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リアクション
第一章 砂漠の浮遊島 4
グラチェ族の二人が案内してくれたのは、轟然と砂嵐の吹き荒れる砂漠の一画だった。
その地には、足を踏み入れることさえ容易ではない。しかも魔物の姿まであるというではないか。グラチェ族の二人は案内までを自分たちの役目だとし、それ以上はついていくことが出来ないことを陳謝した。
無論、そのことに契約者たちは理解を示し――
「ううん……ここまで来てくれただけでも、嬉しいです。ありがとうございました」
御神楽舞花は、彼らに交渉をした代表として、恭しく礼を言った。
「そなたたちも、死ぬではないぞ」
「ええ……もちろんです。かならず、“謎の巨顔”を見つけて帰ります」
グラチェ族の二人の男に約束を交わし、彼らが去りゆく背中を見送る。
やがて、その場に残されたのが砂漠に不慣れな契約者たちだけになったとき――
「行こう。機晶バリアで、俺がまず先行する。その後についてきてくれ」
柊真司がそう言った。
彼はミルバスを背中につけると、上空へと舞い上がり、機晶バリアを展開させた。それならば多少の砂嵐は防ぐことが出来る。吹き荒れる砂の海へと飛びこんでいった真司を追って、契約者の乗り込んだ装甲車や小型飛空艇もその後に続いた。
途端に、視界はまったく自由が効かなくなる。それぞれにバリアを展開したり、締め切った窓から外を眺めたりするが、どちらが北でどちらが南か、判然としない。
その状況に業を煮やしたか……
「これより偵察を行う。交戦の可能性があれば、各個判断してくれ」
小型飛空艇アルバトロスに乗る相沢 洋(あいざわ・ひろし)が、仲間の契約者たちに指示を行った。反論を唱える者はいなかった。装甲車よりも小型飛空艇のほうが小回りが利く。お互いの連絡は銃型HCや無線機で取ることが出来るため、洋が先行して様子を見に行くことを咎めたりはしなかった。
「それじゃあ、お願いします、洋さん」
「ああ、では、連絡を待ってくれ」
代表して朝斗が頼んだのに返答すると、洋とそのパートナーたちの乗った小型飛空艇は砂嵐の向こうに消えていった。
しばらくは静かなる時間が過ぎた。装甲車は停止し、真司や洋の連絡を待つ。砂が車を打ちつける音だけが、その時の世界の全てだった。
「輝夜?」
そのとき、リーラが気づいたのは、輝夜が顔を俯けて、胸元で何かをぎゅっと握りしめていることだった。それはレッドの破片だった。残された物。輝夜の家族の欠片。その思いを全て受け継ぐかのように、輝夜は思い詰めた顔で前をじっと見つめている。やり残したことをやり遂げるのが、その報いになると信じて。
洋のつんざくような無線機の声が、砂の音だけの静寂を破ったのはそのときだった。
「――“謎の巨顔”を発見! 繰り返す! 巨顔を発見した!」
「おお……っ!」
アレーティアが前のめりになって喜びに満ちた顔をした。だが、次の瞬間、それはぎょっとした歪んだ顔に変わる。洋の声が、次なる報告をしたからだった。
「しかし――同時に魔物の姿も確認! こちらに襲いかかってきている! 頼む! 早く……! 早く援軍を……っ!」
「……っ!?」
小型飛空艇が襲われたのか、無線機は応答不能を示した。
「アルマ! 急いで追うのじゃ!」
「りょ、了解です!」
アレーティアの逼迫した声に急かされて、アルマは一気にアクセルを踏み込んだ。
「ちっ……ぬかったか……!」
洋は“謎の巨顔”の巨大な影を目の前にして、交戦を強いられていた。
巨大蟲が放った不意打ちの一撃をくらった飛空艇は動かなくなり、代わりに洋は、パートナーの乃木坂 みと(のぎさか・みと)たちと共に砂の大地に降り立っていた。
しかし、これで諦めるような洋ではない。
「これが砂漠の宝か……。洋孝、真司、イコンか機晶技術か、正体を確かめてくれ」
「わかったよ、任せといて」
「ああ、わかった」
「みと、洋孝を守るぞ。陣形展開だ。調査終了まで向こうに攻撃の手を向けさせるな」
「わかりましたわ。エリス、参りましょう」
「了解――命令に従い、自衛戦闘開始」
パートナーの相沢 洋孝(あいざわ・ひろたか)と、共に降り立った真司に遺物の調査を行わせ、その間に、エリス・フレイムハート(えりす・ふれいむはーと)とみとと共に攻撃陣形を展開した。命令に従い、みととエリスは洋の右翼と左翼に回り、洋孝は遺物へと向かう。
後手に転じたとはいえ、ここで引き下がっては相手の思うつぼである。大サソリと巨大蟲が砂の中に潜りこもうとしたところで、洋はミニガンモードの光条兵器を体内から具現化――敵に銃撃を開始した。
「こちらには、近づけさせん!」
洋が光条兵器の銃を広範囲に向けて連射したと同時に、
「空対空、空対地、無差別攻撃を開始します。なお、効率重視の為、乱射しますので誤爆にはご注意を。――以上」
エリスが天女の羽衣で空を飛び、ミサイルを撃ち込んだ。
圧倒的な火力が砂の大地へと降り注ぎ、巨大蟲の身体を次々と穿っていく。次いで、みとの魔法が、砂嵐や敵の攻撃から身を守る氷の結界を作りあげる。同時に――
「洋さんっ! 無事ですかぁ!」
装甲車が到着したのは、その時だった。
ぐおんっ、と装甲車から飛び立ったのは、真っ黒なフェニックスのような姿をした堕黒鳥である。ルシェンの合図に従って、鳥は大サソリや巨大蟲をついばむように襲いかかる。轟然とした黒き炎が辺りを包むや、ルシェンは槍を持って、近くに接近していた蟲を切り裂いた。
「……!? 輝夜さんっ!」
そのとき、装甲車から飛びだしたのは輝夜であった。
「負けるもんか……負けるもんか……負けるもんか、負けるもんか、負けるもんか……っ! このおおおおぉぉぉぉ!」
まるで自分に呪文を唱えるように繰り返し言い聞かせた輝夜は、従来のトリッキーな戦術のなりを潜め、ツェアライセンと呼ばれる鉄のフラワシたちを変形させた両腕の爪で、敵を切り裂いていった。その姿は、まるで魔物の蹂躙である。
黒き戦闘服に包まれた肉体の視神経を強化――圧倒的なスピードを持って、黒い旋風が巻き起こったかのように、魔物どもを切り裂き潰していった。
その姿は、哀しく、雄々しい。
「やめて…………やめて……輝夜さん……」
だが、アイビスはそんな輝夜の姿を見るのは耐えられなかった。
明るく、友を笑顔にさせる輝夜はどこにいったのか? 戦うことだけに意義を見出しているような彼女の姿に、アイビスはまるで闇の底へと落ちた契約者たちを見ているようで――
「やめてええぇぇっ!」
気づけば、叫んでいた。
ぴたっと――輝夜の動きが止まった。それは、アイビスの言葉が届いたからか、はたまた自身が誰かを止めようとしたときの叫びと、重なったからか。切ない色を瞳に湛える輝夜が、立ち止まったとき、すでに周りに魔物たちは蹂躙され終わっていた。
「あ、あた……! あたしは…………!」
「大丈夫だよ、輝夜さん。大丈夫。みんな、わかってるから」
魔物の血にまみれた輝夜が歯を鳴らして震えるのに、アイビスが近づいていった。その身体を、そっと抱きしめる。輝夜はぼろぼろと涙をこぼしはじめた。消えない願いが、想いが、ずっとのし掛かっていた。目を逸らしていたものが、目の前になった。
「うあ……あぁ……もう……戻ってこない……戻ってこないんだよぉ……」
「みんながいるよ。輝夜さん、みんながいる。あなたは一人じゃないんだよ……」
それはアイビスも教えてもらったことだった。たくさんの人に。たくさんの想いに。
気づけば、砂嵐は止んでいた。
「おーい、みんなー。これの正体、なんとなくわかったよー」
“謎の巨顔”の隣に立っている洋孝が、皆を呼ぶ。
契約者たちは、“謎の巨顔”のもとに動き出そうとして――
「……しまっ……!?」
地中から躍り出た巨大蟲の姿に、動きが一種だけ出遅れた。
そいつの標的は、アイビスと輝夜だ。身動きが取れないでいた二人へと、轟然と襲いかかる巨大蟲。
「――させん……!」
しかし次の瞬間――死へと追いやられていたのは巨大蟲のほうだった。
砂を蹴って飛びだした一つの影が、蟲の身体を叩き斬ったのである。虚無霊の牙を刀として加工した業物を手に、鋭い一閃を放ったその正体は――レギオン・ヴァルザードだった。
「レギオンっ!?」
「悪い……遅れてしまったな……」
口をぽかんと開けるエースたちのもとに、レギオンは平然とした顔で降り立った。
真っ二つになった蟲が砂の大地に倒れ込んだのと同時である。そのスピードたるや、想像に難くなかった。
「最後の最後でおいしいところを持っていきおって……やることの細かいやつじゃ」
「生身で砂嵐を通るには……すこし……時間がかかってな…………。タイミングが良くて……なによりだ……」
じろりと見やるアレーティアに、レギオンはやはり普段と変わらぬ平静な声でそう返したのだった。
「それで? こいつはなんなのじゃ?」
「そう、焦るな。…………こいつは、おそらく飛空艇のシールドだ」
「シールドじゃと……っ!?」
“謎の巨顔”と呼ばれる遺物を前にして、アレーティアは驚嘆した。
洋孝と真司が言うには、飛空艇を守るビームシールドの一種らしい。顔のように見えるのは、それがなにかの人物を模したような造形をしており、一見すると馬鹿でかい仮面のようにも見えるためだった。お世辞にも趣味が良いとは言えないが、そのおかげでこうして言い伝えが残っているのだから、結果オーライかもしれなかった。
「どうやら、砂嵐もこれが発生させてたみたいでねー……。防御装置の一種だったのかなー」
「かもしれないね。…………ところで、これはなに?」
洋孝が自身の調査による推測を口にしたところで、朝斗は巨顔の顎に当たる部分に隠れていたなにかの制御盤を見つけた。砂嵐のせいで隠れていたらしく、どうやら真司たちも見つけられなかったものらしい。
「ふぅん…………」
「って、勝手にいじるなよな! なにか起こってからじゃ遅い――」
カチャカチャと制御盤をいじる朝斗に、洋孝が怒鳴りちらそうとしたそのときだった。
『この地に、私の記録を残しておく――』
「うわぁっ!」
「なんだなんだなんだ!?」
巨顔のエネルギー回路が急に音を立て、目の前に男のホログラムが出現したのである。
制御盤をいじっていた朝斗自身も、洋孝も、驚きを隠せずに飛び退いてしまう。
砂の上に映し出されたその実物大のホログラムは、どうやらシールドの回路に記録されていた映像らしく、一方的に朝斗たちへと話しかけてきた。
『この映像を見ているということは、おそらくは君たちこそがこの“アークシールド”を再び目覚めさせたのだろう』
「アークシールド?」
「このシールドの名前だろうな」
アニマが不思議そうに小首を傾げたのを見て、真司が丁寧に答えた。
『私の名前はヘセド。このアークシールドの管理者であり、最後のクォーリアの生き残りである』
男は厳かな声でそう告げる。そして、こう続けた。
『飛空艇が目覚め、シールドの封印が解かれた時――それはすなわち、この“浮遊大陸”に今再び危機が訪れようとしているということだ。あの時の惨劇を、また繰り返させるわけにはいかない』
男の哀しげな瞳は、何を見ているのか。俯いた顔が再び持ち上がったとき、契約者たちは精悍な顔が自分たちをじっと見つめているように感じた。
『シールドの封印を解きし者よ。救ってくれ――たのむ――この世界を――』
それでホログラムは終わりだったのか。映像は次第にノイズ混じりになり、やがて消えてしまった。
契約者たちは呆然とするしかなかった。男は何者なのか? クォーリアとは? 判然としないが、そこに、自分たちの想像していたよりも遙かに邪悪な何かの影が潜んでいる――そんな予感があった。
「ねえ、真司…………クォーリアってなに?」
「さあな……俺に聞くなよ」
ぼそっと声をこぼしたリーラに、真司はそっけなく返答した。
「……何が何だか、わからねえな……」
「でも、なにか不吉なことが起ころうとしてるんだよ、きっと……僕たちの知らないところで。……他の飛空艇の“大切な力”を見つければ、その正体もわかるかもしれないよ」
「そうね。でもそのためには――」
怪訝そうに眉をひそめる真司に、朝斗が前向きな意見を返す。ルシェンもそれには同意だ。
同意だが……
「…………早いところ、これを運び出さないとね」
巨顔を持ち帰らないとといけないことには、変わりなかった。
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