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【蒼空に架ける橋】第3話 忘れられない約束

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【蒼空に架ける橋】第3話 忘れられない約束

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 港と船をつなぐ桟橋を用いての進攻は船上から丸見えな上、橋を落とされた時点で船への進入経路がなくなる。やはり上空から侵入するのが一番だろう、と巽が提案をした。
「欲を言えば、艦首と艦尾側から同時に侵入できればいいんだけどね。それにはどんな船かが分からないと。規模も分からないんじゃ――」
 そのとき、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)の銃型HCが鳴った。
「はい……ああ、セレンさん。……ええ……ええ……。ちょっと待って」くるっとテーブルの方を向く。「みんな、聞いて。ツク・ヨ・ミのさらわれた船が特定できたそうよ」
 え? と振り返る全員の前で、月夜は銃型HCを操作する。
「セレンさんたちが港で偽装船を割り出したの。今からその船の映像を送るって言うから転送するわね」
 それを終えた月夜は、次にそれらの映像を元に、今まで以上に活発な話し合いを始めた人の輪からウァールを引っ張り出した。
「なに?」
「ウァール、セレンさんが替わってほしいって」
「ん。どうやればいいの?」
 月夜はみんなの話し合いの邪魔にならないよう、廊下までウァールを連れて行き、操作方法を教えた。
「もしもし?」
『どう? 平気? あんたのことだから、場所が判明したんだから今すぐ乗り込もう、ってあせってんじゃないの?』
「ええ? そんなことしそうに見える?」
 ウァールは苦笑した。
『目の前でさらわれちゃったしね。そういうときは、だれだって責任感じたりして熱くなるもんよ。だけどね、あんた1人でどうにかなるはずないんだから、周りのみんなに頼りなさい。ここでカッカしたら、取り返せるものも取り返せなくなるわよ』
「……なんかおれ、信用ないんだなぁ」
 セレンフィリティとの会話を終えて、ウァールは銃型HCを月夜に返す。それを受け取り、スイッチを切った月夜はおもむろにウァールを見つめて告げた。
「ウァール、ツク・ヨ・ミに自分の気持ちを伝えてあげて」
「え?」
「ツク・ヨ・ミは、ウァールを傷つけたくないから一緒に行くって言った。それが嫌だったら、ちゃんと自分の意思をツク・ヨ・ミに言ってあげて。言わないと伝わらないことって、たくさんあるから」
 最初、ウァールは月夜が何を言っているか全然理解できなかった。まったく、これっぽっちも、1度だってそんなこと考えたことがなくて、自分のなかにはない考えだったからだ。
 月夜が何を言ったか理解するにつれて、冗談だと思った。セレンフィリティのように、こちらの気持ちを軽くしようとしてるのだと。だから冗談で返そうと口を開き――言葉を発する直前、じっと見つめて返答を待つ月夜がいつまでも真剣な表情であることに気付いて、本気で言ったのだとさとり、ちょっと愕然となる。
「ちょ……違うよ、そんなつもりないって」
 口端を引きつらせながらも、ウァールは答えた。
「おれ、ツク・ヨ・ミのこと、そんなふうに考えてないから」
 もう一度言い直して、きちんと月夜に答える。でないと、こうして真面目に助言しようとしてくれた月夜に対して失礼だと考え直したからだ。
「えーと……。ツク・ヨ・ミは、すごく大事だよ。彼女がいたから今俺はここに来れていて、みんなとも知り合えたし、感謝してる。ほかの人とは違う、絆みたいなのも感じる。だけど、違うんだ。おれ、彼女のことそういう女の子として見てない。
 なんて言うのかな……うまく伝えられるといいんだけど、ツク・ヨ・ミは、大事な友達なんだ。彼女が幸せならうれしいし、不幸なら幸せになるように手助けしてあげたいけど、自分が幸せにしてあげたいとは思わない。それは彼女が探すものだと思ってる」
「……パートナーみたいなもの? 私たちコントラクターみたいな」
「パートナーかぁ。そうかも」月夜の言葉を繰り返し「うん」とうなずく。「それに、ツク・ヨ・ミにはもうそういう相手がいるみたいだよ。彼女を幸せにしてやりたいって思ってるやつ」
 閉まったドアに視線を流すウァールに、月夜は彼が何を言わんとしているのか理解した。月夜もそのことに気づいていたからだ。ライバル出現と思い、だからこそ今ウァールをけしかけたということもある。好きならがっちり掴んでおきなさい、と。でも、ウァール自身はそのことに何も感じていないようだ。あせっている様子はどこにもない。
 本当にそれでいいのか、確認するようにもう一度ウァールを見る。見返すウァールの表情はこれまでと変わらずさっぱりとしていて、無理している様子はなかった。それで月夜も自分の勘違いだったと納得し、「分かったわ」と応えたのだった。
 ドアを開け、室内へと戻った2人の前、七刀 切(しちとう・きり)がぱしりと両手を打ち合わせる背中が目に入る。
「さって、みんなの役割分担もできたし。それじゃあ囚われのお姫様の救出といきますか」




 作戦のためには本当は夜の方がよかったのだが、あいにくと敵側がそれまで待ってくれそうになかった。セレンフィリティの調査によると、船は夕方には積荷の準備が整い、肆ノ島へ向けて出港する手筈になっているという。
「しかたがないからサク・ヤさんにお願いして港の職員に事情を話してもらって、周囲の船たちは安全なとこまで誘導してもらうことにしたわ。港に被害を出さなければ、多少ドンパチしてもOKだって。
 あと、甲板にいる船員は40人ほどで、体運びからいずれもそれなりの手練れだと推測。ナイフや銃を持ってる。外法使いは1度だけ出てきたわ。ヤタガラスらしい影はなかった。まあ、あんなのうようよさせてるの、ほかの人に目撃されたら面倒だしね、船内に置いてるんだと思う。だからこっちは何体かは不明よ。みんな、用心してね」
 突入の打ち合わせを終えたあと、そう伝えると、セレンフィリティはブラックコートをひるがえして船を見張っているセレアナの元へ戻って行った。
「ユーベル、御宣託ではどうだったの?」
 リネン・エルフト(りねん・えるふと)ユーベル・キャリバーン(ゆーべる・きゃりばーん)にもう一度確認をとる。
「ヤタガラスの数は6体ほどです。そして、大きなヤタガラス……あれはミサキガラスというようですが、あれは1体だけですね。あのミサキガラスは、船の外法使いが操るヤタガラスとは別の存在のようです」
「何度聞いてもなんともピンポイントなお告げだぜ」
 少々あきれた様子でフェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)がため息をついた。
「御宣託する神様ってーのは何考えてんだか……。
 それだけアイツらが重大な何かを持ってるってことか?」
「タツミ?」
 彼らの会話を傍らで聞くともなしに聞いていて、考え込む様子を見せた巽を見てティア・ユースティ(てぃあ・ゆーすてぃ)が覗き込む。
「あのしゃべるタイプ……ええと、ミサキガラスだっけ。じゃああそこにいるのは、俺たちが壱ノ島で会ったり、ツク・ヨ・ミを誘拐していった際に受け答えしていた外法使いではないんですね」
 洞窟の奥から響いてくるような声は、聞き取りづらかったが同一のものだった。
「ヤタガラスはそもそも遠隔呪法の1つでしょう。南カナンでウァールさんたちを襲ったことからしても、術師が必ずしもそばにいる必要性はないと思われますわ」
「何を目的としているのか、はっきりと問い詰められればと思ったのですが……。黒幕が本当にクク・ノ・チであるのかどうか、その確証も得られたでしょうから」
 どう考えても、あの船にいる外法使いは下っ端の使い走りだ。そんなやつが重要な情報を握っているようには思えない。嘆息をつく巽を慰めるように、ぽんぽんとティアがたたく。
「あんまり欲はかかないで、今はツク・ヨ・ミを取り戻すことだけを考えましょう。ほかのことはあと回し。でないと、助けられるものも助けられなくなるわ」
「そうですわね」
 リネンに賛同するようにユーベルがうなずく。
 彼らの前、リネンはおもむろに騎獣格納の護符を取り出すとナハトグランツをなかから呼び出した。
 もともとこのペガサスはフェイミィの愛馬だ。
「よおグランツ。久しぶりに外に出られたばっかりでわりぃが……グランツ、今日はリネンと飛べ。ちゃんと言うこと聞いてやれよ?」
 フェイミィに鼻柱をなでられて、ぶるるとナハトグランツは身をゆする。
「さあ、そろそろ……なに?」
 ナハトグランツにまたがったリネンは、号令をかけようとして自分を見つめるユーベルに気づいた。
「ふふ。結局、浮遊島でも空賊稼業ですわね」
 ここへは旅行で来たはずなのに。
 しかしこの展開に不満があるわけでもなさそうで、ため息をつきながらもユーベルの顔から微笑は消えない。リネンもほほ笑みというには少し強めの笑顔で返し、言った。
「行きましょう。ツク・ヨ・ミ奪還よ」




 ほんの少しだけ時間を巻き戻して。
 リネンたちが会話しているのを横目に、少し離れた所ではティー・ティー(てぃー・てぃー)がこっそりと、ミニいこにゃミニうさティーを目標の船に向けて放っていた。
 このちびっこたちなら見張りの目をかすめて船内に入ることもできるだろうし、あわよくば船の内部探索をさせてくるつもりだったのだが。
「……戻ってきませんね」
「大方、厨房で食べ物をあさっているのですわ。あれだけおやつを食べさせましたから、大丈夫と思っていましたのに。いじ汚い子たちですわ」
 しゅん、となっているティーの横で、まるで見てきたように憤慨しているイコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)。2人の様子に源 鉄心(みなもと・てっしん)は苦笑する。
 ふと、その視界にトトリを持ったままぼーっと立っているスク・ナの姿が目について、そちらへ寄った。
「どうしたんです?」
「んー? ううん、なんでもない」へへっと笑う。「ただ、なんかナ・ムチ、オレに隠し事してるみたいだなーって思って」
 ああ、と鉄心は思った。たしかにナ・ムチはスク・ナに知られないようにしていることがあると、鉄心も感じていた。ナ・ムチからすればそれはスク・ナを守るためだろうけれど、スク・ナからすれば、かやの外に置かれているという疎外感を感じてもしかたのないことだった。出会ったばかりの鉄心たちは知らされて、なぜずっと一緒に行動している自分は知らされないのか……。
 かといって、それを第三者から話すというのも間違っている気がした。
 そしてそれは千返 ナオ(ちがえ・なお)も同じだった。
「ナ・ムチさんは、スク・ナさんをとても大切にされていますよ!」
 かつて、ナオにも今スク・ナが感じているのと同じものを感じたときがあった。できるだけ危険から遠ざけて、自分だけがリスクを背負おうとする……だけどそうして大切に守られる側だって、同じくらい相手を大切に思う気持ちはあるし、力になりたいのだ。
 でもやっぱり、それを自分が口にするのは憚られて。やきもきしながらナオはスク・ナを見つめる。
「――うん。それは分かるんだ。でもやっぱり、話してもらえないのは、ちょっと寂しいかな」
 そしてスク・ナは思い切るようにがらりと表情を変えて、鉄心とナオを交互に見上げた。
「そういや、みんなはどうして手伝ってくれるの?」
 まさかそんなことを訊かれるとは。鉄心もナオも「え?」と返答に詰まる。
「あっちの人たちはオレ知らないし、分かんないけど、ナオたちはここまで危険なことする義理なんかないよね」
「まあ……やっぱり、賞金が魅力的、だからでしょうか」鉄心は考え考え答えた。「食費が大変なんですよ。あれだけ食欲魔を大勢飼っていると」
 もちろん本心ではない。「ということにしておこう」の部類の言い分だ。われながら苦しい言い分かと思っているので、深く突っ込まれませんようにと内心祈るように思いつつ、鉄心は答える。
「ふーん。まあ、キ・サカも約束は破ったりしないから、連れて戻れば払ってくれると思うよ。
 ナオは?」
「友達だからです! もしかして俺の一方的な考えで、スク・ナさんはそう思ってないかもしれませんけど、俺はもうスク・ナさんのこと友達だと思ってます。友達の力になりたいって思うのは、当然でしょう?」
「危険だよ?」
「危険だからって、じゃあ1人で行ってくださいって答えるのは、最初から友達じゃありません」
 きっぱり言い切るナオに、スク・ナは飛びついた。しっかり首に腕を回してしがみつく。
「ありがと、ナオ! オレもおまえのこと、友達だって思ってたから、うれしいや!」
「スク・ナさん」
「オレ、ほんとはちょっと、なんだか大きなことになってきてるなあ、ってビビってたんだ。ナ・ムチとツク・ヨ・ミを話しさせてあげたかっただけなのに。マズったかなぁ、って……。
 でもオレ、やっぱ、やってよかった。ナオとの出会いはあんなだったけど、地上のみんなのこと知ることできたし、いっぱい友達になれたもん」
「まあ! 大丈夫ですわ!」
 スク・ナが現状におびえていたと知って、イコナは得意満面で胸を張る。
「鉄心は強いし、私も超お役立ちなのです……そこのうさぎ以外は」
「う、うさー?」
 名前を呼ばれ、え? 何事? というふうにティーは声をあげる。ミニうさティーたちの行方に意識の大半が向いていたせいで、話の流れが掴めておらず、鉄心とイコナの間で目をきょろきょろさせている。それがどこかコミカルで、笑いを誘って。「ほらね?」とイコナは肩を竦めて見せる。目をぱちぱちさせるティーの様子に、ぶふっと思わず吹き出し笑って表情を緩ませたとき。リネンの声が聞こえた。
「どうやら雑談はこれまでのようですね。いよいよ作戦開始のようですよ」
 鉄心の言葉にそちらを向いたナオは、思い出したようにポケットをごそごそする。
「スク・ナさん。これ、かつみさんがスク・ナさんに、って」
 ナオが引っ張り出したのはティアドロップ型のペンダントトップがついたチェーンだった。
「何? これ」
「ツキアカリノシズクっていいます。お守りです」
「ふぅん?」
 分かったような、分かってないような顔で、スク・ナはそれを受け取るとスリングショットを突っ込んでいるのとは反対側のポケットに入れる。
「ありがとう」
「いいえ。
 さあ行きましょう、スク・ナさん」
「うん! イコナちゃんも!」
「ええっ? わたくしもですの? わたくしは鉄心たちとゆっくり行こうと……ま、待ってくださいですのーっ」
 笑顔のスク・ナに耳を貸している様子はなく、片手でトトリを掴み、片手でイコナの手を引っ張って、半ば強引に空からの潜入部隊の方に走っていく。
 そんな子ども3人の背中に、鉄心はティーと視線を合わせ、どちらともなくふっと笑顔になったのだった。