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【光へ続く点と線】遥か古代に罪は降りて (第1回/全3回)

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【光へ続く点と線】遥か古代に罪は降りて (第1回/全3回)

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ウゲン

 スポーンの街の様子を困惑の表情で眺めていた鬼院 尋人(きいん・ひろと)は広場の一角でなぜかホットドックを売っているウゲンの姿を見つめ、ため息をついた。遺跡内でスポーンの街ということで万一に備え武装して水の中に入ったが、全く必要がなさそうだ。武装を解き、スポーンの手伝いと共に露店を開いているウゲンのほうへと向かう。
「ニルヴァーナって、本当によくわからない……。
 このスポーンの街のスポーンって、じゃあつまりほとんど人と同じものを食べて生活しているということ?」
少し考えてみるが困惑が深まっただけなので、やめる。
「まぁ、ウゲンが元気そうならそれでいいか。
 なんだかよくわからないけど、ウゲンの行動にはいつも何か深い理由があると思うし、今は手伝おう」
ウゲンに声をかけ、手伝う旨を告げると、アッサリとウゲンは承諾した。
「じゃ、ソーセージを焼いてくれ。教えてはいるんだが、いまひとつ焼き加減がわからないらしい」
「オーケー」
手伝っていた狼の頭のスポーンが微笑み、かけていたエプロンをはずして尋人に手渡すと、ウゲンに言われて材料の買出しに出かけてゆく。
「人が呼吸できて濡れないってことは、馬もこの中で乗れるということかな……?」
「人にはその違いがわかるが、そこまで理解できない馬にはストレスになると思うけど」
「……そうか……そうだね」
「いつまでも古い約束に縛られてるんだね、君は」
「大事な約束だ。……少なくとも、俺にとっては」
ゆっくりとソーセージに焼き色がつくのを眺めながら、尋人は物思いに耽った。自分が知らない間にウゲンにもいろいろあっただろう。今はあれこれ聞くよりも、彼がどういう行動をするのか見守ろう。ウゲンがいると知れば集まる人は多いだろうし、害意がある契約者ももしかしたらいるかもしれない。ウゲンにはもう、契約者と何らかのトラブルを起こして欲しくない。。尋人のウゲンを手伝いたいという気持ちは以前と変わらない。きっとパラミタや地球やニルヴァーナの未来にとって大事なことだろうと思うからだ。
「ウゲンのことだから、素直に話すとは思えないけど……」 

 春物バーゲンを満喫した香菜、ルシアたちに早川 呼雪(はやかわ・こゆき)ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)も護衛のため合流していた。思索する様子の呼雪とは対照的にラージャは楽しそうだ。
「なんか社会見学みたいで楽しいねー♪
 一応、緊急脱出が必要になった時の為に退路を拓く準備はしておくけどね。
 それにしてもホント、これがスポーンとは信じられないねー。穏やかで楽しそうで……平和だよ」
呼雪はゆっくりと頷く。世界の仕組みを構築するほどの存在に『見付かる』という事の意味や何が起こるかすら、まだ分からないが……。それにしてもここで呼吸や行動が可能なのも不思議だ。それに、この街のスポーンは独自に進化を遂げたのだろうか? とても興味深いな……。そんなことを考えながら呼雪は呟くように言う。
「しかし人形ごっこ、か。俺達もそう変わらない……いや、それ以前かも知れないのにな。
 神話の通りなら、世界の作り手からすれば人は俺達から見た蟻程度でもおかしくはない。
 誰かが戯れに変種として契約者を放り込んでも未だ気付いていないくらいの小さな存在だ……。
 どの世界にしろ、人は今の人以上の存在に変われるだろうか。香菜とルシアはどう思う?」
香菜は考え込み、スポーンたちの様子に興味を引かれている様子のレナトゥスを見ながら言った。
「ある程度の文化や文明を持てば、同じような感じになるんじゃないかな。
 悩みながら、衝突しながらも前に進もうとする」
そこにレナが口を挟んだ。
「相手を理解しようとすル事。それが必要なのではないカ?」
「レナちゃんすごい。でもそうよね……歩み寄ることで、トラブルって避けられるはずなのに……。
 お互いが絶対譲らないことでいろんなトラブルが起きるよね……」
「そうだねー。人は愚かな過ちを繰り返す……って言うけど……でも変わって来てる部分も確かにあると思うんだ」
ラージャが言った。コハクも油断なく当たりの様子を探りながらも、その問いについて考え込んでいた。呼雪はシックスセンスを研ぎ澄まし。メインストリートを先にたって歩く。ルシアが小物雑貨の店先に、可愛らしい花の細工物を見つけ、歓声を上げた。
「うわぁ、これ可愛い」
「ほんとほんと。私はこれが気に入ったな〜」
「それなら記念に買っていこう。遠慮しなくていいよ。これも調査だからな」
呼雪が微笑み、自分も幾つか気になったものを選ぶと、香菜やルシア、そして珍しくレナトゥスも気になったという花の細工物を店員に各々包んでもらう。通りをゆっくりと抜け、広場に着くと、幾つかの屋台や店――そこにはセリス、マネキ・ングのアワビの露店も当然あるのだが――に混ざって尋人を助手にホットドックを売るウゲンの姿があった。
「久し振り……という程でもないが……こんなところで会うとは思わなかったな……。
 とりあえず……みんなにひとつずつ、ホットドックを」
「毎度あり」
呼雪が言うと、ウゲンはにやっと笑って言った。
「光条世界といえば、使者だという女性がヴァイシャリーに来たようだが……」
世間話のように呼雪が問うが、ウゲンは肩をすくめただけだった。
「そうらしいね」
「っていうかウゲン、なんでそんなところにいるの!? 呼雪は驚きもしないで普通に挨拶しちゃってるし。
 ……いつもの事だけどさ……はぁ」
ラージャが言って香菜のほうに向き直る。
「香菜ちゃん、ウゲンお兄ちゃん見付かったのは良いけど……路上のホットドッグ売りって……衝撃の再会だよねー?
 ウゲンお兄ちゃんのホットドッグ……やだー恥ずかしいー!」
ラージャが両頬を押さえてくねくねもじもじしてみせる。呼雪の方から冷気が発散されてくるのに気づき、ラージャはそこでやめておくことにした。
コハクが注文をつけた。
「あ、トマトとピクルスをちょっと多めにしてもらってもいいかな?」
「はいよ」
シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)はその様子をあっけに取られて見守っていた。リーブラ・オルタナティヴ(りーぶら・おるたなてぃぶ)はおっとりとその傍につきしたがっている。
「創世学園教師としてルシアたち調査の引率予定で来てみたんだけど……な、なんじゃありゃ!?
 ……なぁ。あそこの屋台にいるのってウゲンだよな? ……ウゲンが屋台!?
 アイツ、光条世界を追っかけてるんじゃなかったのかよ……まぁいいや、今度こそ逃がさねぇぞ!」
「確かにウゲン……ですわ……なんだか、不思議と馴染んでますけど」
リーブラがおっとりと言う。傍にいた匿名 某(とくな・なにがし)もうんうんと頷く。
「この繁栄具合。空京と大差ねえじゃねえかと思ってよ?
 まあ他にもツッコミどころは満載だが、一応今のところ敵意はなさそうだし。
 だからといってこのまま放っておけるわけもないので調査しよう、街の散策と思っていたんだが……。
 ……なぁにあれぇ」
シリウスもすごい目つきでウゲンのスタンドを見つめていたが、おもむろにリーブラの腕を掴んだ。
「ちょっと行くぞ、相棒!」
匿名も一緒にすたすたとついてくる。ウゲンの店にまっすぐたどり着くと匿名がオーダーを出した。
「とりあえずホットドック一つ。あっ、マスタード多めでお願いします!」
シリウスが勢い良く叫ぶ。
「おいウゲン、こんなとこで何売ってんだ!? ……違う! おいウゲン、こんなとこで何やってんだ!?
 あ……とりあえずホットドッグ、ドリンクセットで二つ!」
「あいよ」
「ったく……心配したんだぜ。ゾディアック・ゼロで死にかけてたの見つけた時は!
 ……まぁ元気そうでなによりだ。先生、安心したぞ」
「先生?」
皮肉っぽくウゲンが返す。
「そうだよ、創世学園に来た時から、お前はオレの生徒だからな。
 どこまでも追っかけてくし力になってやる。間違えたら教えてやるっ!
 と、ま、そんなことはどうでもいいか! 早速、力になってやるぜ!」
言うなりシリウスはどこからともなくエプロンを取り出し、ひょいと屋台に乗り込んだ。
「オレの『みらくるレシピ』を見せてやるぜ!」
そして尋人とともにホットドック作成の手伝いをはじめた。契約者たちの行動に惹かれるように、近くにいたスポーンたちもホットドックを買い求めにきはじめており、ウゲンの屋台はかなり忙しいことになっていた。ホットドックを受け取った匿名が、代金を払うとおもむろにホットドックをウゲンに向かって突きつけ、押し付けようとした。尋人とシリウスがすごい速さで動き、制止する。制止がなくとも避けるのは簡単だろうし、むしろキケンなことになっていたのは匿名の方だろうなと尋人は思った。シリウスも覚醒光条兵器を抜きかけてやめた。リーブラの身が心配だったからだ。ウゲンは薄笑いを浮かべ、余裕の体だ。
「何の真似だい?」
「うるせぇぇぇ! ゾディアック・ゼロで瀕死になってた相手がのほほんと湖の下の遺跡でスポーンと混じってるわ!
 しかもそこでホットドック屋をしてるなんて超展開についていけるわけねえだろぉぉぉぉ! 
 思わずホットドックで顔焼きたくもなるわァァァ!」
一気にまくし立てる匿名。息を整えると、押さえ込まれていた腕を振り払う。
「で、なんで屋台? 弟がパラミタを支える仕事に就いたから俺もニートしないで就職しなきゃなって思った結果か?
 それともホットドック焼くのは身体にいいなんてわけのわからん民間療法信じて屋台で療養生活を決意したか?
 どれにしろ、このままホットドックだけ作ってる生活を送って欲しいけど、そうはいかないんだろ?
 噂じゃゾディアックの中にあった剣の花嫁持ち去ったって言うじゃねえか。
 意味もなくそんな事をする奴じゃないってのはわかってる。
 どうせ妙な事を……おそらく光条世界とやらが絡んだ事で企みでもあるんだろ?
 それとも、最近起こってるっていう光条世界への手がかりになりそうな遺跡の破壊にも加担してるのか?
 自分だけで情報を独占するためとかでッ!
 またみんなに迷惑をかけるような事態を引き起こそうっていうなら、ホットドックをブチ込むからな!!!
 ……どこに? それは想像に任せるが」
リーブラがゆらゆらした動きでなだめにかかる。
「とりあえずウゲンも皆さんも! 落ち着きましょう。
 一辺に話してもウゲンが困るでしょうし、周りの人の目も……。
 あ、すいません。人、ではないですよね。見覚えはありますけれど。
 先日、地球で戦ったダエーヴァ、でしたっけ?
 このイレイザー・スポーンは彼らとよく似ている気がしますわ。
 彼らは好戦的でしたけれど、人間らしい個性があって、社会を作っていて……ウゲンは彼らのこと、知っていましたっけ?
 少し情報交換と行きませんか?」
のんびりしたいつもの調子で言うリーブラに毒気を抜かれて、事態は沈静化した。
「ところでウゲンは、どうしてこんな所にいるの?」
受け取ったホットドックにケチャップとマスタードをかけながら、コハクが尋ねると、ラージャもあわてて言葉を継いだ。
「そうそうそうなのよ、ウゲン、君いつ頃からここにいるの? なんか面白いスポットとか知らなーい?」
そこに街の探索をしていたリオも合流する。
「久し振り……という程でもないか?こんなところで会うとは思わなかった。
 あ、ホットドックひとつねー。あとついでにこの町の秘密も。
 まさか、一人きりが寂しくて、スポーンを操ってオママゴトしてるって訳じゃないだろう?
 スポーンが意志を持ってやっているなら、何故古代ニルヴァーナではなく、パラミタの真似事してるのか。
 誰かに操られてるのなら、何が目的でこんなシミュレーションゲームみたいな事してるのか。
 どっちを向いたって疑問だらけだよ、この町はさ」
ウゲンがパンにソーセージをはさみながらこともなげに言う。
「この辺りのスポーンはクイーンの影響を強く受けているのさ。
 そして、この遺跡自体には強い結界が張られている。
 故に影人間を操り、遺跡を破壊しようとしたものの影響を受けていない。
 まあ、そのおかげで僕自身も足止めを食らって、ここで君たちが来るのを待ってたってわけさ。
 ……どうも“彼女”は僕を信用できないようだ。自業自得だし、懸命な判断だと言えそうだけどね」
「さ、さらっとすごい事言ってなーい???」
気を取り直したラージャが言う。
「ところで、このホットドック、材料はどこから調達してるの?」
「スポーンたちは藻類から色々作り出す過去の技術を使っているのさ。誰も大本の仕組みは知らないけどね。
 そのほかにも湖の中や周辺から調達したものもあるようだな」
「……藻」
匿名がホットドックを凝視する。味も香りもホットドックそのものだ。そして旨い。だが、原料は藻……。
「そう言えば……お洋服にも縫い目がないわね」
香菜が先ほどブティックで購入したワンピースのすそをつまんだ。
考え込む匿名をよそに、ウゲンはしれっと言う。
「『光条世界への道を手に入れようとするもの』と『光条世界への道を潰そうとしているもの』。
 その二つの勢力が今まさにぶつかり合っているのさ。
 光条世界への道に関する幾つかの遺跡については、関知されないための、特別な結界が張られているみたいだね」
「ちょっ……それ……おま……すっごい重大情報じゃねえのか?」
シリウスが掴んでいたドックパンを振り回す。ルシアがおっとりと言った。
「……とりあえず、ホットドックを食べましょうよ。冷めちゃうし」