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コーラルワールド(第1回/全3回)

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コーラルワールド(第1回/全3回)

リアクション

 
 
 以前、「ナラカエクスプレス」という、シャンバラからナラカへ契約者達を運んだ急行列車があった。
 しかし、あれは例外的に、一時的運行されたもので、今はシャンバラとは繋がっていない。
 ナラカを目指すならば、自力で手段を考えなくてはならなかった。

「つまり、ナラカへ行ける、異界対応の積載艦が必要ってことだ。
 皆やイコンを載せて行く為の」
ウィスタリアを使うのですね」
 柚木 桂輔(ゆずき・けいすけ)の言葉に、パートナーの機晶姫、アルマ・ライラック(あるま・らいらっく)は頷いた。
 彼等の持つ機動要塞、ウィスタリアは、アルマが操縦する艦だ。
「同じくナラカを志す人もいるでしょう。
 まとまって行く方が合理的かと思います。同乗を誘ってみましょう。
 ルートはフマナ平原の大穴から行くのを提案します」
「運行は任せるぜ。俺はイコンの整備を頑張るよ。
 ナラカかぁ……一度行ってみたかったんだよな」
 桂輔はそう答える。

 そして、アルマの誘いに、ナラカを目指す者達が続々と集まった。
 柊 真司(ひいらぎ・しんじ)は、イコンゴスホークを持参する。
 ナラカだけでなく、ナラカへ至る途中も、イコン無しでは突破できないと思ったからだ。

「助かったよ。一人ではとても、アガスティアのところまで辿り着けるとは思っていなかったから」
 自身も、目的が同じ人達を集めようとしていたセルマ・アリス(せるま・ありす)は、アルマの誘いに礼を言う。
「役に立てて光栄ですが、礼には及びません」
 アルマの答えに、セルマは頷いた。
「そうだね。一緒に頑張って行こう。出来ることがあれば、何でも手伝うよ」

 そして、意外な人物も、彼等に同乗を願い出た。


「ナラカに行くんだって? 俺達も乗せてくれるかな」
 二人の男と、一体の龍。
「構いませんが、契約者の方ではありませんね」
 アルマの問いに、若い方の男がへらりと笑う。
「まあね。
 でも、足手まといにはならないから。
 俺はトゥレン。こっちで苦虫潰してるおっさんはカサンドロス。
 格納庫の隅を貸してくれればいいからさ」
「トゥレン?」
 彼を知るセルマが、その姿を見つけて走り寄った。
 エリュシオンの、元龍騎士だった彼が、何故此処にいるのだろう。
「やあ」
 トゥレンはセルマに笑いかけた。
「どうしたんだ?」
「うん、ちょっとナラカに行こうと思って。
 でもこのおっさん龍持ってなくてね。それに、ナラカまでぶっ続けで飛ぶの流石にきついでしょ。
 で、おたくらがナラカに行くって聞いて、便乗させて貰おうと思って。勿論働くからさ」
 この俺がシャンバラの者に頼るとは、と言いたげな不機嫌オーラを全力で醸し出している、もう一人の隻腕の男、カサンドロスを綺麗にスルーして、トゥレンはそう説明する。
「心強いよ」
 危険極まりないナラカへの旅で、この戦力は大きい。セルマは二人を歓迎する。
「キレーな色だね」
 淡い紫に塗装されたウィスタリアの船体を見上げて、トゥレンが言った。アルマは無表情のまま頷く。
「艦名ウィスタリアは、藤の花の学名です」
「ああ、それで」
 成程とトゥレンは納得した。
「花の名前か、いいね。よろしく頼むよ」
 ウィスタリアの艦長であるアルマにそう挨拶して、トゥレン達は船に乗り込む。
 イコン一機のみが格納されているデッキは広い。
 トゥレンの龍も勿論難なく収まって、元龍騎士二人は、戦闘時以外の多くの時間をそこで過ごした。


「パルメーラから連絡があったのか……。
 それなら、会いに行かないとな。だが、パルメーラはナラカにいんだろ?
 なら、ナラカに行く方法を何とかしねぇと話にならねぇよなー」
 紫月 唯斗(しづき・ゆいと)は、アクリトとパルメーラの件の話を聞いて、パルメーラに会いに行くことを決めた。
 だが、どうしたらいいのかさっぱり思い浮かばない。
「ああ、そう言えば、霊峰オリュンポスには、ナラカに繋がってる穴があったよな。
 やたらでかい虚無霊とか出て来るトコだが……アソコ通って行けねえかな?」
 色々と思い悩んでいた矢先、文字通り、助け舟の知らせがあり、彼もアルマの船に乗り込んだ。

 世界樹アガスティアの化身、パルメーラ・アガスティアは、かつてウゲン・タシガンの仲間となって、御神楽 環菜(みかぐら・かんな)を殺害し、契約者達に牙を向き、そして、利用されて裏切られた。
 その際に負った傷は、今も癒えず、世界樹アガスティアの中で回復中である。

 青葉 旭(あおば・あきら)は、パルメーラを糾弾する為に、ナラカへ向かうことを決めた。
 パルメーラは、決して許されないことをしたのだと、そう、本人に思い知らせる必要があると考えたからだ。
 そうして、自分が重い重い罪を背負っていることを自覚した上で、それでもパラミタに戻りたいと言うのなら、それに向けて努力すること自体は、否定しない。
 彼女と対面した時、言うべき言葉は、もう全て決まっていた。
「ナラカまでの航海は厳しいと思う。オレに何か手伝えることがあったら言ってくれ」
 旭の言葉に、ありがとうございます、とアルマは答えた。
「それでは、できるだけ私は操縦に専念しますので、レーダーを見てくださると助かります。
 有事には、砲門をどれか、任せても構いませんか?」
「了解した! オレに任せてくれ」
 また、旭のパートナーの山野 にゃん子(やまの・にゃんこ)は、一ヶ月間、殆ど休みもなく戦闘を続けなくてはならない搭乗者達の、生活面でのフォローに奔走し、唯斗は、万一艦内異生物が侵入した時の対処を担当することにしたが、それ以外の時は、旭同様、アルマを手伝って要塞砲の一門を担当した。


 結局リカインは、シルフィスティと二人でウィスタリアに乗り込んだ。
「またナラカに行くことになるとはね。
 行くのも帰って来るのも面倒なところだけど」
 のんびり出来るのも今の内だけねと、船室の窓から、異様な雰囲気漂う外を見る。
「ところで、あの毛玉はまだ見つからないの?」
 アルゴスを引っ張り出せなかったことで、シルフィスティは、落胆を隠そうともしていない。
 毛玉とは、絶賛行方不明中のリカインのパートナー、ケセラン・パサラン(けせらん・ぱさらん)のことである。
「全くよね……。一体何処に行ったのかしら。
 パルメーラ君にでも訊いてみる?」
 と、冗談を返す。
 まさか予言を、そんなことに使わせるわけにもいかないけれど。

「ナラカ、か……。本当に、来る機会ができるとは思わなかったな」
 セルマもまた、嵐の前の静けさ、その一時を、船室の窓から外を見ながら、ナラカへ思いを馳せた。
 思い出すのは、エリュシオンで出会った、八龍ヴリドラだ。
 分身の一体が、暫く地上に逗留していたが、今はリューリク帝の待つナラカへと戻ってしまった。
「彼は、元気にしているのかな……」
 ナラカに到達できたら、アガスティアに至る道すがら、ヴリドラの姿を探すことができればいいと、そう少しだけ期待しながら。



 ナラカまでは、およそ一ヶ月かかるという。
 フマナ平原にあいた「穴」から下降を始めて暫くは、空間に漂う異世界の化け物は、ぼんやりとした影のようなものが多く、レーダーに反応しなかったり、接触してもそのまま素通りできてしまったりしたが、下降を続けるに従って、やがて影は実体を帯び始めた。
 彼等にとっての「異物」である契約者達に、猛然と襲い掛かる。
 ナラカの化け物にとって、生者はこの上なく魅力的な獲物に映るらしく、下降を続ける程に、その攻撃は絶え間なくなっていった。
 アルマは、出来るだけ敵影の少ないと思われるルートを選んで行くものの、気休め程度の差にしかならない。
 一ヶ月は長く、戦力と契約者達の体力温存の為に、当初はウィスタリアの艦載武器で対応していたが、虚無霊などの、物理攻撃が殆ど有効でない相手が多くなってくると、やがてそれだけでは対処しきれなくなり、ウィスタリアに襲いかかる魔物達を迎撃する為に、ゴスホークが出撃した。


 ヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)が、精神感応で索敵結果を真司に伝える。
(三方より敵接近、最も早いのは三十秒後に右前方よりの屍龍、ですが脅威は真上の虚無霊と思われます。
 全長五百メートル、ウィスタリア到達は一分二十秒後)
「射程には」
(ウィスタリアの粒子砲の射程角度の死角です。旋回間に合いません)
「わかった、まずは屍龍からだ」
 真司は、ブレードにパイロキネシスによる炎を纏わせる。
「喰らえっ、疾風突き!」
 後方に回り込もうとする屍龍に飛び込んで行き、首に赤熱化させたブレードを突き込む。
 屍龍は嘶きを上げた。
「炎熱系は効果有りか」
 そのままブレードを横に払い、首を裂く。
 首がもげかけた屍龍は、力を失って漂い離れて行った。

 ゴスホークはすぐさま、上方に向かう。
 ウィスタリアが位置を変えたので、真上ではない。
 後方上空から近づく虚無霊に、ゴスホークはブレードに内臓されているプラズマライフルを連射した。
 だが、虚無霊の動きは止まらない。
(全くというわけではないようですが、効果薄いです)
「プラズマは駄目か。レーザービットを叩き込めるか」
(了解。やってみます)
 炎を纏ったブレードによる攻撃の一方で、ヴェルリアが虚無霊にレーザービットを食らわす。
 口と思われる箇所から、レーザービットは虚無霊の体内に入って行った。
(攻撃を開始します)
 虚無霊の体内で、レーザービットが全方向に照射される。
 内部からの照射攻撃を全て喰らって、虚無霊は、びくびくと痙攣した。
「効いている!」
(攻撃を続けます)
 ヴェルリアは更に攻撃を続け、ゴスホークも外側から、苦しそうな虚無霊に更に攻撃を加える。
 やがて、虚無霊が動かなくなった。
 死んだのかどうかは、見て判断つかなかったが、そのままゆっくり沈んで行く。
(エネルギーを使い果たしました。緊急補給)
「もう一方は?」
 近い反応は、三つあったはず。
(反応ありません)
 見れば、艦首の方に、龍に騎乗したトゥレンがいた。
 いつの間にか、彼が仕留めていたようだ。
(接近する敵影有り。三時方向)
「一旦補給に戻る。急ぐぞ」
「了解。デッキ応答願います」
 ヴェルリアは、ウィスタリアのイコンデッキで待機するアレーティア・クレイス(あれーてぃあ・くれいす)に、補給要請を出した。


 五時間の戦闘を終えて、ゴスホークがウィスタリアの格納庫に戻って来た。
 それと入れ替わり、ラルクと、双龍ガルモニに騎乗したセルマが、双龍グラーヴェを連れて船外へ出て行く。
「ああ、そういや、連中物理攻撃は効かねえんだったな……。
 まあ何とか、かかる火の粉を落とすくらいの役には立つぜ!」
 ウィスタリアの周囲を旋回しつつ、近づく敵を警戒しているセルマを視界に確認しながら、ラルクはぼきりと指を鳴らした。
 リカインとシルフィスティは、彼等の次のローテーションだ。
 龍騎士達は、真司やセルマ達のローテーションには入らなかったが、気がつくと何処かにいて、彼等が対処しきれない魔物を葬っていた。

「済まない、左足をやられた。補給と修理、頼む」
 操縦席から身を乗り出して、真司が、柚木桂輔と共にノートパソコンを片手に走り寄るアレーティアに声を掛けた。
 区分緑、損害軽微、と、機体の様子を見て桂輔は判断する。
「了解じゃ。おぬしらも、少しでも休んでおけよ」
「真司。二時間仮眠したら、アルマとこの船の操縦を代わります。彼女も休ませなくては」
 真司に続いて操縦席を下りたヴェルリアが言うと、真司は頷く。
「解った。四時間後に俺が代わる。
 アレーティア、次の出撃は六時間後だ。
 だが生身では扱いづらい相手が出てきたら、すぐに行くから呼んでくれ」
「心得た」
 ゴスホークをアレーティア達に預けて、真司達は一旦部屋に戻った。