リアクション
● ● ● グラチェ族の長がいるテントの中に、長と向き合う一人の少女がいた。 御神楽 舞花(みかぐら・まいか)である。その手には、黄色(おうしょく)の融合機晶石が乗せられている。 少女は長に融合機晶石を見せ、方舟の“大切な力”について、そして機晶石について、なにか知っていることはないかとたずねているのだった。 長は、答える。 融合機晶石は、この浮遊島で時折見つかるものだった。 「それは、素晴らしい力を秘めておる」 人の身体の中に吸い込まれ、力をもたらしてくれるその機晶石を、彼らは神秘のものだと考えていた。 その正体は、判然としない。ただ舞花は、それすらも、あるいは方舟となにか関係があるのかもしれないと思っていた。 博識である御神楽 陽太(みかぐら・ようた)ならば、もしかすれば何かに気づいたかもしれない。しかし、いま彼はここにはいない。舞花は一人で立ち向かわなければならない。それを不安に思わないとすれば、嘘だ。 だが――舞花はどこか高揚感に包まれてもいた。知らない事を知る喜びがある。新しいものを知っていく楽しみがある。知らずのうちに、舞花は微笑を浮かべていた。長はそれを見て、半ば見据えるような鋭い目で、舞花の真っ直ぐな瞳を見つめた。 そして、こう語った。 「――方舟の力は、“謎の巨顔”にあると言われておる」 「巨顔?」 「この砂漠の一部に、年中、砂嵐の吹き荒れる奇怪な場所がある。その砂嵐の奥には、“謎の巨顔”と呼ばれている巨大ななにかが眠っている。恐らくはそれこそが、お前たちのいう方舟の力なのだろう……」 「その場所っていうのは……?」 舞花がたずねると、長は顎をしゃくって二人の男たちを立ちあがらせた。 彼らが、場所を案内してくれるらしい。道中、砂の中に潜む魔物の姿もあるという。 巨大蟲に大サソリ――命の保証は出来ない。 「……それでも行くのかね?」 と、忠告を投げかける長に対して、舞花は、 「ええ――。そのために、ここまで来ましたから」 そう言って、自らを奮い立たせるように、笑った。 ● ● ● 機晶石には、魂が巡るという。 榊 朝斗(さかき・あさと)はそれを聞いて、それがどこか――自分のパートナーにも通ずるものがあるように思えた。 そのパートナーとは、アイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)のことである。 (機晶石の導くままに……か) バルタ・バイの民、それにグラチェの民も口ずさんでいた言葉だった。 おそらくこの浮遊島の民たちは、機晶石を特別なものだと思ってきたんだろう。それがいつしか、『魂』という形をとって、機晶石に魂が宿っていると考えるようになった。だが果たして朝斗は、それが偽りであるとは思えなかった。 アイビスを見ていると、いつも思う。 まるで人間のようだと――。 (もしかしたら……) 本当に、機晶石には魂が宿っているのかもしれない。 朝斗はそう思って、しかし、自分の考えがあまりにも飛び抜けたもののようにも感じ、苦笑と共に首を振った。 そのとき、話しかけてきた女性がいた。 「朝斗。なにを考えてるの?」 ルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)であった。 ルシェンは、凛と輝くような緋色の瞳で朝斗を見つめた。その近くの水場では、アイビスとグラチェ族の若者、子どもたちが一緒になって歌い、踊っているのが見えた。グラチェの民に伝わる、ご機嫌で楽しいときにやる陽気な踊りを、習っているのだ。隣には、緋王輝夜の姿もあった。 元気を取りもどそうとしているが、どこか空回りしている風にも見える彼女の手を、アイビスはつかみ、踊りへ引っぱり出す。 ポン、ポン、トンッ、トトンッ――と、ステップを踏むアイビスは、同時に歌声を口ずさむ。最初こそ躊躇っていた輝夜も、次第につられるように歌っていた。 それはなんの脈絡もない、単なるその場限りの即興の歌だった。 だがまるで、アイビスの中にある機晶石が記憶していたもののように思えた。 そんなアイビスたちを見ながら、朝斗は先ほどから自分が考えていたことをルシェンに告げた。 するとルシェンは、同じ事を考えていたように、静かにうなずき、朝斗の隣に座った。 「そうかもね……。石に対する思いはどこでも同じ……。その気持ちは、よくわかる気がするわ」 「ルシェンも?」 「ええ。――見て」 ルシェンはそう言って髪をかき上げ、自分の右耳につけられているイヤリングを朝斗に見せた。 「この『月雫石のイヤリング』だって、そう……。朝斗や、エンヘドゥの気持ちが込められてるわ……。だからきっと、アイビスの機晶石だって――あの子のお母さんの思いが込められてるはず。……私は、そう信じてる」 ルシェンの視線の先にいるアイビスは、楽しそうだった。 かつてのことを思い出す。彼女がまだ、機晶姫たる機晶姫だったときのことを。だが、いまや元の人間だったときの心を取りもどした彼女は、自分よりもいっそ人間らしい。慈愛と、母性に満ちている。 それは母の願いだったものか――ルシェンには、わからぬが……。 わからぬが―― 「――信じよう」 朝斗が言った一言に、ルシェンははっとなった。記憶の淵から、戻ってきた。 見ると、朝斗の情愛に満ちた黒い瞳が、真っ直ぐにルシェンを見つめていた。 「きっと、アイビスも……それに、レッドさんにも……単なる石じゃないものが、そこにはあったはずだよ。それは色褪せない。僕らが信じてる限り。誰かが信じてる限り……ずっとね」 朝斗は言った。ルシェンは彼にしかわからぬよう、穏やかにうなずいた。 遠くから、舞花の呼ぶ声が聞こえたのはそのときである。 「皆さーん! そろそろ出発しますよー!」 どうやら、長との話はついたらしい。 案内役の男性が二人、舞花の横についていた。二機の装甲車のうち一機は朝斗たちのものだ。運転につかなければ。 見ればアイビスと輝夜も、踊りをやめ、名残惜しそうに若者と子どもたちに別れを告げていた。 「僕たちも、行こうか」 「……そうね」 二人は立ち上がり、手を振って待っているアイビスのもとへと急いだ。 |
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