま放置するのは忍びなかった。
「突貫工事で済まんが」
「いいえ。ありがとうございます」
 礼を言うフリッカに、
「このまま帰ってそれっきり、ってぇのも、気が引けるわ。
 また資材やら何やら持って此処に来たいんじゃけど、ええかのう?」
「歓迎します。でも……」
 白鯨の行く場所は、フリッカにも解らない。
 オリハルコンを悪用されないよう、在処が誰にも解らないように居場所を一定させず、白鯨は大陸の外を、永遠に彷徨い続けるのだ。
 フリッカはただ、それに寄り添うだけ。
 呪縛の解けた白鯨は、既に大陸の外へ向かって泳ぎだしていた。
「でも、俺にはフリッカの居場所が解るんだよな。知らなかったけど」
 フェイが拗ねたように言って、フリッカは苦笑した。
「ごめんなさい。
 でも、それは伏せておきたかったのです。
 あなたが、悪しき人に狙われてしまわないように」
「うん……ごめん」
 イデアの手の者が白鯨の場所を知れたのは、フェイの存在によるものだ。
 しゅんとしたフェイに、フリッカは微笑んだ。
「また会えて、嬉しかったです。皆さんにも」
「また来る!
 大人になったら此処に引っ越して、永住するつもりだから!」
「ええ。その時を楽しみにしています」



 七刀に、イデアから奪った『書』を渡されたイルダーナは、ぱらぱらと開いてぱたんと閉じ、「これをどうしたい?」と訊ねて来た。
 なので、
「危険なものだから、ビリビリに破り捨てようかと思ったんだけど、できなくてさぁ」
と肩を竦めてみせる。

 見かけ、ただの本にしか見えないのに、ページを毟り取ることも燃やすこともできなかったのだ。
 なので、一番安全な方法として彼に渡すことにしたわけである。
 イルダーナはくつくつと笑った。
 書の表紙に手を当てて、意識を集中する。
 びく、と身を震わせた後で、ぽいっと『書』を切に投げた。
「好きにしな」
 切はぱらりと『書』を開いてみる。
 それはもはや、ただの古い白紙の本だった。試しに一枚引っ張ってみると、びり、と破れる。

「好きにしていいの?」
 ひょこ、とリンネが横から覗き込んだ。
「ねね、じゃ、それ、リンネちゃんが貰っていい?
 イルミンスール大図書室に持って帰るの」
 一件落着しました、という報告と共に。
「なるほど」
 切は笑って、それをリンネに手渡した。



 空京のミスドで、小鳥遊美羽は、ベアトリーチェコハクに今回の事件のあらましを話していた。
「そんなことがあったんですか……」
「それにしても、トオル遅いね?」
 持っていたドーナツを食べ終えて、美羽は首を伸ばして、店のドアを見る。
 皆で打ち上げようよ、と言って、トオルリンネも誘っているのだが。

「美羽、ドリンクの追加する? ベアトリーチェさんは」
 コハクが立ち上がる。
「うん、ありがと」
「お願いします」
 カウンターの方へ目を向けながら、コハクは、あ、とドアを見た。
 ガラス張りのドアの向こうに、リンネやトオル達がいる。
 先頭に立ってドアを開け、リンネはすぐに美羽達を見つけた。
「あっ、美羽ちゃん! 遅くなってごめんねっ!」
 リンネが笑顔で、美羽達に手を振る。
「待ってたよー」
 美羽も立ち上がって手を振り返した。



 杠桐悟は、空を見上げて前世の自分に呟いた。
「シャウプト……
 貴様も俺も、同じ『夢』を見ていたのかもな」
 返る言葉は、勿論無い。
 彼は過去の人物で、生き返ることも、会うこともない。それでいい。
 もうじき、自分も夢から醒める。

 そうして、この世界を迷わずに歩いて行くのだ。



 これで、ガエルとサヨナラ、なのかな。
 テラーは、少し、寂しかった。

 記憶の底からボコボコと浮かんで来る別の人物の記憶を、今迄鬱陶しいと、こんなのは自分じゃないと思っていたけれど、浮かんで来るものがなくなって、記憶の底が静かに凪いで行く感じがして、何だかそれが寂しいと思う。
 ガエルはもう、自分の中の、深い深い場所で、再び眠りについたような気がしていた。
 今迄思い出したものを憶えている。
 だが、もう新たに思い出すことも、ガエルの記憶が自分の中で暴れることもない、そんな気がする。
 彼の人生は、遠い遠い別の物語として、テラーの心の奥底に、静かに沈んで行くのだ。

「テラー、どうしたの」
 沈んでいる様子のテラーを、パートナーのドロテーア・ギャラリンス(どろてーあ・ぎゃらりんす)が抱きしめる。
「ぐぎゃぐぎゃぅ」
 何でもない、とテラーは言った。
「もー、あんまどっか行ったら駄目だよ」
 快いぬくもりだった。




◇ ◇ ◇




 白鯨の街を修復したり、卵岩の断崖周辺の戦闘跡を整理したり、あれこれ後処理を済ませ、やがてシャンバラの者達はシャンバラへ帰って行った。

 最後の旅人を見送って、街壁の外にぼんやり立っていたトゥレンに、イルダーナが近付いた。
 やれやれ、とトゥレンは息を吐く。
「よーやく片付いたねえ。まあ何とか無事に終わってよかったんじゃない」
 イルダーナは肩を竦めた。
「……そろそろ泣いたらどうだ」
「何それ」
 トゥレンは笑う。
「皆のアコガレの龍騎士が、メソメソ泣いてたらかっこ悪いでしょ」
「仲間の死に泣かないからかっこいいとも思わねえが。何なら胸でも貸そうか」
「野郎の胸とか」
「ブリジット!」
「いや、ホントすみません勘弁してください」
 背後を振り返ってゴーレムを呼ぶイルダーナに全力で遠慮してから、トゥレンは、ふう、と息を吐いた。
 足元の地面を見つめる。
「………………いい奴等だったんだけどなあ……。
 団長達が戻ってきたら、また皆で集まろうぜって言ってて……」
 イルダーナは答えなかった。
 トゥレンを見もせずに背中を向けたまま、ただそこに立っていた。
 
 
 
 
 
 
 
THE END