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【裂空の弾丸】Ark of legend

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【裂空の弾丸】Ark of legend

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第三章 浮遊島の墓場 2

 どおぅっ――!
 耳をつんざくような破砕音が鳴り響いたのは、異形の魔物たちとの戦いが始まってすぐだった。
 ベルネッサの抱えていた身の丈ほどはある長銃『アマル』の銃砲である。そこから繰り出される圧倒的な火力の一撃が、寄り集まっていた魔物たちを蹴散らしたのだった。
「ひゅー……やるぅ……」
 そんなベルネッサの激闘を見て、口笛を吹いたのは宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)だった。
 その手に握るは、日本刀の形をした、かように幻惑たる機晶生物の宇都宮 義弘(うつのみや・よしひろ)である。普段は白蛇の形をしているそのギフトは、いまや祥子の武器となり、猛然たる太刀を振るっていた。
 疾風迅雷の速さを持って敵生物に接近した祥子は、阿修羅のごとくその身を切り裂く! 次いで、距離をとればすかさず真空波を放ち、近づこうとする異形生物たちをふき飛ばした。これなるは、祥子のみの力によるものではない。ギフトたる義弘が生み出す空間把握能力や瞬間移動によって、なし得ることのできるスピードであった。
「ベルっ! どうやら、敵さんの狙いはあなたみたいよ!」
「あたし……?」
 異形の生物たちは揃って契約者たちを攻撃してきていたが、どうやらその目標はベルネッサにあるらしかった。ベルを見た途端、まるでなにか彼らの心をわななかせるものでもあったのか、いっそう獣じみた唸りをあげる。
 一匹が、襲いかかろうと飛びだしてきた――
「近づけさせるわけには、いかないわね……!」
 瞬間、一筋の影がそいつをふき飛ばした。
 轟然たる光の波動。大魔杖バズドヴィーラを握る騎沙良 詩穂(きさら・しほ)が、ブラックダイヤモンドドラゴンの背中から大地へと降り立ったのであった。術者の意思に応えて顕現するは、炎の聖霊。精錬たる炎が、不死者の変異した姿とも、単なる化け物ともつかぬ生物たちに襲いかかり、それらを焼き尽くした。
「詩穂っ……!」
「ベルも、みんなも、気をつけて! やつらはこっちの生気を吸い取ろうとしてくるわよ!」
 喜びを顔に出すベルが名を呼ぶと、詩穂はにっと笑い、皆に喚起を促した。
「言われずとも――わかっておりますわ!」
 異形生物に接近され、生気を吸い取られかけたセルフィーナ・クロスフィールド(せるふぃーな・くろすふぃーるど)が、その声に反応して敵を薙ぎ倒した。振るうは、エメラルドセイジの聖なる矢。一瞬にして放たれた複数の矢が、異形の生物たちを貫いた――!
「さっすが、セルフィーナ! それでこそ、詩穂のパートナーよ!」
「お褒めにあずかり、光栄ですわね。ですけど……」
 異形の生物どもの生命力は尽きるところを知らない。
 一撃で仕留めるのは厳しく、セルフィーナは矢を射て敵を貫くや、すかさず闘気を纏った拳を叩きつけた。ぶっ飛んでいく異形どもの相手は、単なるヴァルキリーではない。聖者の称号を得た、歴戦の勇である。
「相手も、底なしのようですわね。まさに墓場。アンデットというところでしょうか?」
 敵にもあっぱれというような賞賛を送ったセルフィーナであるが――
「墓場か……もしかしたら、こいつらはこの都市で死んだ亡霊なのかもしれんのぉ」
 闇の闘気を身に纏う清風 青白磁(せいふう・せいびゃくじ)が、ぽつりと言った。
 特にこれといった考察があったわけではない。しかし、ふいに思ったのだ。もしかしたら、うかばれぬ魂が、自分たちに襲いかかってきているだけなのかもしれない――と。青白磁は善人を謳っているわけでも、誇っているわけでもないが、もしもそれなら、幾ばくかの救いがあっても良いのではないかと思う。
「……ぐぉっ……!?」
 生気を吸い取ろうとする異形生物が、青白磁が喰らいついた。
 しかし、この魂の逸脱者たる魔鎧にとって、それはいかなる痛手にもならなかった。彼の待とう闇の気が、異形の生物たちの力を吸収し、半減しているのである。むしろ逆に、こちらの罠にかかったも同然だ。相手の腕をつかみ取った青白磁は、不敵な笑みを浮かべ、光の波動をその手から放った。
「――悪いが、浄化してくれや!」
 見た目にはヤのつく人が悪霊をぶん殴っているようにしか見えない。
 だが、その拳は見事に異形の生物をふっ飛ばし、光に中にその身を消滅させた。
「やるじゃない、青白磁!」
「これぐらいなら、どうってことないけえ! 詩穂! わしらの守りは任せるぞ!」
 魂の逸脱者は、決して闇だけを得意とするわけではない。闇の力を守備に集中させて、青白磁は光の拳を次々に叩きこんだ。それに賞賛を送った詩穂は、不滅兵団やサンダーバードにフェニックスといった幻想の獣たちを召喚する。不滅の兵たちには守りに転じてもらい、サンダーバードとフェニックスが、ブラックダイヤモンドドラゴンと共に空から異形生物たちを攻撃した。
 その姿たるや、まさに召喚師(シーアルジスト)と呼ぶにふさわしい。一歩離れたところで戦闘のサポートに回っていた湯上 凶司(ゆがみ・きょうじ)は、その様子に感嘆し――
「はぇー……すごいな。これはディミーア、負けてられないぜ?」
 勇敢にも群れた異形どもの中に割って入り、勇敢に槍を振るっていたディミーア・ネフィリム(でぃみーあ・ねふぃりむ)に軽口を叩いた。
「負けてられないって……勝負じゃないのよ、これは! 真剣にやんなさいよ、真剣に!」
「もちろん、真剣にやってるさ。だからほら、これを使え。融合機晶石だ」
 果たしてどれだけ身を入れているかは定かではないが、凶司は肩をすくめ、ディミーアに黄色(おうしょく)の機晶石を放り投げた。敵の攻撃を間一髪で避けて飛び退いたディミーアは、それを慌てて受け止める。次いで、引っかかりを覚えたことに疑問を投じた。
「ゆ、融合って……暴走の危険性はないんでしょうねっ!?」
「大丈夫……――――もしものときは骨は拾ってやる」
「ちょっとぉっ!?」
 不吉なことをさらりと言ってのけたのに、開いた口がふさがらない。が、しかし、四の五の言ってられない状況であるのもわかっていた。
「……っ! えぇい、ままよっ! こうなりゃ、どうにでもなんなさい!」
 迫ってくる敵の姿を見て取って、ディミーアはやけくそに身構えた。
 融合機晶石がディミーアの身体の中に取り込まれる。瞬間――黄色い閃光を放つ電撃の波動が、迫ってきた異形どもを一斉に弾き飛ばした。その猛然たる衝撃波たるや、ディミーア本人も信じられないほどであった。
「うそ……」
「ほら、大丈夫だって言ったろ? それじゃ、じゃんじゃん倒していってくれ」
「……もうっ! 他人事だと思って、好き勝手言ってぇ!」
 軽口を叩いて送り出した凶司に言い返しながらも、ディミーアは電撃を纏って異形どもに突っ込んでいった。
 その間に、ディミーアの激しい攻防戦を見るや――
「凶司! こっちにもちょうだい!」
 自らも志願するベルネッサが、凶司に向かって手を差し出した。
「了解ですよ!」
 パートナーたち以外には妙にくだけた敬語になる凶司が、それに応えて藍色の融合機晶石を放り投げる。ベルネッサがはしっと掴んだそれはフリージングブルーと呼ばれる冷気の機晶石。かつて父の形見である機晶石にしたのと同じように、その融合機晶石を我が身に取り込んだベルネッサは、冷気を纏った大型ナイフで異形の生物を切り裂いた。
「セラフっ! あんたはっ……!?」
「機晶石ねぇ……あたしはちょっと相性悪いみたいなのよん。いくらやっても取り込めなかったから」
 ベルネッサが声をかけたのはセラフ・ネフィリム(せらふ・ねふぃりむ)である。妖艶な笑みを浮かべるディミーアの姉にして同じヴァルキリーの娘は、やる気なさそうにひらひらと手を振った。
「というわけで、ベル。今日はよろしくね♪」
「勝手なことばっかり言ってっ……! ちっ……仕方ないわね!」
 言い咎めても無駄なことを悟ったようで、ベルネッサはセラフを放っておいて戦いを続けた。
 しかし、相手の懐に飛びこみすぎるのはベルネッサの悪い癖である。異形の爪がベルネッサへと振り落とされる――かに見えたそのとき、銃砲がそいつを撃ち抜いた。ベルネッサではない。
 他の銃を使った契約者――
「まったく、無茶はしてはいけませんよ、ベルネッサさん」
 戦場においても穏やかな笑みを崩さない、神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)であった。
「もう、わかってるわよっ…………でも、ありがと」
「どういたしまして」
 まるでおしかりを受けた子どもみたいにふて腐れた顔をしたベルネッサであったが、すぐに感謝の念を送る。翡翠はそれにくすっとほほ笑み、すかさず、二丁拳銃のピストルを操る。銃砲。そして装填。瞬間的に、二体の異形の影は頭部と胸を撃ち抜かれた。
 するとそのとき、翡翠の傍で声を発した者がいた。
「ここは闇の気が濃いですね……私は動きやすいですが……敵の動きも活発化しています」
 パートナーの柊 美鈴(ひいらぎ・みすず)である。まさに精霊と呼ぶにふさわしいその美貌が、うす暗い闇の気に満ちた空から降り注ぐ茫洋の光に見下ろされている。
「そのようですね」
 翡翠は冷静に受け答えし、次なる引き金を引いた。
「マスター、手伝います。援護は任せてください」
「ええ、お願いしますよ、美鈴」
「――静に眠りなさい、異形の者どもよ」
 ピストルを巧みに操る翡翠の後ろから、冷然たる声を発した美鈴が魔法を放った。光と氷の術である。闇の気に満ちた異形の者たちは、氷漬けにされ、光に晒され、浄化へと導かれてしゅうしゅうを音を立てて煙を吐き出す。その身を焦がすような魔法の光に、やつらは恐れおののいて我が身を引いた。瞬間、翡翠が弾を撃ち込む。見事な連携が生んだ隙によって、異形の者たちは次々と討ち滅ぼされていった。
 さすがに異形の者たちも自分たちの分が悪いことに気づいたのか。
 やがて奴らは、少しずつ都市の暗部へと引き下がっていき、ベルネッサたちはなんとか無事にその場に生き残ることに成功した。
「……ったく、いったいなんだったの、あいつら」
 義弘を白蛇モードに変形させてやった祥子が、呆れたような物言いで言う。
 白蛇のギフトに戻った義弘が、そこで口を開いた。
「なにか、探してたのかな?」
「どうかしら。もしかしてあいつらも……“女神の翼”を?」
「……それは考えにくいかな」
 口を挟んだのは、召喚獣たちを元の居場所に戻してやった詩穂だった。彼女は大丈の杖をぐるんと回し、大地にどんっと突きつけてから、厳かに言った。
「詩穂はこの浮遊島のこと、あんまりよくわからないけど……ここって、ずっとこんな墓場の状態だったんでしょ? “女神の翼”を探してるなら、とっくに見つけてるはずだと思うな」
「確かに、その通りじゃ」
 青白磁が自分も同意見というようにうなずく。話の矛先は、ならばと、ベルネッサへと移った。
「あいつら、ベルを狙ってたみたい……。なにか関係があるのかしら?」
「うーん、あたし、ちょっと思うんだけどねぇ……。ベルと浮遊島の繋がりって、機晶石だけじゃない気がするのよぉ」
 祥子が思案げに唸ったのに続いて、セラフが推測を口にした。
 機晶石だけじゃない? とすると、いったいなにが――
「もしかしたらベルって、この浮遊島とか天上人となんらかの関係があるんじゃないかしらぁ?」
「関係?」
「そうよぉ。もしかしたら、この天上世界にとって“特別な存在”かも……ってことは、考えておいたほうがいいかもよん」
 セラフが軽口めいて言う言葉に、ベルネッサは自分で戸惑いを禁じ得ない。そんなことは考えてもみなかった。機晶石がこの天上人たちの浮遊島と何かしら関係があるとは思っていたが、自分はそれに巻き込まれただけだと思っていたのだ。
「それは一理あるかもしれませんわね。ほら、ベルネッサさんって、確か飛空艇でも不思議な言葉を囁いて自動操縦を可能にしたのでしょう?」
 セルフィーナが飛空艇での出来事を思い返しながら言った。
 翡翠や美鈴の脳裏にも、その時のことが思い起こされる。翡翠は、自分でも半信半疑に思いながら――
「辻褄は、あっていますね。ベルネッサさんは、単なる地球人じゃないかもしれません」
「……そんなの、急に言われても……」
 皆の視線が集まっているのを感じながら、ベルネッサはそれから目線を逸らした。
 これまで、そんなことは考えてもみなかった。ベルネッサは、パラミタとか天上人とか、そんなものとは無縁に生きてきたのだ。自分で巻き起こした事件を解決して、それではい終了。そう思っていたのに、そんなことを言われても――
 戸惑いを隠せないでいるベルネッサに、凶司が言い添えるように告げた。
「人間、どこかで自分の運命ってものを受け入れないといけないときってのがきますよ……たぶんね。僕が蒼空学園で広報担当についたのだって、縁と言えばそうかもしれないですし。きっとベル……いや、ベルネッサさんがこの浮遊島へ来たのも、偶然じゃないかも」
「あらぁ、凶司。インターネット大好きの現実人間にしちゃあ、めずらしい意見じゃなぁい?」
 セラフがからかうように言う。凶司はさほどそれに心を揺さぶられた様子もなく、肩をすくめて――
「これでも僕は妄想主義なんだよ」
 そっけなくそう言い捨てた。
 凶司はそれで自分の話は終わったとでもいうように、テクノコンピュータに目を落とした。さっそく異形の生物たちの視覚情報をインプットしているのである。カタカタカタとキーを叩く音が静かに鳴り響く。
「……とにかく、先を急ぎましょう。そうしたらきっと、なにかわかるはずだし」
 ベルネッサは終了の合図を自ら告げて、話をそこで終わらせた。まるで、目の前にある壁から逃げるように。祥子や詩穂は心なしかそれを悟っていたが、無言でうなずくだけに努めた。ここで真理を追究しても仕方ない。話はまた後だ。
「あ、そうだ……凶司」
「はい?」
 皆が出発をはじめて進行したそのとき、ふと何かを思い出したようなベルネッサが声をかけた。凶司はテクノコンピュータから顔をあげる。その瞬間、不覚にも目が合って――ベルネッサは恥ずかしそうに顔をぷいっと背けた。
「えっとその……ベルでいいわよ。ベルネッサとかちょっと、堅苦しいし」
 凶司は一瞬、ぽかんとした。果たして目の前にいるのがあれだけ馬鹿でかい銃を振り回していたベルネッサか、自分の心に自問自答していたのである。
 答えは色々と不可解指数を刻んでいるが――
「…………了解です」
 ひとまず凶司は、そっとそう答えたのだった。