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【裂空の弾丸】Ark of legend

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【裂空の弾丸】Ark of legend

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第三章 浮遊島の墓場 1

 浮遊島の墓場――そう、呼ばれる場所があった。
 そこは他の浮遊島とは一線を画す地であり、空は塵に覆われ、大気は暗く澱んだ空気に満ちていた。
 かつてはなにか高い文明と巨大な都市があったのだろう。ぼろぼろになった灰色の大地に足を踏み降ろしたベルネッサ・ローザフレックたちは、遠くに都市の影を見つけたのである。無論、明らかに荒廃し、崩れ去ってはいるが――列挙するビル群のようなものが確認出来たのだった。
 そしていまベルネッサたちは――その都市に足を踏み入れようとしていた。
「墓場……とは聞いていましたが、まさしくですね」
 考察を得意とする契約者の御凪 真人(みなぎ・まこと)が、倒壊したビルを見あげながら興味を覚えたように言った。
 いつも冷静沈着を保つ彼だが、さすがにこの荒れ模様には一抹の同情と哀しみを覚えざる得ない。何があったかは判然としないが、事前に聞いていた話通り、大戦の跡らしき残骸や瓦礫は多々見受けられた。
 同時に、真人の思考を刺激したのは――
「これは、いまの地球か、それ以上の技術を保有していた都市のようですよ」
 その都市の技術水準であった。高い文明を誇っていたとは聞いていたが、これほどとは。
 真人はさっそく瓦礫の傍に屈み込み、興味の手を伸ばし始めていた。
「ちょっと真人っ! いきなりそんなことしないで、もうちょっと計画を立てていきましょうよ」
「ああ、すみません、セルファ……」
 真人を咎めたのは、パートナーのセルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)だ。腰に手をやって叱責する彼女に、真人は素直に謝った。ついつい、興味を覚えたらそればっかりになってしまう傾向がある。自分でもよくわかっている欠点なので、彼は気まずそうに頭を掻いた。
 無論、恋人のセルファもそこには理解がある。むしろ仕方のない人だというように、わずかな嬉しさを感じさせる笑みを浮かべるところだった。
「それじゃ手分けして、調査しましょう」
 ベルネッサが仲間の契約者たちに提案した。
 誰も反論は唱えない。最初からそのつもりだ。飛空艇の“大切な力”の一つである“女神の翼”と呼ばれるものが、この島にあるらしい。それを早く見つけるのが、今回の目的である。
「ここには危険な生物もいっぱいいるみたいだから、気をつけてね」
「わかってるって。ベル、あなたもね」
 ベルネッサと別れるとき、セルファはそう言って不敵な笑みを浮かべてみせた。
 頼もしい笑みである。ベルネッサはセルファたちから離れ、別の場所の探索を行うことにした。

● ● ●


「ベル……飛空艇ではごめん。私が機晶石にちゃんと気を配っていれば……こんなことにはならなかったのに……」
「気にしないでよ、フェイ。別に、誰かのせいってわけじゃないんだから」
 うす暗い退廃の都市を歩く最中、フェイ・カーライズ(ふぇい・かーらいど)は苦渋を滲ませた顔で唇を噛みしめた。
 ベルネッサはそれを支える。実際、フェイのせいだとはベルネッサは思っていなかった。いや、そもそもは、彼女自身が言ったように、誰かのせいだというわけでもない。機晶石から目を離したのは自分の責任でもある。いまだ自分自身、あの機晶石がそこまで重要なもののようには感じていなかったのだ。父の形見――という、個人的な思いはあるものの、果たしてそれがこの世界にとっていかなるものなのか、浮遊島にとっていかなる価値を持っているのか。
 ベルネッサには、まだわからぬのだった。
(……そもそも、無転砲自体、本当にあるものなの?)
 ベルネッサはそんな風にも思う。あれは誰かの起こした悪戯ではないか。あるいは無転砲というもの自体、なにやらもの凄い超兵器のような気がしているが、実際はそうでもないのではないか。なかなか、現実味を帯びない状況なのだった。
 そのことをフェイに話すと、彼女は顎に手をやって唸るような声をこぼした。
「確かにね……。でも、なにかあってからじゃ遅いし、実際に飛空艇は動いたんだし……なにかあるのは間違いないわよ」
「そっか……そうよね。傭兵時代にも父さんから教わったわ。『最善を尽くしておけ』って。フェイの言う通り、なにかあってからじゃ、遅いから」
「――ベルのお父さんって……戦争で亡くなったんだっけ?」
「うん。そのとき、あたしは別のところで戦ってたから、詳しい事はしらないけどね。でも、傭兵ってそんなものだから。いつどこで死ぬかわからない。だからその時のために、悔いのないように生きる。この銃も、そしてあの機晶石も――父さんの知り合いから、父さんが最後に残したものだってもらったものなのよ」
 ベルネッサはそう言って、背中に担いでいた銃を見せた。
「名前は――『アマル』。父さんが好きな単語をつけたんだって。確か意味は“希望”だったかな」
「へえ、ベルの親父さん、ロマンチストだったのかな? なかなか洒落た名前じゃんか」
 フェイの契約者である匿名 某(とくな・なにがし)が、その話を聞いて同調した。隣にいる恋人でありパートナーである結崎 綾耶(ゆうざき・あや)も、こくこくっ、とうなずいている。ベルネッサはそれに笑みを返した。
「ありがと。ま、父さんの思いを守るためにも、“希望”は消さないようにしないとね」
「そうと聞いたら、私も燃えてきたわぁ……。ちょうど使えそうな銃っぽいのと機晶石も拾ったし、汚名返上で頑張るわよ!」
「って、おぉい、フェイイィッ!? どっからそんな得体の知れないもの持ってきたんだよおおぉっ!?」
 フェイが気合い十分というように拾い物を手にした腕をガッツポーズであげると、某が度肝を抜かれた。
「どこって……拾ったのよ。…………そのへんで」
「拾った!? オメェこの異郷の地のアイテムに警戒ゼロ過ぎるだろ! 麦わらの船長か!」
「うっさいわねぇ……。それに私は考古学者派よ」
「知るかぁぁ! お前の好みなんて聞いてねぇぇぇ!」
 某が一人で騒いでいるのを、フェイは冷ややかな目で見やる。
 すると、ふと気づけば、もう一人のパートナーである大谷地 康之(おおやち・やすゆき)も、なにやら小さな虫のような機械をぶんぶんと自身の周りに飛び回らせていた。
「で、康之もその蜂どこで拾ってきたの!?」
「いや、拾った。…………そのへんで」
「てめぇらは揃いも揃って同じかぁ!」
 警戒心むき出しで怒る某に、康之はまったく聞く耳がない。むしろ呆れていて、小指で耳の中をかきほじっていた。
「いや、だって、懐いてきたからさ……」
「なんか懐いた!? おい異生物ぅぅぅ!」
 ずざざざぁぁっ!
 某は後ずさりして、がくがくと震えてしまった。康之は呆れ果てている。
「違うってよ……。某は警戒しすぎだよ。ほら、こいつ、俺たちじゃいけないところまでいって、そこの映像を送ってくれるんだぜ? ちょいと距離に制限はあるけど、なかなか悪いやつじゃないだろ? 俺たちから歩み寄らなきゃ、異文化交流はできねえんだぜ?」
「オメェらも少しは警戒しろォォ! どんだけ順応してるの! さっきの部族の方々の方がまだ順応してねえよ!」
 バルタ・バイ族のことを言っているのだろう。しかし考えてみれば、むしろこれまで混在した様々な文化に触れてきた契約者たちのほうが、遙かに順応能力は高いのかもしれない。無論――例外はいるものだが。
「はぁ…………はぁっ…………なんかもう、疲れた」
 だったら言わなければ良いのに――という顔を康之とフェイがしたのは、言うまでもない。
 綾耶だけが某に同情していて、ぽんぽんっ、と彼の肩を叩いてあげていた。
「お疲れ様です、某さん」
「もうやだ、あいつら……」
 疲れはてた某が膝をついているのは放っておくとして――
 とにかくフェイたちは、探索を続けなければならなかった。無論、この後で某に恋い焦がれる綾耶からクドクドと文句を言われるのはわかっているのだが……、それは今は棄て置こう。
「康之……その蜂の玩具(おもちゃ)で、なにかわかった?」
「ああ。ちょっと待ってくれよ。いま映像をこっちに送って――」
 フェイに急かされて、康之はさっそくピーピング・ビーと呼ばれる未知の機晶機械の映像焦点(ポインタ)を起動させた。レンズ越しの映像が銃型HCに映し出されて……
「げっ……」
 康之の口から、苦悶を含んだような声が漏れ出た。
「どうしたの?」
「えーっと…………もう、手遅れみたいっす」
 ベルネッサにたずねられて、康之が見せた銃型HCのモニタを、仲間の契約者たちものぞきこむ。
 そこに映っていたのは、複数の異形の生物たちの姿。その距離――わずか十メートル。
 顔をあげると――
「…………ぴーんち」
 異形の生物たちが、すでにベルネッサたちの姿を捕捉していた。