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リアクション
●『昇龍の頂』
「なんかさ、あの手紙もそうだし契約者の龍族に対する行動って、一方的過ぎない?
あたしには自分の都合ばっかり押し付けちゃってるように見えるのよ。これじゃ対等な交渉なんて言えないわ」
茅野 菫(ちの・すみれ)が苛立ちを募らせた顔で、隣のパビェーダ・フィヴラーリ(ぱびぇーだ・ふぃぶらーり)に言葉をぶつける。
「そうね。契約者の一連の行動は、自分達の都合を一方的に押し付けただけのもの。
龍族からも契約者側に、自らの意思を言葉なり行動にして突きつける必要がある」
パビェーダも菫に賛同する言葉で応える。
「ダイオーティの所へ行くわよ。受けた提案を最終的に受けるにしても、ただ一方的に受けないようにさせなくっちゃ」
菫の言葉にパビェーダも頷き、二人はダイオーティの下へ足を運ぶ――。
二人を迎え入れたダイオーティと、偶然その場に同席していたヴァランティを前に、菫は先程の持論を展開する。
「契約者のみんなが言うように、龍族には鉄族との争いを収めて欲しいってあたしも思ってる。でもこれじゃあまりに契約者の一方的な要求の押し付け。
だから、龍族からも契約者に、自分達の要求をぶつける必要があると思うの」
その後菫は、要求の例をいくつか挙げる。龍族側に与した契約者たちを龍族の陣営に、しばらくその労をねぎらうという名目で滞在させる。契約者を信じて龍側が停戦しても鉄族がそれを守る保証がないので、龍族が契約者を信じて停戦に応じたにもかかわらず、鉄族が攻勢に出た場合契約者も敵とみなす。停戦に協力した場合の見返りとして、落とされた龍の眼を鉄族から解放させる。これらを要求、龍族の意思という形で契約者側に申し入れてはどうか、と菫は訴える。
「……菫さんのお言葉、まずはしっかりとこの胸に受け止めました」
無言で菫の言葉を聞いていたダイオーティがそう口にし、真っ直ぐに菫の目を見て言葉を紡ぐ。
「確かに契約者は、一方的かもしれない要求を我々に向けてきました。ですがそれは、履行することを強いてはいない言わば、『お願い』のようなもの。
それに彼らは決して、私達を滅ぼそうとは思っていない。何らかの形で救おう、そう考えている。それは菫さん、あなたも同じでしょう」
「それは、そうだけど……」
視線を外して俯く菫へ、ダイオーティは微笑みを浮かべて言葉を続ける。
「もし鉄族がここへ攻め込むような事態になれば、その時は総力を挙げて抵抗し、はね返します。その事で契約者を恨んだり、失望したりはしません。……もちろん、鉄族の一員としてこちらへ攻めてくるのであれば、相手をすることになるでしょうが、それだけのことです。
私達は長く、これだけ長く戦ってきたのです。戦いが収まることに必要以上の期待はしません。……菫さんの前でこのような事を口にするのは、ガッカリさせてしまうのかもしれませんけれど」
どこか申し訳無さそうな顔を浮かべたダイオーティが、菫が何かを言う前に口を開き、おそらく彼女の、龍族の『要求』を伝えてくる。
「一つ、期待をさせてもらうならば……私達はあなた方に、この戦いの先にある『未来』を見せて欲しいと思います。
私はあなたに言いました、『私は、戦いの先に見る新しい景色を皆に見せたい』と。あの時もそして今も、私はその新しい景色が何なのかを想像することが出来ませんでした。
あなた方には是非、私が思い描く事の出来なかった『未来』を、創造して欲しいと思っています」
菫とダイオーティの話が続く傍ら、従者に案内された部屋で五月葉 終夏(さつきば・おりが)とニコラ・フラメル(にこら・ふらめる)が面会の時を待っていた。
「ほほう……品の一つ一つに、こう、重みを感じる。
私達が借り受けたヴァイオリンもそうだが、龍族は物を大事に扱う習慣のようなものがあるのかね」
置かれた、陶器に似た作りの品を眺め評価するニコラを横目に、終夏はヴァイオリンの調弦を行う。今手にしているヴァイオリンは、終夏が龍族との交流を経て渡ってきた、おそらく長い、長い時を過ごしてきたであろう代物。
(龍族の子が教えてくれたとなりのじっちゃんのヴァイオリン。
私のヴァイオリン・ゼ―レとは違う素材で作られたもの。これがとても大事にされていたのは、見て触れてみれば分かる)
本来の持ち主であった『となりのじっちゃん』は既に故人となっている。今は終夏の手元にあるが、終夏はこのヴァイオリンは龍族の人達皆の物だ、と思っていた。その事がこうして、ヴァイオリンを借りる許可をもらうためにダイオーティに面会を申し出たことに繋がっている。
「快く面会を受けてくれて良かった。私も、このヴァイオリンの音色は是非、ダイオーティ様に聞いて欲しいと思ったからな」
「うん。……最初の演奏はダイオーティ様と、今は亡きダイオーティガ様の為に。
多分ダイオーティ様は、疲れているんじゃないかなって。戦わなければ自分を始め、仲間の皆が死んでしまう状況で長を務め続けるのは、私なんかじゃ想像出来ないくらいの負担だから」
たとえ少しの時間でも、心休まる時間を過ごしてくれたらいい。ダイオーティの元を訪れようと思ったもう一つの理由を口にした所で、従者が扉をノックする音が響く。
「ダイオーティ様の準備が整いました。ご案内いたします」
ダイオーティに、自分がヴァイオリンを手にすることになった経緯を説明した終夏が、それではと一礼してヴァイオリンを構える。
(私は、ダイオーティガ様がどんな方なのかは知らない。けれど、昇龍の頂で出会った人達の様子から、皆に慕われ、偉大な方であっただろうと想像出来る。
……どうか、安らぎを。ほんの少しの、休息を。
想いが人を支えるように、音楽で誰かを支えられるように)
ヴァイオリンから響く、力強くそして優しい音色。
――直後、演奏を耳にした者に飛び込んでくる『光景』――。
「ダイオーティ。……あの先には、何が見える?」
「……いえ、今はまだ何も」
空の向こうを見つめる、屈強な身体つきの男性と彼に寄り添う女性。ダイオーティと呼ばれた女性が縋るような表情で、男性――おそらくかつての夫、ダイオーティガであろう――を見つめる。
「俺には見える、皆が手を取り合い、幸せそうに微笑む顔が。
……だが本当に幸せなのは、我々を支配する人間とも、他の種族とも手を取り合い、共に歩む姿なのだろう。
俺にはそこまで見通すことは出来ない」
「あなた……」
ダイオーティガがダイオーティに振り向く。
その横顔には、期待するような色が含まれているように見えた。
「お前ならばいつか、そんな未来を皆に見せてやることが出来る」
「そんな……私には、とても……」
視線を逸らすダイオーティを、ダイオーティガがしっかりと抱きしめる。
二人の口元が何か言葉を発した所で、『光景』はサー……と掻き消え、そして彼らは直前まで見ていた景色を改めて見る。
(……今のは、えっと)
演奏を終えた終夏が、一体何が起きたのかを確認するべく、横に控えていたニコラへ視線を向ける。
「終夏も一組の男女の会話を見聞きしたのか? ならば私の見た光景を一緒だ」
「うん、おんなじ。……じゃあ今のは、ダイオーティ様とダイオーティガ様の過去の場面……?」
何故そんなものが、と思い、終夏は自分が弾いていたヴァイオリンを見る。考えられるのはこのヴァイオリンしかない。
他の人も同じ光景を見たのだろうか、気になって終夏が辺りを見回せば、控えていた従者は一様に涙を流していた。それはダイオーティとて例外ではなく、茫然自失とした様子で目からはらはら、と涙を流していたがやがて我に返り、涙を拭おうと駆け寄った従者に微笑んで介抱を受ける。
「恥ずかしい所をお見せしてしまいましたね。
終夏さん、でしたね。そのヴァイオリンはあなたにお貸しします。あなたの演奏は必ず、聴く者に力となるでしょう」
「……はい。ありがとうございました」
ダイオーティの言葉を受け、終夏が深々と頭を下げる。
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