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【歪な侵略者】鏡の国の戦争(第3回/全3回)

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【歪な侵略者】鏡の国の戦争(第3回/全3回)

リアクション


【鏡の国の戦争・決戦4】




 どんなものにだって上限はある。無限という言葉はほとんどの場合は比喩であって、現実に存在する事はほとんどない。
「散々いいようにしてくれた、お礼をしてあげなくっちゃね!」
 インテグラルナイトと同化した祥子・リーブラ(さちこ・りーぶら)は、敵の大型怪物のシルエットが視界に入った瞬間に、誰よりも早く駆け出した。
 敵の大型怪物には、対イコン用の射撃装備はライオンヘッドの砲撃程度しかなく、一発の威力はあれども連射制圧能力はほとんど無い。数百メートルを駆け抜ける間に向かってくる砲弾は一発か二発が限度だ。
「遅い!」
 一騎がけに対応の遅れたレッドラインが、盾を完全に構えきる前に星滅のカルタリが周囲の空間ごと圧殺する。いくら盾が強固であっても、それを運用するレッドラインの筋力は有限なのだ。
「脆っ、なにこれ」
 レッドラインそのものの装甲は貧弱だ。だからこその盾なのだろうが、それにしたって貧弱すぎる。機動力と俊敏性のために他の部分を諦めたのだろうか、それにしては重く強固な盾は矛盾している。
「まあいいや、とにかくこのまま崩させてもらうわよ」
 レッドラインと近接の間合いに入れば、砲撃は静かになる。これだけ脆いと、味方の誤射はそのまま致命傷だ。
 一度殴りあいの距離に入り込んでしまえば、あとは独壇場だ。レッドラインもこの敵に背を向ける危険を感じ取り、盾を構えながら間合いを取って権勢するが、祥子は盾を無視してレッドラインを引きずり倒し、一匹ずつ仕留めていく。
 結構凄惨な戦いが繰り広げる足元では、ダーエヴァの歩兵部隊が頭上を気にせず前進を続けた。
 この怪物達が、圧倒的な数を揃えられたのは、歩兵に限っての事なのだ。大型怪物の数は、先日から一体も増えてはいないのだ。これ以上の戦力の増強が望めないのであれば、戦力の温存は取るべき策ではない。
 一人でも多く千代田基地に殺到する。その他の行動を選ぶ理由は無い。
 そんな怪物達を出迎えたのは、地面に着弾する前に破裂、拡散する対装甲榴弾である。
「着弾確認、味方部隊は巻き込まれてはいないのう」
「まぁ、一人で突貫したのでありますから、巻き込まれたら自業自得って事で」
 祥子からかなり後方の地点、重巡航管制艦 ヘカトンケイルの操縦室で、ベスティア・ヴィルトコーゲル(べすてぃあ・びるとこーげる)火天 アンタレス(かてんの・あんたれす)はそんな会話をしていたが、それを耳にしたのは二人以外には存在しなかった。
 二人の放った砲弾は三発、曳光弾、観測修正弾、そして最後のクラスター爆弾である。怪物とインテグラルナイトの大立ち回りの最中では、この砲撃はほとんど目立つ事なく、射撃修正は淡々と行われ、前進する歩兵部隊を吹き飛ばした。
 彼らの足の装甲車や、天板がやわらかい戦車ももちろん吹き飛んだ。
「えげつねー」
 レッドラインを片付けた祥子が爆発に振り返ってみると、大量の小型爆弾で死ぬに死にきれず、蠢く歩兵部隊の姿がありありと映し出された。
「たった一機でこの面制圧力、そしてこれから見せる機動力、イコンの素晴らしさをアナザーの人たちにこれでもかと見せつけてあげるであります!」



「あの砲撃は、相当堪えた様子ですね」
「足並み揃えるのに随分時間がかかってるみたいだねぇ。だったら、守りに徹する理由もないかな」
 清泉 北都(いずみ・ほくと)クナイ・アヤシ(くない・あやし)から見える戦場は、昨日のそれとは大きく形が変わっていた。
 要塞級のイコンの砲撃は確かにその威力を見せ付けたが、何より開幕の衝突で総崩れになった味方が居ないのが大きな違いだ。怪物達が何かしたというよりも、こちらに万全の準備が整っているという差が出たのである。
 味方の陣が次々突破されていき、フォローに回りながら後退していった戦いと、現状は正反対だ。むしろ率先して前に出なければ、戦果を得るのは難しいだろう。
 後方のクェイル隊との足並みを考えながら、前進していった先でレッドラインの一集団を発見する。先日よりも一個の集団の数が少ないようだ。
「まずは以前と一緒で」
 ナパームランチャーで先制、敵方もこちらを確認していたらしく反応が素早い。まず盾を掲げ、着弾と同時に横へ振るう。弾頭は横滑りして地面を抉り、吹き飛ばした。
「学習、でしょうか?」
 ルドュテの攻撃はそれで終わりではない。相手の動きを見切ったルドュテは一直線に間合いを詰める。手を伸ばせば届く距離、焦った最前列のレッドラインは不恰好な突きを繰り出す。
 だが、次の瞬間ルドュテは消える。距離を取り、全体を眺められている部下のクェイル隊にはその動きがはっきりと見える。急速接近からの、急上昇だ。だが、敵を目の前にしていたレッドラインからは、消えたようにしか見えない。
「α、β、γ、正面は任せましたよ」
 クナイの通信を受け、クェイル隊が盾を開いたレッドラインに攻撃を開始する。最前列だけではなく、二列目まで弾頭が貫通、予想以上の打撃を与える。
「いい調子だねぇ」
 ルドュテは味方の射線を頭にいれつつ急降下、レッドラインを直上からソウルブレードで頭を貫く。一撃必殺。
「熱源、来ます」
 直後にクナイからの報告。既にレッドライン部隊はほぼ壊滅、ならばまとめて砲撃で葬ろうという事なのだろう。
「これ、使わせてもらいますよ〜」
 ルドュテはソウルブレードから一旦手を放し、たった今倒したレッドラインの盾を奪い取って斜めに構えた。思ったよりずっしりと重い。
 そこへ砲弾が着弾、一発が盾の正面に入る。激しい衝撃を受けるものの、盾は無傷、当然ルドュテも無傷だ。
 爆煙立ち込める中、その煙を吹き飛ばして突き進む大きな影が一つ。敵ではない、味方だ。
「厄介な大型は、さっさと片付けるのが一番だ」
 猪川 勇平(いがわ・ゆうへい)セイファー・コントラクト(こんとらくと・せいふぁー)操るアルタグンは持ち前の大型ブースターで周囲の瓦礫を吹き飛ばしつつ、ライオンヘッドへと急接近する。
「次弾装填の時間を、アルタグンが与えるとお思いですか?」
 邪魔な廃ビルを体当たりで粉砕し、飛び出た先でレッドラインを三機確認する。素早い照準で、一機に機晶ブレード搭載型ライフルをお見舞いする。
「一つ」
 飛び出した勢いを、機体を半回転させつつ殺し、残り二機と対峙する。ライオンヘッドも肩部キャノン砲をパージ、接近戦モードに切り替えた。
 先制はライオンヘッド、ライフルの銃口がもう一体に近いと見るや、率先して飛び掛った。
「予想の範囲内です」
 アルタグンは手首を返すと、機晶ブレード搭載型ライフルのブレードでライオンヘッドを迎える。横なぎの一閃は浅くライオンヘッドの胸部を切り割く。
 明後日の方向を向いたように見えた銃口が突如火を噴く。回り込もうとしていたもう一体を弾丸が貫く。
「余所見は危ないぜ」
 気を引かれた正面のライオンヘッドに、再びブレードを突き立てる。反応はあるが遅い、ブレードの半分程度が胸に突きたてられた。そこからさらに銃声二つ、ライオンヘッドは動きを停止する。
「やっぱ自前イコンは違うな」
 先日は搬入に手間取って借り物のイコンだったため大変不便な思いをしたのである。やはり、自分の手足の延長のように扱うには、自分のイコンが必要なのだ。
「各僚機へ通達、敵地上部隊が前進しようとしています。これらの撃滅をお願いします」
 セイファーは突っ込む際に見かけた地上部隊の位置と、予測進軍経路を僚機に通信で送り、機体の向きを前に向けた。



 兵隊を引き連れて、旧市街地を進んでいたエリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)は、片腕を広げてその前進を一旦停止させた。
 最前列の兵は、その理由をすぐに理解し、ざわめきがおこる。
「このぐらい離れてれば安全だと思ったんだけどなぁ」
 瓦礫に腰掛けていたザリスは、立ち上がると肩にかけていた長刀を一回転させた。周囲に他の敵兵の姿は無い。
「待ち伏せですの?」
「どうだろうねぇ、ただ、うん、こっから先はほとんど誰も居ないよ。何故かって、すっごく危ないからね」
「よく意味がわかりませんわね」
 どこか緩い空気を纏う怪物は、素直に道を明けてくれるつもりは無いようだ。先手は譲るよ、とでも言うかのように担いだ長刀で自分の肩をとんとんと叩いている。
 動きの予兆を見切った人はいただろうか、いやいなかった。ザリスとエリシアを除いては。
 まず動いたのはザリスだ、大きく獲物を横に薙ぐ。そこに敵は居ない、居ないが確かに何かを払い落とした。エリシアの真空斬りだ。
 一呼吸の間があれば十分と、エリシアは疾風迅雷の踏み込みで間合いを詰める。だが、ザリスの戻し動作も早い、先手の一撃は長刀の柄の中央に当たり、滑りそらされる。
「武器の長さが自慢でしたっけ?」
 長い武器は、振り回すだけで遠心力が乗って威力が増加する。相手を破壊するにはもちろん、武器での打ち合いでもこの威力は発揮される。まして、司令級の怪物が振り回す長刀は、簡単な防御を無視して粉砕する事ができるのだ。
 だがそれも、振り回せる間合いがあってはじめていきる。
 エリシアのように、密接した距離で戦うのなら獲物はむしろ短い方が効果的だ。
 息付く暇などなく、エリシアは攻撃を繰り出し続ける。機晶スクラマサクスにとっても、この間合いは近すぎて本領を発揮できないが、ザリスはそれ以上に手が出せない状況だった。
 自然と闘いの優劣は手の動きよりも、足裁きによっていく。間合いを離したいザリスと、それを阻止しようとするエリシアの攻防だ。その隙間を縫って、互いに致命打には程遠い小技が互いの体を傷つける。
「……っ」
 その光景を、彼女の部下は固唾を呑んで見守っていた。攻防と立ち居地の入れ替わりが激しくて、援護したくても援護できないのだ。彼らに、一発の銃弾に責任を持てるほど、彼らは人間離れはしていないのだ。
「しまっ」
 だが、相手の手を塞いでいたとはいえ、基礎性能はザリスの方が若干上回っていた。何より、似たような戦い方を以前経験している、というその差は大きい。彼の戦闘のデータバンクは、自分の経験のみに収まらないのだ。
 長刀の底がエリシアをすくいあげるようにして打ち上げる。
 軽い彼女は空に打ち上げられる。その指先に、何かが触れる。
 手に触れたものが何かを、エリシアは強く掴んだ。それは、兵士が持たされているごくごく普通のアサルトライフルだ。
 エリシアは空中で胸を基点に半回転しつつ、アサルトライフルを持った手を真っ直ぐ前に突き出した。銃口の先のザリスは、まだ反応していない。
「ナイスパス、ですわ」
 そのまま、引き金を引く。
 着地までに全ての弾薬を使いきり、エリシアは着地してすぐアサルトライフルを後ろに放った。自分の武器ではないので、替えの弾など持ち歩いてはいない。
「いてて……」
 対するザリスは、肩をさすりつつそう零していた。
「まさか普通の銃に不意を突かれるとはね、僕もまだまだかな」
 ザリスは銃を受けた肩を動かそうとし、ため息と共にそれを諦めた。
「さ、後半戦ですわ」
 飛んでいきそうになった帽子を片手で直しつつ、エリシアは再び武器を構えた。
「あー、残念。どうやら僕はここまでみたいだ」
 ザリスは無事な方の腕を真っ直ぐ上にあげた。
「何ですの、この音……?」
 すぐさま、何か大きな音がこちらに向かってきているのを誰もが感じ取った。音源はすぐに姿を現す、ミサイルだ。それも、真っ黒に塗られたミサイルである。
「よっと」
 ザリスは小さく飛び、尾翼に手をかける。そうすると、間もなくミサイルは上昇していった。その動きはまるで生き物のようだ。
「逃げ、た?」
 空中で大きく弧を描いたミサイルは、後ろへ、エリシア達にとっては前へ、進んでいった。
 その先には、味方の戦艦と―――
「炎の花……」
 たった今、開花したダルウィの炎の花があった。