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魔女が目覚める黄昏-ウタカタ-(第1回/全3回)

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魔女が目覚める黄昏-ウタカタ-(第1回/全3回)

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 警備についていた騎士たちに話しかけた宵一たちが案内されたのは奥宮にある騎士長室だった。
 領主家に次ぐ権力の持ち主である東カナン12騎士騎士長の部屋なのでさぞ豪華と思いきや、意外と質素ですっきりとしている。もちろんそれなりに調度品は良質な物で整っているが、権威者の部屋というよりも企業の執務室を思わせる内装だ。
 そこには数人の側近を連れたアラム・リヒトがいて、机の縁に浅く腰を下ろし、書類を片手に何事かを話し合っているところだった。
 ひととおり何事かの指示を出し終えたアラムが、宵一たちの方を向く。
「やあ。きみたちは?」
 宵一は名乗り、ヨルディアリイムをパートナーと紹介した。
「お邪魔してしまいましたか。何か事件のことで進展でも?」
「いや、そんなことはない。これはおれの日常的な執務だ。今回の盗難事件にだけ集中するわけにもいかないからな。
 それでどうした? きみたちが奥宮に入って調査する許可を得たのは聞いているが」
「ネイトどのに聞きそびれたことがあったことを思い出したんです」
「ネイトならここにいないが、おれですむことなら答えよう。何だ?」
 単刀直入、宵一は疑問を口にした。
「賊はなぜ領主の私室を破壊したのでしょうか? また、なぜそのことに気付かれたのか、および室内で壊された物があるのであれば、答えられる範囲でかまわないのでお聞かせいただきたい」
「ふむ」
 アラムは書類を机上に落とすとゆるく指を組んだ。
「まず、気付いたのは領母だ。チェストの引き出しが開いたままになっていたそうだ。賊は部屋の鍵と引き出しの鍵を壊し、なかに保管されていた物を盗んだ。その後、取り繕う気もなかったようだ。これは領主不在のため、発覚は翌朝以降になると考えたからだろう。
 次に盗まれた物は何かだが、引き出しに何を入れていたかは領主以外知りようがない。しかしおそらく図書室の鍵と、その奥にある特別室の鍵だけだとわれわれは考えている」
「特別室の鍵?」
「蔵書の中でも特に閲覧に規制のかかる書物を納めた書庫だ。領主の許可がなければ12騎士でも入ることはできない。始祖の書も当然この部類だ。特別室のドアは精密なカラクリ仕掛けとなっていて、唯一開くことができる鍵はそれだけだ」
「なるほど。で、その鍵は今どこに?」
「図書室の机上に残されていた。律儀な賊だ」
 皮肉気に口端を上げる。
 ヨルディアが進み出た。
「わたくしも1つお尋ねしてよろしいでしょうか?」
「かまわないが」
「当日の警備についてお聞きしたいのです」
 アラムは腰をひねり、壁際で騎士たちと話している男の方を向いた。
「カファス」
「はい」
 名を呼ばれて、男がヨルディアたちを振り返る。青灰色の瞳が多い12騎士にはめずらしく、黒眼の持ち主だ。
「カファサルーク・イシュレイマ・アーンセト。当時、警備を担当していたのはやつの騎士だ。やつに訊くといい」
「はじめまして、シャンバラの皆さん。ようこそおいでくださいました。おれのことはカファスと呼んでください」
 抑制の効いた笑みを浮かべ、あいさつを終えたカファスに、ヨルディアは先にアラムに言ったことと同じことを尋ねた。
 カファサルークは奥宮の地図を広げた卓上に彼らを集めて、敵の侵入経路と逃走経路を説明する。それは佑一が想定したものと同じだった。
「こことここ、そしてここに騎士が立っていました」
 カファスは主要な部屋に通じる廊下と廊下が交差する位置を指で押さえる。
「彼らは10分単位でそれぞれ移動し、担当を交代します。そして1時間ごとに巡回する騎士たちがいて、彼らの確認をしていました。召使いの悲鳴を聞くまで、彼らは全く侵入に気付けなかったということでした」
「つまり賊は、警備体制を事前に把握していたということでしょうか」
 カファサルークは苦笑にとどめた。それを認めては、アーンセトの騎士たちに漏えい者がいると認めることになってしまうからだ。
 考えないではないが、はっきりと証拠を掴むまでは口に出せない。
「可能性として、もう1つあります。それは――」
「カファス」
 地図のとある場所へ向けて指を伸ばしかけたカファサルークを、突然アラムが止めた。
「憶測を口にするな。慎め」
「あ……はい。申し訳ありません」
 自分が何をしようとしていたか悟ったカファサルークが恐縮そうに謝罪する。
「いえ、結構です。分かりました」
 ずっと地図を見ていた宵一が一歩後ろへ下がった。2人に向かい、軽く頭を下げる。
「リーダー?」
「率直にお答えいただき、ありがとうございます。これで俺たちは失礼させていただきます。お邪魔しました」


「アラムさんもカファスさんも、何も嘘はついていませんでしたわ」
 退室後、嘘感知を働かせていたヨルディアが報告する。
「ああ。俺もそう思った。彼らからはあれ以上聞けないだろう」
「リーダー、一体どうしたでふか? 何が分かったんでふ?」
 リィムは宵一の言動に唐突さを感じたらしく、少し困惑気味だ。
「ん? ああ、カファスどのの言いたかったことだ。1.賊は警備体制を事前に手に入れていた可能性がある。もしくは2.賊は内部にすでに入り込んでいた可能性がある――つまり、領主の私室付近の部屋だ」
 それは12騎士の私室だ。そこにひそみ、夜を待って動き出した。
 だがそれは、12騎士内に内通者がいたことになる。カファサルークがおいそれと口に出せることではない。だからアラムが止めた。
「どちらにしても、内通者がいたということだ。これは単独犯の犯行ではない」
 宵一は確信した。




 奥宮、領主夫妻が私室として使っている応接室で、領母アナト=ユテ・アーンセトは友人をもてなしていた。
「久しぶりね。テセラン以来かしらっ」
 席についたたちに、にこにこと笑顔でお茶をふるまう。
「こんな大変なときに押しかけてきちゃってごめんなさい」
「ううん。そんなことないわ。お友だちの来訪はいつだって大歓迎よ。特にこんなかわいらしい子はね」
 うきうきとはずむ声でウィンクを飛ばしたアナトはティエンを後ろから抱き締めたあと、召使いがサイドテーブルに置いて行ったトレイから大皿を持ち上げる。テーブルの真ん中に置いてシルバーのふたを取ると、中は飴色をした楕円形の揚げ菓子がピラミッドのように山積みされていた。
「トゥルンバというの! 今日はとってもうまくできたのよ!」
「ほう。アナトどのの手作りか。これはぜひ食してみねばなるまい」
 木曽 義仲(きそ・よしなか)は感心しつつ、自分の皿に分けられるその揚げ菓子を見た。テカテカ光る表面にはたっぷりとシロップがかかっており、レモンの香りがする。
「……俺はパス」
 さらに生クリームを絞ってめいっぱい上にかけているのを見て、早くも胸やけを感じ始めた陣がずずっとお茶をすすった。
「失礼なことを申すな、陣よ。アナトどのに失礼であろう」
 もぐもぐ。
「そうだよ、お兄ちゃん。せっかくアナトお姉ちゃんが作ってくれたのに! ほかほかして、中までシロップがしみてて、やわらかくておいしいよ!」
 ほかほかとあったかい=甘さ激増。
「いや、昼にしっかり食べたから、腹は減ってないんだ。おまえらこそよく食えるな」
「だってデザートは別腹だもん」
「うむ。表面はカリっとしていながら中はしっとりしていて絶品だ。いくらでも入るぞ」
 2人はぱくぱく食べている。
「まだいっぱいあるから、遠慮なく食べてね」
 2人の様子を見ながら、アナトはそっと陣の皿には別の、ひし形をした菓子を乗せた。ゴマが乗っているだけで甘い香りはしない。
「どうぞ」
「あ、ああ…」
 さすがにここで断るのも悪い。ひと口かじると、サクサクとしたパイ生地に似た軽い食感があるだけだった。
「チャタル自身には味がないの。お好みでつけてね」
 と、ジャムの入った小瓶をいくつか置く。
「すまない。それで、例のことなんだが――」
「ええ。使いを出したから、もうじき来ると思う。
 あなたたち運がいいわ。おじさまはね、バァルさまがいないときしか奥宮に滞在してくれないのよ」
 そのとき、かちゃりと音がしてドアが開いた。
「アナト、わたしに用とは何だね」
 厳粛そうな声のわりに、にこにこ笑顔でナハル・ハダドが現れる。が、室内にいて自分を振り返っているのがアナトだけでなく陣たちもいるのを見て、とたん渋面になった。
「アナト、こいつらは――」
「おじさま、ちょうどいいところへいらっしゃいました」
 ナハルの変化には全く気付かない様子で、アナトは歓迎するように手を広げて出迎える。
「さあ、こちらにおかけになってください。お茶の準備はできていますわ。今日はおじさまの大好きなトゥルンバです。とてもおいしくできていると、皆さんおっしゃってくださってますのよ?」
「おまえが作ったのか」
「ええ」
「う……うむ。では」
 ナハルはごほごほと言葉を濁しつつもアナトの引いた椅子に座った。陣の正面の席だ。
 アナトが彼のためにティーポットからお茶を用意している隙に、陣がティエンに目で合図を送る。ティエンは口の中に入れてあった分をあわてて飲み込んで立ち上がった。
「アナトお姉ちゃん、このお茶とってもおいしいよ!」
「あら。ありがとう」
「どうやったらこんなにおいしくいれられるの? 僕、教えてほしいな!」
「ええ、いいわよ。それならあとで――」
「今教えてくれない? いっぱい練習して、バァルお兄ちゃんが戻ってきたら、おいしいお茶いれてあげたいの! きっと疲れてるだろうからっ」
 それを聞いて、アナトの表情がやわらかくなった。
「いいわ。あのね、バァルさまもこのお茶がお好きなのよ」
「わあ! 僕、がんばる! アナトお姉ちゃん、早く早く」
 つないだ手をぐいぐい引っ張りながらティエンはアナトを部屋から連れ出した。
 ぱたんと閉じたドアに、3人はそろってドアから互いへと視線を移す。相手を値踏みし、けん制し合う視線が3人の間を交錯した。
「で? アナトを使ってわたしを呼び出して、何用だね?」
「先日こちらで起きた盗難事件についてです」
 さもありなん。ナハルは皮肉げに口端を釣り上げた。
「ふん。今度は探偵の真似事なぞ始めたか、シャンバラ人め。わたしを疑っておるようだが、違うぞ」
「そうですね。その線も考えないではなかったんですが、あなたを見て、あり得ないと思いました。あなたがアナトさんの眠る部屋に続くバァルさんの部屋へ、男を忍ばせるはずがない」
 もし発覚すれば、領主不在中に男を連れ込んだと醜聞になりかねない行為だ。
「賊が男かどうかは不明だがな。まあいい。ならわたしに何が聞きたい」
「盗まれた始祖の書についてです」
「始祖の書か。賊もまたずい分カビくさい物を盗んでいったものだ。領主家の者は必ず読破しなければならず、わたしも昔読んだことがある。しかしあんなもの、ハダド家以外の者で欲しがるやつがいるとは思えんがな。
 おまえ、あれが何冊あるか知っているか? ゆうに30は超える巻数だ。至極退屈極まりない、戦後の後始末処理の日記だよ。わが祖の書物とはいえ、もう1度読めと言われてもごめんこうむるね」
 いかにも辟易すると言うように、ナハルは肩をすくめて見せた。カップを持ち上げ、ひと口飲む。
「しかし賊はそれに価値を見出した。盗まれた本には何が記されていたんですか」
「……ふん。知っていたとして、なぜそれをおまえたちに教えねばならない?」
「おぬしも賊に腹を立てておるからだ」
 答えたのは義仲だった。
「アナトどのをむやみに危険にさらした。――向こうにその気があったかどうかはともかくな。この件について、快く思ってはおるまい?」
「たしかに。わたしとて、思うところがないわけではない。甥が戻り次第、ネイトどもの責任を追及させるつもりでもいる。
 だがそれとおまえたちに話して聞かせることに何の関連がある?」
「こちらも賊を挙げたい。その背後にいる者がおるなら、そやつらもだ。その面ではわれわれは手を結ぶことが可能だろう。
 俺たちの力、使ってみぬか?」
「おまえたちだと?」クッとナハルは嗤い、退けるように手を振った。「まるでわたしに手駒が不足しているかのようなもの言いだな。おまえのような子どもの手なぞ借りずとも、十分事足りているわ」
 嘲弄に、しかし義仲は平然とした態度を崩さなかった。
 この程度は想定の内だ。今までも彼の子どもの姿に惑わされてきた者はいくらもいた。
「そうか。だがおぬしがどう思おうが、俺たちは事件究明に動く。とすれば、わざわざ二手に分ける必要はあるまい? 目的は同じなのだ。協力しあうことはできよう」
「…………」
 ナハルは先のカナン内乱でシャンバラ人が東カナンのために動いたことを知っている。その能力もだ。ナハルの味方ではないにせよ、東カナンの害となる存在でないことは理解していた。
「巻数は分かっているのか」
「なに?」
「盗難にあった書の巻数だ。あれは大体1冊で1年分が書かれている。何年目の書が盗まれたか知らねば話しようがない」
 今図書室にだれかいるだろうか? 携帯を取り出そうとした動きをナハルが止めた。
「おまえが直接行って聞いてこい。おまえを使えと言っただろう。動け」
「義仲」
「……少し待っていろ」
 義仲は席を立ち、部屋を出て行った。
 テーブルの上で指を組んだナハルの目が陣へと向く。
「あれが何を言おうが、わたしは子どもと取引をする気はない」
「つまり?」
「盗難にあった巻数だが、それがもしわたしの想像している巻数であるなら、おまえたちはただちに手を引け。全て忘れてこの地を去れ。それがおまえたちのためだ」
「それはまた、ずい分穏やかじゃないですね。そんな危険なことだというなら、ますます退けませんね。バァルのためにも――」
「危険なのではない。悔やむことになると言っているのだ。そしてこれは甥のためでもある。もしおまえたちがそうするのであれば、わたしはこの件に関してネイトたちの失態を不問にしてやってもいい」
 ナハルの口端にまたも嘲るような笑みが浮かぶ。その笑みの意味は分からなかったが、陣は彼が何かを掴んでいるように見えた。
 それが何か知りたい。
「……聞けませんね。あなたはバァルの政敵だ。バァルのためと言いますが、その言葉を信用できない」
「ふん。たしかにな。しかしわたしが欲しいのはこんな武器ではない。……まったく。うかつだった。竜が目覚めていたのだったな。今の今まで思い至らなかったとは、わたしも耄碌したものだ」
 最後、独り言のようにナハルが小さくつぶやいたのを、陣はかろうじて聞き取った。
(――竜? イルルヤンカシュのことか?)
 盗難がイルルヤンカシュが目覚めていることと関係があるのか?
「それで、巻数とは?」
「5巻だ」

 盗難にあっていたのは、まさしく5巻だった――――。