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古の白龍と鉄の黒龍 最終話『終わり逝く世界の中で』

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古の白龍と鉄の黒龍 最終話『終わり逝く世界の中で』

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『ルピナスを、娘に』

(天秤世界の争いは終わった。何はともあれ、我々は一つの結果に辿り着いた)
 『天秤世界』に来てからを振り返り、アルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)は一枚の写真を取り出す。離さず持ち歩いているそれにはミーミル・ワルプルギス(みーみる・わるぷるぎす)ヴィオラネラの三人、彼の“娘”たちが写っていた。
(イルミンスールのこれからについては、校長やアーデルハイト様がお考えになること。
 私に出来ること、考えるべきことは……)
 脳裏に浮かぶのは、ミーミル達と同様『聖少女』としてこの世に生を受け、世界に反旗を翻し、契約者に阻まれそして救われた少女、ルピナスのこと。
(……私に出来ることは、父として“道”を子に教え指し示す事。
 だが、それはあくまでも示すだけ。選び取るのは、結果を掴み取るのは、答えを見つけ出すのはあくまでも己の力でなくてはならない。
 私は親として、手を取って寄り添い一緒に過ごし、手が届く限りの支えをしてやる事しかできない。たったそれだけしかできない存在だ)
 自分は決して、世界を変える、世界を救うといった大それた事は出来ない。下手すると一人の心を変える、救う事も出来ないかもしれない。
(それでも、私はあの子達の……聖少女達の“父”だ。
 私は聖少女達が……あの子達が人並みはずれた力を持っているからこそ、大人として成熟するまでは世界の“普通”を知る為に、できるだけ力を振るう事無く“普通の子供”として過ごして欲しい。
 その上で、大人になったら自分の道を、自らの力の在り様を自分自身で決めて貰いたい)
 ――そして、できればそこにルピナスも加わって欲しい。
 決断したアルツールは席を立ち、部屋を発った――。

「……わたくしを家族に……ですの?」
 アルツールに『自分の子に、ひいてはヴィオラ、ミーミル、ネラと同じ家族にならないか』と言われたルピナスの顔には、驚きと戸惑いが浮かんでいた。そこに嫌悪がないことにまずはホッとしながら、アルツールは言葉を続ける。
「君は他の聖少女同様、非常に狭い世界の中で育った。だからきっと知らないことの方が多い。
 まずは知ろうか、世の中の事を。そして人を。そして、一番大事な事だが……君の事を、教えてくれないか。好きな事、興味のある事、なんでもいい」
「……そう、言われましても……」
 何が好きなのだろう、何が興味のあることなのだろう。それが分からないと言いたいルピナスの顔を見て、アルツールは大丈夫、と微笑む。
「語れる事が無いならば、これからどんどん作って行けばいい。大丈夫、時間はまだまだあるのだから。
 私はね、そうして知った事、作った思い出の上に成り立った君の人生が、例え他人から見て艱難辛苦の人生だったとしても、最後に君が『幸せだった』と感じられたのならば、それは君にとって幸福だったのだと思うのだよ」
 その為の第一歩としての『家族』なのだ、そう締めくくったアルツールへ、ルピナスは未だ戸惑いの晴れぬ顔で告げる。
「少し、考えさせていただけません? あなたの言うように、時間はあるのでしょう?」
「ウム、その通り。今すぐに答えを出せという話ではない。
 だが一つ、君を余計に悩ませてしまう事になるやもしれんが、ワシらのまあ、戯言と思って聞いておくとよい」
 そう司馬懿 仲達(しばい・ちゅうたつ)が言い、シグルズ・ヴォルスング(しぐるず・う゛ぉるすんぐ)とルピナスへ、並外れた力を持ちそして一度死んだ者としての言葉を贈る。
「契約者とか聖少女でなくともな、ワシやシグルズ君みたいな突出した才のあった者は大体波乱万丈の人生を送っておる。
 ……ワシなんぞ、嫌なのに無理矢理仕官させられたりしとるしな。人も随分殺した……乱を再び起こさせぬ為ならば、無辜の民も殺したよ。そのせいで後世の学者共がワシの事叩きまくったらしいのう」
「こらこら、ルピナス君がポカーンとしているぞ」
「む、そうか、スマンな。
 ま、力がある、って言うのは幸福とイコールではない、そういう事だと君も理解しておるのではないかね? 普通は大事さ」
「それは……そうですわね。
 わたくしに限って言えば、力のなかった時の方が幸せだったように思いますわ。……もちろん今が幸せでないとは……言いませんけれど」
 力を持つことが幸福である、とはルピナスも思っていない。たとえ力を得る必要があったからとしても。
「僕の人生は華々しい冒険と戦の一方で、婚約者への不義理や、そしてそれが回り回っての呆気ない最後と、酷い所も多かった。
 でも、僕の記憶を奪うとか強引な手を使ってきたとは言え妻は懸命に僕の事を愛してくれたし、可愛い娘もできた。最後は不義理へのツケを払って報いたのだと考えれば、差し引きで言えばそんな悪くない人生だったと最後に思ったよ。……まぁ僕の死後の、妻と娘と婚約者の末路を聞いた時は流石に泣きたくなったが……」
「ねぇ、またルピナスがポカーンとしてるわよ?」
「あぁ、すまない。
 そうだな、人生に最適解というものはない、だからあまり固く考えない方がいい。アルツールも言ったように“最後にどう感じたか”が重要なのだからね」
「はい……」
 ルピナスはそう答えつつ、固くない考えとはなんだろうか、と思っていた。だからルピナスは次に言葉を発したエヴァ・ブラッケ(えう゛ぁ・ぶらっけ)にその回答がないか期待する。
「シグルズの話を聞けば分かると思うけど、人生に正解なんて無いしトラブルもあるの。だから生き方を決めても、その生き方に“遊び”を作っておく事、いい?
 でないと、ふとした拍子に心がポッキリ折れてしまうわよ。……これは、一度折れちゃった事のある私からの助言」
「お三方、助言をしていただけるのはありがたく思いますが、当の本人はあまり分かっていない顔のようです」
 アルツールが指摘するように、ルピナスはどうも掴めていない顔をしていた。
「あら……うーん、そうね、経験してみないと分からないことだものね。
 ごめんなさいね、悩ませてしまって。でも、あなたを子として、家族として迎えたいというアルツールの気持ちは本物よ」
 エヴァの言葉に、ルピナスはこくこく、と頷いた。
「考えてみます……そして、結論を出してみたいと思います」

 去っていくルピナスの背中を見送りながら、エヴァが思う。
(私ももう完全にお婆ちゃんね……アーデルハイト先輩もこんな気持ちなのかしら)


『お話しましょう』

「私にとっての幸せ? ……うーん……」
 途中でリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)に会ったルピナスは、先程の話の中にあった『幸福』について聞いてみることにした。
(そうね……ここでルピナス君に道を示すことが出来れば、それは世界樹に私達の可能性を示すことが出来るかもしれない。
 でも、私にとっての幸せって、何?)
 はたと、そんな疑問にぶち当たってしまう。答えを待っているルピナスの目前で、リカインの思考はどんどんと沈んでいく。
(私の幸せ……なんか、一言で言えば自由、そんな気がするわ。
 具体的に何をしたか、出来たかよりもその過程においてどれだけやりたいようにやったか、邪魔を乗り越えたかのほうが大事で……最終的に目的が達成できなくてもやりきったと思えればそれで満足してる……。
 って、これじゃルピナス君に胸張って言えないじゃない! 私思いっきり邪魔した側なのに!)
 何やら頭を抱えて唸っているリカインを見て、ルピナスが頭に疑問符を浮かべて首を傾げていた。
「幸せ、それは色々あるもの。だけど、今ならこれだとはっきり言えるわ!」
 そこに、同じく幸せについて考えていたらしいシルフィスティ・ロスヴァイセ(しるふぃすてぃ・ろすう゛ぁいせ)が声を上げ、ルピナスの注意がそちらへ向いた。
「それはこの世からイコンをきれいさっぱり消去すること! そうよこれしかないわ。
 えっと、デュプリケーターだっけ? あんな感じであいつらが増え始めたらもう世界の終わり。そうなる前に一刻も早く叩き潰さないと!
 だから……ね、一緒にこの達成感や開放感を分かちあいましょう。あ〜でもあいつらコピーするのは厳禁ね。巨大生物とか要塞くらいならいいけど」
「えっと……そのように言われましても……」
 よく分からないけどなんだかヤバそうな雰囲気のシルフィスティに肩を抱かれ、ルピナスが苦笑混じりに視線を逸らす。
「ドサクサ紛れに変な事を吹きこまないでフィス姉!!」
「げふっ」
 背中から気の一撃をもらい、シルフィスティが地面に倒れ伏す。リカインはルピナスの肩を持って言い聞かせるように告げた。
「いい? ぜっっっったいに今のフィス姉さんの言葉に耳を傾けちゃ駄目。あれは悪魔の囁きだから。むしろこっちがあの暴挙を止めるのにルピナス君の力を借りたいくらいだから。
 あれは幸せを追い求めるんじゃなくて不幸せに追い立てられてるって言うのよ」
「は、はい……分かりましたわ」
 こくこくと頷いたルピナスによし、と頷いてリカインが肩から手を離すと、申し訳無さそうな顔で言った。
「私の幸福論って多分、短期的にはともかく最終的に幸せだったかどうかは人生が終わるときまで分からない、ってものだから。今のルピナス君にはかえって迷惑な情報になっちゃうね」
「いいえ、そんな事はありませんわ。先程も同じような事を言われましたし」
「そう? ならいいけど。
 ただ一つだけ言えるのは、私達契約者のような形を取るのでない限り、他の人に判断を委ねちゃいけないってこと。生き方を誰かに委ねちゃうのはもってのほか。
 上手く行けばいいけど、たいてい上手く行かない。そうしたらきっとその誰かが悪いんだ、ってしちゃう。だってそれが物理的にも精神的にもすごく楽だから。
 でもね、そればっかりだと逃げるのが癖になったり、生きる本当の理由を見失ってしまうから」
「……分かりましたわ。ありがとうございます」

 ルピナスを見送った後で、リカインはふと頭の上のシーサイド ムーン(しーさいど・むーん)に話しかける。ちなみにルピナスはムーンの存在に全く気付かなかった。これはムーンがあまりにも『リカインのカツラ』としての生になりきっているからであった。
「あなたにとっての幸せは?」
「…………」
 ムーンの声なき声を聞いて、リカインはやっぱり、と言いたげな顔をする。ムーンの回答を無理矢理応用するとしたなら、『今の自分であることが幸せ』だろうか。


「ふーん、なるほどな。アルツール先生も結構お節介なんだな、こんな手間のかかる子を引き取ろうだなんて」
「それはどういう事ですの? ……皆さんに迷惑をかけたのは、その……理解しているつもりですけれども」
 しゅん、とするルピナスの頭を、エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)がぽむぽむ、と撫でる。
「ま、それが分かってりゃ、大丈夫だ。
 ……しっかし、俺なんかよりもっと有意義な時間過ごせる相手が居るんじゃないか?」
 エヴァルトに言われて、ルピナスは一人の少女の顔を思い出すと同時に、申し訳無さそうな顔になって言う。
「円さんには、わたくしが無知なばかりに困らせてしまいましたわ」
「ん? そりゃ、どういう事だ」
 ルピナスから事情を聞いた――ルピナスが言った「一緒に居て欲しい」というのを契約してほしいと受け取られたかもしれない――エヴァルトはなるほど、と頷いた。
「ま、人と付き合うってのは、そういうもんだ。失敗なんてして当たり前。
 大事なのはそこで立ち止まらないで、謝るならスッパリ謝って、また話をすればいいんだ」
 エヴァルトの言葉に、ルピナスはやはり『人生に最適解はない』のだなぁ、と思い至る。
「分かりましたわ。円さんにはこれから会いに行きたいと思います」
「おう、そうしてやれ。……今度こそ、幸せになれよ。
 それが、一番の弔いになる。もしまだ罪悪感があるなら、償いになる、と考えてもいいだろう」
「ええ、頑張ってみますわ」
 ぺこり、と頭を下げてルピナスが立ち去ろうとした時、
「おっ、ここに居たか」
 トン、と地面に着地した紫月 唯斗(しづき・ゆいと)がルピナスの前に立って、そして唐突に宣言する。

「なぁ、ルピナス! お前が幸せを望むなら、俺はお前を幸せにさせてやる!
 お前が幸せを得られるまで支えて助けて救ってやる! 何時だろうと何処だろうと何度だろうと!
 だから、全力で幸せになれ!」


 宣言を受けたルピナスは、自分に対して言われているのは分かっても、どうしてそういう発言が出てきたのかが分からなかった。
「……何故、ですの?」
 そんな思いをどうにかこうにか言葉にまとめて発すれば、唯斗はさも当たり前であるかのように言った。
「はン、決まってるだろ。お前は幸せにならなきゃいけない女だ。俺がそう思ってそう決めた。その為なら、あらゆる理不尽に抗おう。
 ……ま、贅沢言わせて貰えば、俺の隣に居てくれたら俺が嬉しいね。ここまで関わったら、最後まで付き合わせて貰いたいしな」
「? こう、ですの?」
 スッ、とルピナスが唯斗の横に立って上目遣いに見つめる。
「なっ……いや、合ってるけどちげぇ! そうじゃなくてだな――」
「?」
「はっはっは、威勢のいい啖呵切ったはいいが空振ったみたいだな」
「う、うるせぇ! あの時早々にくたばりやがったお前に言われたくねぇ!」
「それを言われると俺の力不足なんだが……引き下がるのもな」
 二人の距離がみるみる縮まり、ルピナスを挟んで一触即発の事態に移行する。間に挟まれたルピナスは、どうも自分のせいでこのような事態になってしまったと気付き、何とかしようと考えた結果――。

「やめてくださいお兄様!」

 その言葉に唯斗とエヴァルト、二人の視線が同時にルピナスを捉えた。
「……え?」
 そして、叫んだ本人もどうして自分がそのような事を言ったのか分からないでいた。
「し、失礼致しますわ!」
 そそくさと逃げるようにルピナスがその場を後にし、残された二人はルピナスの背中を見送った後、互いに顔を見合わせた。