天御柱学院へ

蒼空学園

校長室

イルミンスール魔法学校へ

サンサーラ ~輪廻の記憶~ #4『遥かなる呼び声 後編』

リアクション公開中!

サンサーラ ~輪廻の記憶~ #4『遥かなる呼び声 後編』

リアクション

 
 最終話 帰還
 
 
 
 
    そして私たちは還る

    懐かしい未来へ
 
 
 
 
 まだ、あの世界と繋がっている。
 現世に残されたパートナーの存在が、彼等の手を引く。
 黒崎天音の目に見える、現世への帰り道を照らす、金色のか細い光は、ニルヴァーナでしか生きられない筈の、涅槃蛍のようにも思えた。

「行け」
と、アヌが天音を促した。
「我々は戻れない。――辿れる道が無い」
 淡々としたその言葉に、天音は彼等を振り返る。彼等は既に、その運命を受け入れていた。
「……トゥレンに、伝言はあるかい?」
「無い」
 アヌは静かに目を伏せる。
「死に逝く者が、残される者に何を言ったとて、未練にしかなるまい」
 そうだな、と、カスムェールは苦笑した。
「驚かせて悪かった、と言っておいてくれ」



「あんたは、戻れないの?」
 ニキータ・エリザロフはジュデッカに訊ねた。
「本体が必要なら、一緒に来て、あたしが持ってる『白の本』に宿ってみない?
 人を誑かし続けた女の物語、なんて面白そうよ」
 ジュデッカは、きょとんとしてニキータを見た。
「『書』じゃない私に、そんなこと言う人がいるなんてね」
 ああ、そういえば死ぬ前にも、そんなことを言っていた少女がいた。
『書』ではなく、自分と話しているのだと。
 あの時は全く信用していなかったが、もしかしたら、本当に本心だったのだろうかと、今、ようやく思う。
「……生憎ね。
 あんたが見えている道が、私には見えないの」
 契約者ではないジュデッカには、現世との繋がりは、もはや無い。
 死は死。あとは消えていくだけだ。
「意識もおぼろげになってきたわ……。もうじきね」
 肩を竦めてジュデッカは、ニキータに歩み寄り、キスをした。
「あの子に届けて」
「あの子って?」
「そうね、名前くらい聞いておけばよかったわ」
 くすくす笑って、指先で顔を斜めに辿る。
「顔にかわいい傷があったわ。それじゃあね」
 目の前にいる人物に対しては礼も言わない、それが彼女の最後までひねくれたところなのだろう。
 ジュデッカは艶然と笑って、そして消えた。



 タスクによって、現世と狭間の世界との道は開かれた。ルカルカの道は、ルカルカにしか見えなかった。
 ルカルカと繋がるダリル・ガイザックは、繋がるルカルカを導くことしかできなかった。
 その繋がりを辿り、戻ってきたところで、ルカルカはそこに居た青年の背を狭間の世界の方へ押す。
 さようなら、かつて私だった人。

「……戻ったか」
 目の前にダリルの安堵した表情を見て、ルカルカは現世に戻ったことを知った。全て終わったことも。
「……私達も、同じになっちゃったよね」
 パラミタを護る為に、別の世界の未来と前世の魂を消した。
 自分とカズが分かれれば、カズは消えると解っていた。
 それはイデアと同じことではないだろうか、そうルカルカは思う。
 思うだろう、とダリルは解っていた。きっと彼女は泣くだろう、と。



 サツキとの繋がりを辿り、戻る道の途中で、新風燕馬は、ヤミーとすれ違う。
 自分に魂と身体を返す代わりに、彼女があちら側へと行くのか。
 彼女は、遠い遠い過去に既に死んだ。
 だが、その存在も自分の中から無くなってしまうのか。
「これが、覚醒の代償か……」
 ヤミーはふと笑った。
「燕馬。
 我は少々長めのお昼寝をしますから――我が起きるまで、我が主を頼みましたわ」
 言い残して、すれ違う。
 振り返ると、もう彼女の姿は無かった。

「……燕馬」
 目を開けると、サツキの心配そうな表情。
 燕馬は、力無く笑って、サツキの頬に手を伸ばした。
「疲れた。
 帰ろうぜ、サツキ――俺達の『昼寝帝国』に」
「……何ですか、それ」
 ほっとしたサツキの顔が、泣きそうに笑い歪む。
「俺はもう、眠くて眠くて……ヤミーじゃないが、暫く働きたくないよ」



 入れ替わる一瞬、神楽坂紫翠翠珠と対面した。
 翠珠は微笑む。
「ふふ、あなたは、後悔しないように、ちゃんと伝えないと駄目ですよ」
 何のことを言っているのか、何となく解った。
「ええ……決心ついたら、伝えます。あなたのことも、忘れません」

 そして目を開けると、そこにシェイドが居た。
「戻ったか? 全く、心配させるな」
「ご心配おかけしました……」
 言いながら、紫翠はシェイドに抱きしめられていることに気づく。
「あのシェイド、人目が」
 真っ赤になって言うも、シェイドの腕は離れなかった。



「あなたが私の来世? 随分ちんくしゃなのね」
 出会い頭のクシャナの言葉に、ループ・ポイニクスはむう、とふくれた。
 クシャナはくすりと笑う。
 その表情を見て、ループは何だか、心がふわっと温かくなった。
「……さいしょは、つめたい人だと思ってたの」
 誰かが傷ついても傷つけても、何も思わない人。
 けれど少しずつ思い出す内に、段々解って来たのだ。クシャナは本当は優しい人だったのではないかと。
「ループはね、自分でもわかんないくらい長生きだけど、でも、記憶がなかったの。
 だから、クシャナのことを思い出せてうれしかった」
 いつか他のことも、ループ自身の記憶を思い出せることもあるかもしれない、そう思えたから。

 気がつくと、そこは見慣れた世界だった。
 目の前に鷹野がいて、ループの目覚めに、ほっと安堵の息を漏らす。
「ループ、大丈夫?」
 ふと悲しそうな表情をしたループに、栗も表情を曇らせる。
「うん……クシャナ、いなくなっちゃった……」

 今迄あったことを全て、憶えている。
 けれど自分の中から、クシャナの存在がぽっかりといなくなってしまっているのが解った。
 彼女は自分の代わりに今度こそ死んだ。狭間の世界へ行ったのだ。

「……でも、忘れない。
 クシャナはループの、たいせつな記憶だから……」



 自分の来世の名前をアルテッツァ・ゾディアックから聞き、タテハは自分の胸に手をあてた。
 パピリオさん、あんだ、やや子作れるから幸せだね。
 心の中でそう呼びかける。
 自分は、壊れたマーラだった。無意識に、勝手に他の命を吸い、胎児の命さえ、吸収してしまった。
 パピリオが羨ましい。でも、以前にはできなかった、ここでならできることが、タテハにもある。
 あの時、言えなかった言葉。
「フェスティード様」
 タテハは、フェスティードを見上げて、微笑む。
「お慕い致しておりました」

 その言葉の返事を、アルテッツァが見届けることはできなかった。
「……パピリィ。やれやれ、戻って来ましたか」
「戻ったわよ。
 ……アタシは、死なないから……テッツァより先には」
 イデアに深淵とやらに落とされてしまったが、自分のいるところから自分の「道」が出来たので、辿って戻って来た。
 それより、と、パピリオは高峰雫澄を見る。
「ニンゲン、あんたの名前、憶えてやってもいいわ。なんて言うの?」
 ふ、と雫澄は苦笑する。
「雫澄だよ」
「ナスミ? eggplantのナスミ? 変な名前」
「eggplantって?」
「ま、どーでもいっか。
 ナスミ、アンタの魂もぱぴちゃんが貰うから。…………それまで生きてて」
「え? 何?
 ってか、魂貰うってなに!?」

 何が正解で、何が間違いだったのか。
 それを見極めながら生きて行くことはとても難しくて、彼は……“俺”は、いつの間にか、誤った道を進んでしまった。
 それでも、この出来事と想いを、忘れないで行こうと思う。
「ね?」
「雫澄?」
 ホロウ・イデアルが首を傾げる。
「……ふふっ、何でもないよ」
「さあ、それでは、帰りましょうか?」
 アルテッツァがそう促した。



「よかった、間に合った」
 その声に振り向いた桐ヶ谷は、立っていた人物を見て目を見張った。
「……ヴィシニア……!」
「レン、だよね。変わっても解るよ」
 ヴィシニアは、煉に笑いかける。

 この世界に目覚めた時、当初ヴィシニアは戸惑った。
 死んだと思っていたのに、此処は何処だろう、と。
「天国にも見えないし……大体、あたしそんなところに行けないよね」
 ならばこれは、きっと時間の猶予なのだ。
 誰かが自分に時間をくれた。ならば、その時間の使い道は、ひとつだけ。
 ヴィシニアはレンを探した。ちゃんと見つけられた。自分の獣の勘に感謝する。

「ちゃんと伝えたかった。ごめんね。あと、ありがとう」
「……侘びは、必要ない」
 煉の言葉に、ヴィシニアは笑った。
「……もう行かなきゃ」
 もう戻らなくてはと本能が囁く。その声に逆らってはいけないことを、ヴィシニアは知っていた。
「さよなら」
「レンも、きっと」
 煉は、身を翻すヴィシニアを呼び止めた。
「……きっと、あんたに礼を言うと、思う」
 ヴィシニアは、微笑んだ。
「……ありがとう……」



 むく、と起き上がった辿楼院刹那に、パートナーのアルミナ・シンフォーニル(あるみな・しんふぉーにる)ががばりと抱きついて泣いた。
「せっちゃん! よかったあ!」
「……アルミナ」
 ぎゅうぎゅう抱きついてわんわん泣いているアルミナの背中を、刹那は軽く叩いてやった。



 戻ってきた樹月刀真の右腕に抱きついて、漆髪月夜は、帰りの道中も離れなかった。
「刀真の前世も素敵だったよ。
 剣の人も素敵だった。
 あの世界では剣は身体に格納するんじゃなくて本人なのね。
 あのね、恋人同士だったのよ」
「何なんだ」
 随分色々言うな、と思いながら、刀真は腕にくっついている月夜を見る。
「だって羨ましかったの! キスしてたのよ」

 お前の使い手であることが俺の誇りで、お前と出会えたことが俺の生涯最高の幸運だった。
 お前を愛してる。
 そんな熱烈な言葉と共に、トーガとフランベルジュは口付けを交わして、そして、月夜の前から消えたのだった。

「………………」
 刀真は、狭間の世界で黒の剣を呼び出した時のことを思い出した。
 あの時の感情が甦り、その感情のまま、月夜を抱き寄せる。
「と……うま?」
 刀真の顔が近づく。どきん、と月夜の鼓動が跳ねた。

「――――――月夜」
 思わず、月夜は口を手で塞いでしまい、二人は固まった。
 それはないだろう、という刀真の表情に、月夜は慌てる。
「だって……、びっ……びっくりしたの!」
 はあ、と刀真はため息を吐く。お互い、仕切り直すような雰囲気でも気持ちでもなくなってしまった。
 誘っておいて拒絶とか、さすがに悪いことをしたと思ったのか、ちらちらと月夜が刀真を見る。
 しょうがないな、と刀真は苦笑した。




「トオル! あーよかった!」
 目覚めたトオル加夜を見て、ヘル・ラージャは胸を撫で下ろした。
「あいつ消滅しちゃうからさー。
 戻ってきてもトオル幽霊になるんじゃないかと気が気じゃなかったよ。
 ちゃんと復活してよかった」
「???」
 きょとんとした後、トオルは周囲を見渡す。
 皆いる。
 よかった、と笑った。
「ただいま。皆、ありがとな」






「さあ、行きましょう」
 ローエングリンが、歩き出しながら、振り返って瑞鶴に笑った。
「おう」
と、瑞鶴も笑って、ローエングリンに並ぶ。

 新しい世界でもきっと、ふたりでのんびりと、ずっと。