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古の白龍と鉄の黒龍 第5話『それが理だと言うのなら、私は』

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古の白龍と鉄の黒龍 第5話『それが理だと言うのなら、私は』

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 ――事はすぐに実行に移され、そして今、彼らの歴史に刻まれるであろう瞬間が訪れようとしていた。
「……今でさえ私は、この瞬間が夢だったのではないか、そう思っている」
「それは私も同じです。まさかこの姿でこうして、あなたと会って話をする日が来るとは思っていませんでした」
 “灼陽”の一角で、龍族の長ダイオーティと鉄族の長“灼陽”の会談が始まりを告げた。まずお互いの現状が説明され、『執行部隊』と『疾風族』の間で停戦に至り、共闘の姿勢が見られるという事柄が互いの下で事実として認識された。
「もはやこちらに、龍族を滅ぼすという意思はない。新たな敵が我々を狙っている現実も認識している。
 その新たな敵に勝ち、勝者となることでこの世界から脱することが出来る……契約者が示した道が真実であるのならば、今この時はかつての敵と手を取り戦い合う事も必要であろう」
「龍族はかつての長を喪い、鉄族に打ち勝つ意思さえも薄れかけていた。しかし契約者は我々に再び、未来を見せてくれた。
 過去は過去として捉え、その上で我々はあなた方と手を結び、思い描いた未来を掴み取るために共闘をしようと思う」
 二人の言葉は、ハッキリと仲良くしましょう、というものではなかっただろう。しかしそれは単に上手く言えないだけのことであり、彼らは心の中では「仲良く出来るなら仲良くしたい」と願っていた。
「……少し、話したいことが。どうか、人払いを」
 ダイオーティの言葉は、そんな互いの想いに基づいたもの、かもしれなかった。“灼陽”が応じ、やがて部屋にはダイオーティと“灼陽”だけが残された。
「ここに来る前に、あなたが先の戦いで不可解な撤退をした理由を知りました」
「…………」
 彼女が何故そのことを知ったのかについて、“灼陽”は契約者が噛んでいるのだろうと思うことにした。その上で一体彼女は何を言わんとしているのかを見極めようとする。
「あなたが“失うことへの恐れ”を抱いた事を、私は他人事でありながら嬉しく思うと同時に、今更何を、という思いも抱いています」
 明らかにそれは、“灼陽”がダイオーティの夫を葬った過去に触れている。これに対し、かつての“灼陽”ならばこの場でダイオーティを殺したかもしれないが、今の“灼陽”にそれをするだけの意思はない。自分がダイオーティが受けた苦しみ――いや、彼女はきっとその何倍もの苦しみを持ち続けてきたのだろう――を受けるに当たってやっと理解した事に、“灼陽”は恥じ入る気持ちすら抱いた。
「……ですが、悔やんだ所で夫は帰ってきません。それよりも我々には、目指すべき未来があるのです。
 このような小さな世界で、立ち止まっているわけにはいかないのです」
 そう宣言したダイオーティは、“灼陽”の目にはとても眩しく見えた。うまく言葉にすることが出来なかったが、生き生きとしている、そう感じられた。
「……貴様は何を、言わんとしているのだ」
 長としてのプライドだけで返した言葉に、ダイオーティはどこか悪戯をした子供のような顔をして、こう言った。
「大した目的が、あったわけではありません。もしかしたら鉄族に一泡吹かせてやろう、そんな悪戯心だったかもしれませんね。
 ……悪戯心ついでに、余計なお節介かもしれませんがもう少しだけ、言わせてください。もしあなたがヘスティアさんのことを本当に大切に思っているのだとしたら――」
 ダイオーティが胸に手を当て、かつて夫――ダイオーティガに言われたことを思い出しながら口にする。
「立場の違いは些細な壁でしかありません。それを打ち破るのは本人の意思、想い――。
 “灼陽”、そのことを強く胸に刻み、どうするかを決めるのです」


 『格闘式飛空艇 アガートラーム』で『昇龍の頂』へ戻る最中、ダイオーティの様子を伺いに来たガウルは、彼女がとても上機嫌であることに気付いた。
「何をそんなに、嬉しそうにしているのだ?」
 気になり、尋ねたガウルへダイオーティは、自分がそれほど嬉しそうにしていたのかと気付かされて恥ずかしそうな態度を見せた後で、小声でこう告げた。
「武力で圧倒的な力を持っていた“灼陽”が、夫と同じ悩みを抱えていたこと、それに対してアドバイスを与えられたことがつい、嬉しかったのです」
 つまりはやはり“灼陽”に言ったように、ちょっと一泡吹かせられたのが嬉しかったのである。

(賭けは全て成立した。後は俺達が、『天秤宮』に勝利するのみ)
 『アガートラーム』の舵を取りながら、レンはここまで来るのに相当の時間と、いくつかの犠牲を伴ったのを振り返る。それでも完全に失われたものは無く、時間をかければやがては元通りになる。
(龍族も鉄族も、そう、時間をかければ平和な時を取り戻せる。彼らだけではない、全ての種族が、きっと)
 そんな確信を胸に、レンは伝言を伝えた相手へ、心に呟く。
(待っていろ、アメイア。すぐに味方を連れて戻る)


 “灼陽”内の一室、ヘスティアが眠る部屋に足を踏み入れた“灼陽”は、未だ目を覚ますことの無いその顔を見つめ、ぽつり、と言葉を落とす。
「……ヘスティア。私にはお前を目覚めさせる覚悟が足りなかったのかもしれぬ。お前が目覚めれば、私はお前を再び危機に陥らせるかもしれない、どこかでそう思っていた。
 だが、龍族の長に会って思い知らされた。私は立場だなんだと言って、壁を作っていたのかもしれない。お前は壁を超えて私に尽くしてくれたというのに」
 ヘスティアは鉄族でないにも関わらず、“灼陽”を主として尽くしてくれていた。つまり“灼陽”がヘスティアが鉄族でないからと悩むことそれは、ヘスティアからしてみれば「何故そのようなことで悩まれるのですか?」というレベルのものだった。
「……帰ってきてくれ、ヘスティア。そしてまた私に、お前の笑顔を見せてほしい」
 ハッキリとそう口にし、“灼陽”はヘスティアの唇に唇を触れ合わせる。一瞬にも永遠にも感じられる時間の後、唇が離れた直後、ちょうどパソコンの電源が入るようなヴン、という音が“灼陽”の耳に入った。

「…………灼陽……様……?」

 そしてゆっくりと目が開かれ、口から名が呼ばれる。
「おぉ……」
 声を上げた“灼陽”は特有の感覚に気付き、慌てて顔を背ける。いかん、これはヘスティアには見せられない、このような顔を見せる訳にはいかない。
「あっ……も、申し訳ありません、このような姿を――」
 しかしその声に、“灼陽”はまた慌ててヘスティアを振り向き、言葉を紡ぐ。
「違う、違うのだ。お前がその、帰ってきてくれて私は……嬉しいのだ」
 ヘスティアの目が“灼陽”の顔を見る、その顔は泣き顔に歪んでいた。
「よく、帰ってきてくれた……」
 “灼陽”の手が伸び、ヘスティアの頬に触れる。そこへヘスティアの手が重なる。
「……はい……ただいま、戻りました。灼陽様」
 告げたヘスティアの顔に、笑顔が戻った――。