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ナラカの黒き太陽 第一回 誘いの声

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ナラカの黒き太陽 第一回 誘いの声
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2.タシガン<2>

 目的地である研究所付近は、タシガンでも奥地の山岳地帯、その谷間にある。
 最初に発見された洞窟の頃に比べれば格段に整備されたとはいえ、折からの霧に視界は悪く、なかでも、谷の上から覗き込んだ谷底は、黒い靄がどんよりと立ちこめていた。
 そのなかに、時折悶えるようにゆらめくさらに濃厚な影が見え隠れしている。おそらくは、幽鬼や亡霊めいた存在だろう。光を呪詛するかのようなうめき声が、風にのってここまで届いていた。
 ディテクトエビルを使う必要もないほどの敵意が、渦巻いている。
 あの靄そのものが、一種の毒物のような瘴気であり、常人であればそこで動き回ることすら難しい。
「まずはあの靄をどうにかすることが必要ね……」
「……こわい…です……」
 呟いた関谷 未憂(せきや・みゆう)の服の端を掴み、プリム・フラアリー(ぷりむ・ふらありー)は目を伏せた。この状況が、というよりも、瘴気そのものの邪悪さにぞっとするのだ。その気持ちは、未憂にも理解できる。
「大丈夫よ、プリム」
 未憂は優しく声をかけ、プリムの長い金色の髪を撫でてやった。
「この靄ってエンドレス・ナイトメアに似てる感じするよねー。念のため、デスプルーフリングはつけてきたけど、効果あるかも」
 リン・リーファ(りん・りーふぁ)が、猫のような赤い瞳でじっと様子を観察しながら言う。もしもそうならば、この靄はナラカの大気そのものが漏れ出してきたようなものだ。
「確証を得たら、ルドルフ校長に報告しなくちゃね」
「そうだねー」
 彼女たちのパーティの役目は、まずはトマスや白竜とともに、研究所まで突入部隊をたどり着かせることだ。
「どうか、研究所の皆さんが無事でありますように……」
 ごくりと小さく、未憂は息を呑んだ。
「行こう。リン、プリム」
 作戦開始まで、もうまもなくだった。


「そちらの準備は、大丈夫か?」
 先陣を任されたトマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)が、黙々と装備を調えていた叶 白竜(よう・ぱいろん)にそう声をかけた。
 白竜は、以前タシガンに訪れたクリスマスのころには、どちらかといえばむさ苦しくなっていた無精髭はきれいにそり落とし、頭髪も短く刈り上げている。教導団の制服姿ではあるが、どこか新兵のような面持ちだった。
「ああ。もうすぐ終わります」
 淡々と答え、彼は立ち上がる。パートナーの世 羅儀(せい・らぎ)もまた、静かに武器を手に、その場に控えていた。
「敵は相当数、研究所の前に立ちふさがるようにして展開しているようよ。ただ、こちらの存在には気づいているようだけども、積極的に出てくる様子はなしね。……飛び込んでくるのを待ち構えている、といったところかしら」
 ミカエラ・ウォーレンシュタット(みかえら・うぉーれんしゅたっと)が、きびきびと現状を報告する。
「まずは僕たちが突破口を開くよう、ルドルフ校長からの指示だ。多少、強引になるかもしれないが……。ところで、大尉」
「なんですか?」
「エネルギー装置のパートナーとも言えるレモが今般悪魔の都に呼ばれてそっちへ向かったとの事ですが、今のこの侵攻と無関係であるとは思えない。できたら、現れたモンスターを捕虜としたいのだが、ご協力願えるか?」
 トマスの提案に、白竜は「捕虜……ですか」と確認するように言葉を繰り返した。
「可能ならば意思の疎通を図りたい。もしくは持ち物から、なんらかのヒントを得られるかもしれないので」
「レモさんから注意をそらすための、こちらは陽動ということもありますでしょう。油断なさいますな」
 魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)の言に、白竜は頷きつつ「出来る限り、やってはみましょう。その情報は、ルドルフ校長に伝えてかまいませんね」と確認をとる。
「それは、もちろん」
 別に隠し立てするつもりは、トマスにも毛頭ない。あくまで、ひとつのアイデアとして提案したのみだ。
「わかりました。ああ、それと。……私は、ここでは教導団大尉としての権限は行使しません。ですからお互い、ただのルドルフ校長に従う一兵卒として闘いましょう。人々の、平穏のために」
 白竜はそう口にすると、羅儀を伴い、軍靴の音とともに天幕を出て行く。その背中には、どこか痛々しい悲壮感が微かに漂っていた。
「捕虜の件、ルドルフ校長と黒崎さんに伝えたよ」
 まだここは、通常の通信機器も使用可能だ。羅儀はそれだけを行い、あとは口を閉じた。謎を考えるのは、他の人の仕事だ、というように。
 自分がすることは、今ここで、闘うことだけだった。