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リアクション
【八 B.E.D.】
バランガンの北街門近くの路地裏で、ケーニッヒ・ファウスト(けーにっひ・ふぁうすと)少尉と八上 麻衣(やがみ・まい)はセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)の両名と、合流を果たしていた。
ケーニッヒ達はバランガンの防衛状況を、セレンフィリティは運び込まれたノーブルレディの真贋を確認する任務をそれぞれ担当していた。
両者とも、ある程度の予測を立てての調査活動であったが、それぞれの予測が見事な程に裏切られていた。
尤も、そうであるからこそ、情報収集の結果が非常に重大となってきている訳ではあるが。
「しかし、市民や駐屯部隊までが制圧に加担していたとはな。道理で、想像以上の手堅い防備を構築している訳だ」
地理地形に明るい市民と、防衛戦力に富む駐屯部隊が手を貸しているとなれば、パニッシュ・コープスのバランガン制圧、並びに防衛体制が極めて強固に築かれているのも、頷ける。
単純に人数だけを見れば、第八旅団を軽く凌駕する戦力がバランガン市内に立て籠もっていることになる。
いわば、今のバランガンはテロリストと反乱勢力が手を組んだ、ひとつの要塞と化しているようなものであった。
一方、セレンフィリティとセレアナが調査してきたところ、パニッシュ・コープスはノーブルレディ強奪の際に、弾頭運搬用の専用車両を用いていることが判明していた。
この専用車両を用意した者が何者であるのかは今もって不明であるが、発射に必要な全てのオペレーションが可能となる設備を全て整えているということは、このバランガンに運び込まれたノーブルレディは全て本物であると判断すべきであった。
「取り敢えず一台は、発見出来たわ。後の二台は、これから探すけど……市民が協力している以上、こちらの予測出来ないところに隠している可能性も大きいから、発見出来るかどうか分からないわね」
セレンフィリティがいつもの軽い調子からは考えられない程の真剣な面差しで、低く唸りながら腕を組む。
実はセレンフィリティもセレアナも、御鏡中佐の弾頭配置予測に関する情報を受け取っていない。
もしクローラ経由でこの情報を受け取っていれば、残り二台の位置も大体の予測がつくのだろうが、これだけの広さを誇る城塞都市では、正確な予測無しで捜索するのは困難を極める。
そもそも、運び込まれたノーブルレディが三発とも偽物だという前提で動いていたセレンフィリティとセレアナである。完全に意表を衝かれた格好であり、今から御鏡中佐の予測無しで挽回するというのは、至難の業であるといって良い。
「レイビーズが使用された形跡は、あったのかしら?」
「さぁな、それも今のところは何ともいえん」
セレアナの不安げな様子に、ケーニッヒはただ渋い表情でかぶりを振るばかりである。
その傍らで、麻衣が前線基地に残っている野部 美悠(のべ・みゆう)と精神感応を交わしていた。
「今、司令部側に報告したけど、向こうでも既に状況を把握してるようで、こちらからの報告は大方、想定の範囲内だったみたい」
「他にも潜入調査隊は幾つかあるからな……結局、事実を知って現場で面喰ってるのは我々だけ、というところなのかも知れん」
いずれにせよ、ケーニッヒと麻衣の仕事は、大方終わっている。
セレンフィリティとセレアナはもうしばらく、市内で弾頭の行方を探すことにしているが、それも結果を出せるかどうかは非常に疑わしい。
「ある程度で、切り上げた方が良いかも知れんな。どのみち、我らは先に撤退する。本部で会おう」
ケーニッヒと麻衣は、セレンフィリティ達を残してバランガンからの退去へと動いた。
残されたセレンフィリティとセレアナは、再度バランガンの見取り図を覗き込み、次なる捜索ポイントの絞り込みに入る。
が、いかんせん偽物前提で動いていた為、残りの二台がどこにあるのかまでは、予測らしい予測が全く立てられなかった。
「ま……仕方ないか。しらみつぶしに当たっていこう」
「でもセレン……これだけ敵の数が多いと、どこまで出来るか分からないわよ」
セレアナの懸念を、セレンフィリティは敢えて聞こえない振りで聞き流した。
そんなことを考え始めたら、それだけでもう、気が滅入ってしまいそうだった。
* * *
雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)は、バランガン内で人質に取られたコントラクターのひとりだった。
それがどういう訳か、今の彼女はパニッシュ・コープスの賓客として、モハメド・ザレスマンの接待を受けている。
理由は単純で、リナリエッタはコントラクターでありながら、パニッシュ・コープスに協力する姿勢を見せたからである。
更に加えていえば、リナリエッタの美貌と色香は、ザレスマン好みだったという点も大きい。
リナリエッタが囚われていた室には他に、白石 忍(しろいし・しのぶ)、香 ローザ(じえん・ろーざ)、玖純 飛都(くすみ・ひさと)といった顔ぶれが居たのだが、そのいずれもが、リナリエッタの密告によって脱出が失敗に終わっている。
いわばリナリエッタは、他のコントラクターを踏み台にすることで、ザレスマンに自らを売り込んだようなものであった。
そして現在――リナリエッタは、ザレスマンと複数のテロリスト幹部、そして3メートル近い漆黒の巨躯、即ちヘッドマッシャーが同席するホテルの一室で、茶菓子の提供を受けていた。
「それにしても、またその怖いお顔とご対面することになるなんて、変な意味でゾクゾクしちゃうわぁ」
リナリエッタはヘッドマッシャーの醜悪なデザインのマスクにちらちらと視線を投げかけつつ、背筋を色っぽくしならせながら艶やかに笑う。
ザレスマンは、参ったとばかりに苦笑を浮かべて頭を掻いた。
「まぁ、そのようにおっしゃいますな。しかし、どうしてまたコントラクター殿が我らに味方しようなどと考えたのですか?」
「あらん……そんなことをお尋ねになるのは、野暮じゃなくってぇ?」
リナリエッタに上手くかわされ、ザレスマンは一本取られたとばかりに、己の額を軽く叩いた。
しかしリナリエッタとて、ただ色仕掛けでしなだれかかるばかりでは芸が無い。自身が抱いていた疑問をそれとなくぶつけてみるのも、忘れなかった。
「それにしても、私ってばどうして捕まったりしちゃったのかしら? 他のコントラクターさん達も皆さん一斉に捕まっちゃってたみたいだしぃ。ホント、不思議よね〜」
「ならば、あなたにだけ特別に、種明かしして差し上げましょう」
ザレスマンの反応を受けて、リナリエッタは内心で『よし来た!』と小さくガッツポーズを作った。
他のコントラクターを巻き込んでまで、ザレスマンに自らを売り込んだのである。せめてこの程度の情報ぐらいは握っておかないと、単なる骨折り損に終わるというものであろう。
そんなこととは露知らず、ザレスマンは室の隅にじっとうずくまっている漆黒の巨漢を指差した。
「あれなるヘッドマッシャーは、我がパニッシュ・コープスが独自に製造した試作モデルでしてね……アレスターといいます。能力は、B.E.D.というものでしてな」
ブレイク・エミュレーション・デバイスの略称、ということらしい。
読み方は、英語のベッドと同じであった。
「あなた方がコントラクターと呼ばれる由縁は、地球人がパラミタ種族と契約を交わすことにあります。そしてその契約に異変が……例えば、契約相手が死亡するなどの強烈なダメージを伴う現象が発生すれば、あなた方は精神的・肉体的に強度の打撃を受けますな」
それが所謂、パートナーロストという現象である。
同じパートナーロストでも現象は様々だが、典型的な症例のひとつとして、一時的な昏睡状態というものが知られている。
リナリエッタはそこまでの説明を聞いて、まさか、と内心で息を呑んだ。
「もう、お察しのようですな。B.E.D.の機能とは即ち、パートナーロストを疑似的に再現するシステムです。B.E.D.の効果範囲は半径15キロメートル、時間にしては一瞬ですがね、この影響を受けたコントラクターは漏れなく昏睡状態に陥ります。まぁ、それもほんの一時的なんですが」
更にザレスマンはいう。
アレスターは対コントラクター戦に特化したヘッドマッシャーである、と。
だからこそ、B.E.D.なる厄介な機能を搭載しているのだ。
「アレスターは、自分が昏倒させたコントラクターの位置を正確に割り出すことも出来ます。あなた方が昨晩、ひとり残らず虜囚として捕えられたのは、こういう次第ですな」
「まぁ……凄いですわ。またゾクゾクしてきましたわぁん」
ザレスマンとアレスターに感嘆の声を上げる傍ら、リナリエッタは背筋が凍る程の脅威を感じていた。
忍、ローザ、飛都の三人は他の人質とは別の、狭い倉庫内に押し込まれていた。勿論全員、両手両足を完全に縛られ、全く自由の利かない状態で囚われている。
「……まさか、コントラクターの中にテロリストと通じようとする者が居たとは」
ローザは冷たい石壁に背を預けたまま、悔しげに呟いた。
リナリエッタの妨害さえなければ、何てことはない簡単な脱出だった筈である。
一方、忍と飛都はローザ程の悔しい思いというものは抱いていないが、矢張り、リナリエッタがパニッシュ・コープスに味方したという事実に、それぞれ思うところがあった。
尤も、脱出を試みようとした三人に対し、あまり乱暴なことはするなとパニッシュ・コープス兵に口添えしたのもリナリエッタであるから、まだ多少の良心は残されている、と解釈したいところでもある。
「しかし……かねてからの懸念が、どうにも現実になりつつあるような気がしてならないな」
飛都が思案顔で、誰に語りかけるともなく呟く。
だが、忍は敏感に反応し、飛都が何を考えているのかを聞き出そうと、先を促した。
「それは、どういうことなんですか? 何か、気になることでも……?」
「気になることだらけ、というのが正しいかもな」
飛都は、あまりこれまでの事情には詳しくない忍に対し、噛み砕くようにしてひとつずつ、例を挙げて自らの疑念を語っていった。
曰く、有効な手段があっても決して取ろうとはせず、戦力を無駄にしている国軍。
曰く、一企業ないし研究者の実験や宣伝にしては、妙に大がかりで無駄が多い一連の事件。
曰く、ヘッドマッシャーや生物兵器等で目眩ましされているが、頭脳派という噂とは程遠い、バニッシュ・コープスのこれ見よがしな力押し。
これらが全て、何かの意図を持っての行動だとしたら、ある疑念に辿り着く、というのである。
「ここまでの事件が、その真の目的として、金鋭峰と教導団のコントラクターを国軍から追い落とすことを画策してのものである、と考えることは出来ないか?」
忍とローザは、思わず息を呑んだ。
勿論、飛都のこの懸念はあくまでも推論に過ぎないし、確固たる証拠がある訳でもない。
しかしこれまで何ともパニッシュ・コープスの事件を目の当たりにしてきた飛都の台詞には、妙な信憑性が含まれていた。
倉庫内に重苦しい沈黙が漂い始めたその時、不意に金属製の扉が押し開かれた為、飛都はともかく、ローザと忍は飛び上がりそうな程に仰天した。
廊下から顔を覗かせてきたのは――パニッシュ・コープス兵と同じような武装と衣服に身を包んでいる、柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)であった。
「その顔……見覚えがあるな。以前、会ったことがあるか?」
「まぁな。それよりも、リナリエッタって女からの連絡で、お前さん達がここに居るってことを教えて貰ったから、助けに来たぜ」
恭也のこの説明で、倉庫内の三人はリナリエッタが矢張り、本心からテロリストに寝返った訳ではないことを知った。
ちなみに恭也もまた、バランガン潜入調査組のひとりではあるが、教導団派遣の潜入員ではなく、あくまでも単独での行動である。
その為、第八旅団からのバックアップ等は一切ないのだが、その分、自由な行動が許されていた。
「しかし連中、また新しいヘッドマッシャーを投入してきたみたいだな」
囚われの三人の手足を自由にしてやりながら、恭也は渋い表情で唸った。
リナリエッタからは、三人の居場所だけではなく、アレスターについての情報も恭也の耳に届けられていたのである。
その内容を説明してやると、忍とローザはいまいち理解出来ない様子だったが、飛都だけは恭也と同じような渋面を浮かべるに至った。
「また、か……しかも、相当に厄介な能力だな。そいつの所為で、捕まってしまったという訳か」
更に恭也が語るところによれば、このアレスターなるモデルには完成体、即ちディクテーターと化している個体が存在するらしいのだが、その正体が誰なのかまでは、分かっていないとのことであった。
「ひとりは、若崎源次郎。そしてもうひとりは、プリテンダー強化型ディクテーターのジェリコ。でもって、最後のひとりが対コントラクター戦特化仕様のアレスター強化型ディクテーターの誰かさん、か。正体が分からないってのは厳しいな」
三人の縄をほどき終えてから、恭也はやれやれと肩をすくめた。
それから扉の外に視線を這わせ、巡回兵が居ないことを確認すると、三人に脱出するよう促す。
「俺はもうしばらく、ここに残るよ。本当に人質となっている市民を救い出す方法を、何とか模索したい」
「どうか、お気をつけて」
最初にローザが、恭也に頭を下げて倉庫を飛び出してゆく。その後に、忍が続いた。
「本当に、ありがとうございます。恭也さんも、どうかご無事で」
「先に人質の立場から脱しているコントラクターが何人か居るようだ。他に、教導団の第八旅団が派遣している潜入部隊も居る。彼らと合流すれば、比較的安全に出られる筈だ」
恭也のアドバイスに真摯な表情で頷き返してから、忍は音も無く扉の向こうに消えた。
最後に、飛都である。
「教導団の潜入部隊の居場所は、分かるか?」
「この街の中心を流れる川の堤防脇に、幾つかボート小屋がある。そのうちのひとつに、ローザマリアって奴の部下が詰めているから、彼らと合流するのが間違いないだろうな」
恭也の説明を受け、飛都は軽く礼の言葉を述べてから、倉庫を出て行った。
ひとり残った恭也は、さて、と小さく呟く。
「ここからが、大変だ」
決して比喩でも誇張でもなく、本当にこれからが難関中の難関であった。
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